01-5 リベルタスを復興せよⅤ(4/5)
里に帰ってくると、一目見て判る程に戦闘の痕跡が残っていた。全てを迎撃していたように見えたが、別動隊がいたようで全てを迎え撃てたわけではなかったようだ。
「ただいま戻りました」
怪我はほぼ無いに等しく、多少汚れた程度のチナーシャさんやコトリンティータは俺と共にニーナレイアさんの元へ戻った。
「おかえ……り……? タイガ様。その胸に抱いている獣はまさか……?」
「うん、霊獣」
ニーナレイアさんの問いに即答すると今にも卒倒しそうになるのだが、そこに慌ててチナーシャさんが割って入る。
「もう無害です。タイガ様が懐柔したから。そして、もうクラップンの群れは当分襲ってこないはずだって」
「えー……」
言葉が出てこない……そんな感じだろうか? その表情は不安に満ちている。
「もうこの子は俺の傘下に入ることに同意を得ています。もし黒銀鉱の粉があれば、今夜の内に契約しますよ?」
「なるほど。隷属契約ですね?」
流石、知っていたか。ヒュームには無くなったとしても、もしやエルフの間には契約紋章術に関して知っている人が残っているかもとは予想していた。
そもそも契約紋章術には3種類ある。眷属契約、従属契約……それと、隷属契約である。この隷属契約は他の2つとは違い、ヒュームの間にも原版とは若干違う劣化コピーが残っている。
「そうですね、そうなります」
本来の隷属契約をするにあたって、他の2つと手順が違う。まず呪文は属させる側が詠唱する。あと眷属や従属は属したい側が誓いの意味的な呪文を詠唱するのだが、隷属契約は精霊王スターシアに従わせる許可を願う的な呪文になる。当然、描く紋章も俺の掌に描くことになる。ただし、他の2つと違い1つだけ描いて、触れる場所は獣のどの場所でも構わない。
ちなみに、俺の隷属契約は他の契約同様にアレンジを加えてある。
「わかりました。持っている物全てとはいきませんが、可能な限りお譲りしましょう」
ニーナレイアさんは俺達と共に俺達が宿泊する予定の宴会をやった建物へと移動する。既に宴会の食事は下げられた後。今思うと、もう少し食べておけば良かったと後悔する。
「あまり霊獣を連れ歩くのは刺激が強すぎますので、契約はこちらで」
「大丈夫ですよ。そうだ、名前を考えないと……」
実は最初に目撃した時点で、霊獣の名前の横にレベル表示が見えていた。最初は攻略対象だからレベル表示があるのかと思ったが、話す内容を聞いた時点で仲間に引き入れたいと考えていた。……まぁ、実際仲間にできる可能性は低いと思っていたが。
「うん、決めた。君の名前はマウッチュ。……どう?」
「マウッチュ……あたし、マウッチュ♪」
声が弾んでいるのだから、多分嬉しいのだろう。
「受け入れてくれたようです。あとは……」
「持ってきましたよ、黒銀鉱の粉」
いつの間にか取りに行っていたチナーシャさんの持ってきた粉の量は、セレブタス家の使用前の量の5倍以上あった。これだけあれば当分困らない。
「こんなに頂いて大丈夫なのでしょうか? かなり高価なものだとコトリンから聞きました」
「大丈夫ですよ。そんなに使うものでもありません。足りなくなったら、もう少しお分けできますから、言ってくださいね」
ニーナレイアさんからの申し出に感謝しつつ、俺は使う分の黒銀鉱を借りた器に入れ、そこに左手の親指の腹を穿って血を注ぐ。インクが完成すると左の掌に紋章を描く。
「これでよし。じゃあ、マウッチュ。そこに立って」
俺の前に立たせると、自分は屈み、左の掌を彼女の頭に乗せる。
「運命と契約を司る大精霊スターシアに願う。我、タイガ=サゼの代償と引き換えに従わせ給え。汝が名は『マウッチュ』」
左掌から光が溢れているが、すぐに収束する。……そう。隷属契約だけはキス不要なのだ。理由は1つ。獣相手だから人避けが必要ない。
「あっ……」
多分、これは元からの仕様なのだろう。マウッチュの身体が光り、身体が大きくなっていって……その結果、マウッチュはクラップンからメローリンへと進化。具体的には今までバスケットボールより少し小さいくらいだったサイズが、騎乗できるくらいのサイズに変わる。だが、それだけではない。マウッチュの身体がさらに変化して毛並みと同じ藤色の髪と瞳という見た目が人間っぽい女の子に変わった。大きなネズミ状の耳、リス状の尻尾は残っているが……所謂『獣人』というやつである。
「あれ……人になった?」
「とりあえず、これ着て」
本人も無自覚のまま人になったようで、急遽俺の服を貸して、とりあえず全裸状態を回避。マウッチュも人が服を着ているのを知っているので、疑問を抱かずに服を着てくれた。それにしても獣人化は想定外。まさか、昔の勇者の意思疎通手段というのはコレか?
