01-4 リベルタスを復興せよⅣ(5/5)
リベルタスへ入るのを阻止するために作られた仮の門の外には人が群がっていた。もちろん、おとなしく整列しているわけではなく、なかなか物騒だった。
「中に入れろ!」
「何故、入れないの?!」
……おぅ、騒いどるわ……必死な移民希望者は中々の迫力である。
この仮の門はリベルタスの外側に乱立する廃屋群の外側に急遽作られた門で、目的は密偵を含む外部からの侵入を防ぐため。そして、廃屋と新築の間にも壁が作られている。これも仮の門で無理矢理に侵入してきた人を阻止するための最終防衛ラインが設置されている。今はとりあえず二重の壁で防ぐスタイルを試している。
「タイガさん」
キヨノアさんと駆け付けた俺を見つけたコトリンティータが駆け寄ってくる。
「……来たか」
「予測通りですね……思ったより遅い?」
「むしろ来ない方がよかったでしょ」
俺、コトリンティータ、キヨノアと考えを吐露する。……まぁ、ぶっちゃけ余裕かましている場合ではない。……俺が正論をぶつけながら対応するのが手っ取り早いけれど、それでは多分ダメであり、コトリンティータが対応したことをアピールすることに意味があると思う。
「コトリン、ちょっと……」
俺はコトリンティータを廃屋の1つへと連れていく。
「折角面接が終わったのに……今日から面接再開?」
「うーん。一応確認。コトリンは今押し寄せてきている移民希望者の中に見た顔はあった?」
そう問いかけるも、彼女は渋い顔。
「そもそも街の人達と直接的な交流って無かったの。むしろ、キクルミナやホノファ、キヨノアに聞いた方が良いかも」
「……ふむ」
結局、みんなに面通しを遠目からして貰った結果、予想通り元リベルタスの住民が多数。こうなるとかなり厄介である。
一度、セレブタス家の食堂に集まって、打ち合わせをする。
「みんなの意見を聞く前に、俺の意見を聞いて欲しい」
こういった手順になるのは久しぶりだ。人が増えて関係者間での意見交換が活発化しているので、なるべく黙っていようと心掛けているのだが。
「この世界での一般的な対応はわからない。けれど、俺はリベルタスを去った人達に再びリベルタスで暮らして欲しくない。……そりゃ、どうしても一部例外というのは出てくるかもしれない。でも、街を離れられる人というのは、街を失うことに抵抗がない人なのだと思う。そういう人はリベルタスで暮らさなくとも、何処でも暮らせるし、街の危機には逃げることを選ぶと思う。……コトリンが1から再構築したリベルタスの街を大事に思って貰える人にこそ俺は住んで欲しいと思う」
残念なことに生まれる国、生まれる領、生まれる集落は選べない。快適な集落もあれば、大変な集落、もしくは途中から厳しい環境になる集落もあるだろう。例えどんな環境であったとしても、貢献度の序列に関係なく、快適な街に育てようと頑張ってきた人達が報われる街であってほしい。都合によって居場所を変える人は居を構えず、観光・仕事目的の短期間滞在で良い。……これが、俺のゲームをしてきて学んだ子供でもわかる住人の礼儀作法だ。
「さて、みんなはどう思う?」
みんなに問いかける。仮に俺とは違う結論に至ったとしても、それはそれで良いとも思っている。そもそも独断で運営された集団に未来はない。集団での多数派こそ正義なのだ。その決断が間違っていたとしても、それに賛同した多数派が責任を持てば良い。
「わたしは、タイガさんの意見に賛同します。みんなは如何ですか?」
コトリンティータが最初に意思を表す。その後見回して、全員が同じ意見として意思を表した。これで面接の合否の方向性が決まったようなもの。
「ところでタイガさん。一部例外と言っていましたが、どんな方ですか?」
「あ~、元リベルタス住人で許可を与えるべき人か。例えば、今住んでいる住人の血縁者だな。元々フォルティチュードに親戚がいて、今回の一件でリベルタスに越してきて貢献してくれた。それなら、その血縁者も貢献してくれた人に免じて許可しても良いと思う」
面接において、もう1つ例外を出すならレベル保持者とその家族だろう。まぁ、レベル保持者に関しては他の人に確認できない内容なので、必要な人材だからってことにしようとは思っている。……もちろん、密偵は除く。
基本的に現住民に縁の無い元リベルタス住民は許可しないので帰るか近隣の村で暮らすかの選択制。密偵においては、この場で逮捕。取り調べといったところか。
さて、そろそろ戻って面接の準備を……なんて思っていた矢先。
「失礼します。コトリンティータ様、門の外でエルフとドワーフが現れまして対応に困っております。来て頂けないでしょうか?」
衛兵の1人が慌てて呼びに来た。ドワーフに関しては俺達に心当たりがある。しかし、エルフとは……? 思わずコトリンティータを見る。
「何故、エルフがヒュームの街に?」
どうやら彼女も心当たりがないっぽい。
「とりあえず向かおう。相手は俺がするから、コトリンは後ろで見ていてね。相手が代表だとわかった時に何するかわからないから」
そう釘を刺しながら門へと戻る。……しかし、心の内は違うことを考えていた。
亜人種。まぁ、この世界ではそんな呼び方はしないだろう。もしかしたら失礼な呼称になるかもしれないから、絶対に言わないように実は気を付けている。ヒューム族は見た目が人間と変わらないから、それほどの違和感は無かった。だが、亜人種なら流石に異世界に来たと実感できるだろう。
