01-3 リベルタスを復興せよⅢ(2/5)
翌日、俺達は朝食後に近隣で一番大きな村であるフォルティチュードへと向かった。
フォルティチュードはリベルタスから徒歩で6時間ほどの距離にある、フォックスベル騎士爵が治める最寄りの領内一大きな村である。本来であれば乗り物に乗って向かうのが普通なのだが、生憎リベルタスに騎乗動物は貴重すぎて最寄りには使い辛い。
幸い、村までの道中は平和そのもので、何事もなく村の手前まで順調に辿り着いたのだが、カナリアリート曰く「異常」なのだそうだ。普通、人通りがない道で護衛もいない少数の旅人を見れば何かに襲われるものらしい。もちろん、その多くは一般人でも撃退できるようなモノなのだが、稀に護衛がいないと命の危険を伴うものにも襲われることもあるとのこと。原因はいくつか考えられるが、推測の域をでないので記憶の隅に留めておく程度で、今夜で勝負を付けるための相談をする。
時計を確認すると15時。事前準備には充分すぎるほどに時間がある。
「確かに、ここまで誰ともすれ違わないというのは異常だとこの辺に疎い俺でも理解できる。何かあったかもしれんから、コトリンティータとカナリアリートの2人で誰にも見つからないように村を偵察して来てくれないか?」
もちろん、本当に偶然なのかもしれない。それに、何も無く平和であったなら、それはそれで構わない。でも、何かあったら問題で、その可能性は結構あると考えても仕方ない状況だ。
「それは構わないですけど、タイガさんは?」
「もちろん、俺も偵察する。だけど、纏まって動くと目立つから」
言わなくても、千寿と一緒に行動することはコトリンティータも承知している。
「2人とも、まだ明るいし無理しないでいいから」
村へ向かう彼女達の背中に声をかけて見送る。
「……さて」
周りに千寿しかいないのを確認してから呪文を詠唱し、【複製眼】を発動させる。【複製眼】は千寿の一部で作りだした目を通して視界を共有する巫術。現在、千寿はレベル2なので、2か所を同時に見ることができる。自分の意思で視点を調整できないが、千寿の意思で遠隔操作はできる。便利そうで不便な術である。当然ながら視界共有なので、俺が見ている視界は千寿も見えている。また、作った目の大きさや形は千寿の意思で自由に調整できるので、疑似カメラとしてマリアリスとミユーエルに持たせても限りなく小さくすれば隠蔽度は高い。
「行って来て」
各々多少は不満を漏らされたが、村の様子を見に行かせる。千寿を手元に残したのは護衛的な意味もあるが、俺の指示を伝えさせるため。本当は様子を直接聞ければ良いんだけど、残念ながら、3匹ともにこちらの世界の言葉がわからないため、何を話しているか理解できん。
2匹とも村の中に入ったのを確認したところで、今度は【審判眼】を発動。【審判眼】は視界内の生物の悪意や虚言、敵意を看破するミユーエルから力を借りた巫術。術を併用することで、現状の場合は悪意を視認することができる。虚言は会話が聞こえないからわからないし、敵意は遭遇もしていないのだから向けられるわけもない。しかし、それでも充分である。
「ねぇ、これって……悪意が見えなくても状況が想像できちゃうんだけど……」
千寿の想像は多分概ね間違っていないだろう。……村は何者かによって既に制圧されていた。
「多分ね。奪還するだけなら簡単だろうけど、問題はどうやってコトリンの手柄にするかってところだなぁ」
そうやって話している間にも視界は移動する。村全体を見て回れた頃には、概ね状況も把握できた。
