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01-2   リベルタスを復興せよⅡ(5/5)

「お母さん、無駄。ところで気になったのだけど、人手が足りないんじゃない?」


 食い下がろうとするアーキローズさんをキヨノアさんが止める。代わりに別の質問をされた。


「正直足りてない。でも、簡単に増やすことができない事情もある」


「わかった。じゃあ、わたし達がそれを手伝うっていうのはどう? 少なくともコトリンティータ様より強いし、役立つよ?」


 話を鵜呑みにするのであれば、この母娘は約2年前に理不尽な理由で仕事を失ったものの、疑いを持ち、入念な調査を無報酬で続けていたことになる。そうなると、親戚だからというのもあるだろうが、忠誠心の高い母娘ということになる。しかし、見方を変えれば既にパトロンがいて、その者の意思によって送られてきたと考えても良い。


 さて、困った。マリアリスは千寿と共にカナリアリートを見ている。彼女に何も問題ないのであれば、こちらへ来ることもないだろう。つまり、密偵を見破る手段がない。また、彼女の申し出を断ったり保留したりする正当な理由がない。根拠なく断ったりした日には2人に疑いをもたれるのはもちろん、俺のミッション達成の妨げになる可能性もある。


「それは正直助かります。なんせ、俺は戦闘において弱すぎて無力ですから」


 こう答えるしかなかった。あとで素性と動向を調べるにしても、今は友好的な返事をするしかない。だが、俺の一言に声は出ないものの驚いていたのは表情から察した。


「そうね。何せ6歳の女の子にも腕力で負けちゃうものね?」


「悪かったな」


 この世界の身体能力がおかしいんだ。スーパーマンと逆の環境な気分だよ。負けた当時のコトリンティータは腹を抱えて笑っていたが、俺だって日本の成人男性としては普通なんだからな? ……全く、俺の心労に気づいていないだろうな、コトリンティータは。


 という話で纏まって、アーキローズさんとキヨノアさんが、セレブタス家の屋敷で共に暮らすことになった。何でも、元々使っていた部屋があり、彼女達が離れた後に誰も使用していないとのことで、そのままアーキローズさんは同じ部屋を使い始め、1部屋空けた2つ隣の部屋をキヨノアさんが使うことになった。もちろん、後でこっそり【透視眼】によって探らせたのだが、結論はグレー。何とも視覚情報だけでは断定できない状況のようだ。流石に怪しいからと処分できるような対象でもないし。


 という感じでモヤモヤした状態で迎えた翌日からアーキローズさんは街の住人に武術を基本から指導してくれている。キヨノアさんはコトリンティータに稽古をしてくれている。問題はカナリアリートが『心の葡萄石』の修行を始めたばかりということ。カナリアリートにはくれぐれも2人に見つからないようにと伝えてあるが……時間の問題かなぁ。自分でも無茶振りだとわかっているし。幸いなのは、コトリンティータとキヨノアは共に行動しており、稽古以外は見回りと狩りを手伝ってくれることになっており、昼間の間、屋敷内にいる時間が短いこと。稽古の間だけ、庭に近づくのを避ければ良いだけなのだが。


 2人が屋敷外に居る時の監視は千寿に任せているが、欠点は会話の内容が判らないこと。千寿に任せているのは拉致や強襲からの護衛だけ。正直それが限界で、基本的にはカナリアリートの側にいてマリアリスのアドバイスを伝言しつつ、いざという時の補助役として控えておく必要があった。読書の時間がどうしても大幅に減らさざるをえないのが大きな不満だ。


 お昼に屋敷に戻ってきて、その後稽古を開始。午前中に狩りや見回りをしてくれるのは正直助かった。そして、2人が稽古中は俺も一緒に立ち会って監視。バッチバチに戦っているように見えるのだが、それは俺が戦闘のド素人だから。少なくとも素人が挑めるような実力では無いことは間違いない。


