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01-5   リベルタスを復興せよⅤ(2/5)

 そこには老若男女雑多な人達が木製の檻に捕らえられていた。俺達の知った顔がないとはいえ、それだけで元リベルタスの住民ではないと断定できない。


「コトリン、この人達を引き取ろう。何故森に入ったのか取り調べる必要もあるし、何者なのかも気になるところ。それに、知らなかったとはいえ、ヒューム側の罪人をエルフの皆さんに押し付けるのは今後の友好関係のためにも良くない」


「そうね。……輸送だけ助けて貰って、こちらで処罰しましょう」


 コトリンティータからすんなりと同意を得られた。これで交渉が上手くいけばレベル持ちを確保できる。……この中に必須な人材が居ないとも限らない。


 話をつけるためにニーナレイアさん達を探すと、ガルタイキが捕らえられた牢の前で口論になっていた。コトリンティータには雰囲気から何かを言い争っていることは察しても、何を話しているか内容まではわからないと言う。……エルフ語での喧嘩のようだ。


「お見苦しいところを……確認は終わりましたか? それでは屋敷の方で話しましょう」


 俺等に気づいたチナーシャさんが、申し訳なさそうに族長の家へと案内してくれた。


 エルフが暮らす建物は全て木製だ。全体的にログハウスのような造りなのだが、夜間の冷気対策で屋内は板で壁と床が作られていて、板と丸太の間には断熱材のようなものが入っていると説明を受けた。建物の中は標準で3部屋。大きい物だと5部屋くらいある平屋が普通で、どの部屋にも暖気を得るための囲炉裏がある。屋根は茅葺き屋根のような見た目で、全部材料を森で調達していることがわかる。


 俺達が案内されたのは、標準よりもかなり大きな建物。族長の家と呼ばれているが、政務用の屋敷なのだとチナーシャさんの説明から理解した。そこにはゲストルームもあり、俺達が宿泊するところでもあるらしい。


 ヒュームの屋敷の応接室より広い、12畳くらいあるのではないかと思うくらい広い部屋に通され、何か柔らかい竹のような材質で編みこまれたクッションのよく利いた椅子に座る。大きな一枚板のテーブルといい、高級そうな調度品だと思わず見とれてしまう。


「今後について話し合う前に、1つ、失礼ながら確認させて頂きたいのですが」


 遠慮がちにチナーシャさんが尋ねる。


「どうしました?」


「もしかして、タイガ様は異世界から召喚された勇者ではないですか?」


 聞いているニーナレイアさんも話を止めない。彼女も同じ疑問を抱いているようだ。


「勇者……ですか。何故、そう思われたんですか?」


 わざと、コトリンティータが何の話をしているか伝わるように問いかえす。聞かれている言語はエルフ語だろうから。


「簡単な話です。コトリンティータ様とタイガ様の会話なのに、タイガ様の会話だけエルフ語に聞こえるからです。これまでの勇者様は全ての種族の言語を異世界から来たというのに話せると聞いていましたので」


 ……まぁ、そこからバレるよな……っていうか、これって異世界人共通スキルかよ。


「そうですね。全然勇者らしくないですが、異世界から来た勇者と呼ばれる存在で間違いないです。ちなみに、彼女が召喚主です」


「いえ、話に聞いていた以上に素敵な勇者様です」


 従属契約していない人にそう言われて、かなり照れ臭い。……まぁ、異種族なんだが。今回はそれでも良いと思える初めての例だな。


 すると2人が立ち上がり、再び来た時と同じくらい深々と頭を下げる。綺麗な銀髪がサラサラと肩から流れ落ちる。


「「知らなかったとはいえ、失礼の数々、大変申し訳ございませんでした」」


「いやいやいやいや、頭を上げて下さい。対応は普通で良いですから」


 そういうと、ゆっくりと彼女達は頭を上げる。


「もしかして、エルフの社会でも異世界から来た勇者というのは特別な存在なんですか?」


「そうです。丁重にもてなし、この世界について話し、できることは何でも協力するよう、先祖代々伝えられています」


 俺の問いに答えたのはニーナレイアさんだ。……しかし、また『何でも』か。この世界は『何でも』を軽く使い過ぎだよなぁ。無条件で勇者を善人と思っている節がある。あの召喚方法じゃ、そうとは限らないと思うんだけどな。まぁ、今回に関しては「できること」と前置きしただけマシだけど。


