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03.西の国ガルブ 国立魔物園


「ぉあ”ぁぁ⋯!」


あ、大丈夫です。寝起きのあくびです。

無事、異世界にて爽やかな朝を迎える事ができました。

おはようございます。


30歳ともなると寝起きも気怠いですね。

うごうごと何とか上半身を起こして、光の射す窓へと顔を向けた。

朝でも相変わらず鬱蒼としてるが、木漏れ日のおかげか森の不気味さは半減している。


しばらくボーッと窓の外を眺めていると、入り口のドアを控え目にノックする音が聞こえた。


「あ、そうだ。朝ごはん。」


朝食はドアの前に置き配するから部屋で食べてねって、チェックイン時に説明されていたのを思い出す。

正直、めちゃくちゃありがたいサービスです。

ホテル朝食って大好きなんだけど、わざわざ身支度して朝食会場まで行くのが怠いんだよね。

パジャマのまま、すっぴんで、寝癖も直さず、朝ごはんを食べれるの最高。


一応、誰とも鉢合わせないように数分待ってからドア前に置かれたバスケットを回収した。



「素敵すぎる…。」


籐で編まれたピクニックバスケットの蓋を開ける。

中にはまるで絵本に描いてあるような朝食セットが収まっていて、枯れてた乙女心がキュンと蘇生した。

私宛に手描きのお品書きまで添えてあって、端に描かれた謎の生き物の絵がシュールだ。


ちなみに今朝のメニューは『レテユとコーレのサンドイッチ・雨降草のサラダ・クゥクゥスープ・陽溜の砂糖漬け』である。

ころんと丸い水筒の中には、爽やかな香りのハーブティーならぬ魔草ティー。

ホットヘルバディーなるお茶も入っていた。


それと『朝食の席に飾ってくださいね。』と、ちっちゃな野花と小瓶まで。


こんなん金髪碧眼の白いネグリジェお嬢様が、天蓋付きベッドで食べるやつじゃん。

この夢見る朝食セットと寝起きの私が不釣り合いすぎて笑う。

だからといって、着替えも化粧もしないのだが。


「いただきます。」


ライティングビューローを広げ、野花を小瓶に飾って準備は完了。


まずは、ベジファーストとしゃれ込む。

雨降草のサラダをひと口食べて、そのあまりの瑞々しさに目を見開いた。


魔草ってこんなに美味しいの?


苦味も青臭さもないし、何よりかかってるドレッシングがおいしい。

え、もしかして昨日のディナーで出た葉野菜も、全部魔草だったのかな。


異世界の得体の知れない食材に内心ビビっていたけど、全然問題ない。

むしろ好きさえある。

今のとこアレルギーもなさそうだし、苦手な味や食感にも出会ってない。


あ。陽溜の砂糖漬けは、噛むと口の中があったかくなって驚きはした。



「ごちそうさまでした。」


ゆっくり朝食を頂いて、お腹はいっぱい。

もう一度ベッドに戻って、食休みがてら寝転んだ。


平日の朝はギリまで寝たいから時間がない。

休みでも朝から凝った料理なんてするわけない。


これぞ、ホテルや宿でこそ味わえる贅沢だよね。




***




「よいしょっ。お世話になりました。」


チェックアウトの10時になった。

私は名残惜しくもリュックを背負い、202号室に別れを告げた。


廊下に出ると、他の部屋の扉がいくつか開いていた。

全然音がしなかったけど、私以外にも宿泊客がいたようだ。


「く、結構固いな。」


扉に填めていた鍵の石をポコッと取り外すと、みるみるうちにドアノブが萎んで消えていった。

これは何度見てもおもしろい仕掛けだわ。

取り外すのめっちゃ力要ったけど。



階段を下りると、奥さんが箒を片手にロビーの掃除をしていた。

若草色のエプロンワンピースが、とても似合っていらっしゃる。

奥さんは私と目が合うと、にっこり微笑んで「チェックアウトですね。」とカウンターへ促してくれた。



「お部屋では、ごゆっくり過ごせましたか?」

「あ、はい。朝ごはんも、美味しかったです。」



客室は申し分ない。可愛いし、清潔だし、居心地もよかった。

昨日は旧魔王城にご主人が迎えに来てくれて助かったし、奥さん特製の朝ごはんは見栄えも味も素晴らしかった。

ご主人のコミュ障の賜物か、宿泊客同士が互いに関わらずに済む配慮も感じた。

口コミがあるなら、星5を付けたい宿だ。


そう思って私が頷くと、奥さんはホッとしたように力の抜けた笑みを見せた。



「よかった。異世界からのお客様って初めてだったものですから。」

「そうなんですね⋯⋯え、へあ?」



え、待って。私が異世界人って知ってたの?