 様子を見ていて気づいたのだが、コトリンティータとキヨノアさんが同じ武器を使っている。ゲームなんかで稀に見る刀身が分割されて鞭のように扱える剣である。厳密に言うと全く同じではなくて、コトリンティータは連結状態だと細身の長剣。キヨノアさんは両手で持つ大剣サイズである。


「この武器は、『ソニアブレード』と呼ばれる絡繰武器の1つ。知り合いの機工師が鍛冶師と開発したものよ」


 武器について尋ねると、あっさりとキヨノアさんは答えた。俺は軽い雑談のつもりで休憩中の彼女に尋ねたが、キヨノアさんは違ったらしい。


「武器、足りていないものね。こっそり材料を仕入れつつ連れてきて、普通の武器も含めて作って貰った方がいいかも」


「そ、そうだね」


 あ、この世界では武器持っているのが普通じゃないんだ……。すっかり抜けていた。


「でも、財政的な意味でもリベルタスへ来てくれるもんかね?」


「ん~……わたしが頼めば……多分?」


 アーキローズさんもそうだが、キヨノアさんも俺に対してフレンドリーに接してくる。本来貴族様相手なのだから、気を使わないといけないところだと思うのだが、そのことを昨夜伝えると不要と言われてしまった。2人は間違いなく貴族なのだが、最近は調査を兼ねた冒険者稼業の方が慣れていて、むしろ貴族相手の方が疲れるくらいだと本人は言っていた。だから、敬語が苦手な俺も遠慮なく普通に話すことができているというわけだ。


「うーん」


 しかし、まだ密偵疑惑が解消されていない状態で物資調達を依頼して良いモノかどうか。


「その代わりと言っては何ですが……実はタイガさんにお願いがありまして」


 あ~、やっぱり何かさせたいことがあったのか。さて、何を要求されるのやら。


「そんなに警戒しないでください。タイガさんにとっても良い話ですよ? その、ですね? わたしもタイガさんと従属契約したいなって」


「え?」


 それは違和感しかなかった。何故なら、俺から『従属契約』に関して話したことはない。


「それを何故知ったんですか?」


「やっぱり内緒だったんだね。だから口を割らなかったわけか。……キッカケは、コトリンティータ様の強さ。お母さんと離れた後に誰かに稽古をして貰ったことがないというのに、あの強さは異常。それに、ちょっとした怪我をしたとしても、すぐに傷跡が消えている。その原因を問い詰めたの」


 気づかれたかぁ……とは思いつつも、それだけが理由だとするならば、魅力よりリスクの方が大きい気がするんだよなぁ。


「なるほど。身体能力や自然治癒力が向上する面は確かにあるんだけど、本当にそれが理由?」


「あら? 信じて貰えないかぁ。……鋭いなぁ。あ、でも嘘を言っているわけじゃないの。ただ、タイガさんは嫌がるかなって思って。その、ですね? 実は『勇者の従者』という肩書が欲しいんです。保身のために」


 それがコトリンティータの口を割らせた原因か。勇者の肩書が有効な手段として利用できることを俺は以前、コトリンティータから聞いている。その上で、キヨノアさんの状況を考えると俺に直接話さないが間違いなくコトリンティータと同じ状況なのではないかというのが推測できる。どちらにせよ、俺にとっては好都合。


「一応確認するけれど、従属契約の仕方って聞いた?」


「え? 紋章を発動させるだけじゃ?」


「違う。……やっぱり言っていないか。キヨノアさんの掌に紋章を描いた後、俺と掌を合わせるように繋ぐ。その上で呪文を詠唱した後、俺とキスする必要がある。……できる?」


「うーん。まぁ、キスくらいなら……」


 え? ……キスくらい? 俺ってキスを重く考えすぎ?


