01-5 リベルタスを復興せよⅤ(3/5)
基本的にこっちの世界の光量は足りていない。まぁ、電気がないのだから、光源にも限界がある。ましてや、ここは森の中。迂闊に松明を増やせば、それだけ火災がおきる可能性が高くなる。一応、視界に表示されている時計は20時を少し過ぎていた。
エルフにも暗視能力はないが、相手が夜行性の肉食獣だとしても【森の加護】を得ているエルフに死角はない。コトリンティータだけ視界的ハンデを背負う。俺は【透視眼】によって光量による影響はないが、昼夜問わず戦闘において足手まといである。
前方をガルタイキとチナーシャが歩く。遠くからでもチナーシャの機嫌が悪いと判る。その後、エルフの兵が4人ほど続く。その4人の中には、里まで護衛してくれたサキルティアさん達も含まれていた。次に俺とコトリンティータ。その後ろにもエルフの兵が4人。全員が松明を持っていて、周りを照らしている。野生動物であれば火を警戒するとは思うのだが、さっきの話から察すると、霊獣擁するクラップンの大群が、俺達を脅威と思うかどうかは微妙……いや、ないかな。
そもそも、何故クラップンの大群がこちらに向かっているという情報を仕入れることができたのか? それは当番制で夜の森を巡回しているかららしい。【森の加護】があるとはいえ、エルフにとっても危険であることには変わりない。それでも森の守護はエルフの使命らしい。
「ところで、コトリン。気づいた? チナーシャさんも、ガルタイキも巫術師だ」
「チナーシャさんに関しては気づいていたよ。同じ木の精霊を連れているから。でも、ガルタイキさんは……」
「あいつは風の精霊。相変わらず何を話しているかわからないけど」
紋章術をいろいろ実験してみた結果、作用している精霊の区別だけはつくようになった。だから、相手が何系統を使うのかも一目瞭然。
「チナーシャさんの精霊も、タイガさんにベタベタしていたね」
「何を話していたかは知らない。エイちょんと遊んでいたように見えたけど」
エイちょんとはコトリンティータの精霊、エイロの愛称。命名は俺。コトリンティータはちゃんと名前を呼んで欲しそうだが、エイロは嫌がっていない……むしろ嬉しそうに寄ってくる。
「あれは遊んでいたんじゃなくて……まぁ、いいわ」
俺も精霊の言葉がわかれば良いんだけどなぁ。聞こえさえすれば自動翻訳されると思うが、聞こえないのであれば翻訳もされない。
急にみんなの動きが止まる。止まった理由もわかっている。
「コトリン、剣を抜いて」
「……囲まれているぞ。陣形を組め!」
ガルタイキが俺に一歩遅れて声をあげる。まぁ、気づいたのはそっちが先っぽいけど。エルフといえば弓だと思っていた。が、彼らは片手剣を構える。やっぱり、そっちのが現実的だよな。松明を持っていて片手が塞がっている以上、片手で使える剣が最善手だろう。現にコトリンもソニアブレードを展開しない。まぁ、今回は大勢のエルフがいるからという話もあるが。
クリア条件はクラップンの殲滅……かな?