なんか勝手に知らないんだと思ってたから、すごい声が裏返っちゃった。



「またご縁がありましたら、ご利用くださいね。」


「⋯はい。また、繋がったら。」



ここの奥さん、去り際に重要な事言いがちだな。

狼狽える私に「お気をつけて。」と、にっこり手を振る奥さん。

その後ろから、ご主人も出てきて無言でお辞儀をされた。



まさか異世界人と分かってて対応してくれてたとは。

いや、でも、そっか。

そもそもマルチバース.comに掲載許可を出してるんだから、知ってて当たり前だよね。

それにしても異世界人が宿泊予約してくるのって普通に受け入れられる事柄なのかな。

異世界に宿泊した私に言われたくないだろうけど、ちょっと無防備じゃないかしら。


などと思考はぐるぐる回転したが、気の利いた言葉は出て来ず。


私はそのまま、宿屋『夜』に手を振った。



まぁ、焦る必要はないっちゃない。

不意をつかれてめちゃくちゃ動転しちゃったけど、受け入れられてるなら問題ないもんね。


「ていうか⋯あー、そうじゃん。」


私の口から、意図せず深いため息がもれる。

異世界人がどうのより嫌な問題がここにあった。


私はこれから魔物園に行く予定なのだが、昨日と同様に薄暗い小路を通らねばならないのだ。


宿のスロープを下りて正面、午前だからか昨日よりは幾分光のある小路を見据える。

私は魔物園で安全に魔物を見たいのであって、遭遇したいわけではないのだ。わかるよね。



「大丈夫大丈夫、無視しろ無視。」



昨日に倣って、最大限の早歩きで小路を突っ切る。

何回か視界の隅で黒い影が動いた気がしたけど、落ち葉だ。落ち葉。


昨日と同じルートで小路を抜けて、あっという間に旧魔王城の前まで飛び出した。


今日のお城もどこか不気味で、だけど立派な面構えである。

私は息を整えながら、これが最後と旧魔王城を見上げた。



ここから魔物園へは、徒歩15分の道のりだ。

地図も何もないのだが、こういうのは人の流れについて行けば大体着ける。観光地あるあるだ。


私は楽しげな親子連れをロックオンして、怪しまれない距離感で後ろをついて行くことにした。


道中は森の中なので基本的には涼しいが、湿気も多いのか肌がペタつく感覚があった。

魔物園は死の森に近付く立地なのもあって、少しづつ感じる瘴気も重たくなっていく。


『死の森』については、マルチバース.comの旅のしおりの説明書きを参照する。



─『死の森』は魔王が使役していた魔物達に、住処として与えた場所である。

魔王亡き現在も、未だ数多の魔物達が跋扈する無法地帯だ。

過去には、討伐軍数十人が魔王城目がけて死の森に入ったものの、そのまま全員が行方不明になった。

現在、森の周りは金網で覆われ、定期的に聖職者達が結界や浄化を行っている。

年に数度、魔物学者が兵士を伴って森の調査を行っている。─



普通に怖すぎる。

あと討伐軍が行方不明になったエピソードが嫌すぎる。

魔物もさる事ながら、絶対ナニか出る気がする。




『よい子、悪い子よっといで~♪ガルブ国立魔物園~♪』



突如、頭上から爆音で流れ出したテーマソングに肩が跳ねた。

いつの間にか目の前には、いろんな意味で異質な施設。


来ました、ガルブ国立魔物園。



「⋯⋯。」


まず、プラスチック製の魔物人形が所狭しと飾られたアーチ状の入場門に圧倒される。

両脇にはピエロの格好をした異常に手足の長い何かが、両手を広げて歓迎している像も二体。


有り体に言えば、趣味が悪い。


百歩譲って、人形がリスやウサギみたいな可愛らしい生き物だったらまだ良かった。

でも、人形になってる魔物はことごとくヤバい。

どう見ても毒のある毛色に、舌や爪がやたら長いもの、目は悉くあらぬ方向を向いていた。


これは、高熱の時に見る夢みたいな仕上がりだ。



「大人一枚ください。」


俄然、ワクワクしてきた。

いいね、異世界来たって感じがするわ。


私の前を歩いていた親子連れは、入場門の前で子どもちゃんがギャン泣きしていた。


そらそうなるわな。

私が子どもだったら、ここには頑として入らないだろう。


だけど、私は大人。30歳。

オロオロする両親を気の毒に思いつつも、一足先に魔物園へと入場した。



「うわ、なんか懐かしいな。」


園内に入ってすぐは、私のよく知る動物園と風景がそっくりだった。

流れるBGMも魔物園のテーマソングではない、ポップな音楽が流れている。



「あっ。」


園内地図はどこかと探す私の視線の先に、顔はめパネルを発見して近付いた。

六本も足がある猫が直立してピースしてる最高なデザインである。



「撮ろう。」


パネルの前にはいい高さの花壇があったので、そこにスマホを置いてセルフタイマーをオン。

パネルに顔をはめて、満面の笑みで写真を撮ってやった。


これは、落ち込んだ時に見たら絶対笑えるやつだ。



『─ ちいさな魔物の広場よりごはんタイムのご案内です。本日の─』



さて、作り物で遊ぶのはここまでだ。

そろそろ本物の魔物を拝みに行くとしよう。


園内地図によると、魔物園は三つのエリアに分かれていた。

それぞれ『肉食魔物の巣窟』『ちいさな魔物の広場』『惑わす魔物の館』である。

周り方は自由なのだが、私は入口からいちばん近い『ちいさな魔物の広場』から見る事にした。

園内放送で、ごはんタイムの案内もあったしね。


ちょいちょい鳥とも猿ともつかない鳴き声が聞こえてくる順路を行けば、目的地にはすぐ着いた。


『ちいさな魔物の広場からのおねがい!

