01-3 リベルタスを復興せよⅢ(3/5)
村の見取図と配置は、要点を絞ってヒサーナさんが教えてくれた。村人を一時避難させるべき場所も昔は子供の遊び場として利用された地元民ならば知る林の中にある洞窟と決まった。
まず、最初にやるべきことは見張りの目の届いていない村人を逃がすこと。そして、1人でうろついている見張りを確実に無力化すること。本音を言えば幹部以外は殺してしまって構わないと考えている。たいした情報も持っておらず、既に略奪の手段として命を奪っている。完全に無力化して捕らえておくこともできない以上、自分がしたことをされても文句ないよなという話である。
しかし、幹部かどうかは俺が見ないとわからない。もちろんヒサーナさんに同行して貰い、顔を確認して貰えば間違いはないだろうが……正直危険と思われる。敵に殺される危険性ではなく、顔見知りが目の前で殺された時に冷静でなくなる危険性である。
「まずは、定石通りに3人で奪還できそうな人質の救出と簡単な戦力の排除から」
当然ながら、人質の切り札であろう成人女性が監禁されているフォックスベル騎士爵邸には幹部が監視を兼ねて寝食をしており、とても最初に救出というわけにはいかない。そこで、まずは1人で見回りしている末端を排除する。
村にしては多い約50世帯に対して、人手が足りないとはいえ敵と思われる成人男性30人が全員見張りをするとは考えにくい。半分以下になるのが妥当。ちなみに女性に関しては10人。その内3人が騎士爵邸に居て、残りは別の建物へ分散して配置されている。どちらにせよ、50世帯全部に目を光らせるのは不可能。一か所に集めれば監視は容易かもしれないが、そうしないのには理由があるのかもしれない。どんな理由であれ、好都合だ。
完全に夜になってから3人でこっそりと村に近づく。カナリアリートが上空から様子を見て、その後コトリンティータと俺が進むという手順。普段から上を気にしないし、夜ということもあって松明の灯りを避ければ隠蔽度合は高いようだ。ちなみにカナリアリートはレベル2になって、自身を自由に浮かせるようになった。できれば、足が治る前にその能力が欲しかったが。
「まずはそこから。建物の中には監視が1名。あと住人が12名。カナ、こっちに」
辺りは農耕師の家ばかりなので、家同士の距離がある。おかげで潜伏はしやすい環境なことはラッキーと言わざるを得ない。
ここから先は無言の作業である。俺はカナリアリートと共に建物へ近づき、中が覗ける隙間から彼女に念動を使って貰い、まず扉の施錠を外させる。その上で彼女が持参した短剣で男の喉を割く。何が起きたかも理解させない内にコトリンティータが中に入り、男にとどめを刺す。その間に俺達も建物に入り、扉を施錠する。男は喉を切られた時点で声を出すことも出来ず、コトリンの刃によって絶命した。
「静かに」
悲鳴をあげそうになる少女の口を塞ぎながら、コトリンティータが制する。
「助けに来ました。安全な場所まで護送します。静かに最小限の荷物を持って準備して下さい」
少女が頷くとコトリンティータはゆっくりと口を塞いでいた手を離す。
「わたしは、コトリンティータ=M=セレブタス、領主の娘です。2人はわたしの仲間。……遅くなって申し訳ありません」
逃げる準備をする彼女に声をかける。一瞬だけこちらを見たが、すぐに同居している人達を起こして回る。……まぁ、正直俺達が何者かなんて気にする余裕はないだろう。むしろ、大した胆力だと思う。何せ彼女は全裸であり、殺した男もまた全裸だったのだから。
「もう1件やりますか?」
コトリンティータが俺に尋ねる。正直判断が難しいところだから俺に指示を求めたのだろう。何故なら、被害者は彼女だけではない。他の家でも似た状況だ。なるべく早く助けてあげたいというのが本音だろう。だが、当然リスクもあるわけで。
「いや、この家の人達を逃がす方を優先させる」
「わかりました」
助ける人達を連れ回す程に、見つかる可能性は上がる。流石に大勢の人を守りながら大勢と戦うのは無理がある。早く助けたい気持ちより確実性の方が現状は優先される。
「準備できました」
家の中に居たのは、40代と思われる女性が2人。子供が10人。最初にここにいた女性が最年長の子供のようだ。
