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01ー1   リベルタスを復興せよⅠ(2/5)

 神殿? なんとなくギリシャのパルテノン神殿を思わせる石造建築物の中で、祭壇のような物の上に立っていた。建築物とはいったけれど壁のようなものはなく、屋根は複数の柱で支えているだけの建物で屋外とあまり変わらない。例えるならば、東屋を大きく豪華にした感じだ。


 外に出ると窓のある壁に囲まれていて、ここが何処かの中庭であることが判った。窓とは言ったが、ガラスはなく明り取り的なモノなのだろう。窓からも簡単に中へ入れそうではあるが、周りに人の気配がしないことが気になった。


「ここ、何処デシか?」


 急に声をかけられてビックリして振り返ると、見慣れたヤツがいた。


「なんだ、マリアか……ビックリした」


「ごめんなさいデシ。わたしも急に別空間に転移させられて……怖いデシ」


 蝙蝠状の漆黒の羽を広げて浮いていた彼女は俺の背に負ぶさるように抱き着いてきたが、その質量をまったく感じさせない。実体がないからと考えれば納得できなくもないが、温もりがあるので納得できない。見た目は10代前半。低身長で幼い顔立ちをしているが俺より年上なので子ども扱いすると怒る。毛先が緑に変色しているストレートの銀髪にゴスロリのような黒を基調としたドレス姿。声色も幼く、どう見ても子供……人間ならって話だが。


 彼女の名はマリアリス。魔界の上位貴族様の末娘だと自称しているが、俺には確かめる術がないので、自称ということになる。魔界の貴族様というから呼び出せた時は期待したが、今となっては無能なペット4号である。


「ここに来てどのくらい経った? 他の連中は?」


「うーん……多分15分くらい……誰にも会ってないデシ」


 意識していなかったから気づかなかったが、わかりやすく頭上に『マリアリス Lv1』と表示されている。……はい?


 他にも不自然なところはないかと意識すると、視界の右上には『祝霊歴1920年12月31日-10:35』と日付と時間が表示されている。他にも左下にはいくつかアイコンが表示されている。点滅しているアイコンに手をかざしてみるとメールのようなテキストが表示される。


[オマケとして、帰るために行うべきことをナビするミッション機能や便利機能をつけたインターフェイスを馴染みのあるゲーム画面に似せて付与しました。……頑張って下さいね!]


 そして、すぐにアイコンを起動させるのに動作は必要ないことに気付く。意識するだけで閉じたり起動したりするようだ。


 ……これって、意外に有能じゃないか? もしかしてメイン能力より有能かもしれん。


「ここでじっとしていても仕方がない。何より人の気配というか生活音がしないことに違和感しかない。少し様子を見て回るから、マリアも付いて来て」


「はい、一緒にいくデシ~♪」


 緊張感のない楽しそうな声が背後から聞こえる。過去の経験から離れろと言っても聞かないのは知っているので、そのまま移動を開始した。


 周りを見渡し、唯一の出入り口と思われるところを通って、建物の中へと入る。建物の方はパルテノン神殿風東屋とは違い、レンガのように積まれた石作りの屋敷だ。もちろん全てが石というわけでなく、金属や木材も利用されており、何となくファンタジーゲーム内の建物をイメージしたが、それとも厳密には違うかもな……知らんけど。


 こんなに大きな屋敷であれば使用人らしき人が居ても不思議ではないものの、それらしき人に遭遇しない。まるで無人の建物のように静かだったが、微かに人の声が聞こえてきた。


「……あなたにいなくなられたら……待って!」


 自動翻訳なのか言葉がわかるのは助かった。扉の向こうから聞こえてくる女性……いや、少女かな……の声。声の主は必死に訴えていたが、無情にも扉が閉まる音と共に静寂が訪れる。少なくとも複数名がそこにいた。そして、1人は出て行ったと推測できる。