「あ、そういう意味じゃない。キスをしないことによるリスクを考えると、恥じらっている場合じゃないかなって意味ね? 個人的には、タイガさんの恋人になっても良いけれど、タイガさんは既婚者でしょ?」


「……あー。俺の世界だと20歳程度じゃ結婚していない人の方が大半なんだよね」


「なんて良い世界……まぁ、そういう訳で契約したいです!」


 何となく告白された気分ではあるが、色仕掛けの可能性とか色々考えている間は真に受けないだろうな、多分。密偵疑惑が無ければ歓喜だったんだけど。


「わかった。んじゃ、書斎に移動しよう……って、コトリンは?」


「実は契約のことを切り出すために席を外して貰っていたんだけど……」


 ……そういうことか。休憩のタイミングで何処かへ向かったと思ったんだけど、故意だったか。それなら気にすることもないかな。


「じゃあ、いいか」


 あとで探しに行くか。どちらにせよ事後の方が良いだろう。


 キヨノア=B=ファルーチェ。股上まである金髪に青い瞳。髪も瞳もコトリンティータに比べて色素が濃い。ステータス画面で知る限りでは、年齢は21歳。母親ほどではないが、優れた身体能力を持ち、高い戦闘力をそこからでも推察できる。昨夜聞いた話が本当であるならば、この世界では10歳から婚約。16歳から結婚。22歳までには出産を経験するというのが一般的と考えられているが、貴族の生まれなのに彼女は未婚で恋人もいないという話。


 書斎に入って、インクを取り出す。残量はまだまだある……無くなる前に補充手段が見つかれば良いんだけど。


 使いまわしのメモをキヨノアさんに渡し、暗記して貰いつつ、掌に紋章を描く。描き終えるとお互いの掌を合わせるようにお互いの指をかみ合わせて繋ぐ。


「わたし、キヨノア=B=ファルーチェは、タイガ=サゼの指し示す道を切り開く剣となることを対価に契約します」


 詠唱を始めると同時に組まれた掌から光が溢れ出す。そして、詠唱が終わるのを確認すると彼女の唇に唇を重ねる。すると、ゆっくりと光の強さが弱まっていき、やがて完全に消えた。


「はい、終わり。これでキヨノアさんも俺の従者になったよ」


「ありがと、タイガさん」


 好きでもない男とキスができる程の彼女の事情に興味がないわけではないが、誰にでも探られたくない事情というものはある。その辺は推測で留めるとして、それよりも……。


「念のために確認。契約を結んだことにより、キヨノアさんは俺を裏切ることに厳しいリスクを背負うことになるんだけど、大丈夫?」


「ん? 裏切らないよ……って、あー、そういうこと。わたし達がコトリンティータ様を陥れる連中の密偵か何かだと考えていたの?」


 その問いに頷くと、彼女は苦笑いを浮かべる。


「お母さんと一緒だね。でも、わたし達は違うよ。そもそも、密偵であれば進んで勇者様の従者になるわけがないし」


「うん。キヨノアさんの疑いはその時点で晴れていたけど、アーキローズさんはどうなのか直接聞きたかった。これで一安心かな。ところで、機工師と鍛冶師の手配は任せていいんだよね?」


「えぇ。少し時間を貰うけれど、そんなに掛からないはず」


 ようやく、近隣集落への遠征の準備を開始する段階になったと確信した。




「ちょっと良いかしら?」


 昨日の件を受けて、調べものをするために書斎で書類を漁っていると、アーキローズさんが尋ねてきた。


「はい、どうしました?」


「聞きたいことがあるのだけど……心当たりあるよね?」


 その問いに苦笑いを浮かべるしかない。心当たり……それは、キヨノアさんの行動に起因する。昨日の昼過ぎに従属契約を結び、その後からの彼女の態度が変なのだ。


「……はい……」


 具体的には、食事の時に隣を陣取って、しきりに話しかけてきたり、食後は俺から離れずについてきたり、リベルタスの風習にない自作の風呂にもついてこようとする始末。丁重にお断りしても寝室に侵入しようとする。……流石にこれは未遂で終わったのだと聞いたけど。


