01-4 リベルタスを復興せよⅣ(2/5)
「改めまして、お集まりいただき、ありがとうございます」
予定通り、昼食後に集まっての会議。騎士爵方の他に、コトリンティータ、俺、アーキローズさんが参加している。
「本来であればもう少し早めに集まって頂き、食事を用意するべきだとは思うのですが、今は我々だけ贅沢をすれば反感を買い、後に影響がでる可能性を考え控えたこと、ご理解して頂ければと思います」
ここは会議室……ではなく、大きな多目的ホールと言った感じか。コトリンティータ曰く、昔はここで客人を招いた際はダンスなどを行ったり、そうでない時も会議を行ったりと大人数で何かする時に使用していた部屋らしい。だから、この大人数でも部屋の広さには充分な余裕がある。
「今回集まって頂いたのは、住居確定までの今後の段取りを共有することと、今後の収入に関して協力のお願い。それと、資材の不足と搬入についての相談の3件についてです」
ここまで話して、コトリンティータは大きく息を吐く。緊張しているのが見ているだけで伝わってくる。
「では、最初の議題。住居確定までの流れを説明したいと思います。タイガ様」
そう呼ばれて、自分の仕事を始める。……そう、あくまで俺は彼女の配下として。そういう設定でないと、俺がここにいるのが不自然だから。まだ、みんなは俺が勇者と呼ばれる存在であることを知らない。ただ、コトリンティータの対応から無下にできない存在だということは騎士爵達も察しているようだった。
これを会議の議題にして貰った理由。それは既に確定した情報の共有をするため。全員が同じ認識を持っていてくれないと、村民達への説明がバラバラになってしまうからだ。それにより混乱と不満、暴動へと繋がると話にならない。更に言うと、詳しく説明して質問に応じられるのが発案者の俺だけって話なわけで。
「新しいリベルタスの街は湖を起点に東へと展開して、街道へと続いています。湖の東に陣取るセレブタス邸付近の行政区、そこから真っ直ぐ街道に向かう街の中央である商業区、商業区を挟む形で居住区、街の南側に農業や酪農の区画、北側を職人達が働く工業区、東側を練兵所や衛兵の詰め所、牢屋敷などを作成する予定となっています」
街道から街に入る道は1つ。そこを入口とした観光客の動線を意識した計画である。元は無秩序に並べられた街並みで、住居も店も一緒くたに建っていて、街そのものに儲けを産むシステムは無かった。だからこそ、区画整理を午前中に提言したわけだが。
「結果的に職業別で審査をして、入居して貰うことになります」
説明を終えて、コトリンティータを見る。
「そこで、お願いがございます。皆様の入居を最後にさせて欲しいのです」
「それは、どうしてですか?」
俺から継いで、最も大事な依頼をコトリンティータからお願いするが、それに反応したのはフォルティチュードの騎士爵夫人のユリアナさんだった。まぁ、貴族が優遇されるなんて、普通の事。後回しにされるなんて過去になかったことだろう。
「それは、皆さんにこれからも領民を導いてほしいからです」
所謂中世ヨーロッパの貴族とこの世界での貴族は似ているが違う。貴族という階級の成り立ちからして違うのだが、この問題とは関係ないので省略。問題は村長ポジションだった騎士爵達は村民に選ばれた村の代表ではないということ。
そもそも爵位は国王から賜るモノ。ただ、賜る条件というのが精霊との親和性が影響する。つまり結果論として、国王の遠近の差はあれど親族であることが条件となる。……まぁ、極一部の例外はあるが、稀なことであることは間違いない。
精霊との親和性が高いことが前提条件とはなるが、王族から離脱したモノは公爵として王都の補助をしている。公爵から離脱したものが侯爵として領主として生活をしている。侯爵から離脱したものが伯爵として街を運営。伯爵を離脱したものが卿爵として町を運営。卿爵を離脱したものが騎士爵として村を運営したという歴史がある。王は騎士爵の爵位を与えると同時に土地を与える。そして、爵位の階級を上げるには住民の人口を増やすことが条件となる。……救いは人口が減っても爵位が下がることは無いことだが。もし下がるのが仕様だったら、コトリンティータはもっと大変だったに違いない。
そういったシステムは現在、土地を運用するために存在し、国民から税金を集めるために存在する。故に、国民の9割以上を占める平民のほぼ全員が貴族から許可を得て、土地と家を借りて生活している。つまり、税金は賃貸料と言い換えても過言じゃないシステムである。
平民は何処でも暮らせる自由を与えられている。重税や悪政を行っている貴族が納める土地からは平民が逃げ、暮らしやすい土地で暮らす。……これがこの国王が作ったシステムの穴である。聞いた限りではあるが、やはり平民の暮らす土地選びは、何処が税金的にマシかという基準になり、貴族とはただ税を搾取するというのが一般的な評価になっているという。