「マリア、扉の向こう側を見てきて」


「はい、言って来るデシ」


 マリアに限ったことではなく、悪魔や妖怪、幽霊なんてものは普通見ることができない。俺も見ることができなければ、存在しないと断定するところなのだが、見えてしまっているのだから存在を認めざるを得ないし、何より一度はその利点を使って悪いことを考えなかったこともない。……失敗に終わるから諦めたのだが。


 見えないという利点と、扉や窓を透過して抜けることができるという能力を利用して部屋の様子を確認して貰う。彼女に先行させるのは、不用心に中へ入って囚われるのはゴメンだし、場違いであれば避けることも可能だからだ。だが、そんな心配はすぐに戻ってきたことから無用だったようだ。


「女の子が1人だけ。何か泣いてるっぽいデシ」


「『っぽい』って……泣いていたんだろ?」


「多分?」


 うーん……まぁ、女の子が1人なら大丈夫かな。多分先程聞こえた声の主だと思うし。


 そっと木製の扉を引く。ギシッと思いの外大きな音がして扉が動く。中は大きな部屋のようで、女の子がこちらを見ていた。実際にはわからないが中学生くらいの年頃で、淡い色の金髪に青い瞳。肌は白いが、顔は白人のそれというより、色素が白人並に薄い日本人のように見えなくもない。頭上には『屋敷の娘 Lv1』と表示されていた。……屋敷の娘ってレベルがあるのか……。そんなどうでも良いことを考えながら声をかける。


「あの、この屋敷の方ですか?」


「貴方は何者ですか!」


 毅然とした声。明らかに声に警戒の色が含まれていて、立ち上がって身構えていた。


「誰かに呼ばれた気がして。そしたら問答無用で、そこの祭壇っぽいところに立っていた。誰もいないから事情を知っていそうな人を探していたんだけど」


「本当ですか? 本当に中庭の祭壇から来たのですか?」


 黙って頷く。……あぁ、あそこは祭壇で合っていたのか。


 最初こそ疑いの眼差しを向けていたが、上から舐め回すように俺を見て様子が変わった。


「……嘘ではないみたいですね。そんな服装は見たことないですし」


 彼女は警戒の色を残しつつも身構えるのは辞めた。……ちなみに、俺の格好は高校時代に愛用していたジャージ姿である。


「何故今頃?……何度も何度も儀式を行ったのに……」


 あぁ、やっぱり何度も呼び出していたのはコイツか。


 根拠はこれまでスターシアが俺を直接召喚していたわけではないと気づいていたから。彼女に呼ばれた時は如何にも「召喚魔法です」的な魔法陣が現れずに視界が変わった。だが、一度も応じなかったとはいえ、何度も誰かから呼び出されていたのも事実。その人物と無関係の人のところに送り付けるとは考え難かった。何せ、「自主的に~」と言っていたくらいだし。なので、正しくは「スターシアが強制的に俺を呼び、召喚魔法を唱えていた人物へ送り付けた」というのが今回の現象である。……それよりも。


「俺の世界では魔法なんてモノは存在しない。そこで問題だ。得体の知れない光が自分を中心に模様を描き始めたら、あなたならどうする?」


「魔法というモノが何か知りませんが……とりあえず逃げます」


「そういうことだ」


「……」


 そういうと、思考がフリーズしてしまったのか彼女は数秒間沈黙してしまった。


「じゃあ、何で今頃?」


「不可抗力」


「……」


 再起動したかと思ったが再び数秒間の沈黙。


「……なんかごめんなさい」


「うん、もういい……とりあえず帰れれば文句はない」


「うっ」


 どうやら、ラノベやアニメと同じ異世界召喚モノの王道のようだ。


「呼んでおいて、来るのが遅いと悪態ついて、帰す方法を知らないと?」


「……本当にごめんなさい」


 彼女は深々と頭を下げ、膝丈以上ある長い金髪が床に着くのを見ながら俺は大きくため息を吐く。この世界でも頭を下げるのが謝罪の仕方なのかと思いつつ、どうやら本当にスターシアが出していると思われるミッションを全てクリアしないと帰れなさそうだと悟る。