実は以前、マキアティからドワーフの話が出た時から気になって、ドワーフについて尋ねてみたことがある。
「そうですね、改めて考えたこともないけど……ドワーフはヒュームと同じく人間……つまり、精霊の加護を得ている精霊信仰者ですね。それと、ヒュームと比べた時のドワーフの特徴といえば、寿命が5倍。平均身長は男性が150センチくらいで、女性が140センチくらい。もちろん、寿命も身長も個人差があります」
この世界でのヒュームの身長は男性が165センチくらい。女性が155センチくらい。この辺は俺の認識と変わらない。
「あとは基本的に山で生活しています。とても頑丈で樽のような体型をしていますが、男性は加齢と共にお腹が大きくなり、髭を伸ばし始めます。女性は、お腹ではなく胸が大きくなり、服を着ると男性と体型が変わらなくなります。あと、女性は髭がないので伸ばせない代わりに髪を伸ばす習慣があるみたいです」
残念なことに、この世界のドワーフは暗闇を見通す目も標準装備でなければ、手先が特別器用でもない。ただ、山で暮らしているだけあって鉱石や霊石に精通している人が多いらしい。
門に辿り着く。報告通り衛兵達は困っているように見える。
「あの、もしかして貴女は?」
最初に1人で特大な荷車を牽いているドワーフの女性に先に声をかける。
「えっと、話聞いてませんか? わたし、ユイクオールです。マキアティって連れが街にいると思うのですが」
頬を赤く染めて恥じらう、しおらしい雰囲気なのに、その怪力にドワーフを感じた。
「伺ってます。どうぞ、街へ入って下さい。直接案内したいところですが……ちょっと無理そうなので、別の者に案内させます。マキアティは鍛冶ギルドにいると思いますので。あとで詳しい説明をするため、会いに行かせて頂きますね」
そう言って、まずはユイクオールさんを中に通した。……で、問題はエルフの方だった。
次にエルフ達の方を見る。エルフは見た目10代前半に見える金色が混じった銀髪と赤紫色の瞳の男の子と、金髪で青い瞳の10代後半に見えるエルフの男女。その2人は男の子の後ろについていて武装しているところから護衛なのだろう。
「どうしました?」
衛兵をしてくれている男性に声をかけると、彼はとても困っているようだった。
「何か必死に話しているんですが、何を話しているかわからなくて」
……あ~、やっぱり衛兵に最初声掛けて正解か。多分エルフ語で話しているのだろう。俺には同じ日本語に聞こえているんだけど。
「お待たせしました。どういったご用件ですか?」
俺がそうエルフの男の子に声をかけると、彼はかなり驚いていた。
「やっと言葉のわかるやつが出てきたか。お前が領主なのか?」
……目上の人間に生意気な口調……とは思ったが、エルフの年齢は人間より遥かに長寿。見た目通りの年齢ではないのだろう。それにしても、初対面に対する話し方ではないな。
「いや、言葉がわかるだけ。領主様に何かご用件が?」
「領主ではないなら関係ない。領主を出せ」
「生憎、領主様は不在です。代わりに話を伺いますが?」
「関係ない奴がでしゃばるな。不在ならば待たせて貰う」
エルフ達はそういうと、すぐ近くの森の中へと向かう。……さて、どうしたものやら。面倒な相手なようだ。
「お客様、街の宿を利用されては?」
「……不要。ヒュームの街で待つなど耐えられん」
偉く面倒な相手……でもないのか。護衛の方が何やら困った表情をしている。問題なのはエルフではなく、彼だけのようだ。
3人が森へと向かう中、護衛の女性だけが振り返り、ペコペコと頭を下げていた。
とりあえず、コトリンティータにこのことを相談しないと……と、思っていると先程の護衛エルフの女性だけが戻ってきた。
「あの、先程はすみません」
「えーっと、どうかしました?」
「少し、お時間頂いても宜しいですか?」
……? よくわからないが、彼女は物腰が柔らかく丁寧な印象を受けたので、とりあえず街の中へ入って貰って、屋敷の応接室……というわけにいかなかったので、近くの廃屋の内、比較的綺麗な場所を案内する。少し前まで村人が暮らしていたので、不衛生な印象は全くなかった。ただの空き家といった印象だ。
「こんなところで申し訳ありません。現在、色々あって街を再建中で」
「あ、お気になさらないで下さい。むしろ、先程の失礼な発言、大変申し訳なくて」
「いえいえ。それこそ、貴女の発言ではありません」
彼女はとても恐縮しているようだ。……こんなことなら、【審判眼】だけでも使っておくべきだったと後悔しつつ、この場にいるミユーエルに期待するしかなかった。
「あたしはリバディア氏族、ブルフォード家のサキルティア。名前を伺っても宜しいですか?」
先程の男と違い、この人はちゃんと相手に敬意を払ってくれる人だと理解した。
「俺はタイガ=サゼ。セレブタス家の客人でリベルタス復興の手伝いをしています」
「そうでしたか。ヒュームの寿命は短いので、もしや盟約をお忘れではと心配になったのですが、それ以前の問題だったようですね」
「盟約ですか? あの、実は今の領主は急死しまして。もしかしたら、伝えられていないかもしれません。宜しければ教えて頂けませんか?」
多分、コトリンティータはこのことを知らない。もしや、知らない間に盟約を破ってしまったかもしれない。それならば対応をしなければ……大問題にならなければ良いが。




