01-4 リベルタスを復興せよⅣ(1/5)
祝霊歴1921年2月21日の21時過ぎ。多少のトラブルがあり予定時刻より遅くなったものの、無事リベルタスへと帰ってきた。
「おかえりなさい、コトリンティータ様。それに、タイガ君も」
街外れまで着くと、アーキローズさんの声が聞こえ、街の人達の声が後に続く。先行したカナリアリートからの知らせで、みんなで出迎えてくれたようだ。
「ただいま戻りました。留守中に何かありましたか?」
「えぇ、平和と変わりませんでしたよ」
アーキローズさんは普通にしているが、周りは慌ただしい。住民総出で荷物を運んでいる。
「ただいま。それで準備の方は?」
「それも大丈夫ですが……本当にそんな感じでいいのですか?」
俺とのやりとりに多少戸惑いの色が含まれているが、無理もない。カナリアリートに伝えて貰った俺からの指示は、「街道側の廃屋に暮らせる程度に準備を」というもの。一旦村民の方々を受け入れるための仮住まいである。貴族の方々には申し訳ないが、村民の統制のためにも我慢して貰うことになると既に説明済みだ。
今回、フォルティチュードの事件を解決した後に小さな村々を巡った結果、総勢1500人オーバーの人達が一緒にリベルタスへ来てくれることとなった。記録で知る限り、その人数でも元の人口の20%程度にしかならないのだから、どれだけの人口を流出させてしまったのかという話にもなる。だが、街を守る最低限の人員は確保できるはずである。
「皆さん、お疲れ様でした。全員無事に何とかリベルタスへ着くことができました」
果たして拡声器も存在しない世界で、何処まで声が届くのか。でも、準備する時間も惜しいし、可能な限り大声で言うしか手段がないんだよなぁ。
「この街は、好きなところに自由に住んでくださいというわけにはまいりません。治安維持のため、計画が用意されています。協力的な方には極力快適に暮らせるよう準備しておりますので、数日の間だけ、住んでいた村の騎士爵様の指示に従って、こちらで暮らして下さい」
ここで少々ざわつくが、まぁ仕方ないこと。招いた癖に受け入れ態勢が整っていないのだから、多少不満もでるだろう。
「使われていない家は沢山あります……家族単位で暮らしても余る程度には。喧嘩にならぬよう、騎士爵様の統制の元、相談して決めて貰って下さい。念のため、もう1度言いますが、数日暮らすための仮宿です。暮らす場所で揉めないよう、協力お願いします」
台から降りてカナリアリートに目で合図を送る。すると、彼女が騎士爵様達に子供達を紹介し始める。よく見ると、カナリアリートと共にいた孤児院の子達だ。多分、彼らに案内と連絡役を頼んだのだろう。
夜も遅くなっていたので、今日は休もうという話になり、若干疲労を身体に残しつつ、翌朝を迎えた。
「ちょっと作戦会議をしたい」
朝食を終えたタイミングで、全員に声をかける。当然、急な俺の発言に全員が反応した。
「議題は街をどう治めるかという話」
「……この前話した街の運営についてですね?」
コトリンティータの問いに俺は頷く。
「コトリンには丁寧に説明したことがあるけど、今はざっくりと。コトリンに直近で求められているのは、街の運営。そして住民が街に求めるものは、『安全の確保』、『働き甲斐のある労働』、『街の中で循環する経済』の3点。……これが損なってはいけない重要なポイントだ」
俺がやったこともない街の運営に関してウンチクを語るのもどうかと思う。主にゲームや本などで得た知識ではある。……でも、俺はこの情報、まんざら適当でもないと考えている。
「どういうこと? もう少し詳しく教えてくれる?」
アーキローゼさんの問いに俺はなるべく短くなるよう考えて答える。
「えーっと……『安全の確保』は、わかりやすいところで言うと外敵からの防衛。まぁ、判りやすく襲ってくれれば、それが敵と認定できるから楽だよね。でも、それだけじゃなくて明らかに人や物、情報などを盗もうとしている人が居た場合、それらからも守る。そういった『安全の確保』を用意しなければならない」