「それで原因は?」


「恐らく、俺が独身だと知ったからではないかと……」


「そうだったの?」


「俺のいた世界では20歳では結婚するのが早すぎるんですよ。まぁ、平均寿命も違うからだけれど」


 この世界だと俺は既婚者で当たり前の年齢ではあるんだよなぁ。聞いた話だとその婚期の例外に相当するのが、病気な人や障碍者、貧しい人、冒険者だという話だし。冒険者は意外だったが、いつ死ぬか判らないので引退後にする人が多いそうだ。俺はどれにも当てはまってないから既婚者認定していたんだと思う。……コトリンティータも昨日知って驚いていたくらいだし。逆を言えば、コトリンティータは俺が元の世界で既婚者だったとしても関係なく婚約しようと考えていた……ってことになるんだよなぁ。


「理由、それだけじゃないよね? だって、あの子の好みと君は全然違うもの」


 ……さいですか。


「まぁ、アーキローズさんに隠すべき事ではなくなったので話しますけど、昨日キヨノアさんと従属契約を結びました。それが原因かと」


「どういう意味?」


 俺もキヨノアさんの態度の変化に違和を感じていなかったわけではない。ただ、彼女の動機を考えてみたら、1つの推論が浮かぶ。


「これは多分の話だけど、従属契約の仕様に関係のある話だと思う。キヨノアさんが興味を持ったのは契約による強化の部分なんだけど、その強化は俺との絆の強さが必要であり、強者を倒しても恩恵は得られない。……これが原因かと」


 多分、これが一番有力なのではないかと思う。俺自身も彼女に惚れられているとは最初から思っていない。


 誰も確認できないレベル表示の件を説明できないため、強くなる過程をどう説明するか悩んだあげく、そう表現することにした。確定事項として戦闘による経験は無関係であり、時間経過でレベルが上がっているように見えるわけで。ただ、流石に時間経過だけとも思えず、その結果が絆の強さという結論になっている。……状況証拠からの推論であり、実際のところは知らん。それこそ神……いや、精霊王のみぞ知るという奴である。


「なるほど。……ねぇ、タイガ君。ちょっと聞きたいのだけど、その契約による強化の恩恵ってどのくらいあるものなの?」


「個人差は多分あると思いますが……、少なくとも契約して約2週間のコトリンティータがキヨノアさんと戦闘力において、ほぼ互角程度には……」


「……」


 アーキローズさんはしばらく考え込んでいたが、俺の視線に気づいて我に返る。


「うーん。タイガ君、相談なんだけど……わたしも従属契約できるかしら?」


「俺は構わないですけど……アーキローズさんは厳しいんじゃ? だって、契約には俺と唇同士を重ねる必要があるし……」


 本来であれば、年齢差から拒否を考える契約。ただ、俺は彼女の素性を知ってから考えを改め、レベル表示があることに納得していた。


「唇同士……まぁ、キスになるよね? うーん……まあ、しょうがないよねぇ……フフフ」


 何故かアーキローズさんは少し怖い笑みを浮かべた。




「わたし、アーキローズ=G=ブレットンは、タイガ=サゼの指し示す道を切り開く剣となることを対価に契約します」


 詠唱を始めると同時に組まれた掌から光が溢れ出す。そして、詠唱が終わるのを確認すると彼女の唇に唇を重ねる。すると、ゆっくりと光の強さが弱まっていき、やがて完全に消えた。


 コンコン。


「タイガさん、そろそろ行ってきま……す……ん?」


 今日からキヨノアさんが鍛冶師の調達をするため、リベルタスを離れる。その直前に会いに来てくれたのだが、彼女が見た光景は、俺とアーキローズさんがキスをしているところで。


「何しているの! お母さんもいい加減、離れて!」


「あら、気をつけていってらっしゃいね。キヨノアが留守の間、タイガくんはわたしがしっかりとお世話しておきますから」


 ……あ~、これってワザと煽ってるな。


 こんな感じで無事に実は国で5人しかいない剣聖の1人が従者に加わった。


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