「とりあえず、今は異世界から来たばかりで何の事情も常識も知らない。だから、まず状況を説明して貰ってもいい? ……えーっと……何て呼べばいい?」


 彼女は深々と下げていた頭を上げる。もうその目には警戒の色はなく、むしろ申し訳なさでいっぱいになっていた。……案外素直な良い子かもしれない。


「わたしは、アルタイル領領主セレブタス侯爵の娘でコトリンティータ=M=セレブタス=アルタイルと申します」


 見た目から中学生くらいの年齢と考えれば、随分と礼儀正しい女の子である。翻訳の加減もあるのかもしれないが、敬語も使えている。こっちの世界であれば、知識としてはあっても実際には使えないのではないだろうか? ……いや、俺が知らないだけで、そういった人種はいるかもしれない。それに、彼女が実は驚くほどの童顔な成人女性の可能性もある。


「俺は大牙。で、まずは異世界人である俺をわざわざ召喚しようとした経緯から教えてほしいんだけど」


「そうですね。では、立ち話をするには少々長くなりますので、どうぞこちらへ」


 そう言うと俺が入って来た扉とは違う見た目から立派な大きな扉から出て、応接室と思われる場所に通された。椅子を勧められ、高級そうなアンティーク調に見える椅子に腰をかけると、彼女はテーブルを挟んで対面に腰掛けた。先程から背中に抱き着いていたマリアリスに関しては俺が腰を下ろすと当たり前のように膝の上に座る。相手に見えないからとやりたい放題なのだが、それはこの世界に転移させられる前からの話なので、俺も猫が乗っているくらいの感覚になっている。……どうせ、機嫌の良い間は離れない。


 ふと見ると、頭上に表示されていた『屋敷の娘 Lv1』という表示が『コトリンティータ Lv1』と変わっていた。……もしかして、名前を知ると表示が変わるっぽい?


「1年ほど前のことですが、お父様が病気により他界しました。わたしが気づいたのは丁度その頃なのですが、それよりも前から問題は発生していたのかもしれません」


 1年前? 俺が異世界召喚の魔法陣に強襲され始めたのが約5年前……ということは時間軸にズレが生じているってことか。まぁ、考えてみればミッション終わって帰るのが転移された時間になることを考えれば別に矛盾というわけではないか。


「気が付いた頃には既に街から人が減っていました。急に減った印象がないので、徐々に減っていったのだと思います。ただ、最初はお父様が亡くなってお母様が臨時で治めることになるということから、思うところがあった人達が引っ越したのだと簡単に考えていました」


「えっと、コトリンティータさんのお母さん? が領主代行をすることに不満のある人がいたってこと?」


「いえ、そうではありません。この世界での領主は血縁内であれば文武財共に優れている者というのが一般的なのです。能力的に優れてさえいれば何の問題もありません。ですが、お母様は領主としては戦闘能力が不足しているのも事実。代行とはいえ、不安を覚えた領民が居ても不思議ではありません」


 戦闘能力ねぇ……異世界だから、お役所仕事ができても領民を守れないとダメってこと?


「すぐに落ち着くと思われていたのですが、街の人口は減り続ける一方。その頃にはアルタイル領の安泰を宣伝するべく、わたしの婚約者を決めることになったのです。ですが、婿に来ていただくとなると一緒になっても良いと思える人がいなくて」


「うーん。領主の娘ともなれば、婿になりたい人なんて沢山いるような気がするんだけど」


「貴族の婚約は難しいんです。わたしが領主になりますので、婿に来て頂く場合は領主の座を放棄していただける方で、財力が釣り合っていないと……その上、武術でわたしより強い方で、人間性において相性の良い方となると……」


 よくわからないが、選り好みできるほどの余裕はあるってことか?


「そこで、異世界から勇者様を召喚して、その方と婚約したということにすれば丸く収まると考えました。なので、最初は『人生を捧げるに値する、わたしを受け入れてくれる勇者』という条件で召喚紋章術を起動しました」


 それにマッチングしたのが俺ってことか……スターシアは知っていたのか?