「そうですね。いくつか相談に乗ってほしいことはあります。まずはお互いの事情を知る方が先決でしょう」


「……ふーん。わたしの時みたいに脅迫しないのね?」


 真面目に受け応えている中、コトリンティータが、俺の耳元に小声で囁く。


「あちらに非はないからな」


 若干不服そうではあったが、気持ちを切り替えて話し始める。


「先ほども申し上げた通り、少なくともリベルタスの住人は森に入っていません。牢に捕らえてあった人達の顔に心当たりはありませんが、近隣の村から来た可能性はなくはありません。そこで、どういった状況でこういうことになったのか知っていることを教えて頂けませんか?」


 その問いにニーナレイアさんが通訳の必要がないヒューム語で話してくれた。


「確か20日くらい前からですね。以前から森に入って荒らすヒュームがいなかったわけではないのですが、どんな種族にも問題のある人はいる……そう思って、仕置き的な意味合いで捕らえて反省して貰うことはあったのですが、明らかに人数が増えてきたんです」


 なるほど。期間的に丁度村人の転居審査を行っていたタイミング。元々はあの中に紛れていたスパイが様子を探るために森に入り込んだ可能性、または村人に紛れるために森から廃屋へ来ようとした可能性はあるか……。


「こう言っては何だけど、リベルタスへの報告義務とか無いんだから、勝手に裁いて独自の処理をする方法もあったと思う。どうして知らせを?」


 素朴な疑問をぶつける。リベルタスとリバティアでは自治の管轄が違う。そして、ずっと疎遠だった。ならば、罪人に遠慮する必要はないのではないかとも思ったのだが。


「元々、我々はエルフがエルフを、ヒュームがヒュームを捌くべきという考えを持っています。確かにエルフの法で捌くことも可能でしょう。ですが、今回はこちらからも助けて頂きたいことがあったのです」


「……助け……ですか?」


 コトリンティータの尋ね方から察するに、今のリベルタスに負荷はかけられない……街の状態を正確に把握しているからこそ、求められるものに怖さが付きまとっているのだろう。


「実は最近、霊獣が確認されました」


「え?!」


 明らかにコトリンティータの雰囲気が変わる。それも無理のない話だ。


 霊獣とは、獣類が生まれて間もない頃に精霊に同化させられた存在である。獣でありながら巫術を使い、同類の獣より遥かに強い。しかし、本質は獣のままなので、基本弱者は蹂躙する。人間からしてみれば天災そのものだと本には記されていた。


「しかもよりによって、クラップンの霊獣です。我々の里はもちろんですが、森もリベルタスの街も甚大な被害が出るかもしれません」


 クラップンは群れで行動し、統率がとれていて賢い。そこに人間を凌駕する力を得たことに気づいてしまったら、正直この辺の食料は底をついてしまう可能性がある。


「そちらの被害は?」


「まだありませんが……時間の問題かと」


 コトリンティータの表情がどんどん深刻なものへと変貌していく。彼女がチラッと俺を見る。同じタイミングでニーナレイアさんも俺を見る。……まぁ、俺はある意味部外者だから最低限だけ発言しようと思っていたが、コトリンティータとしても想定外だったに違いない。


「うーん。確認だけど、霊獣を含まないクラップンの群れであれば撃退は可能?」


「ただのクラップンであれば……霊獣と共にいるクラップンの数も多いですが、こちらも数を出せますので……ただ霊獣と戦える者となると、わたし含めて3人ですね」


「それなら、何とかなるかな」


「「「え?」」」


 3人の声がハモる。……コトリンティータ、お前もか!


