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08.ゴールデンウィークの終わり



目を覚ますと、夜だった。

この暗さはまだ真夜中だろうと二度寝しかけて、はたと気が付く。

枕元に置いたスマホを見ると、9時42分の表示。

就寝時には午前0時を回っていたから、つまり。



「やっばいじゃん⋯!」



一気に頭が覚醒して飛び起きる。

ここは常夜島なのだから、朝とて明るくなるはずもない。

チェックアウトは10時。残りはあと18分。

私は散らかしっぱなしの荷物を急いでかき集めてカバンに放り込み、髪とメイクもそこそこに部屋を飛び出した。


昇降機は運良くこの階で停まっていたが、係のおじ様がいる手前、クールを装い乗り込んだ。

この昇降機おじ様ともお別れかと感傷に浸っている時間もなく、着いたらすぐフロントへ小走り。


滑り込みセーフ。

チェックアウト完了。


これだけでクタクタになって、私はロビーのプフに崩れ落ちた。

完全に自分が悪いんだけど、もっと部屋でゆっくりしたかった。


せめて最後に、ロビーだけでも堪能してからホテルを出よう。

そう思って、私はぐるりと視界をめぐらす。

きのうの自然の光に溢れたロビーも煌めきがあったけど、このロビーの装飾はやっぱり夜こそ美しい。

シャンデリアに蝋燭が灯ると、色彩が溢れて降ってくるようで。

まぶたを閉じても、目の裏がチカチカと光るのだ。



「⋯そろそろ行くかぁ。」



踏ん切らないと、時間を忘れて居座ってしまう。

大いに後ろ髪を引かれつつ、私はホテル・ナジュムをあとにした。




***




夜みたいな朝の街を、海岸通りに向かって歩いてゆく。

キビル通りに行くのとそう変わらない距離感だが、近付くほどに潮の匂いを感じた。



「わ、素敵。」



海岸通りは、いわゆる水上マーケットになっていた。

小さなボートが所狭しと浮かび、道行く人にモノを売っている。

海というよりは、川や水路にも見える風景だ。


そこに、ピカピカ。チカチカ。

光るおもちゃを売るボートが多いのは、星を見に行く観光客へのアプローチなのか。

夜道を照らすには、いささか派手過ぎる気がするけど。


私はそれより、海鮮焼きめしのボートに釘付けであった。

あ、でも、となりの夜鳴き牛まんも捨てがたい。

この旅で、すっかり夜鳴き牛のトリコになってるもんで。

結局、朝食用と昼食用と理由をつけて両方購入した。

あとで丘の上で食べたいと思う。

こんなん絶対ビールに合うじゃんとは思ったけど、そこは体調を考慮して自粛した。



「お嬢さん、寄ってくださいな。」



海岸通りは一本道で、星見の丘に近付くほどに賑やかなボートは減っていく。

そんな暗く波打つ海を一隻、私の方へ漕いでくる影があった。

おっとりとした声に呼ばれて振り向くと、溢れんばかりにいっぱいの花を積んだボートだった。



「常夜島にしか咲かないトゥラという花です。

星見の丘に行くなら、ランタン代わりになりますよ。」



売り子の女性がそう言って花びらをそっと海に浮かべると、それはぽうっと柔らかい光を帯びた。



「水に触れると発光するんです。」



なんとまぁ、ロマンチックな実演販売だ。

私は心がときめくまま、「一輪ください 。」と財布を出していた。


売り子さんは慣れた手つきで透明のラッピングバッグに海水を入れ、そこにトゥラの花を一輪。

おまけに花びらを一掴み入れて、やさしく揺すった。

水泡が花の光を拡散させて、辺りを照らす。



「光は一日もちますので。どうぞ、お気をつけて。」



そう告げて、再び暗い海へとすーっと戻ってゆくボート。

とてもリリカルな花売りであった。


私は光り輝くトゥラの花を手に、さらに人気のない道へと歩みを再開した。

花の光自体もそうだが、水面のような影が足元に揺れる様子が殊更綺麗だ。

それに、星見の丘へ続く道は想像以上に暗かった。

これがなかったら、渋々光るおもちゃを買いに戻らねばならなかっただろう。


さて。丘上を目指し、ゆるやかな坂を登ること十数分。

これ普通に言ってるけど、わりと地獄であった。

旅行用の荷物を背負い、水上マーケットで買った諸々を両手に持った状態で登ってるからね。しかも、めっちゃ暑い。

てっぺんに到着する頃には、もう全身滝の汗である。


それでも、ここに来る価値はあった。

目の前に広がる星空に、私は呼吸も忘れて立ち尽くした。


手を伸ばせば届きそう。