……要は警察や探偵的なものだ。この世界では個人で冒険者を雇って調べるという手段になるようだが、それだと貧乏人は守る手段がないだけでなく、冒険者を雇ったとして、どこまで信用できるという話にすらなる。そこを税収の対価として保証しようという話である。
「『働き甲斐のある労働』というのは、人が仕事をするのは金を稼ぐため。でも、それだけではダメなことを俺は元いた世界で知っている。仕事をしたことで得られる社会的貢献を実感できることや、働いて得られた給金を利用して得られる快適な生活。それらを保持するためのシステムを用意しなければいけない」
偉そうなことを言えるほど長い年月を働いていたわけではない。でも、消費者から金を巻き上げて、還元する金を減らして行けば、その行く末などバカでもわかるというもの。
「最後に『街の中で循環する経済』。これが実は金持ちになるための条件であり、最高難易度の目標でもある。街の住人が街の中で完結する消費行為。これを提供する。その上で外からきた客を招き入れ、お金を使わせる。そういった魅力ある街をつくるのが目標かな」
説明を終えたが、全員が不思議そうな顔をしている。……まぁ、そうだよな。
「なんかピンとこない?」
「うん。でも、最近の生活のおかげで『安全の確保』っていうのはわかるよ? でも、働くのはお金を稼ぐためだけではダメって言うけど、考え方なんて人の自由だし強制させたら反発があると思う。それに、お金の循環って話も結局は欲しいモノを買うのを止めることってできないと思う。だって、自分のお金を自由に使って何が悪いのって話にならない?」
キヨノアがもっともな質問をしてくる。……言っていることは間違っていない。
「そうだね。考え方もお金の使い方も個人の自由。それは当然。でも、その自由による選択というのは、どういう基準? 多分、物欲を満たすとか、得をするとか、そういったものだと思う。そういった欲や得を用意するのが仕事だって話なんだよ」
「なるほど。提供者が押し付けるわけではなく、消費する人が自分の意思で選ばせるってことなのね」
アーキローズさんも理解し始め、少しずつ俺の言いたいことが伝わっていく。そんな実感を得た。……とはいえ、言っている本人が一番わかっている。言うのは簡単。実現させるのは超難易度の無理ゲーってことを。それでも……目指す方向はそっちだと示す必要がある。
「それに関連して、まずコトリンに考えて欲しいのが、人々の動線なんだ」
「動線?」
まぁ、俺と出会うまで街づくりなんて関心無かったくらいだし、知らなくて当然か。
「これから街に住人用の家や施設を作っていくことになる。動線を考えるというのは、何処に何を建てるかってことに通じる。……例えば、果樹園や畑の類。植物の成長には日の光は重要だから、将来的に建物のせいで土地が日影になってしまっては困る。だから、街の南側一帯を果樹園や畑で占めたい。そうなると、鍛冶屋みたいな植物にとって有毒な物質がでそうな施設は遠ざけたい。その逆に農耕師の家は近くないと日々の仕事において不便になる。……まぁ、こんな感じのことを考えてほしい」
「……それ、難しくないですか?」
俺の問いに対し、数秒沈黙した後に発したコトリンティータの第一声がそれだった。
「うん、難しいね。でも、このチャンスはこれっきりだよ。一度家が建ち、生活が始まってしまったら、変更するのは難しいからね」
書斎の本を読んでいる限り、そういったことに関する学問の本は見つからなかった。つまり、そういったことに関心が無かったということなのだろう。
「これが正解というわけではなく、あくまで考え方の1つとして参考にしてほしいんだけど。『街の中で循環する経済』という観点で考えた場合、街には大きく2つの動線が必要。1つは住人の動線。もう1つが街の外から来る客の動線。住人の動線は家と仕事場、それと販売施設かな。その3つが遠くならないようにしたい。あと、もう1つの動線。お客様に求めるのは街のサービスを楽しんで貰い、沢山お金を使って貰う事。そして、良いところだと広めて貰うこと。逆に、街の利益に反するので避けたいことは、外からの客が商売を始め、住人に金を使わせて、金を外へ持ち出されてしまうこと。あとは、街で育んだ技術……またはそれを持つ人の流出かな」