セレブタス邸にあった資料も含めた知識になるが、フォルティチュードは人口約500人の町に格上げされる可能性の高い大きな村である。ただ、その半分以上が子供。1世帯平均して6人くらいの子供がいる、10人前後の大家族が村では一般的らしい。この村に限らず、子供達の多くは大人になるまでに死んでしまうため、人口が増加しないという仕組みらしい。……まぁ、それだけが原因とは思えないけれども。村のほとんどが農耕師……要は農民で、農作物を売って収入を得ている。それ以外、何の特徴もないと言えば身も蓋もないが、アルタイル領の農産物は他領と高額で取引されているので、村民全体が小金持ちで裕福な生活をしている。
しかし、村民の成人男性の数が思ったより少ない。悪意を持った成人男性は30人いる。……恐らく殺されたのだろう。もしくは逃げたか。
村の中でひときわ大きな屋敷……多分フォックスベル騎士爵の屋敷には多くの女性が軟禁されている。その中には騎士爵婦人と令嬢の存在も確認済み。……人質だな。
「難易度が高いのは多分、人質の解放。少なくともレベル付きの女性は殺させたくないなぁ」
「うわぁ、最低……」
「うっさいわ。もちろん、全員無事が一番だと思っているし、最善も尽くす。……だけど、ノーリスクってわけにもいかんだろうよ」
全員救出を目指すのは当たり前の話。ただ、理想通りに事が進むとは限らない。いざという時の優先順位は必要で、迷ったら不要な犠牲を出してしまうかもしれない。……日本なら、人命最優先……といったところだが、この世界では鎮圧が優先されることを既に学んでいる。とはいえ……やっぱり見殺しはしたくない。しかし、30人が同時に動いた場合、3人で全てを一斉に制圧なんて不可能だ。
「そりゃ、そうだろうけど……」
「じゃあ、参考までに聞くが、千寿ならどうするよ?」
少し考えた後、自信無さげで絞り出すように、
「うーん……コトリンさんの手柄にするっていうのを諦める……とか?」
多分、言っている本人が論外であることを自覚している。
「そうなるとだ、ここに来た目的である住民をリベルタスに移住させるという最重要目標は難しくなるだろうな。いくら俺達が異世界から来た勇者だと自称したところで、得体の知れない力を見た人達が感謝して俺達に付いてくるか? むしろ、恐怖するんじゃないかと思う」
そりゃ、助かったことには安堵するかもしれん。だからといって、助けてくれた異世界人に付いて行くという判断は別の話だ。
「重要なのは、領主の娘であるコトリンティータの力で脅威から村人を解放し、彼女の権限で村人を保護するという、保護される側が納得できる名目をつくることなんだよ」
「言っていることはわかるんだけど……」
日本人基準の良心の葛藤だろうなぁ。ちとせの人格を融合したから発生した感情。事実、俺の知る融合前の千寿は、人も動物も昆虫も等しく「生物」程度にしか考えていなかったし。
「仮にこちらへ付いて来ないという判断をされた時、それは見殺しにするも同義。そういう判断をさせないための手段だから。時間がないしね」
千寿は多分納得していないだろう。それでも彼女は俺に従う。代案が出せないと俺が退かないことを知っているから。
「それでどうするの?」
「とりあえず、なるべく見つからないように人質を逃がすしかないだろうな。まぁ、詳しくは2人が戻ってきて同意を得られたらってことになるけど……ん?」
日没したばかり……時間はまだ18時前。真っ暗というわけでなく、空は若干の赤味が残っている。まぁ、それもすぐに暗くなるだろうが。村の偵察から戻る2匹の中継映像に村から逃亡している少女が映っていた。
「方角は?」
「幸いにもこっちに向かって来てる」
千寿は短く答え、すぐに俺を抱えると、人の域を超えた速度で走り出す。
「追手が来る前に確保するよ」
俺の指示に彼女は黙って頷く。そのまま移動し続け、合流する手前で俺のことを下ろす。
「追手は1人か。任せる」
「むぅ……まぁ、仕方ない。鼻の下伸ばさないように」
「大丈夫。そんな余裕はない」
