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01-1   リベルタスを復興せよⅠ(1/5)

「……えっ?!」


 瞬きをすると見知らぬ場所に居た。周りを見回しても何もない。まるで夜空のように青暗い床と天井。そして白い壁。大理石かと思ったが、僅かながら光っている辺り、違う物質なのだろう。家具類はおろか、窓や扉さえも見当たらない空間。試しに床を一歩だけ踏むと足元が光り、波紋となって広がり、溶けるようにゆっくりと消えていった。


 どうやら、これまでとは違うパターンのようだが、このような現象には心当たりがあり、過去の経験から確証は無いながらも現状について推測くらいはできていた。


「はぁ。……で、随分強引な招待のようだけど、更に待たせるのか?」


 ワザと大袈裟な溜息をつき、部屋の何処にいても聞こえる程度の音量で独り言を吐く。すると、まるでアニメで見る光学迷彩が解除されるCGのように美女が何もないように見えた空間から現れた。金髪ロング、青い瞳、エルフ耳、背中には翅。ゲームやアニメのキャラクターに似たのがいたような気がする。しかし、その美女は俺の様子に対し明らかに動揺していた。


「えーっと……この状況でこんなに落ち着いた人間を見るのは初めてで……その、待たせてごめんなさいね」


「人間?」


 そう問い返しはしたが、相手が人間ではないことは察していた。というのも、俺には残念ながら霊感のようなものがある。これを霊感と呼ぶのが正しいかどうかわからないが、幼い頃から明らかに人じゃない者が見えているし、場合によっては意思疎通ができることもある。


 ……例えば、幽霊とか、妖怪など。


 もし中2くらいの年頃であれば、誰かに話しても信じてくれる連中が一部いたかもしれないし、そういう流行病だとわかっていて付き合ってくれる優しいヤツもいたかもしれない。しかし、もう20歳。世間では大学生という認識の人達も多いだろうが、第三者曰く『頭が残念』だったため、既に社会人経験者である。


 だからこそ、うっかり誰かにこのことを話すこともできないし、バレることも許されない。もし、気づかれるような事があったら……誰に知られるかにもよるが……最悪、生きていけないということもあると思っている。例えば、学力的に問題がないのに大学へ入れないとか、現状みたいに会社から自主退職という名のクビを宣告されるとか。


 そんなわけで現在は今夜始まる某「笑ってはいけない」系のテレビ番組が始まるまでの間、引き籠りゲーム生活を満喫していた。……そう、ほんの数分前は間違いなく、自分の部屋にいたはずだった。PC画面で攻略サイトをチェックしつつ、テレビ画面ではMMOのゲーム内の時間経過を観察しつつ、スマホゲームの時間経過で溜まったポイントを消費するためにゲームをしていた。……それらが全て放置の状態で呼ばれたわけで……大問題じゃないか。


「ここは精霊界。具体的に言うのであれば、精霊王の執務室。わたしの名はスターシア。運命と契約を司る存在。とは名乗っておきますが、異世界の神という表現が一番近いかと思います」


 ……異世界の神ねぇ。神なのに精霊とか、設定ブレすぎ。


「えーっと……こういうのに騙されるのは、せいぜい高校生くらいまでだと思うんだけど……とりあえず、ドッキリ失敗だから帰してくれません?」


 表現をドッキリと柔らかくはしているが、それは相手の立場の話。こちらからすれば拉致監禁であり、命が掛かっている事実には変わりない。何せ相手は人間ではない。機嫌を損ねて「飽きたから殺す」と言われても不思議ではない。もちろん、『精霊王』なんて言葉はミリも信じていない。


 この展開は『神隠し』というやつだと思う。そして、その自称『精霊王』の正体は妖の類だと踏んでいる。……人間がこんな凝ったドッキリを仕掛けられるわけがないからな。


「なるほど、そういうことでしたか。残念ながらドッキリでも神隠しというものでもありません。そして、わたしは妖という存在でもありません」


 ん? ……心を読んでる? 確かに、そういった妖もいることは知っていたけれど……これはヤバいかもしれない。


「信じて貰えないのですね。でも、半信半疑でも構わないので、わたしの話を聞いて下さい」


 まぁ、これは拒否権ないだろうな。自分の意思で何処かに行くこともできないようだし。


「どうぞ」


「ありがとうございます。……そうですね……では『設定』ということで聞いて下さい。実はわたしが管轄している世界『アストラガルド』に危機が迫っています。貴方にはそれを救って貰うことになります」


 救って下さい……ではないのか? 強制的にってことだよな?


