01-4 リベルタスを復興せよⅣ(4/5)
アルタイル領に限ることではなく、少なくともプティライド王国全土においての建築技術は高い。資材の加工や組み上げも、機材を使わずに人力と紋章術で行われる。その紋章術が有能で普通の民家であれば1日で建ってしまうのだから、まるでゲームである。……ただ、俺も紋章術の勉強にはなった。
面接の進め方は役職順で行われているのは同じだが、建築関係、農耕・酪農関係の面接が終わると、兵士系に移行。面接順もレベル持ち、レベル無し女性、男性、密偵・犯罪者と分けて行う。密偵・犯罪者以外は合格で、不合格者は問答無用で新しくできた牢屋敷に収容となる。
こんな感じで日中は仕事に追われるため、俺は自由に動く余裕がない。そこで、コトリンティータとキヨノアさん、カナリアリートの3人とマリアリスに頼み、千寿と強盗団を連れて来て貰っていた。コトリンティータも忙しい身ではあるが、彼女の手柄とするため、彼女にも向かって貰う。キヨノアさんとカナリアリートは建前上の護衛である。マリアリスは千寿に指示を伝えるために向かって貰った。
6時……日の出と共に出発し、日の入りである18時に戻ってきた。千寿には散々恨み言を言われ、1時間ほど抵抗不可のスキンシップ過多状態で気の済むまで、されるが儘の状態で過ごした。そんな千寿が落ち着いた頃……21時近く。俺は千寿達と共に牢屋敷へと向かった。
牢屋敷は男女別で建てられているが、間取りまで全て一緒である。牢屋敷の中は牢屋が半地下……いや、8割地下となっていて、通気口として牢屋の天井近くに格子付の窓がある。上の階は取調室のような部屋になっている。
夜番の衛兵が立つようになり、牢屋敷も見張りが立っている。俺は千寿と共にそこへ向かうと、1人だけ緊急で取り調べたい。……まぁ、自分で言って明日にするよう言われるかと思ったが、俺だからという理由で通してくれた。……俺の事、勇者とは知らないはずなんだが。女性用の牢屋敷の取調室の1つに入ると呪文を詠唱する。
「さて、『巫術詠唱開始 夢の世界の無垢なる乙女 姦淫の罪を背負いし可憐なる魔霊よ 我が目となりて 愚かなる者を魅了せよ……【魅了眼】』」
ユコフィーネと契約したことで新たに使用可能になった巫術。対象の異性1名を催眠状態にする。ユコフィーネ本人が使う【魅了眼】は本当に魅了するのだが、巫術として俺が使用するのは劣化版となっている。効果が視界範囲限定であり、遠隔で何かをさせたり、条件付けで催眠状態にしたり、視界外の何処かへ向かわせるなどの便利な使い方はできない。この巫術も熟練すればバージョンアップしそうだが、現状は使い方次第だ。
「あと2つか……本当に無詠唱が実現できんかな……」
……無理である。内心わかっている。
呪文内容には決まり事があるらしく、始動キー、詠唱対象者特定、効果内容伝達、術名の4つの構成で作られていて、そのどれか1つでも省略すると発動しない。
始動キーとは、「これから呪文唱えますよ」という合図。どんな言葉でも構わないが、日常会話でうっかり言ってしまう可能性のある単語はNGにしておくのが無難だろう。例えば、「ピーリカピリララ~」とか「キュアップラパパ~」とか、変わり種だと「ニクマン・ピザマン・フカヒレマン」なんてのがある。
詠唱対象者特定……これ、誰に向かって放つかって話ではなく、呪文詠唱内容を誰に聞かせるかって話。術を発動するのに力を借りる対象(精霊)の話なんだよなぁ。
それで、効果内容伝達。これがどの対象にどんな効果をもたらすかっていう術の内容。術の設計図的なもの。一度マリアリスに聞いた話だと、この時点で俺と対象(精霊)と意識が極短時間だが繋がっていて、より細かく内容をイメージしていると精度があがると言っていた。
最後に術名。この名称も何でも良いらしいが、精霊と共通認識を持っていないとダメってことだから、1度使ったら統一されて、後に変更は不可ってことなんだと思う。
これらの規則さえ守っていれば異世界人である俺でも使える代わりに、無詠唱っていうのは無理だというのが残念ながら今のところの結論だ。
大きくため息を吐いた後、【審判眼】を重ね掛けする。ちなみに【魅了眼】の内容は「勘でも経験でも何でも良いから、俺のことは唯一信用できるし、嘘をつかない方がいいと思いこむ」というもの。これならば、視界外になって催眠が解けても催眠を掛けられたという違和感がないはず。
呪文を唱え終えてから千寿に頼んで、ある人物を連れて来て貰う。数分後には戻ってきた千寿は、手を拘束された状態の女性と一緒に入ってくる。彼女はフォルティチュードを占拠していた頭と呼ばれていた存在である。彼女は椅子に座らせられると、まず俺の目を見た。この時点で勝負ありである。
「……悪いけど、何も話すつもりはないよ」
「まぁ、そう言わざるをえないですよね、マオリス=C=ヴァレンシュタインさん」
「!! ……全て知っているのね」
「全てではないよ、知っていることだけ」
この世界では知られていないお約束フレーズを言ったところで、本題を始める。
「貴女の境遇については概ね知っています。ですから、無理に話さなくて結構です。ですが、このままでは全員処刑という形になってしまうと思います」
……これは嘘である。
