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01-3   リベルタスを復興せよⅢ(1/5)

 祝霊歴1921年2月17日。俺達は食堂で打ち合わせをしている。その理由はフォルティチュード訪問時の打ち合わせと情報の共有のため。ここに至るまでに16日が経過していた。


 順を追って整理すると、キヨノアが2月1日に鍛冶師と武器の調達へ出発し、戻ってくるまでに2週間掛かった。彼女は隣のポルクス領まで馬を往復させたので、期間から2週間であればかなり無理をしたのは想像がつく。


 その間に千寿とアーキローズさんがレベル2に昇格。そして迎えた今から6日前の2月11日。中庭の祭壇から1匹が遅れて転移してきた。


「あれ?」


 彼女からの第一声。……俺の勘が正しければ、彼女は先程までコタツに突っ伏して寝ていたはずだ。だからなのか、出現と同時に倒れそうになり、俺が受け止めると寝ぼけて抱き着いたまま、目を開こうとしない。


 お尻にかかるほど長い銀髪。その毛先は羽根と同じく黒に変色している。そして翼と同じ瞳の色。見た目は女子高生くらいに見えるが、実際はマリアリスと同じく年上らしい。彼女は堕天使。俺が中二の頃に間違って呼び出した無能なペットの3匹目で、翼があることと姿が他の人から見えない以外は普通に人間の女子と変わらないくらい世俗に塗れている。


「もう昼過ぎだ。起きろ、ミユーエル」


「……あれ? 大牙……君? 昼過ぎって……まだ夕ご飯……」


 今の発言で確信した。彼女は俺が飛ばされた12月31日の俺の家から来たということを。


「寝ぼけずに周りを見てみ? 目が覚めるぞ?」


「えっ? ……ここ何処?!」


「異世界」


 なんだろう。俺より超常現象的存在のミユーエルの方が驚いているのを見ると、なんか新鮮。むしろ状況慣れしている俺が異常。


 簡潔な答えだったはずなのだが、それを聞いた彼女は動揺からか微動だにしない。


「そろそろ自力で立つデシ」


 マリアリスからの冷たい一言で、ミユーエルは抱き着いていた俺から慌てて離れた。


「……って、あなた、マリアちゃん? また随分幼くなって……」


「どうせ、あなたもそうなるデシ」


 マリアリスはご機嫌斜めなことを隠そうともしない。


 とりあえず状況説明が欲しいということは伝わったが、千寿と目があった時点で再びフリーズしてしまったようだ。


「えっと……見えてる?」


「もちろん、見えてる」


 千寿が意地悪く答える。ちとせの喋り方で。


「なんで、普通の人間がわたしを見えてるの?!」


 感情が忙しく変わるミユーエルに千寿は笑い苦しんでいる。どうやらツボに入ったようだ。


「はぁはぁ……あぁ、苦しい……あたしよ、あたし」


 そう言って、一瞬だけスライム形態へと変化し、すぐに元に戻った。


「もしかして、千寿?」


「そそ。やっぱり普通にわからないよね? それなのに大牙にはすぐにバレたんだよねぇ」


 ……こんな経緯があったが、今では眷属契約も済ませ、無事小さくなっている。なお、念のために実験したが、やはり千寿が特別なだけで、ミユーエルもマリアリス同様、他の人には見る事ができないようだ。状況も把握し、俺が元の世界へ帰れるように協力してくれている。


 その後、コトリンティータには2回目、カナリアリートには初めてのMPを支払いつつ、ミユーエルが来てから4日後、つまり一昨日。キヨノアが機工師を連れて帰ってきた。


「タイガ君」


 ……君? まぁ、俺の方が歳下ではあるのだが、前までは「さん」じゃなかったっけ?


「おっ、キヨノアさん。おかえり。いつ戻ったの?」


「ただいま。今戻ったばかり……それで、報告したいことがあるんだけど、来てくれる?」


 まぁ、敬称は自動翻訳の表記の揺れなのだと解釈するとして、報告なら移動しなくても、ここでしてくれても良いんだけどなぁ。……そんなことを思いつつ、彼女に連れられて応接室へと入ると中に女性が待っていた。


 多分同年代くらいだろうか? 赤味を薄く帯びた金髪で、この世界の金髪女性では珍しいショートボブ。深い青色の瞳で、香水の匂いが全くしない。……つまり、臭い。正直、胸の膨らみがなければ、整った顔の男性と思う人がいてもおかしくない。