「厳密に言えば、霊獣の相手はコトリンティータだけで平気だと思う。ただ、相手が巫術を使うとなると霊獣以外の相手はできない。かといって、霊獣と戦うこともできないような人が霊獣の周りのクラップンを惹きつけるというのは、霊獣に蹴散らされる可能性が高い」


「なるほど。周囲に展開されたクラップンは我々エルフの兵で。霊獣の近くにいるクラップンは霊獣と戦うことができるメンバーで。そして、霊獣はコトリンティータ様にお任せして良いということですね」


「厳密には違う。コトリンティータ1人に任せないよ。俺が彼女をサポートする」


 そう言った瞬間、コトリンティータが安堵しているのがわかった。


「メインで戦って貰うのはコトリンティータに間違いないですが、俺の能力を使って、彼女を補佐することで絶対に負けない」


「タイガ様の能力って、何ですか?」


 多分会話は俺の言葉しか理解できていないだろう、チナーシャさんが俺に訪ねる。


「簡単に説明すると、目だよ」


 以前、リベルタスの人達に説明したように大雑把に目による能力を説明する。そして、戦闘向きではないことも。てっきりガッカリされるかと思ったのだが……。


「すごいです! タイガ様の力があれば、疑心暗鬼にならなくて済みます。タイガ様は軍師タイプなのかもしれませんね」


 ……軍師……そう言えばカッコイイが、要はゲーマータイプなのだ。しかもゲーマーとしては雑魚レベルの……と、自虐してみる。


「そんなことはないよ。俺は自分のことを勇者らしくないと思っているから」


「勇者らしいって、そんなの思う人の勝手なイメージじゃないですか。わたしは貴方がどんな理由であれ、無縁なこの世界の人々のために力を尽くそうとしている時点で勇者だと思います」


 やべぇ。目から汁が出そうだ……これは自分でもチョロいとは思うが頑張るしかないでしょ。


「ありがとう。最善を尽くします」


「……」


 何か生温い視線を感じるなぁと思ったら、コトリンティータが半眼でじっと見ていたよ。


「何?」


「……別に」


 こういう展開もフィクションでなら何度も見たことがあったけど、実際に体験して、何故か感慨深いものがある。……とりあえず、これ以上詮索しても藪蛇というものだ。


「では、先制を仕掛けて被害が出る前に討伐するということで……次はこちら側の話ですね」


 そう言って、チラッとコトリンティータを見ると、彼女が頷いてから話し始める。


「相談したい内容は主に2点。1つは、交易を行いませんか? という提案です。現在、リベルタスとリバティアでは交流がありません。その結果、我々は盟約の件も含め、その時の領主の意向次第で都合よく歪曲や忘却が可能なのです。それを監視して頂くための交流です。ただ、漠然と人の交流となると実際難しいところもあります。例えば、誰がリベルタスから来たヒュームなのかエルフの皆さんからすれば判り難い。そこで、まずは物の交流から始めませんか?」


 大人数の異種族が混ざるというのは、刺激的で楽しい側面はある。しかし、生活習慣や文化が違うのだから、当然問題も発生し、対立を生む。だから、最小限の人の交わりで済むように最初は物で交流……つまり、交易をするべきと。


 この提案であれば、相手にもメリットが実はある。それに気づかぬフリをしつつ、霊獣討伐を手伝うということにも一切触れなければ、相手は言わなくても自覚しているので、受け入れやすくなるという算段である。……少しでも恩着せがましくすれば、一度は受け入れてくれたとしても、その印象は全然変わる。……受け入れさせてしまえば後は関係ないと考える輩を俺は多く見てきたが、どうもその考え方が性に合わない。利益も大事だが、信頼関係を築く方がもっと大きな財産になると思っている。