初めて見た時から、コトリンティータと同じくらいの淡い金髪の持ち主なので、貴族なのだろうとは思っていた。そこでマリアリスに彼女の過去を見て貰ったところ、彼女はアルタイル領出身ですら無かった。現在逃亡中の身で生きるために仕方なく護衛の者に盗賊紛いなことをさせてしまっていた。地元であるポルクス領で手配書が出回っていて、その手配書を見た彼女の記憶を見たマリアリスに書いてある文字を書かせた結果、彼女の名前を知ることができたという次第だ。
「……取引がしたい」
苦渋の決断……そんな様子が彼女の表情に現れていた。どうやら仲間思いらしく、このままでは俺が言うまでもなく、捕まった以上命はないと察していたようだ。
「取引?」
「わたしの命はどうなっても構わない。ただ、仲間の命だけは見逃してほしい……お願い……します」
彼女の目から涙が落ちる。流した涙が本物なのか芝居なのかは判断がつかないが、その言葉に嘘や悪意がないことは間違いない。
「確かに同情の余地もあるみたいだし……では、俺からの提案が呑めたら約束します。提案内容は2つ。俺と従属契約を結び、俺の私兵となること。現在、リベルタスは兵力不足だから。それと、助けた部下をしっかりと管理すること。管理には当然、誰かが裏切りを企てたら責任をもって始末することも含まれる。……どうする?」
直訳すると、要は「更生の機会を与えるため、目が届くところで責任もって監視せよ」という意味なのだが、何処まで伝わるかは謎。彼女が俺の視界から外れれば、【魅了眼】の効果は切れる。だが、やり取りの記憶は残る。どう判断するかは彼女次第だ。
「わかりました。全ての提案、受け入れます。……どうぞ、よろしくお願いします」
「確かに約束します。では、釈放はすぐには難しいですが従属契約は今すぐして頂きましょう」
……契約さえしてしまえば、解除は簡単にできない。
実はフォルティチュードで対立した時から、レベル持ちがいたことは確認していた。ステータスから全てが戦闘系ユニットだと確認済み。俺が最弱故に戦力は大事だ。
書斎から持ってきていた特殊インクと読み上げるメモを出して、メモの内容をマオリスに暗記させる。それと同時に彼女の掌に紋章を描く。
「わたし、マオリス=C=ヴァレンシュタインは、タイガ=サゼの指し示す道を切り開く剣となることを対価に契約します」
詠唱完了を確認し、彼女の唇にキスをする。……抵抗する意思は見えない。今の段階だと我慢しているに違いない。仲間を人質にしているのだから、我ながら卑怯なことこの上ない。
「これで従属契約は完了。……唇を重ねたことは申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
「申し訳ないけれど、俺個人の判断ですぐに釈放というわけにはいかない。もちろん、約束通りマオリスの仲間の命は保証する。ただ、情報の共有と釈放の理解を得る時間は必要になる。……まぁ、短くて翌日、長くて3週間くらいの間だ。我慢してほしい」
正直なところ、あれだけの犯罪をしておいて何もなく釈放というのは難しい。とはいえ、俺的には釈放して貰わないと困るわけで。……これも全て、この世界での人権が軽すぎるのが悪い。とはいえ、「郷に入っては郷に従え」という言葉もあるし、余所者の俺に言う資格はない。ここは、プティライド王国民で生まれ育った人のための国である。
「さて、マオリス。君の口からこれまでの経緯を教えてほしい」
「……わかりました」
この日から、更に特殊インクの消費量が増えることになった。日中は面接においてレベル所持者を記録しつつ、夜間は騎士爵の方に呼び出される。最近気づいたが、表向きはギルド運営についての相談なのだが、真の狙いは俺の勇者としての権力を狙って娘と婚約させようという腹積もりのようだ。……この期に及んで、まだ騎士爵方は自分の権力欲や財欲を貪ろうとするのか。……いくら得ようとも満たされることはないというのに。まぁ、皮肉で言うのならば、そんな人達は悪魔の糧として逆に貪れるのがオチだし、罪悪感も減るというもの。
その合間に女性用座敷牢に通い、残MPと相談しつつレベル持ちと従属契約をしていた。
忙しい日々を送り、マオリスと従属契約をしてから2週間が経過した。俺の従者は22人にまで増え、MPがカツカツになる経験もした。従属契約したマオリス達も騎士爵達の合意を得られ、仮釈放となった。俺の指示に従わなかった場合は再び牢屋敷行きで死刑確定となっている。……従属契約している以上、そのような真似はできないだろうけど。
面接も終了し、密偵を除き、みんな自分の新しい家で暮らせるようになった。騎士爵邸はまだだが、各ギルドは完成し、そこの部屋の1つを借り部屋として生活して貰っている。新しく生まれ変わったリベルタスがほぼ完成したと言って過言ではない。
それと、フォルティチュードを襲ったマオリス達の件についても詳細がわかった。マオリスとその幹部の正体は、ポルクス領から逃げ出した身体目的で買い取られた貴族令嬢と彼女を慕う元私兵達だと判明した。最初は持ち出したお金で生活していたが、所持金も尽き、食べるに困って行商を襲ったことがキッカケとなり、フォルティチュード占領にまで至ってしまったらしい。つまり、彼女達はリベルタス襲撃とは無関係と確定した。
「タイガ君、大変。タイガ君の読み通り、追加で大量の難民が街の入り口に来ていて……」
キヨノアが慌てて書斎へ飛び込んできた。面接も終わり、ようやく朝を少し読書に時間を割くことができると思った矢先に予期していた攻撃を仕掛けられた。
俺は読んでいた本を置くとキヨノアと共に街の入り口へと向かった。