そう答えた数秒後、女の子が全裸で走ってくる。間違いなく異常事態。俺はマントを外しながら、彼女に遠くから呼びかける。
「俺たちはリベルタスから領主令嬢コトリンティータ=M=セレブタス=アルタイルと共に助けにきた。俺達を信じて、こっちに来て!」
彼女は一瞬躊躇するが、それでも不安そうな表情のまま、こちらへと向かって来てくれた。彼女の身体をマントで覆うと、そのまま手を引いて移動を始める。
「追手が1名来ている。とりあえず、隠れよう」
彼女は無言で頷いて俺と共に来る。
「あの、もう1人の女の人は……?」
「大丈夫。彼女は強いから」
ただの人間に千寿が負けるわけがない。何も指示を出さなかったから千寿なら迷わず殺してしまうかもしれないが、ちとせだったら痛めつけることはしても殺さない。まぁ、俺としてはどちらでも良い。とりあえず、千寿とマリアリス、ミユーエルが合流したのを確認。
「さて、いろいろ事情を聞きたいところだけど、まずはコトリンティータ達と合流してからだな。寒いかもしれないけど、少しの間我慢してくれ。今晩中に何とかするから」
彼女は頷いてくれるが、表情が硬い。レベル持ちではあるが、現段階では戦闘能力はないようだ。名前の表示も村娘になっている。
「俺の名前はタイガ。セレブタス家の客人をしている。君の名前は?」
「ヒサーナです」
「そっか。……じゃあ、俺に付いて来て」
俺達が待ち合わせ場所へと移動を開始する。直ぐに千寿達が合流する。
「追手は?」
千寿が首を横に振る。
「千寿は捕らえようとしていました。しかし、無意味なので殺して貰いました」
ミユーエルが代わりに答える。当然ながらヒサーナと名乗った少女には聞こえていない。
「その人は敵の中でも下っ端で、何を話していたかまではわかりませんが、どうやら仲間内にも信頼されていないようでした。偉そうな連中から雑用をやらされているくらいだったし、そんな奴が重要な情報を持っているとは思えません」
なるほど。知っていることは、このヒサーナという女の子と同レベルってことか。
「とりあえず1つだけ、聞きたいことがあります」
ずっと黙っていたヒサーナが口を開いた。
「ん?」
「……何で、もっと早く助けてくれなかったのですか? 異変には気づいていたはずです」
まぁ、確かに彼女がそう思うのも当然だ。村民の相談には村長……騎士爵が。村の危機には領主が対応する。それがこの国の常識。しかし、村の危機に駆け付けない領主では納税している意味がないというもの……本来は。
「そうだな。本来ならコトリンから話すのが筋だとは思うんだが……知りたい気持ちもわかるから簡単に説明する。答えは明白で、リベルタスがフォルティチュードより悲惨な状況だから、何もできなかったというのが正直なところ。詳しくは合流してから、コトリンに聞いてくれ」
「そんな……いったい何が起きているんですか?」
まぁ、そうなるわな。だから俺からは伝えたくなかったんだけど。
「いろいろ聞きたい気持ちもわかるけれど、今はそれどころではないのはわかるよね?」
「すみません」
行きは千寿に運ばれていたので短く感じたが、自分で歩くとなると思っていたより遠い。その間黙々と歩くことになったのだが、日も落ちた林の中をマントがあるとはいえ、全裸で歩く彼女にとっては恐怖以外の何モノでもない。
「ん~、俺の知る範囲の話だけどな」
そう切り出して、リベルタスの様子と何が起きているかをざっくりと話す。もちろん、彼女に内容を把握して貰うためではなく、彼女の気を紛らわすため。多分、さっき話しかけてきたのも、喋っていないと恐怖心に囚われてしまいそうだったかもしれない。それに、合流した後に村の様子を喋って貰わないといけない。そのためにもこちらの事情を少しは話しておいた方がいい。そうでないと一方的な尋問になってしまう。立場的には尋問をしても良い立場かもしれないが、友好的な関係を築いておいた方が、これを解決した後も都合が良いだろう。