「確かにコレはお願いではなく、貴方の義務となっています。既に貴方の前世と契約をしており拒否権は存在しません」


「心読んで、言葉選ぶ前に答えられてしまうんじゃ、取り繕うだけ無駄か。んじゃ、その前世での契約ってどういうモノなん?」


 今更言葉を選んでも俺の思考が気に入らなければ、その時点で殺されるわけで。でも、具体的なことはわからないが、世界を救うために何かをさせるつもりなら、いきなり殺されるということはないだろう……多分。


「そうですね、確かに貴方にはそれを知る権利があります。……貴方の時間感覚からすると遥か昔の話です。わたしはそちらの世界の人間の女性と契約を結びました。彼女の願いは、お腹に宿る新しい命。その子は生まれると命を狙われる定め。子が自分で自分を守れるようになるまで守ってほしいと頼まれました」


 生まれたら殺されるって……随分物騒な……。


「その願いに対し、わたしが直接守ってしまうと問題が大きくなってしまうと考えました。そこで、子供を守る力を彼女に与えるので自身の力で守るように伝えました」


「それって、生まれて直ぐ隔離して安全確保することは可能だったんじゃ?」


「えぇ。ですが、母親である彼女もまた殺される宿命だったのです。わたしに人間の育児は不可能ですからね。彼女は子供の命と言いましたが、健康に育って欲しいという意味で言っていたのはわかっていました。なので、母親の存在も重要と考えました」


 この設定が本当なら悪い奴ではない。まだ断定はできんけれど。


「彼女はわたしの与えた力を使って無事に子供を出産。その後も守ることに成功しました。そして、彼女の寿命をもって契約が成立したのです」


「成立って……終了じゃ?」


「いいえ、終了ではありませんよ。わたしは彼女の願いを叶えました。ですが、彼女はわたしへの対価を払っていません」


「……その対価って……」


 正直、この辺りからマジでピンチなのではないかと思い始めていた。その根拠はこれまでの神隠しの導入というのは、ドッキリを見破った時点で終了なのだ。それなのに話は続く。しかも内容が不穏すぎる。……どちらにせよ、逃げ道はない以上覚悟を決めなければならない。


「覚悟が決まったみたいですね? 契約内容は『わたしは貴女の子供の命を守る力を与える。貴女はアストラガルドの危機を救う』というもの。わたしが彼女に力を与えた時点で、契約は履行されているのです。そして、履行された契約は肉体が滅んでも逃れることはできません」


 ……とんでもないことをしてくれる……死んだら終了とでも思ったのだろうか?


「そういう理由で彼女の転生をずっと待っていましたが、ようやく現れてくれました。貴方に前世の記憶がないことは知っていたので、自らの意思で助けて頂ければとは思ったのですが……心当たり、ありますよね?」


「あぁ……不思議だとは思っていたんだ」


 高校に上がった頃から、明らかに魔法陣と思われる光が俺の足元に現れるようになった。当然ながら、そんな魔法陣は現れた瞬間避けた。理由は単純明快で、既に小学生時代に神隠しに遭遇し、死にかけた経験があったから。しかし、魔法陣は1度だけでなく、何度も現れた。


 最近知った胡散臭い系の非科学的な話ではあるが、召喚魔術というのはマーキングでもしていない限り、対象は条件を絞り込むことができても基本ランダムで選別されるらしい。それなのに、高校生の頃から俺にばかり如何にも『異世界召喚です』的な魔法陣が現れるのだから理不尽だと思っていた。だが、知らぬ間に契約をしていたのならば体験から召喚に関する理論はあながち間違いでもないということかもしれない。


「そういうことです。なので、貴方はこれからわたしが管理している世界に召喚されます」


 一見筋が通っているように聞こえる話ではあるが、実はかなり理不尽である。雰囲気に呑まれて納得しそうにはなったが、そう簡単に命は捨てられない。


「俺と契約がされているという前提は理解したけれど、そもそも話がおかしい。どうしてスターシアさんは昔、俺のいる世界に居た? 誰かに呼び出されたのか?」


「別におかしい話なんてないですよ? わたしは何時でも貴方のいる世界に行けるのですから」


「何故?」


「そもそも人間じゃないんですよ? 手段なんていくらでもあります。説明しても理解は難しいと思いますが……聞きますか?」


 あ~、そうだった。そもそもこっちの世界に干渉できるからこそ、今ここにいるわけだし。


「まぁ、俺のことは把握しているみたいだから言うけど、まず俺をその世界に送ったとしても無力だと思わないか? ただの凡人以下。人間としては無能の部類に入ると思うが?」