まるで星の絨毯みたいな。

星屑が入ったバケツを落としてぶちまけた。

どんな言葉を尽くしても足りない、それはそれは満天の星空だった。



「はー、どっこいしょ。」


丘には何人か先客の影が見えたが、だだっ広いので気にはならない。

私はレジャーシートなんて気の利いた物は持ってないので、そのまま芝生にあぐらをかいた。

満足したらココで帰るつもりだから、ちょっとズボンが汚れるくらい大した事ではない。

ていうか、もう汗やらアレやらでパンツの中は死んでいる。

いや、そんな不快な話はどうでもいいのよ。


いまは星の輝きで心を洗い、ついでに焼きめしと肉まんで胃を満たす時。

あと、流れ星にお願い事もしなきゃならない。

宝くじ当選か、一途な彼氏か、無病息災か。

もはや全部祈ってもいけそうなくらい、ひっきりなしに流れ星が見えている。



「金と、彼氏と、健康。金と、彼氏と、健康。」



絶景の星明かりの下で汗だくの女がひとり、飯を食っている。

ともすれば、星空に向けてぶつぶつ真剣に祈りを捧げるのだから気味が悪い。

そのうち、女はおもむろに一枚の羊皮紙を地べたに広げた。

そして「飽きた。」と言い放つやいなや、忽然と姿を消したのだ。


もし私の一連の行動を見ている人がいたら、なかなかの怪異だったと思う。

一応、誰にも見られてない前提で行動してはいたんだけど、改めて考えると怖いなって。


ぼうっとそんな事を思ううちに、「あ。」と気が付いた。

ここ、うちの玄関じゃん。

前回もそうだけど、「飽きた。」って唱えた瞬間にホワイトアウトするから、頭の回転にタイムラグができるのよ。


ともあれ、今回も無事に帰宅できました。

ほっと一息つくより前に、私はすぐさまお風呂に入った。




***



「カーッ!最高!」


風呂上がりのさっぱりした体に、発泡酒を流し込む。

この爽快感たるや、えも言われぬ。

私はうちの狭小ベランダに立って、燦々と降り注ぐお日様を浴びた。

昼下がりの街を、宅配ピザのバイクが走り去ってゆく。



「のどかだなぁ。」


寝坊から始まって、星空鑑賞まで。

午前中が濃厚すぎてか、午後の時間の流れはめちゃくちゃ遅く感じられた。


それにしても、星見の丘は蒸し暑かった。

じっとしてても汗が吹き出してきて、しまいには頭がぼーっとしてヤバかった。

後半の記憶がダイジェストなのは、そのせいだな。

それでもなお汗だくの体で小一時間ねばれたのは、ひとえにあの星空のおかげだ。

本当に綺麗で、得がたい体験ができた。


それも含めて、常夜島の旅は大成功だった。

もちろん寝坊や貧血といったハプニングはあった。

瑠璃色の瞳のあの人に、お礼を言えなかった心残りもある。

でも、それって異世界旅行に由来するものじゃないしね。


うわー。姉ちゃん達にドヤ顔で土産話したいけど、出来ないんだよな。


私は水中で揺れるトゥラの花を見た。

置き場所がなくて、とりあえず袋ごと壁掛けフックにかけている。

まだ発光はしてるんだけど、写真に撮るとハーバリウムにしか見えないんだよね。

異世界旅行の証拠を出せるかと思ったんだけど、やっぱ無理か。

あとは、線香花火に使ったマッチも持ち帰ってはいる。

だけど、またも文字が知らない形になってるんよね。

今回はアラビア文字っぽい流れる線と点って感じ。


あっちだとスラスラ読めたのに、残念だわ。

仕組みは全く分からんが、マルチバース.comがどこかの段階で私に魔術的なものをかけてんのかな。

まぁ、この自動翻訳機能の付与は普通に助かるから良いんだけど。



「次はどんな世界に行けるかなぁ⋯。」


前回の経験で異世界旅行に怯んでた自分がうそみたいに、次が楽しみになっている。

って思ったけど、もしかして6月って祝日がないのでは?

7月は繁忙期だし、そうなると次ってお盆休みってこと?

待って、絶望なんですけど。

うわ、営業(ハゲ)の「残業いける?」の声が脳内にこだましてきた。


いやいや、やめよう。

まだゴールデンウィークも終わってないんだから、先の事はあとだ。あと。

とにかく残りの2日を有意義かつ全力で休むことに集中しよう。



「そうと決まれば、酒を買い足さねば!」



それじゃ、また縁が繋がる日まで。

私はちょっと買い物に行ってきます。



ちなみに残り2日のお休みは、寝て起きたら秒で終わっていた。







2023.10.01



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