 彼女は俺達が部屋に入ると立ち上がり、軽く頭を下げた。……こういった状況だと握手だと思うんだが、この世界に握手の文化が無いんだよなぁ。中世ヨーロッパみたいな街並みなのに違和を感じてしまうのは俺が異世界人だからだろう。


「初めまして、機工師のマキアティ=ラムスミールです」


 チラッと隣を見ると、キヨノアが苦笑している。段取り通りではないようだと思いつつ、俺も彼女に対して軽く頭を下げる。


「どうも、タイガ=サゼです。来て頂いて助かります」


 機工師と聞くと、某ゲームに出てくる職業を思い出してしまうが、この世界での機工師は、主に霊石を動力とした絡繰装置を作るエンジニアのことらしい。


 名前を知ったことで、彼女の頭上には『マキアティ Lv1』と表示される。


「話はキヨノアさんから聞いています。絡繰武器のメンテナンスは責任もって引き受けさせて頂きます。一応、鍛冶仕事もできますが、専門ではありません。今回キヨノアさんが仕入れた武器を持ち主に合うようカスタマイズくらいならできると思います」


 機工師の作る武器は、普通の武器ではない。ギミックが備わっている物ばかりで、使いこなすには適正と努力が必要である。もちろん、オーダーメイドなので、適正に関しては最初の所有者に限っては何の問題もない。利点は武器を奪われても、相手が使えないところだろう。


「聞いているとは思うけれど、我々の財政は極めて厳しい状態。今仕事をして貰っている人達も当面は食料支給という形で勘弁して貰っているんだけど、それでも働いて貰えるのでしょうか?」


「はい、伺ってますよ。食料貰えれば問題ないですし、わたしの希望報酬はそっちではなく……タイガさんとの従属契約ですから」


「え?」


 思わずキヨノアをガン見する。すると彼女は立ち上がって思いっきり頭を下げる。


「ゴメン。無償報酬で引っ張ってくるには、この手しか思いつかなかったの」


 ……確かに、機工師というのは国内で滅多に見る事のない職業らしいし、貴重な職人を確保するというのは大事。……たまたまレベル表示があったから可能なものの、無かったらどうするんだって話なんだよなぁ。


「わかった。でも、そのままじゃ無理。とりあえず、身体を洗ってきて貰おうか?」


「……あっ、それは失礼しました」


 マキアティさんも思わず赤面して立ち上がって頭を下げる。


「案内するよ。タイガ君が作ったお風呂、本当に凄いし、興味あると思うよ?」


 ……あぁ、終わったら掃除だなぁ……なんて思いつつ、俺がした約束ではないが、綺麗で良い匂いになった彼女と従属契約を結ぶ。翌日からは、しっかりコトリンティータの武器からメンテをして貰った。キヨノアさん、アーキローズさんの分までメンテが終わったのが今朝の話である。


 そして、今朝。コトリンティータのレベルが3になり、カナリアリートの足がリハビリも含めて完治した。その間に『心の葡萄石』の熟練度も上がり、戦闘の心得もアーキローズさんの協力を得て、充分に戦えるまで成長している。


 ……ここまでが今朝までにあった、主な出来事。そして、現在に至る。


 昼食を食べ終えて、全員が揃っている食堂で、改めて話題を切り出す。


「ちょっと良い? 簡単にではあるけど、明日の打ち合わせをしたいんだ」


 雑談をしていた人も会話を止めて俺を見る。ちなみに、この場にいるのは俺とコトリンティータ、キヨノアさん、アーキローズさん、マキアティさん、カナリアリート、千寿、マリアリスとミユーエルの6人と3匹。つまるところ、契約者全員である。


「果樹園でボチボチ収穫ができるようになったので、そろそろ人員補充と近隣集落の偵察のため、明日からフォルティチュードへ少数精鋭で行こうと思う」


 いきなり発表したわけではないので、周りも「ようやく行くのか」という感想だろう。


「それで、誰が向かうの?」


「俺、コトリン、カナの3人と千寿かな」


 キヨノアさんの問いに答えるが、言わないだけで当然マリアリスとミユーエルも同行させる。


「むぅ、留守番かぁ……」


「そんな露骨にガッカリしなくても……でも、考えた結果なんだよ。やっぱり、コトリン不在時の街の守りは大事。まず、スカウトにコトリンが直接訴えるのは大きいと思うから、どうしても向かう必要がある。同時にマキアティさんは留守番。理由は語るまでもないでしょ」