「我々貴族は、国王様から国土を賜っております。でも、実際はお預かりさせて頂いているというのが現状。故に貴族は賜った土地を守る責務が存在します。その逆に平民には土地を守る義務はございません。故に、安全な場所へ一時移動するという習性があります。ですが、我々貴族だけで土地の全てを守り切ることはできません。守るには平民の力を借りる必要があります。とはいえ、命令したとしても平民は守らないでしょう。平民も貴族も関係なく命は惜しいものです。ですから、我々貴族が平民にとって守る価値のある居場所を提供する義務があるのです。愛着が沸けば平民は自分のために戦える者は命令せずとも戦うでしょう。そのように領民を導けるような貴族であってほしいのです」
「なるほど。つまり、我々に商人の真似事をしろということですね?」
ユリアナさんの一言は、コトリンティータの説明を要約した内容に間違いは無かった。客の顔色を窺い、欲しそうなものを提供して金を出させる。……まさに商人とは言い得て妙である。
「大雑把に言えばそうですね。ただし、売るべきは品ではなく制度ですが」
ここまで話すとみんな黙ってしまった。ただ印象は拒否という感じではなく、熟考の価値があるという感じだろうか。
「そこで次の議題です。今後の収入に関して協力のお願いがあります。これまでは、各騎士爵方が村民から税金を徴収し、その中から領主であるセレブタス家へ送る分の残りが収入となっていたと思います。ですが、暫くの間は同じ土地で暮らします。これまでの仕組みでは収益が得られません。そこで、職種別ギルドを立ち上げ、騎士爵様方がその職業の人達から利益を徴収するという仕組みに切り替えさせて下さい」
コトリンティータは席から立ち上がると深々と頭を下げる。それに倣って、俺やアーキローズさんも立ち上がって頭を下げる。コトリンティータに倣っていたら、1分近く頭を下げることになったが、彼女が頭を上げたタイミングで俺達も頭を上げ、椅子に腰を下ろした。
「とりあえず、必要と思われるギルドは農耕師ギルド、木工師ギルド、鍛冶師ギルド、裁縫師ギルド、革工師ギルド、薬研師ギルド、調理師ギルド、冒険者ギルド、盗賊ギルド、施療院。ここに騎士爵様方は10名。1人1ギルド受け持って貰おうと考えています」
あえて今、各ギルドの説明はしない。全員がギルドの内容を把握する必要は無いし、制度はこれから作るのだから。
「わたしも皆様だけにやらせるつもりはなく、リベルタスの土地の運用に大きく影響する観光ギルドを運営させて頂きます。他にリベルタス住民への福祉……利益の見込みが低いという意味で、学院と練兵場も運営させて頂くつもりです」
学院と練兵場は俺からのアドバイスでセレブタス家に入ってくる税収からの負担で運営することにして貰った。リベルタスの発展の礎になる場所なのに利益が見込めないのが理由だ。一方、他のギルドに関しては運営の仕方によってはかなりの利益を得られる。さて、問題は騎士爵達の中で賢い人がどれだけいるかという話なのだが。
「ちなみにですが、農耕師ギルドに関しまして。わたしはユリアナさんにお任せしたいと考えております。フォルティチュードは元々多くの農耕師を抱えていた上に、そのほとんどが移住しに来てくれています。多くの農耕師を相手にするということは、他の職業より初期にお金が掛かってしまいます。その資本を有しているのは、フォックスベル騎士爵の財力だけと考えていますが、他にご希望される方はいますか?」
元々アルタイル領のメイン産業は農業である。一番簡単に収益を見込めるギルドではあるのだが、初期投資額が他のより大きくなってしまうのも事実である。しかし、セレブタス家の話で学んだので、フォックスベル家の事情は更に悲惨になることを予測できた。なので、これは俺からの救援策である。
フォックスベル騎士爵は、強盗団襲撃の際に亡くなっている。跡継ぎの息子は2人いるらしく、事情を知れば何らかの反応は返ってくるだろうと話していたが、現状はこれまでの体制であれば立場が危うい。そこで、早々に収益の見込めるギルドミストレスになれば元村民からの信頼を築けるのではないかという期待でもある。問題は、旨味のあるギルドだと気付いて反対する人がいるかもしれないということ。だが、大勢の人を管理することに不慣れな騎士爵方は見返りの額より、出費の方を考えたようで、異論は出なかった。
「では、他で受け持ちたいギルドはありますか? 立候補を受け付けます」
実はどの騎士爵がどのギルドを引き受けるかというのは予想できていた。『適正がない者が制度を作れるわけがない』という印象を植え付けたことで、それぞれ考えたのだろう。
ギルドの仕事内容で質問をされたり、制度の作り方で質問されたりと、散々悩んだようだが何とか想定通りのギルド割り振りが完了した。