「それでは、静かに移動します。彼の後に付いて行って下さい」
俺が先行し、後ろをコトリンティータが守る。カナリアリートが上から様子を見るという役割である。カナリアリートの後、俺は家を出てヒサーナさんが待つ洞窟へと誘導する。
「他の人達を助けに行きます。皆さんは静かにここで待っていてください」
コトリンティータがそう言うと、俺達は村へと戻ろうとする。
「タイガさん、ありがとうございました」
「いや、たまたま上手くいっただけだから」
実は最初に助けた家の人達をできれば優先的に助けて欲しいとヒサーナさんからお願いされていた。理由はどうでも良かったから聞かなかったが、多分彼女にとって親しい人なのだろう。だが、それに対し俺は明確に約束しなかった。その時は他に優先するべき人がいるかもしれなかったからだ。だが、たまたま対象が監視に襲われている最中だった。見回りの目も少なく助けやすかったこともあり、結果的に最初に助けることが出来たに過ぎない。
だから、ヒサーナさんに礼を言われるようなことはしていない。
「そんなこと……」
「行ってくる」
事情を説明できない以上、強引に話を打ち切って村へと戻る。もう少し上手に話を終わらせられればとは思うのだが、こればかりは俺のコミュニケーション能力の低さが問題なので、どうしようもない。
村に戻っては、見張りが入っている民家に入り見張りを倒して住民を救うというのを繰り返す。見張りを全員倒し終えたら、今度は何件か纏めて静かに逃がす。それで村民のほとんどを救出することに成功した。どうやら、その中にはコトリンティータが知る人物もいたらしく、それからは村人を安心させ統制をとることに協力もしてくれ、残すは7軒。交代要員が起きてくるのはマリアリス曰く3時。現在0時なので残り3時間。それだけあれば、本来であれば余裕なのだが……。
「さて、問題はここからだ」
「どうしたの?」
「実は残す7軒には敵が潜んでいる。ただし、見張りとしてではなく、密偵として潜り込んでいる。当然、一緒に暮らしている人物もその子を敵の一味だとは思っていない」
村への道中で2人に説明する。
「やることは同じじゃないの?」
「全然違う。難易度も変わる」
コトリンティータの問いに俺は思わず立ち止まる。
「無防備になっていた今までの見張りと違って、村人と寝食を共にして住人から敵と認識されていない。その密偵を取り押さえようとしても、住人がその子を庇う可能性がある。その間に別の人を人質に捕られたら実質終わり。被害者が出てしまう」
そこまで言ってから、歩き始める。時間を少しかけてでも作戦を理解して貰わないと困る。
「それでは、どうされるのですか?」
カナリアリートが尋ねてくる。彼女はどうやら最初から、その難しさを理解しているようだ。
「手間だけど、一度全員村から逃がすしかないだろうなぁ。その場で処分というのが一番悪手であることには違いないし」
「一緒に逃げてくれるでしょうか?」
……正直、そこが問題なんだよなぁ。先制で動きを封じる手はある。でも、その状態から住人達の信用を得るのは無理だ。逃げる時に裏切られると被害者が出る可能性が高い。しかし、どうしても後手に回らないとダメなんだろうなぁ。
「逃げる。だけど、最悪の場合は気絶させるしかないだろうな。殺しはダメ」
「どうして?」
「普通の密偵であれば、一緒に逃げて避難所を突き止めてから報告する。だから、一度は一緒に逃げるフリはする。でも、普通でない場合は、真っ先に報告しようと逃げ出す。その際は気絶させるなり、動きを封じる。殺してしまうと住人が密偵を敵と認識していない場合、住人が勝手に逃げ出す可能性がある。そうなったら守り切ることは不可能だろう」
コトリンティータの疑問に完結に答える。
「気絶させてしまえば、パニックになって敵に見つかるのを防ぐためと言い訳ができます」
俺の意図を理解したカナリアリートが言葉を続ける。
「今出ている見張りは全て倒し終えているので、密偵が報告するには騎士爵様のお屋敷に行かなければなりません。騒がれたところで伝わらないのです」