「コトリン、夜間のクラップン退治は大丈夫?」
「うん、平気」
ヒュームに【森の加護】はないが、彼女はレベル3である。そもそも身体能力が違う。襲って来るクラップンをコトリンティータも含むエルフ達が迎え撃って、確実に仕留めて行く。そんな中、俺は守られた状態で周りをよく見て、聞き耳をたてる。
「おい、お前! 何悠長に突っ立っている? 死にたいのか?!」
「静かに」
ガルタイキが怒鳴ってくるが、厳しい口調で制止する。
「何を偉そうに……」
「静かにして」
続けて、チナーシャさんも注意する。彼女は俺が何をしているのか察したのかもしれない。
「チナーシャさん、正面から攻撃系の巫術が来る!」
「な?!」
俺の言葉にガルタイキが動揺するが、チナーシャさんは即応じて見せる。
「……マリュナ!」
彼女がそう呼ぶと、彼女の背中からクリオネ状の緑色の精霊が実体化して現れる。
「【堅樹の垣根】!」
続けてそう言うと、詠唱していないのに木の根の壁が出現する。その瞬間、大音量が耳を攻撃する。何の音かは判別できなかったが、両手で耳を塞いでいたのに耳がバカになった。
……正直、これはまずい。何故ならエルフ達が夜間行動を可能にしていた【森の加護】の空間把握能力は耳によって成立しているからだ。これでは戦闘能力が格段に落ちる。
みんなが一気に苦戦されられる中、チナーシャさんとコトリンティータだけが先程以上にクラップンを倒していく。
「コトリン!」
「ごめん、耳聞こえない。エイロに教えて貰ってるだけだから」
なるほど。エイロが耳の代わりをしてくれていると。恐らくチナーシャさんも同じなのだろう。そうなると、何故ガルタイキは戦えなくなっているのか? 彼は明らかに剣の腕が鈍り、対応ができていない。
聴覚はいずれ回復する……それまでは周りに負担をかけないように動かない方がいいだろう。その間にできることはしておく。現在、【透視眼】【審判眼】の2つを重ね掛けしている。よって、敵の居場所は丸見え。問題はそれらのどれが霊獣かってこと。さっきは耳が聞こえたから会話から察することができたが、今は聞こえないので移動していたら居場所が特定できない。
最初は均等に襲い掛かってきたクラップン達だったが、徐々に攻撃対象がチナーシャさんとコトリンティータ以外になってきた。耳が聞こえないだけで、ここまで不利になるだろうかってくらい連携がとれずに1人ずつ動けなくなっていく。お互い背中を守り合ってこそ成立する陣形が、1人崩れたことにより全体が瓦解していく。
死亡者が出る前に何とかしなければ……と考えていた矢先に聴力が少しずつ回復してきた。第二射が来る前に対応したいところだが、こちらも動ける兵が少ない。死んではいないものの自分の身を護るだけで精一杯の者ばかり。
「コトリン、聞こえる?」
「うん、やっと聞こえるようになったわ」
「霊獣の元へ行く。護衛頼む」
「わたしも行く」
早期決着をつけるべく、動こうとしたら、チナーシャさんも聴力が回復したようで聞いていた。まぁ、当初の予定はそうだったわけで。……ただ、ここに本来加わるはずだったガルタイキは、名乗り出ない。聴力の回復がまだなのか、それとも……。
「わかった。行こう」
俺の誘導の元、3人で森の奥へと進む。意図せず分断されたクラップンはどっちを攻撃するべきか判断に困ったようだが、大半は残った側へと攻撃することにしたようだ。トータル的なリスクの判断というやつである。
霊獣との距離を詰めていくと、徐々に内容が判別できるまで声が聞こえてきた。
「さぁ、もう一発撃て」
「しばらく無理だし、そもそも嫌です……食料は充分あるじゃないですか!」
「森の食料は全て俺達の物だ。そこのエルフの集落の食べ物だって本来我々の物なんだぞ!」
……いや、エルフの里にある食べ物はエルフの物だろうよ。
そんなことを思いながら、無言で距離を詰める。会話の続きを聞こうと思ったが、2匹がこちらを見て会話を止める。音で気づかれたのかもしれない。
「お前がモタモタしているからだ。さっさと構えろ」
俺以外でも視認できる距離に近づく。こちらが見えているのだから、相手からも見えているだろう。そこには2匹のクラップン。その内1匹は少し大きめだが、他のクラップンと変わらぬ見た目で主に白と茶で構成されたリスみたいな毛並みのヤツ。だが、もう1匹は明らかに異質。薄い紫……いや、多少濃淡はあれども、藤色単色の毛並み。標準サイズより小さめではあるが、明らかに自然発生した感じには見えない。