まぁ、これらは後付けの理由。全裸で逃げていて、追手が男であることから、怖い目にあったに違いないし、それなのに俺と逃げているわけだから、せめてもの気遣いなのだが、これが正解かどうかは正直わからない。でも、言葉の通じない千寿でも近くにいるだけで違うと信じたい。見た目は女性だしな。
長々とリベルタスの状況を説明している間に初めに居た位置へと戻ってきた。間もなくしてコトリンティータとカナリアリートも戻ってきた。時間は18時半。辺りはすっかり真っ暗である。携帯用の時計というものが存在していないので、2人とは予め日没して完全に暗くなったら合流と話してあった。
「ねぇ、その人は?」
コトリンティータが俺の背後にいたヒサーナを見た。
「彼女はフォルティチュードから逃げてきたヒサーナさん。急遽保護した」
そう紹介すると、彼女はペコリと小さくお辞儀する。
「んで、今聞いてきたのが領主の娘でコトリンティータ。そっちは俺のメイドでカナリアリート」
そう紹介し、カナリアリートを見たヒサーナが絶句する。まぁ、ずっと浮いているしなぁ。
「とりあえず、村で何があったのか、順番に話してくれる?」
俺の言葉を受けて、ヒサーナは感情を抑えて、ゆっくりと冷静に話し始めた。
「村に異変が起きたのは、昨年末に近づいたころです。最初、他所の土地から冒険者を名乗った女性3人が村に来ました。旅人が来ること自体は珍しいことではないのはご存知かと思います。ですが、彼女達が来たのを最後に、村を訪れる人がいなくなったんです」
フォルティチュードはアルタイル領の南東に位置し、東からアルタイル領に入ってくる際の玄関的な役割を果たしている。街道沿いに面した大きな村なので、農業がメインではあっても、宿や酒場など旅人が休憩できる施設は最低限ある。店が存在するのは、利益がでる程度には人が頻繁に出入りし賑わっている証明でもある。その人の出入りがピタリと止まるのは確かに異常事態に違いない。
「当時は何かあったのかもとは思いましたが、以前にも何度かこういったことはあったので大して気にも留めなかったのです。ただ、税を治めるためにリベルタスへ向かったフォックスベル騎士爵様の従者の方が予定日を過ぎても戻らない辺りから、村内はざわつき始め、異変はそれだけでは止まらず、衛兵が1人ずつ行方不明になっていきました」
なるほど、成人男性が村に少なかった理由がこれか。今の話から察すると村から逃げられた人は居ないと考えるべきか。
「衛兵の数が半分になってしまった時、村の大人達が集まって、領主様へ助けを求めるため、逗留していた3人の女性冒険者に助けを呼んできて貰おうという話になったそうです。その結果、今の状況というわけです。3人の女性は村を支配している集団のボスと幹部。そして、村に旅人がこなくなったのも、その集団が原因だそうです」
ん~、言い方が引っかかるなぁ。
「気になったんだけど、その集団は盗賊の類だと思うのだけど、どうして集団なんて呼び方をしてるんだ?」
そう尋ねると、彼女は少し考えてから自信無さげに答える。
「そのぉ、確証はないんですけど、明らかに盗賊やチンピラっぽい人もいるんですが、幹部の人達は訓練された人みたいに感じられたので……」
「訓練って……例えば騎士とかってこと?」
そう尋ね返すと、彼女は首を縦に振る。
「その幹部って何人いるか知ってる?」
「ボスを除けば10人ですね」
うーん。嫌な感じがするなぁ。
「コトリン、どう思う?」
「話を伺う必要があるね。うっかり殺すと面倒なことになるかもしれない」
出会った頃の彼女であれば、何処かの領の工作員である可能性は考慮できなかっただろう。彼女の返事に満足したので、安心して攻略案を説明し始めた。