ここにいる魔物さんは、みんな怖がりさんだよ

だから、大きな声や音は出さないようにしてね

ちいさくても毒のある魔物さんもいるよ

ケージの中に指を入れたり、いたずらに触ったりしないでね!』


雲型の可愛らしい立て看板に書いてあった。

その先に、大小様々な透明のケージが並んでいるのが見える。

興味深くケージを覗く他のお客さんに混じって、私も初めて魔物を目にした。


「おぅ⋯⋯。」


微妙な声が漏れるのは仕方ないと思う。

最初の小さなケージには、三つ目のうさぎ、鱗のあるネズミ、羽の生えたトカゲが居て、全員寝ていた。

入場門にある人形よりはマシな見た目だが、正直どれも大手を振ってかわいいとは言えない。



「あれ、これって。」


そんな中、他より少しだけ人だかりが出来ているケージで立ち止まった。

私も覗いてみると、案内パネルに『トポノ』と書いてあった。

なるほど、宿屋の奥さんが言っていたのはこの魔物の事だったのか。


見た目は、ほぼリスだ。

だけど、その額にダイヤ型の鏡のようなものがくっついている。

木の上で暮らすのか、ケージの中に設置された枝に4匹寄り集まって座っていた。


これはかわいい。いいじゃん、トポノ。


その後は、人だかりのあるケージを中心に見ていった。

全身が鋼のカエル、カメレオンみたいに色を変える小鳥、歩く大福…エトセトラ。

なぜこの子達を入場門の人形に選ばなかったの?と言いたくなる可愛らしい魔物が結構いた。



「みなさーん!チャフチャのごはんの時間が始まりますよー!」


お、来た来た。

広場の中央にある円形の舞台に、飼育員のお姉さんが元気に登場した。


その右手にはポップコーン。

そして左手には、小型犬くらいの魔物を抱いていた。



「チャフチャは気性が穏やかで、とっても人懐っこいんですよ。

主食はポップコーン。野生では、パッコというポップコーンそっくりの木の実を食べて暮らしています。」


お姉さんの説明を聞きながら、舞台に近づく。

遠目に見るとパグっぽいって思ったんだけど、待って。



「うーわ⋯。」


近くで見るチャフチャは、顔がぐちゃぐちゃ。

絵の具で塗り潰されたみたいに真っ黒だった。

それがポップコーンを食べてるっていうか、ブラックホールみたくポコポコ吸い込んでいる。



「すごーい!きもちわるーい!」


隣で見ていた小さな女の子が、キャッキャッと笑いながら言った。


だよね。かわいくないよね。

よかった、こっちの世界の人も感覚は同じなんだわ。


私はこんな無邪気に笑えないけど。

絶句よ、絶句。

とてもおぞましいものを見せられてる気分。


チャフチャのごはんタイムは早々に切り上げ、私は広場から移動することにした。



次に向かったのは、魔物園で一番危険な『肉食魔物の巣窟』だ。


エリアの入口には二重の金網扉が立ちはだかっていて、厳重警戒の文字がアチコチに貼り出されていた。



『!注意!

肉食魔物の巣窟にいる魔物は人間も食べます。