「2人は、大柄のクラップンを仕留めて下さい。霊獣の方は多分、大丈夫です」
はっきりと2人と2匹に聞こえるように言う。
「ふざけんな!」
そう叫びつつ、クラップンが襲い掛かってくる。異常な速度による高速移動は俺には付いていけない速さではあるが、2人とも間に合っている。多分、あの雄のクラップンも殺されるわけにはいかないから必死に抵抗するだろう。
この間に、俺は霊獣の方の相手を試みる。無理そうなら奥の手を使うまでだが、会話から察するに多分大丈夫。
「こんばんは、初めまして」
「……どうして、ヒュームがわたし達と同じ言葉を話せるっチュ?」
まぁ、驚くよなぁ。俺だって飼っていたペットがいきなり話し始めたらビビる。
「ん~。そういう能力を貰ったんだ……そんなことより、殺し合い、好き?」
「ううん。嫌いっチュ」
やっぱりな。聞こえてくる会話から察して、この子は今回の戦闘に消極的だとは思っていた。
「良かった。じゃあ、俺達は殺し合いじゃなくて、話をしよっか?」
「うん!」
嬉しそうに目を輝かせる霊獣が可愛く見えてしまった。
「殺し合いが嫌いなのに、どうして今回の戦いに加わったの?」
「それは……あたし、みんなと違って気持ち悪がられるから……でも、1人で生きていけないし……ここのボスがね、仲間にしてくれたっチュ。嫌われないように頑張らなきゃ……」
「寂しかったんだね」
そう言って、俺は霊獣の頭を撫でる。
「じゃあ、仲間ができて寂しくなくなった?」
「……ううん。群れには入れてくれたけど、仲間とは仲良くなれないっチュ……元々、戦うことは嫌いじゃないっチュ。食べるためには最低限の戦闘は避けられないし、襲われたら無抵抗で殺されるのも嫌っチュ。だから、みんなに認められるためにも一生懸命戦ってきたっチュ。だけど……これは違うと思うっチュ」
元々クラップンは知能が賢い種族。その上霊獣ならば、他のクラップンより色々考えられるようになって、普通のクラップンの思考と違ってしまうのだろう。
「なるほどな。じゃあ、ウチの子にならない? 食事は甘いフルーツ。仕事は主に防衛と護衛。寝床も君用の用意してあげる。毎日可愛くいられるように綺麗に洗ってあげるしブラッシングもするよ? 大切にするから……どう?」
「もう、無理して生き物を殺さなくていいっチュ?」
……もうひと押し。
「うん。俺が家族になるよ……それとも種族が違ったら嫌?」
「なるっチュ。貴方の家族になりたいよぉ」
「決まりだね。俺の名前はタイガ。君の名前は?」
「……名前ない……付けて?」
「じゃあ、ちゃんと考えて可愛い名前つけないとね」
勝ったな。
「終わりにしよ。おいで」
名前なき彼女は俺の胸に向かって跳んできて、優しくキャッチする。小さ目とはいえ、大きさはバスケットボールを少し小さくした程度。重さは中身が空気ではないのだから当然ずっしりと重く……柔らかくて、暖かい。
彼女を抱っこしたまま、戦闘している2人の元へ向かう。
「終わったよ」
2人の背中に声をかける。
「おい、お前、仲間に入れてやった恩を忘れて、俺達を裏切るのか!」
「恩は忘れてないよ……でも、仲間より家族の方が大事だから」
……あれ? 何かニュアンスが……。
「お前と俺ならば、森の支配者にだってなれるんだぞ?!」
「……支配者は興味ない」
そう言って、彼女はプイッと横を向いてしまった。
「……」
ボスクラップンは、ゆっくりと後退りをし、森の暗闇へと姿が溶ける。……俺にはハッキリとまだ見えているけど。ただ、彼女を失った彼らの群れは戦意も失って、今後は里や街の近くに現れることは賢い獣故にもうないだろう。
「みんなのところに戻ろう。多分、もう退いているとは思うけど」
「……本当に戦わずに手懐けちゃった……」
俺が抱っこしている霊獣を見て、コトリンティータが苦笑いをする。
「流石勇者様。戻りましょう」
予想通り、他のクラップンも既に撤退した後だった。しかし、予想以上に怪我が酷く、しかも里も被害が出ていたようで、帰りは予定より遅くなることになってしまった。