「それでは最後の議題。資材の不足と搬入について、相談したいのです……タイガさん、お願いします」
そう言われて、再び俺が彼女の代わりに説明を始める。
「街の様子をご覧になったと思いますが、リベルタスは深刻な資材不足となっています。資材を仕入れて搬入するには、どうしても商人の力を必要とします。ですが、それは同時に情報流出のリスクを背負うことにもなります」
商人による情報の漏洩に関して、ざっくりと説明。その手の話は俺より貴族の方々の方が詳しいようで。そして、深刻な資材不足の件と以前のリベルタスが如何にして廃墟となってしまったのかという説明をした。幸いにも、リベルタスとフォルティチュード以上に被害を受けていた村は無かったようだが、それなりに問題が発生していたし、こちらの惨状を噂レベルでは知っていたようだ。
「つまり、絶対に裏切らない、信用できる商人を味方にできないかってことだな?」
「しかし、そんな商人いるのか?」
「うーん」
騎士爵同士で話し合うも、やはり難しいようだ。商人はどうしても金で動いてしまう。優秀な商人に国境はない。領境なんて眼中にもないだろう。大事なことは利益である。それは、どんな正義感や人情、愛国心より優先される。今、こちらが出せる小さな利益を得ることで、近い未来に大損失するなら、こちらの情報など簡単に売られてしまうだろう。
「1つ、提案があります」
そう発言したのは盗賊ギルドを受け持ってくれたヴァナード騎士爵だった。
「まだ若く、財力がそこまで大きくない商人を手懐けるというのは、どうでしょう?」
若くても商人。大金を積まれたら転がってしまうのは一緒なのではないだろうか?
「表向きには、才能のある若い商人をサポートするという名目で。しかし、実際は違う。それほど力のない商人であれば、お金より大事なものを人質にとることは可能でしょう」
「……人質……ですか?」
その言葉の不穏さに、思わずコトリンティータから脊髄反射的な質問が口から零れる。
「人質と申しましても、何も誰かを監禁して刃物を突き付ける……なんてことでは当然ありません。状況に応じて、とれる人質は違うものです。例えば、借用書とか、生活環境とか」
なるほど。言葉に不穏な響きがあって動揺したが、要はあらかじめ裏切ると負うリスクを付加するということか。
「もちろん、若く未熟な商人であっても、利益のためなら身内を切り捨てるような者もいるでしょうから、見極めた上でという話になりますが」
確かに俺の目であれば、商才を見極めた上でスカウトし、ヴァナード騎士爵の提案を実行できるだろう。
「ありがとうございます。ヴァナード騎士爵様より実現難易度が低く確実な作戦案はございますか? なければ採用させて頂き、検討したいと思うのですが……」
「1つ、宜しいですか?」
全ての議題を話し終え、解散しようと思っていた矢先、薬研ギルドを引き受けてくれたハッカディア騎士爵からの発言で、今より良いアイデアがあるのかと期待する。
「良いアイデアがありましたか?」
「そうではなく、1つ確認したいことがある。タイガ殿は、コトリンティータ様の客人と聞いてはおります。しかし、見たところ貴族ではなく、少なくとも私は貴殿の活躍を直接見ていない。しかし、ただの平民をコトリンティータ様が客人として持て成し、このような場で発言を許すとも思えない。……貴殿はいったい何者ですかな?」
あ……こんな公の場で聞かれるとは思っていなかったなぁ。領主の客人という立場だけで押し通せると思ったが……さて、どうしたものか。
「彼はわたしが召喚した、異世界から来た勇者です。彼が元いた世界は身体能力が半分以下。武勲をあげることは難しいかもしれませんが、彼の持つ知識と特殊能力である目は、廃墟となっていた街を現在の形にまで復興できるほどの指導力を持っています」
コトリンティータは俺に関する説明を彼女が知る限り丁寧に続ける。彼女の独断で正体を晒されたことは遺憾だが、俺自身が手の内をほとんど晒していないことがここで功を奏した。
一通り説明を終えると、ユリアナさんを含め、全員が言葉を失う。代わりに俺へ視線が集まる。……まぁ、気持ちは理解できなくもない。いきなり異世界から来た勇者って言われても困惑するだけだわな。
「くれぐれも内密にお願いします。いまだ正体掴めぬ敵に彼の存在を知られるわけにいかないので。彼の扱いに関してはこれまで通り、セレブタス家の客人ということでお願いします」
さて、これで閉会かな……。
「まさか、勇者様が召喚されているとは……どうか、先程までの無礼、どうかお許しください」
騎士爵様達は一斉に席を立ちあがると、その場で跪く。その姿に何事かとコトリンティータに視線を向ける。
「あ……えーっと……あのね、異世界の勇者という肩書の権力は、召喚主のわたしという例外を除けば、王様の次なの」
「はい?」
どうやら、奥の手を隠しているのは俺だけじゃないってことかと、今更理解した。