柵や檻の中には決して入らないでください。

場合によっては聖なる結界を破る可能性もあります。

挑発するような声や動きは絶対におやめください。 』



エリア内は、葉の擦れる音さえ聞こえそうなほど静まり返っていた。

もちろん私の他にもお客さんはいるけど、皆一様に沈黙している。


それもそうだ。

ここは、漂う空気からしてさっきとは重さが違うのだ。


有刺鉄線の張り巡らされた厳重な檻も、高く聳える頑丈な柵も。

それらを覆う聖なる結界が白濁して揺らめいている様も、全てが異様に見えた。



「でっか⋯⋯。」


一疋目の魔物を前にして、私は唖然とするしかなかった。

森のように木々が生い茂る檻の中、潜むようにじっと羽を休める鳥がいた。


案内パネルには名称『グルグル』とある。


光を反射しない黒々とした羽毛に、人に似た充血した目。

頭部には毛がなく、皮膚が薄く青い血管が透けている。

大きさは、嘴だけで私の身長を優に超える巨体だ。

恐竜がいた時代の鳥類って感じだけど、あまりに禍々しい。


隣の檻には『フー』という白い猿が5匹いた。

体長は成人男性くらいで、特別大きくはない。

ただ、全員が長い舌を檻に巻き付けて、焦点の合わない黄色い瞳でこちらを窺っている。

だらしない口からはぽたっぽたっと涎が落ちては、床に水溜まりをつくっていた。


その隣の檻からも、その向かいの檻からも。

肉食魔物達は、私を含めた来園者をひたすらジーっと見つめていた。



─ あ、こいつら人間を食べた事があるんだ。



直感的にそう感じて、私の身体はキンと冷えたように固まった。


だめだ。ここからは早く出なくちゃいけない。

魔物達からの粘性の視線を受けながら、私は足早に順路を辿った。


出口の金網扉が見える所まで来て、よせばいいのに最後の檻を一瞥してしまった。



「⋯⋯ッスゥー。」



最悪。マジで見なきゃよかった。

最後の檻にいたのは、魔王の愛魔『アダラマドラ』であった。

簡単に説明すると、毛の生えた大蛇。

密度の濃い涅色の毛が全身にびっしりと生えている大蛇だ。

その大きさは、アナコンダも回れ右して帰るデカさ。

とぐろを巻いていて頭を見なくて済んだのが、救いか。


「いや、きっしょ!!!」


なんてもん寵愛してんの!趣味悪!

見知らぬ魔王に憤りながら、私は『肉食魔物の巣窟』から飛び出した。



もう、本当に疲れた。

こちとら動物園感覚で来たのに、全然違うじゃん。

これは異世界人に対して注意喚起が必要だろ、マルチバース.comさんよ。


それでも、最後のエリア『惑わす魔物の館』に向かう私はバカでしかない。

でも、ここまで来て見ずに帰るのはもったいないって思っちゃって。ワンガリ・マータイ。



「こんにちはー!館に入る前に、こちらをおかけくださーい!」


テーマパークのお化け屋敷のような洋風建築の館の前で、スタッフのお姉さんになぜか眼鏡を渡された。

3Dアトラクションがなんかなの、ここ?