「具体的なプランはありますか?」


「もちろんです」


 コトリンティータはみんなで練った計画を説明していく。簡単に言うと、リベルタスにリバティアからの大使館を作ろうというもの。そこで、リバティアから来たエルフのサポートをしようというわけである。それに合わせて、リベルタスとリバティアを繋ぐ道を整えて、移動時間の短縮及び気軽に行き来できるようにしようという。最初は用事もないし、知らぬ土地故の怖さもあるだろうから行き来するのは商人くらいだろうが、日帰りで戻って来れるのであれば、ゆっくりと交流は増えていくはずだと。


「……どうでしょうか?」


「確かに、その方法であれば可能かもしれませんね。少し検討させて貰っても宜しいですか?」


「もちろんです」


 どうやら、コトリンティータのプレゼンはとりあえず1つ成功したようだ。


「それでもう1つは?」


「大変恐縮なのですが、森の一部、リベルタスに面する土地を譲ってほしいのです。実は訳あって、今リベルタスは人口が急増していまして。襲撃してくるかもしれない敵に備えなければならないため、街道に向けて住居を増やすのも難しく……何とかなりませんか?」


 実はこちらを通すことが難しい。何故ならばリバティア側にほぼメリットがない。全くないわけではないが、そのメリットと土地を失うリスクが釣り合っているかと問われると、正直微妙なところだ。


「切り出した分の木は、森に隣接する他の土地に植林し、森の総面積を変えないようにします。ですから……」


「それも、少々相談させて貰っても宜しいですか? わたしが独断で決めることは難しいので」


 多分、これもフェイク。断定できないが、答えは既に出ていると思われる。それでも、即答を避けたのは、身内へのパフォーマンスである。族長とは独断する者ではなく、決断するものであり、自分以外の沢山の意見から自分の考えに沿う有力意見に決断して任せる者である。……少なくともこの世界ではそう考えられている。そして、俺達は説得できるだけの材料をわざと見せている。


「あと、提案ではないのですが……牢に入っているヒュームの罪人はこちらで預り、ニーナレイア様にも意見を頂きつつ処罰したいと考えております。そこで申し訳ないのですが、安全に輸送できるよう、人員をお貸し頂けませんでしょうか?」


「わかりました。こちらも検討させて頂きますね……そろそろ夕食に致しましょうか。ささやかですが食事の席を設けておりますので、どうぞこちらへ」


 俺から見たらコトリンティータは大人びているのだが酒宴でないあたり、こっちの世界の人間であれば種族が違えども未成年は一目見ればわかるのだろうか? それに未成年の飲酒はこちらでも非合法なのか? それともエルフ族はお酒を飲まないのか? それと、食事と聞いてもう1つ気になること。……やっぱり、エルフって菜食主義者なのだろうか? 来たばかりの頃はフルーツばかり食べていたせいか、肉に飢えているんだよなぁ。


「さぁ、どうぞ」


 通された別の部屋には、沢山の食事が用意されていた。……肉、あった。エルフは菜食主義者ってやっぱり偏見だったよ。


「美味しいですか? お口に合って良かったです」


「うん、すごく美味い」


 チナーシャさんも嬉しそうで良かった。


 雑談で盛り上がっていたのだが、武装したエルフがニーナレイアさんにコソコソと何か話した時から雰囲気が一変した。


「コトリンティータ様、タイガ様。大変申し訳ございませんが、力を貸して頂けないでしょうか?」


「どうしました?」


 ただ事ではない雰囲気なのは伝わっていて、コトリンティータが聞く。


「クラップンの大群が、こちらに向かっています」


「総員、迎撃準備。それと、ガルタイキを牢から出して連れてくるように!」


 ニーナレイアさんがテキパキと指示を出す中、俺達も戦闘に出る準備を始めた。

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