 俺が有能であればクビにはならんし、人付き合いも無難にこなせていただろう。


「えぇ、把握しています。だから、貴方が凡人ではないことも知っていますよ? その使役する力を使っても充分な力を発揮できるとは思います。ですが、それでも不安だというのなら、オマケ程度の能力でよければ差し上げても構いませんよ?」


 使役する力ねぇ。使役と言えばカッコイイ響きを伴うが、実態は無能を飼っているだけであり、俺が大学にも行けず、会社もクビになった原因でもある。正直、これまで何の役にも立っていないのに、それが7人も……いや、数え方的に正しくは7柱か。実際は7匹と呼んでいるが……まぁ、大半を呼び出したのは俺なので自業自得だということもわかっている。


 詳しくは省略するが、深く考えずにガンガン呼び出した中2の俺を小一時間説教したい。……どんなに叱ったとしても当時は「何それ? こんな魔法陣っぽい落書きで呼び出せるわけがないじゃん」なんて思っていたわけだから無駄なのだが。……そんなことよりも。


「オマケ?」


「既に貴方にはわたしの力を授けてありますので、これ以上差し上げられる力はありません。ですので、できることは命を保証するには程遠いオマケ程度の力を差し上げるくらいです」


 まぁ、貰えるモノは貰って生き延びるために使うとして……問題は俺が彼女から貰ったという、前世から受け継いでいる力の正体を知らないということか。


「……説明を忘れていました。わたしが差し上げた力は、『自分ではどうにもできない危機が訪れた時に対処可能な異性と絆ができる』力です」


 ……いや、意味わからないんだが?


「貴方の前世は何の力もない女性でした。強いて言うならば、そちらの世界の中ではわたしを認識できるほどの感覚の強さを持っている方っていうだけ。そんな彼女の願いを叶えるのに、彼女の命が幾つあっても足りない状態でした。そこでわたしは、彼女自身が危険な目から回避できるよう、助けてくれる存在に予め会える運命を授けたのです」


 ……あ~、なるほど。って、なるわけないだろ!


「いやいやいや。そもそもスターシアさんが助けていれば……」


「それはできないのです。普通の人間には知覚することもできない身。つまり、逆にこちらが何かをしても認識して貰えないのです」


 うーん。確か中2くらいの頃に調べた記憶だからおぼろげではあるんだけど、普通、人が霊や妖を認識できないのは、存在している次元が違うから。俺のような見える人というのは、その別次元に干渉する力を生まれつき持っているから見えるだけ……という理論。ちなみに当然ながらフィクションである。でも、その理論だと認識した時点で別次元に干渉しているとかで、影響を与えることが可能だとか書かれていたが、彼女の話しているソレとは違うのか?


「今、貴方が推測している内容が、当たらずしも遠からずといった具合です。干渉手段はチャンネルの合った人にのみ、物理接触以外の干渉ができたというわけです」


「あの、勝手に思考を読むのを止めてほしいんだが……」


「無理です。貴方は部屋に音楽が流れていて、その音楽を止めずに聞くなと言われたら無理と答えるでしょう?」


「あ~、そうですね。すみません」


 とりあえず、俺の思考を読むのは意思とは関係なくってところか。


「ここまでの話で、スターシアさんの話は設定ではないと思っているし、仮に設定だったとしても、これから訪れる未来は何も変わらないと思っている。なので、確認したいことがある」


「何でしょうか?」


「目的を達成したら、帰ることが可能? だとしたら、戻れる時間はどうなる?」


「そうですね、可能ですよ……なんなら、そのオマケに仕様として足しておきましょう。時間に関しては、貴方が不在になった時間に今の肉体年齢に戻して帰れるようにしましょう」


 ん? ……仕様??


「えっと、そのオマケって……」


「申し訳ないですが時間切れです。後は自分で確認してくださいね」


「ちょ、待って! まだ話は終わって……」


 瞬きをした瞬間、視界は再び変わっていた。当然ながら、ここは精霊王の執務室とやらではないし、俺の部屋でもなかった。そして、時間切れのせいで最も肝心な『飛ばされてから結局世界を救うために何を最終目的とすれば良いのか』ということを聞くことができなかった。

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