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01-3   リベルタスを復興せよⅢ(4/5)

 遠くから微かな金属音が聞こえる。激しい戦闘が始まったと確認した俺はフォックスベル騎士爵邸の近くに潜んでいた。巫術のおかげで建物内部は丸見え状態で、中に何人いるか確認できている。建物内の人物は名前表示がされないものの、何処でどんな状態かを確認できるため、誰が敵で誰が人質かもわかっていた。


「建物に残っているのはボスを含む10人だけ。他は起きて行ったっぽいな」


 もうとっくに交代時間は過ぎている。起こしにこない連中が気になって、様子を見に行かせたのなら、残っているのはおそらく幹部。


「どうする? もう行っちゃう?」


「ダメ。もう少し待つ」


 千寿の問いに短く答える。彼女が気軽に行動を起こそうとする理由は、千寿であれば楽勝だからだ。例えるならばゲームのチュートリアルのような初戦に既に1周育てきったユニットを投下してしまうくらいの戦力差。実際はそうではなくて千寿が人間ではないから倒す手段がわからないだろうって話。事実、左胸に穴をあけようが、頭部をへこませようが、千寿は死なない。今はどんな手段を使っても死なないし、動きを封じさせる手段も思いつかないだろう。その逆に千寿は中にいる連中を殺傷する力を持っている。一方的な殺戮さえ可能なのだ。


「えー」


「さっきも言っただろ? ここはコトリンティータが救ったという状況が大事なんだよ」


「うーん。戦うわけじゃなくて人質助けるだけでしょ?」


「それでも救出中に見つからないという保証はない」


「どんな状況であれ、保証なんてできないじゃない」


 確かに。世の中『絶対』というのは存在しない。


「それでも、確実に減らせられるリスクを減らさない手はない」


 まだ千寿は何か言いたそうだったが、彼女が退いた。多分、ちひろの知識から俺が退かないことを学んでいたのだろう。


 そんな言い合いをしている間にも金属音が近づいてきている。


「あ、出てきたよ」


 千寿が俺の耳元で囁く。その数7人。男が全員出てきて、屋敷に女性3名だけ残ったという感じか。


「そろそろ行くか。流石に大丈夫だろう」


 建物内に侵入するのは簡単だ。この世界のガラスは非常に高価らしい。なので、窓にガラスがないのは当たり前。領主の屋敷であるセレブタス邸にすら無かったのだから、村を預かる騎士爵の屋敷にだってガラスはない。そして、窓のない家もない。こんなんでセキュリティーは大丈夫なのか疑問に思っていたが、日本と違って勝手に侵入した場合、殺されても文句が言えないらしい。だから、侵入するにも覚悟が必要なだけって話。


「うん!」


 難なく屋敷内に潜入した。


 人質達は総勢約90人。ヒサーナの話によると16歳から40歳未満の女性が囚われている。一番大きな部屋とそれに隣接する大きめの部屋に収容されている。俺は予め集めておいた女性用の服を100着ほど適当に掻き集め持っていく。多めに持っていくのはサイズの問題もあると考えたからだ。多少の合わない服は短い期間なのだから勘弁してもらうつもりだ。現状の全裸よりマシだろう。


 人質達が閉じ込められている部屋の前に立ち、そっと扉を開ける。ノックは音がすると気づかれる可能性が上がるので省略である。本来であれば既に眠っているはずの真夜中である。そんな中、ノックもせずに扉を開ける。その中に服を抱えた千寿を1人中に入らせる。


「静かに。リベルタスから助けにきました。騒がれたら作戦失敗しますので、音を立てずに適当に服を着て下さい。騒ぐ人がいれば、申し訳ないですが置いて逃げます。なので、くれぐれも静かに」


 部屋の外からそう言って、持って来た服を部屋の中央に床に山積みにさせた。その瞬間、急いで服を着始める。ただ、騒いだらアウトだということを承知して貰ったおかげなのか、全てが静かに行われた。


「彼女は事情により声を出すことができません。逃げるために静かに服を着てほしいこと、隣の部屋にいる方達にも伝えて貰って宜しいでしょうか?」


 部屋の外からそう告げると、それを合図に千寿は隣の部屋へ。そこに閉じ込められていた女性達も解放し、服が隣の部屋にあることと静かにしてほしい旨を伝えて貰い移動させた。


 当然ながら、細心の注意を払って屋敷に残っている3人の動きを監視する。正直、ここからの動きが読めない。理想は3人揃ってコトリンティータの元へ向かうことだが、最悪の場合は3人とも人質の様子を見に来るかもしれない。


「あの……」


 数分後、俺と千寿で部屋の外で待っていると、1人が服を着て部屋から出てきた。


「全員、服を着ました。いつでも出られます」


 ふと見ると、頭上には騎士爵令嬢と書かれていた。


「わかりました。タイミングを見て出ます。静かに待機するように指示して貰えますか?」


「はい……それでその……可能であれば武器を取ってきたいのですが……」


「武器?」


 そう尋ね返しながら、マリアリスとミユーエルの方を見る。俺が何を言いたいのか察した2人は家の中にある武器を探しに行った。


「はい、わたしの剣があるはずなのですが……」


「アイツ等に没収されていないと思う? それとも隠してあるとか?」


「……わかりません。特別隠してはいませんでしたので」


「何か特別な剣なの?」


「わたし用に重さが調整された軽い剣です。普通の剣だと剣速が落ちてしまうので」


 そんなやりとりをしている間に2人が戻ってきた。2人とも首を横に振っている。


「残念ながら無いようです。こういった事態も相手は想定していたのかもしれません」


「そうですか……」


 相手からしてみれば、探していないのに何故わかるのかって怒っても仕方ないところだと思うが、騒いで見つかるリスクも考慮しているのかもしれない。


「詳しい説明をしたいところですが、時間がないので手短に。予定通りであれば、他の誰も武器を振る機会はありません。ですが、想定していない何かに襲われる可能性もゼロじゃない。なので、避難所に村の中にあった武器を適当に集めてあります。武器が使えるのであれば適当に選んでください。あくまで臨時の緊急対応ということで」