「そうだね。まずは村の外、騎士爵の屋敷の反対方向を目指す。ある程度離れたところで、説明をした上で密偵をばらす。疑惑をかけた後は2択。楽なのは自ら正体を認めて暴れてくれるパターン。その時は気絶させる。その後は身動きができないように縛って連行。面倒なのは密偵であることを否定して情に訴えてくるパターン。その場合は、身の潔白を証明するためにも一度縛らせてくれとお願いする。身動きを封じた後は洞窟へと移動する」
2人とも理解してくれたところで、再び走り始める。時間を少しロスしてしまったが、早めに見張りの交代要員が起きて来ない限りは余裕がまだある。
幸いなことに予定通り密偵が一緒に逃げてくれた。そして意外な事に村を出た後に自白してくれた。密偵として選ばれた子は両親を亡くし、孤児院にも入れず、死ぬか食べ物を盗むかの瀬戸際にまで追い込まれた子供ばかりだった。そんな時に拾われて食べ物と仕事を与えられたというわけだ。でも、悪いことをしている自覚はあったようで、捕まってホッとしている子ばかりだった。……1人を除いて。
最後の7軒目。一緒に逃げてくれるところまでは一緒だった。問題は村から出た後。
「……というわけで、この中に密偵がいるんだ」
これまでと同じように、誰がとは言わず、密偵がいる疑いがあることを告げる。今までであれば、この話をした時点で良心の呵責に耐えられず、自ら名乗り出て来てくれた。
「それは誰かわかっているんですか?」
その家の主だろう、40歳手前の男性が尋ねてきた。
「誰なのかは聞いている。でも、その聞いた話が事実とは限らない。かといって、不用心に何も警戒せずに連れて行くことができないことも理解してほしい」
なるべく角が立たないように話す。正直、他人と話すのが苦手な俺としては勘弁してほしいポジションではあるのだが、戦力にならない無能である以上、こういった交渉で役立つしかない。そうでないと、コトリンティータの主導で街の復興は果たせても、俺の目的が果たせ難くなってしまう。……とはいえ、これが勇者の仕事とは言い難いことは自覚している。
「……確かにそうですね」
何とか理解はして貰えた。しかし、この段階でも名乗りでない。……仕方ない。
「そういうわけですので、全員一時的に拘束させて貰います。この中で1人だけっていうのは確定しているので、手荒な真似はしません。ですが、もし避難所を知った後に逃げられ、村に戻られてしまうと人質に捕られているご婦人達が危険なので」
「あの、本当にこの中に1人だけ密偵? がいるの??」
この家の娘が尋ねてくる。何故家の娘とわかるか? それは、頭上に『農耕師の娘』って表示されているから。まぁ、他の誰にも言えないけれど。
「いるよ。もう数名捕まえていて、別々に聞いて人数が一緒になっているのを確認しているから、適当な人数を言ったとすれば、数が揃い過ぎだしね」
……もちろん嘘である。でも、人数に間違いがないのだから俺の言葉の真偽を確認する術はないだろう。
3人で手分けして拘束を開始する。しかし、密偵と思われる少女はまだ動かない。全員拘束したまま移動することになった。
「……結局、名乗り出なかったな」
「そりゃそうデシ。あの人、お姉さんが人質にされているデシよ」
……何でもっと早く言わない?
この事実を知ったのが、避難所に連れて行って、別々に隔離監禁した後だった。本当は他の人達は拘束を解いても良かったのだが、思った以上に時間がかかってしまった。
まぁ、知っていても即対応は難しかったかもしれないが。でも、直ぐに名乗り出なかった理由がわかってスッキリしたのも事実。
「残念ですけど仕方ないことだし、早く村に戻りましょう」
早めに起きる人がいれば、バレてしまい、軽い騒ぎになってしまう。場合によっては人質が殺される可能性だってある。
「この後は予定通り。任せたよ、コトリン。カナもサポート頼む」
この後の作戦は単純作業となる。コトリンティータが派手に暴れて、敵を無力化させていく。カナリアリートはコトリンティータの攻撃範囲外からの攻撃を無力化させる。正直、レベル2になってステータスが跳ねあがったコトリンティータが負ける可能性は限りなく低い。
最初は雑魚ばかりが攻撃をしかけるだろうが、騒ぎになれば幹部と呼ばれている連中や親玉も出て行くことになるだろう。そうなったら、俺が騎士爵邸に囚われた人質を解放する。多少残った人がいたとしてもレベル2となった千寿がいれば絶対に負けないだろう。
俺達は2手に別れると、千寿と共に騎士爵邸へと回り込んだ。