「それは、外から来た人とあまり接触させない方が良いってこと?」
「いや、対策が何かあれば良いけど……俺が考えられる限りでは今は難しいんじゃないかな」
キヨノアの問いに答えたが、それも難しく完全に防げないことも知っていた。でも、被害を最小限にする方法は思いつくとは思うんだけど。
コトリンティータもずっと黙って考えている。……とはいえ、俺は前々から考えておくように伝えてはあるから、あとは領主として頑張ってほしい。
「次に考えて欲しいのが、この国で生きる人々が必要となる公共施設について」
そこで俺は黙ったのだが、意外にもこのお題に関しては会話が弾んでいた。……良かった。みんな、それなりに政治に興味あるじゃん。割と長い時間をかけて盛り上がる。
「……なるほど。そろそろ話を纏めると、基本的に統治する側が用意しているのは衛兵の詰め所くらいと。でも、あったら良いモノっていっぱいアイデアあったね」
出されたアイデアの多くは店である。これだと俺の質問の意図からは若干外れてしまう。でも、言いたいことは理解できた。
「まず必要というか、俺も早めに作るべきと思っているのが、兵士の訓練場……えっと、練兵場だっけ? それと衛兵の詰め所に牢屋敷。この3点セットを街の入り口に欲しいよね」
いつまでも千寿を見張りに置いておくわけにもいかんし。
「というわけで、専門外かもしれんけれど、マキアティが設計図作ってくれないかな?」
「わかった。……まぁ、全くの専門外というわけでもないから任せて」
機工師を詳しく知らないから、彼女の言葉を信じて任せることにした。少なくとも俺が素人知識で作るより、実用的なはずだ。
「タイガさん。午後から騎士爵様達を呼んで会議を開きますよね? もしかして、今話している内容の先を考えていませんか?」
黙って考えていたコトリンティータが口を開く。
「うん、考えている。けれど、コトリンが出した結論を聞いて、そっちを優先にしたいと俺は考えているよ」
「……参考までに、どんなことを考えているか教えてくれませんか?」
うーん……できれば、俺の影響は必要以上に出したくない……というか、充分出しゃばり過ぎている。俺が考えているのは、コトリンティータが騎士爵達との会議の際に言葉が詰まってしまった際のフォローの内容だったりするのだが。
「街を整理する際に、このリベルタスに騎士爵家の方々が暮らす手段……仕事を考えていたんだよ。今まで一番偉い人として自治という役割を全うしていたけど、今後同格の人達が同じ街にいる。しかも、自分達より上の侯爵家であるコトリンが街の自治権を握っている。彼等に居心地良く住んで貰った上で、住民にも尊敬して貰えるポジションをどうすれば維持できるか……で、一応仮案は浮かんでいるってところかな」
「仮案?」
……それも聞いちゃうか。いや、良いんだけどさ……多分コトリンティータの性格と知識上、これっぽっちも騎士爵達の待遇を考えていなかったんだろうなぁ。
「あくまで仮案だけど、ギルド運営をして貰おうと思ってる」
「ギルド運営?」
この世界にギルドという言葉は存在している。しかし、ギルドという言葉がさす意味は1つ。
「とはいっても、冒険者ギルドだけじゃないよ? まぁ、内容は話し合い次第だけど。要は仕事別に労働者の代表になって貰おうと思ってね」
それが思うとおりに運ぶかどうかは、午後からの話し合い次第。しかし、多分代案は出ない……そう俺は確信していた。
読んで頂き、大変ありがとうございました!
書く場所はここで良いのか悩みどころではあったのですが……私事で恐縮です。
前回の投稿後に「ポイント」を入れて下さった方、ありがとうございました。これまでの投稿では「誰にも読まれない」ことに凹んでしまい、この作品に見切りをつけるべきか悩んでおりましたが、おかげで頑張る気力が湧きました。
もし、他にも読んで頂けた方がいましたら「ポイント」を入れて貰えると励みになります。今後も、「ポイント」を入れて貰えたり、ブックマークして頂けるよう精進していきますので、よろしくお願いします。