「元の姿には戻れる?」
「えーっと……うん、何となくわかる」
……ほっ。とりあえずはセーフ。むしろラッキーか? メローリンに進化したマウッチュは大型バイクくらいの場所を取る。そうなると屋内で暮らすのは難しいが、獣人化できるならば、街中は獣人の姿で過ごして貰えば、生活しやすいはずだ。
「これはいったい……」
俺も驚いたけど、当然ながら見ていた人達も驚いたわけで。
「え? なんで霊獣が人に?」
「……多分、これが本来の隷属契約の仕様だったようです。俺も今まで知らなかったんですが。てっきり意思疎通手段って念話的な何かだと思っていたので……」
チナーシャの疑問に俺も知らなかったという事実を返す。まぁ、初めてやった契約紋章術だしなぁ。……でも、そうなると、この術を開発した勇者は俺のようには獣と会話できなかったってことか?
「ご主人様。元の姿に戻った方が良い?」
「辛ければ戻っても良いけど、可能であれば、その姿で居てくれると助かるかな。みんな、霊獣の姿を見て怖がっているようだから」
「うん、わかった!」
ここで3つ、どうでも良いような悩みにぶち当たった。1つは、少なくとも獣人化した時に人と会話できるようになっていること。現時点ではエルフ語が理解できているかは謎だが、少なくとも人間の言葉……仮にヒューム語と定義……そのヒューム語が話せることは確定のようだ。もう1つは、マウッチュには多分マリアリス達が見えている。根拠は彼女達の姿を目で追うような様子が見てとれたから。最後に一番どうでも良い悩みだが、俺への呼ばせ方である。
……まぁ、寝ながら考えるとするか。多分、隷属契約がトドメだったのだろう。元々夜型だった俺の瞼がかなり重い。
「すみません。そろそろ体力の限界みたいで……先に休ませて貰いますね」
「おやすみなさい!」
俺が借りている客間へと向かうと、当然のようにマウッチュも俺の後を付いてくる。獣とはいえ、人の姿の彼女を本来であればみんなが止めるはず……なのだが、誰も止めない。霊獣をどう扱って良いのかわからない……多分、こんなところだろう。押し付けるわけにもいかないと考えた俺は、マウッチュの行動を咎めなかった。……正直、もう眠くて頭が回らない。
布団に入ると同時に意識が無くなり、目が覚めた時には既に明るかった。隣にはマウッチュが入り込んでいる。……どうりで誰も起こしにこないはずか。
「おはようございます、タイガ様。かなりお疲れだったみたいですね」
そうチナーシャに言われ、改めて時計を見ると11時半を示していた。明らかに寝過ぎである。マウッチュが居なかったら起こされていたかもしれない。
「あのぉ、その霊獣は……?」
「あ~。ほら、クラップンも夜行性でしょ? だからまだ寝てる」
目が覚めた時の状況、誰かに見られたら間違いなく事後である。……ある意味、誰も入ってこなくて助かったというか……マウッチュには寝方を教えるか、寝る時だけでも獣の姿に戻って貰う必要があるかもしれない。
洗面所で顔を洗った後、朝食兼昼食をご馳走になる。……朝食を食べ損ねたのは痛い。どんな食事だったのだろうか。
「そうだ。チナーシャさん、聞きたいことがあったんだ」
「なんでしょう? 答えられることでしたら、何でも」
昼食を8割食べ終えた辺りで、気になっていたことを聞いてみる。多分、この場にいるコトリンティータも気になったはずだ。
「巫術のことなんだけど、チナーシャさんが戦闘時に使っていた精霊を実体化させていたアレって何?」
「それは、【木精の召喚】といってね……」
彼女の説明によると、俺達が目にしている精霊は、この世界に実体はないが別のところにはちゃんと存在している。それが精霊界で自分を選んでくれた精霊と同じ属性の精霊だけみることができるのも、同じ精霊界の住人だから。つまり、巫術師というのは、例外なく精霊界を見る目を持っている……多分、オカルトの霊視のようなものだろう。召喚は、その精霊界からこの世界に相棒となった精霊を自分の身体を通すという簡易手続きで呼び出す技術らしい。
「当然ながらリスクもあります。ですが、わたしはこれしか知りません。それでも宜しければ教えますが、わたしも教えてほしいことがありまして」
「教えてほしいことって?」
「コトリンティータさんは召喚することなく精霊の力を引き出していました。あれはどういう仕組みなのですか? わたしでもできますか?」
まぁ、タダで教えてくれるわけがないか。……いや、相手はそういう意味で教えたわけではないかもしれないけれど、2人の戦い方は全然違うモノだったし、こちらがチナーシャさんの戦い方に興味を持ったなら、相手だって興味を持つことは充分にあること。
「あれは精霊の力を引き出していたわけでなく、俺との従属契約によって得られた彼女の素の戦闘力だよ」
「それは……確かヒュームの間で流行っていた婚姻契約?」
「……そう呼ばれた時代が大昔にあったみたいだけど、俺は本来の使い方をしているよ」
「それ、わたしもしたいです。……できますか?」
「できるよ」
まぁ、黒銀鉱の粉をあんなに貰ってしまった以上、断り難いというもの。……キスに関しては嬉々としてやりそうなんだよなぁ。エルフにとってのキスの価値観にもよるけれど。
「念のため聞くけど、契約を結ぶと俺の従者となってしまうし、何より契約には唇同士を重ねることが必要になるんだけど……平気?」
「望むところです」
……やっぱり、そういう人だよね。
「じゃあ、昨夜作ったインクの残りでやっちゃおうか」
1回分くらいであれば、ギリギリ足りるはず……捨てずに置いてあったので良かった。
「お願いします」
「……食事終わったらね」
「……」
コトリンティータが無言で俺の目をじっと見る。……何故か強い圧のようなものを感じた。