 戦闘要員でないマキアティさんを連れていくメリットが何もない。だから留守番。コトリンティータも行くことに異論はないようだ。


「不在時に街を襲われるのは困る。そこで最大の戦力であるアーキローズさんが留守番。一緒にキヨノアさんも留守番。理由はフォルティチュードで戦闘がなければキヨノアさんが同行する理由がないし、コトリンに護衛が要らないことは認めるでしょ?」


 そう伝えると、キヨノアさんも一応納得する。


「カナはコトリンの手が届かないところを補える力がある。だから、戦闘補助要員として有用。戦闘が無くともカナなら村人を身構えさせないでしょ。あとはスカウトする人を選別するために俺も同行する。……以上がメンバー選抜の理由だな」


 自分ではケチが付かない最高の説明だと思っていた。まぁ、穴もあるかもしれんが、簡単にフォローできる程度の穴しかないと考えていたのだが。


「ちょっとタイガ君、聞いても良いかな? これまで召喚された歴代の勇者は精霊王から託された特別な能力を携えて現れたという伝承があるの。だとするなら、タイガ君の能力とはどんな能力なの?」


 ……あっ。聞かれたくない質問きちまったな。でも、一応対策はしてある。


「能力はあるにはあるけど、戦闘向きの能力じゃない。俺の能力は『目』だよ」


「目?」


 答えたものの、聞いたアーキローズさんも意味を理解しかねていた。


「俺は見ることに特化した能力を持っていてね。全属性の精霊を見る事ができる。会話はできないけど。それと、どんな言語でも読み書きできる。他にもあるけど、見る事に特化した能力がメインであることには変わらない」


 ……まぁ、ほぼ嘘を言っていないが、肝心のメインという部分が嘘である。実際に覚えた巫術も見ることに特化した術が多い。だが、スターシアから貰った能力はそれではない。でも、あんな抽象的な名称の能力を理解することの方が難しい。実際、俺も理解に苦しんだ……が、検証した範囲なら説明できると思う。……ただし、答えがない以上、何処まで考えても推論の域を超えることはないが。


 本当の俺の能力は、必要な人材が必要な時までに俺の前にレベル表示がされた上で現れる。ただし、具体的にいつ必要になるかは判らない。レベル表示のあるユニットを仲間にすればするほど、危機を乗り越える力は上がるが、その分定期的に支払う維持コストが増える。だから、必要な人材を無尽蔵に契約して仲間にすることはできない。あくまで支払えるコスト分だけしか仲間にできないという仕様のようだ。


「目ねぇ……ねぇ、タイガさん。確か、センジュさんと眷属契約をしていたよね? ということは巫術が使えると思うのだけど、どんな術が使えるの?」


 コトリンティータからの質問……まぁ、これも聞かれるだろうと思っていた。


「俺が現在使える巫術は全部で3つ。1つは【透視眼】。これは壁などの向こう側を見たり、暗がり……完全な闇だったとしても普通に見ることができる術。逆に急に眩しい光に照らされても問題ない。視界の影響を受けずに見たいものを見る能力」


 嘘ではない。マリアリスが使うと過去を見る事も可能であるが、俺にはそこまでの力を使いこなす事はまだできないようだ。


「2つ目は【複製眼】。疑似的な目を作り、その視界を共有する術。まぁ、その視点を自分の意思で移動させたりできないから、誰かに運んで貰って視覚を共有するって使い方になる」


 これも嘘ではない。が、俺自身が動かせなくとも千寿の意思で動くことはできる。俺が千寿に指示し視界を移動させれば、監視カメラと同じ効果が得られる。実際の運用は少々難しいようだけど。


「3つ目は【審判眼】。視界内の生物の虚言と悪意、敵意を看破する術。この術は多分尋問用。遠くから見れば誰が敵か一目瞭然。ただし、視界外の人物……例えば建物の中とかにいると判らない」


 これも嘘ではない。実際は他の術と併用すれば死角などないんだけどね。


「以上、俺が人材をスカウトするのに有効な能力の持ち主だってことは説明になったかな?」


「確かに戦闘以外なら有能な能力だけど……だからこそ、気をつけて行ってきてね」


 そう優しくアーキローズさんに言われ、素直に頷く。


「出発は明日の早朝。2人とも準備は整えておいてね」


 コトリンティータとカナリアリートが頷くのを確認すると、席を立った。

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