「このメガネには無効化と防御の魔法がかかっていて、魔物からの誘惑をシャットアウトしてくれます!」


なんかすごい眼鏡だった。

見た目は完全にあれ。眼科でレンズを入れ換えて視力検査する時のやつ。

レンズは右が水色、左がピンクと随分ご機嫌な感じだけど。


「ただし、防護メガネがあっても影響を受ける方がいらっしゃいます!

なので、魔物とは絶対に見つめ合わないでくださいね!」


めちゃめちゃ明るい笑顔で説明してくれるお姉さん。

しかし、言ってる事はまぁまぁ怖い。


私は防護メガネをしっかりかけて、青白い光の漏れる館へと恐る恐る足を踏み入れた。




館の中は、例えるなら水族館みたいだった。

薄暗くて、ひんやりしていて、檻は全てガラス張り。

実際に、いくつか水槽も設置されていた。



「あ、この子。」


ちょうど、順路の真ん中あたり。

あの顔はめパネルのモデルになっていた、六本足のネコを見つけた。


『混迷の魔物 ネウネウ』


本物は直立でもないし、人間大でもなく、ちょっとかわいい。

岩の上に優雅に寝転び、黒目がちな瞳で意味ありげにこちらを眺めている。


隣の檻では、バクに羊の毛を生やしたような『悪夢の魔物 アニロ』が、歯茎を見せて来園者に笑いかけていた。


それにしても、なんだろう。この全体に漂う胡散臭い空気。

魔物達がみんな含みのあるニヤニヤ笑いをしているような。

宗教の勧誘とかマルチ商法にハマる知人に会った時みたいな、気味の悪い感覚が纏わりついてくる。


ここも、さっさと出た方が良さそうだ。



「わ、綺麗⋯!」


出口へ向かおうと踏み出して、刹那。

ひとつの水槽が私の目に飛び込んできた。


水槽の中には、人魚やアマビエに似た『魅惑の魔物 ユンフィ』が揺蕩っている。


上から差し込むライトの光がスポットライトのように全身を浮かび上がらせていて。


水泡を纏った長い髪がキラめいて、透けた尾ひれはネオンのように発光していて。


大きな丸い瞳は海のように底がなく、そして─



「はーい、ストップでーす!」


誰かの手に視界を遮断されて、私はハッと我に返った。

まるで夜中に突然起こされたような気分で、思考が覚束ない。

隣を見ると、さっきのスタッフのお姉さんが私に笑いかけていた。


「⋯⋯ぁ、え。」


そこで、自分の指が今にも防護メガネを外そうと、つるに触れているのに気が付いた。

もし完全にメガネを外していたら、私は。


「お姉さんは影響を受けやすいようですから、あまり立ち止まらずにお進み下さいね。」


明るい笑顔で背中をぽんっと押してくれたお姉さんの後ろで、ユンフィがつまらなそうな顔でこちらに背を向けたのが見えた。


私は他の展示には目もくれず、半ば走る様な速度で『惑わす魔物の館』を飛び出した。


そのまま出口近くにあったトイレに駆け込んで、個室の洋式便座に座り込む。


途端に、全身から冷や汗がどっと溢れた。



「こ、怖ぇ~~~っ!!」



耐えきれずに、腹の底から息を吐き出す。

だめだ。魔物園は、異世界人が楽しめるレベルじゃない。



「帰る。」



本当はこのあと軽食を食べる予定だったけど、そんなんもうどうでもいい。帰る。

売店でお土産も買おうとか思ってたけど、いらん。


私はそう決意して、リュックから六芒星の描かれた羊皮紙を乱雑に取り出した。


膝の上に紙を置いて、その上に両手を重ねる。



「飽きた!」



とにかくがむしゃらに叫んだ瞬間。

眩しいほどに羊皮紙が発光して、私の意識はホワイトアウトした。







2023.09.17

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