「ご存知の通り、その召喚は失敗。その後も失敗は続き、その間も街の過疎化が進みました。流石におかしいと考えたお母様は私兵を調査に向かわせましたが、数日後には殺害され……。それが原因で住人の流出に拍車がかかり、使用人まで辞め始めてしまいました。自分達で解決する手段がないと悟ったお母様は実家まで助けを求めに行ったのですが、行方不明に……つい先程、最後まで一緒にいて下さった執事も辞めてしまって途方にくれていたところです」


「なんか、散々だな……」


 言葉にはしないが、恐らく原因は領主である親父さんの不手際だろう。もしくは、何らかの手段で情報を遮断されて消されたか。


「なるほど。だから遅いと言われたわけか。それじゃあ、もう用無しか?」


「いえ、その……一緒にこのリベルタスを元の主都へと復興させる手伝いをお願いします」


 復興なんて、ぶっちゃけ具体的にどうしたらいいのかなんて知るわけがない。だが、そんな俺でもわかることがある。それは、彼女に街の復興をするほどの力がないということ。その根拠として復興する力のある人は、こんな状態になるまで街を放置しないだろうから。もちろん、何もしなかったわけではないのだろう。でも、結果的に人の流出を止めることができなかったわけだ。それに手伝えと言われても、俺だって知識は所詮ゲームで得たモノだから他人を指導できるような人間ではないわけで。


 ふと、ミッションというコマンドが点滅している。それを選ぶと《リベルタスを復興せよ》という表示が出ている。……マジかよ……。


「先に言っておくけど、これまで街を治めたことはない。更に言えば、戦闘能力だって新人兵士どころか、見習いの子供より弱い。正直、召喚対象になったこと自体が間違いじゃないかと思っているくらいだ。そんな俺に手伝えというが、復興させるための計画はあるのか?」


「え? えーっと……」


 彼女は何か言おうと、口をパクパクとさせたが、結局何も言わず、下を向いてしまった。つまり、ノープランというやつである。手伝えとは名ばかりの丸投げする疑惑まである。


「無いということでいいか?」


 念のため確認すると、彼女は下を向いたまま頷いた。


「でも、多くの人達の命が掛かっているんです。諦めるわけにいかない……お願いします、何でもしますから、お力を貸して頂けないでしょうか?」


 まぁ、言われずともやらなきゃいけないんだが……って、ん?


「ほう、今、『何でも』と言った? ……その言葉の意味わかってる? 例外がないって意味なんだが?」


 わざと意地の悪い言い回しをする。彼女は言葉の意味を数秒遅れて理解すると、防衛本能からなのか自分の身体を抱きしめ、侮蔑の眼差しで俺を見た。


「最低ですね」


「まぁ、こんな可愛い子が何でもするって言うんだからな。……それとも、我が身可愛さに領民を捨てるか? もちろん、どちらも守るために俺を頼らないという手も存在しているが」


 普通は俺を頼らないという選択をするだろう。この手の『何でも』というは出任せであり、口だけというのが俺の中での現実である。ただ今回は、実際に命が掛かっている。直訳するならば「計画はないけど命を捨てる覚悟で復興を代行しろ」と未経験者に言っているのだ。ならば、依頼する側もそれ相応の覚悟をするべきだ……というのが俺の持論である。


「……わかりました。わたしのことは好きにして頂いて構いません。その代わり!」


 彼女は立ち上がって、テーブルを両手でバンッと叩く。


「途中で逃げたら、わたしの全てを賭けて貴方を殺します」


 彼女はキッと睨みつけているが、その目には涙が溜まっていることに気づいた。


「……本当に最悪。なんで、貴方みたいな人が勇者なのか……」


「ほむ。やっぱり異世界から召喚された人間って、もれなく勇者なのか? だとしたら俺は大ハズレもいいところだな」


 そう言いつつも、コトリンティータの覚悟を確認したことで俺も死ぬ覚悟を決めた。

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