 そう説明している間に中に残っていた3人が外へ出ていく。


「今がチャンスです。裏手から逃げます」


 みんなを誘導し、裏口からコトリンティータ達がいる方向とは逆へ向かって移動する。流石に約90人での移動は大変で、兵士のように訓練されているわけでもない。この世界にも運動の得意不得意の個人差はあり、身体能力と運動技術はやっぱり別物らしい。それでも物音をたてたら駄目ということは全員が理解しており、黙々と急いで移動してくれる。


 当然ながら妨害もなく目的地にたどり着く。女性達の姿を見て喜ぶ避難した人達を確認して……さて、急いで戻らないと。


「待ってください」


 先程の領主の娘が数名の女子と共に俺の元に来て呼び止めた。その手には剣が握られている。


「わたし達も連れて行って下さい。足手まといにはなりません」


 まぁ、元々誰かを連れて行くつもりではあったのだが。


「貴女の剣は見つかった?」


「いえ、ありませんでした。本来の実力は出せないかもしれません。それでも、フォルティチュードを預かるフォックスベル騎士爵家の娘として最後まで見届ける義務があるんです」


 ふむ。……まぁ、レベル持ちだし、彼女でいいかもしれないな。


「それで、そこの3人は?」


「彼女達はわたしの側役……将来わたしの従者になる子達です。剣の腕は保証します。足手まといにはなりません」


 なるほどな。まぁ、実際に戦闘にはならないだろう。もしかしたら俺が行く頃には終わっているかもしれないし。


「わかった。じゃあ、行こうか。……と、その前に俺の名はタイガ。そいつはセンジュ。みんなの名前は?」


「わたしはリョーラン=S=フォックスベルと申します」


 続けて、ハルクーア、サーヤ、シオリムと名乗った。そのタイミングで頭上の表記が名前に変わった。


「急ごう。問題ないとは思うけど、絶対ないとも言えない」


 4人を加えて急いで村へと戻る。そして、やっぱりというか情けないことに、俺だけ絶望的に移動が遅い。……俺、日本人成人男性としては普通なんだけどなぁ……。


「大牙、悪いけど運ぶよ?」


 千寿が俺の元へと戻ってきて一言告げると、俺を今度は『姫様抱っこ』で運び始める。


「……おい」


「流石に見ている人がいるから、担ぐわけにはいかないじゃない?」


 なんとなく勘で、コイツが純粋な親切心で担ぐのをやめたとは思えない。


「普通におんぶで良くない?」


「別にたいした差はないよ」


「いや、普通に恥ずかしいんだけど」


「まぁまぁ……」


「あのぉ……」


 千寿が俺を運ぶことでスピードが上がったはずなのだが、リョーランさんがすぐ近くにいたのか、話に割って入ってきた。……どうしよう、かなりの羞恥プレイなのだが?


「どうしました?」


 冷静を装って応じる俺。かなり絵面的にシュールなのは間違いない。


「もしかして、センジュさんは言語が違う方なのですか?」


 うん、面倒なことになった。可能であれば俺が異世界人であることをまだ知られたくない。まぁ、この日本人らしい真っ黒な髪を見れば怪しまれるとは思うのだが。


「うん。こいつはみんなの話している言葉は喋れないし、理解もできない。国外から来たものだから……って、こんなのんびりと話している場合じゃないね」


「失礼しました」


 いずれは事情を詳しく語らなければならないだろうけれど、それは今じゃない。今は俺の印象より、コトリンティータの印象を脳裏に強く焼き付けて貰わないと困る。


「そうだ。今の内に説明しておくけれど、コトリンティータ……えーっと多分知っているよね? 領主の娘ね。彼女の近くには行かないように。動けなくなる」


「え? ……どういうことですか?」


 フォルティチュードへ向かう前から、俺は大雑把な計画を立てていた。元々、何者かによって村が制圧されている可能性は考慮していたので、何らかの情報を聞き出すため、親玉は生きて捕らえる必要性を考えていた。それをアーキローズさんに相談したところ、元々コトリンティータ達が使う『ソニアブレード』という武器は毒を仕込んで戦うための武器らしい。思考を鈍らせる麻痺毒を仕込んで戦えば生け捕りは容易だという。更に加え、コトリンティータが覚えた巫術というのが自分を中心に敵を眠らせるという術だ。それを併用することで複数人をいっぺんに相手できるという戦術なのだ。


「……というわけで、味方を巻き込まないように単騎で戦っているってわけなんだ」


「なるほど、よくわかりました」


 かなり高速で移動していたのか、戦術説明を終える頃には目的地へ辿り着いていた。

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