05.ゴールデンウィークの始まり
みなさま、本日もお疲れ様です。
花ざかりの30歳、雨宮市子です。
先日、マッチングアプリで知り合った男性と食事をしました。
背が高くてメガネの似合う優しそうなサラリーマンの方です。
会話も楽しく、とても好印象でした。
帰宅後もメッセージアプリでやりとりをして、お互いかなり良い感じでした。
私は一応確認しておきたいと思って、彼に聞きました。
『彼女いませんよね?』
すると、彼はいけしゃあしゃあと答えたのです。
『いるよ。』と。
『じゃあ、ダメじゃないですか。』と、私。
すると彼は『僕は、彼女がいてもアプローチしてくれる熱意のある子と付き合いたいんだ。』などと、素っ頓狂な事をのたまいました。
当然ながら、私にはそのような熱意がございません。
次のデートはお断りの流れとなりました。
マジでなんなんでしょう。
なんの熱意なんでしょう、それは。
でも、いいんです。
私の心はいま、琵琶湖よりも広いのです。
なんてったって、今日が終われば五日間の連休。
そう、世はまさにゴールデンウィークなのです。
いつもは愚痴ばかりの御局様も、定時退社に向けて黙々と業務を消化していらっしゃる。
彼女は明日から韓国旅行に行くらしい。
ちなみに私も予定を聞かれたけれど、何もないと答えておきました。
御局様は私のプライベートが充実していない方が喜びますので。
それに、本当の予定を話したところで信じる人はいません。
だって、そうでしょう。
「明日から異世界に行ってきます。」なんて、あなたは信じられますか?
***
実際のところ、ゴールデンウィークの予定が決まったのは先週の木曜日。
それまでは、何の予定もなかった。
熱意リーマンと上手くいっていればデートのひとつもしただろうが、あのクソ野郎。
実家に帰る案もあったけど、母からの婚活プレッシャーが嫌だから却下。
どこに行くにも混雑するし、ホテルも大型連休価格でお高い。
いつも通り、家でお酒を飲みながら、見知らぬ独身OL達の旅動画を見漁るか。
そう思った矢先、私の頭にあの旅行サイトがパッと浮かんだ。
そうだ。異世界ならゴールデンウィークなんて関係ないはず。
そう思った私は、およそ一ヶ月ぶりに『マルチバース.com』にアクセスを試みた。
「あ、よかった。繋がった。」
もう利用できない可能性も考えてたけど、普通にトップページが表示された。
ログイン状態も保持されたままで、検索ボックスをタップすると前回の検索ワードが出てきた。
とりあえず、その中から『西の国ガルブ』で検索をかけてみる。
宿屋『夜』はまだ異世界人の予約を受けてるかなと、検索結果を見て、動きが止まる。
─現在、西の国ガルブの宿泊はご利用できません。
理由は魔物園での大規模な事故が発生した為、とある。
詳細は分からないが、あの肉食魔物や惑わす魔物の姿を思い出して背筋が震えた。
やっぱり異世界への旅は、100パーセント安全とはいかないようだ。
力いっぱい出鼻をくじかれ、二の足を踏む私。
それに運営が気付いたのか、偶然か。
このタイミングでポップアップ広告が表示された。
『年に一度!今だけの常夜島2泊3日の旅!』
『ご覧のユニバース限定で先着割引あり!』
すかさず広告をタップして詳細を確認する。
今だけ。限定。先着。
私がどれだけこれらの言葉に弱いか。抗う術はない。
『一年に一度だけ!
太陽が降り注ぐ「洗濯日和」をお祝いしよう!』
見出しと一緒に、洗濯カゴを手に溌剌と笑うおば様達の写真がでかでかと貼られている。
洗濯日和のお祝いとは、これ如何に。
私はスクロールして、旅先紹介のリンクをタップした。
『今回ご紹介する旅先は、タナトレー公国 常夜島。
名前の通りに朝も昼も日が昇らず、果てしない夜が続く島です。
イルミネーションや星空鑑賞、花火など。
夜ならではのアクティビティを、心ゆくまでお楽しみいただけます。』
なるほど、いわゆる極夜の様なものだろうか。
こっちでは北欧や南極のような寒い国で起こる印象だけど、異世界じゃ真反対の暑い島らしかった。
紹介写真を見ても、寒々しさや閑散とした雰囲気は全くない。
むしろ、カラフルな色彩に溢れた屋台や、打上花火の下で踊る人々など、バカンス気分満載の写真ばかりだ。
昼夜の境目がないって気が滅入りそうだけど、2、3日日体験するだけなら楽しそうだ。
『このプランでは、常夜島で最も特別な「洗濯日和」に合わせてご宿泊いただけます。
一年に一度だけ果てしない夜が明けて、島に恵みの太陽が降り注ぐ一日。
島中が外干しの洗濯物で溢れ、石鹸とお日様の匂いに包まれる幸福な時間を是非ご体験ください。』
うわ、めちゃくちゃいいじゃん。
ピーカンの晴れの日に洗濯物を干すのって、まじで気持ちいいよね。
たまにベランダに干した洗濯物をボーっと眺める時間あるもん、私。
「いま、すごい乾いてってるんだろうな。」って想像するだけで、なんかカタルシスを感じるんだよね。
旅のモデルプランを見ると、初日は普段の島観光を楽しんで、2日目に洗濯日和。その夜はお日様の匂いがするシーツで眠って、3日目に帰宅。
洗濯日和プラン提携ホテルってのがあって、そこに泊まると先着割引が適用されるみたい。
『異なるユニバースのお客様へ』の項目には、特に危険な生き物や場所の注意喚起はない。
基本的に夜だから暗いよって事と、熱中症だけ気を付けてねって感じ。
常夜島への行き方は「任意の場所で、弊社からお送りする紙を注視してください。」とある。
今回も全く意味がわからないが、任意の場所ってことは家から直接でもいいのかな。だったら行き帰りは、めっちゃ楽だ。
「行くしかないでしょ、これは。」
私は提携ホテルの中から『ホテル・ナジュム』を選んで、2泊3日洗濯日和プランを予約した。
常夜島のホテルはどこもラグジュアリー路線だったけど、ここは別格。
お部屋はバルコニー付きのセミスイートだし、屋上にはプールやバーもある。
なにより、宿泊者専用ラウンジではアルコールが飲み放題だって。
他の提携ホテルよりはちょっと贅沢価格だけど、全然許容範囲。先着割引も相まって、かなりお得な値段に収まった。
ゴールデンウィークで考えると、ありえない安さだ。
こうして、私の2回目の異世界旅行はサクッと決定したわけで。
「⋯やっぱ、速すぎでしょ。」
今回も予約完了画面に遷移すると同時に、ドアポストに旅のしおりが投函された。
わかってたけど、普通に怖いよ。
***
─ ⋯3⋯2⋯1⋯よっしゃ!定時!帰宅!
時計の秒針がてっぺんを指した瞬間に、すかさず会社用携帯の電源をオフにする。
万が一にも、外出中の営業から電話がかかってきたらダメですからね。
御局様も早々にパソコンの電源を切ったようで、フロア全体が連休モードのゆるい空気に切り替わった。
よしよし、これで遠慮なく帰れるな。
「お疲れ様でした!お先に失礼します!」
じゃあな、次に会うのは6日後だ。
今年に入っていちばんの朗らかな表情を浮かべ、私は颯爽と定時退社をキメたのだった。
2023.10.01