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パンツを握っているところを見られてから、妹の様子がちょっとおかしい。


 最近、妹が冷たい。


 もちろん物理的な冷たさではなく、精神的にくるアレだ。


 これがそこらの女の子ならば特に何も思わないのだが、我が妹西野鈴華(にしのすずか)によるものだと話が変わってくる。


 なんせ、俺の妹は世界一可愛いからな。


 昔みたくラブラブちゅっちゅしたい訳ではないが、少しくらいお兄ちゃんに甘えてくれてもいいんだぞ?


 昨日だって――



「お兄ぃー、早くお風呂入ってくんない? 私がお兄より先に入るとかマジであり得ないから」

「お、おう。すぐ入る」

「あ、それといつも言ってるけど、洗濯は私がやるから。お兄のと一緒に洗われたら困るし」

「お、おう。いつも悪いな」



 俺は……妹に、鈴華に嫌われているのだろうか。


 もしも、だが。


 万が一、億が一にもあり得ないとは思うが嫌われているのだとしたら、俺は生きてはいけないだろう。


 しかし、あの日の事を考えると、眉唾な話だ。などと簡単に切り捨てる事はできないのだ……。







 あれは確か、俺が小六で鈴華が小四の頃だ。


 俺が家に帰ると、父さんと母さん、そして鈴華が仲良く話している声が聞こえたんだ。


 廊下で聞き耳を立てていると、とんでもない話をしていることに気付いた。


「鈴華は好きな男の子とかいないのか?」

「うーん。鈴華はねぇー、お兄ちゃんが好きー!」

「あらあら、本当にあなた達は仲が良いのね」

「うん!」


 俺は、今にも泣き出しそうだった。


 鈴華がこんなにも俺のことを想っていてくれたなんて……っ!


――お兄ちゃんも好きだぞォォ!!


 なんて心の中で叫んではみたものの、まだまだこの思いは伝えきれなかった。


 そして俺は、リビングへと突入。


「鈴華ァ! お兄ちゃんも鈴華のことが大好きだぞォォ!!」

「あ! お兄ちゃん!! 鈴華ね、お兄ちゃんと結婚する!!」

「……ッ!?」


――な、なんだって!? 聞き間違いか!?


 こうして俺はまず一度死んだ。だがまだ妹の快進撃は終わらなかった。


「お兄ちゃんすきー!」(ひしっ)


「あごふぉォ!!」


 鈴華が俺に抱きついてきた。


 もうダメだ。俺の命は長くはないだろう。ああ、父さん、母さん。俺を産んでくれてありがとう。


 こうして俺は、本来二度目はないはずの死を体験したのだが……




 思えば、この瞬間が俺の人生の幸せの絶頂だったのだろう。




 たった今抱きついてきた鈴華が、俺の命を散らすと共にとんでもない爆弾を投下してきた。


「んー。お兄ちゃんくさいっ!」



――ひょ?


 い、いま、なんて?



 何を言っていたかは聴こえていたはずだが、その内容を理解できない、いや、理解したくなかった俺は、思わず鈴華に聞き返してしまった。


「お、お兄ちゃんな、この歳にして耳が遠くなっちゃったかもしれないから、もう一度言ってくれるか?」


「ん? いいよぉ、お兄ちゃん。今日のお兄ちゃんはねぇーく・さ・い♡」




「あびっ! あびばばばぶぶぶあばあああああああぁぁッッ!!!」





 その後の記憶はあまり無いが、話によると泡を吹いて気絶してしまったらしい。


――くさい。臭い……お兄ちゃんは、クサイ……。


……違うんだ、妹よ。お兄ちゃんな、ついさっきまでサッカーしてたんだよ。汗だくだったんだよ。臭いのは、当たり前なんだよ……。






 目が覚めたとき、俺は神に誓った。


『俺は必ず、鈴華に見合う男になってみせる!!』






 頑張って。頑張って。頑張って。


 とにかく頑張った。


 勉強に運動に、習い事の数々。獲得した賞の数は計り知れない。もちろんオシャレにも気を使った。


 途中で父さん達からは「無理をしているんじゃないか?」などと言われたが、鈴華のためだと考えれば、むしろこの辛さこそがご褒美だと気付いた。


 それから暫くの時が流れ。


 高校二年生になった俺、西野和樹(にしのかずき)は、スーパーイケメンへと生まれ変わっていた。


 迫り来る美少女共は既に眼中に無く、ちぎっては投げちぎっては投げ。


 なぜなら妹が超ウルトラハイパーネオ美少女だったから。


 そんな生まれ変わった俺を見て、鈴華も昔のように「しゅきしゅきー♡」と言ってくれると、そう信じていたのに。待っていたのは冒頭のあの対応だった……。



――そして、毎日の塩対応に心を痛めつつ、段々とその強いあたりに快感を覚え始めていた頃、事件は起きた。







 その日の俺は、珍しく部活が無くいつもよりも早く帰宅していた。


 父さんと母さんは共働きで、帰ってくるのは完全に日が落ちてからなのでもちろん居なく、鈴華もまた帰ってきてはいないようだった。


 誰も居ない家というのは、静寂としていてなんだか寂しくなった。


 何かしたい、そう考えた俺は部活後のルーティーンであるシャワーでも浴びようと思い至った。


 テキパキと行動した俺は、まず服を脱ぎ、続いてパンツ。と、順序よく手をかけていき、さて洗濯機に突っ込もうか――といったところで手が止まった。


 洗濯機の中には女性物の下着が入っていたからだ。


「これは……鈴華の、か?」


 サイズ的にも、流石に母さんのではない、よな……?


――白を基調とした可愛らしいパンティ。


――ピンクの小さなリボンがいいアクセントになっているパンティ。


――おそらく、高確率で、我が妹鈴華のパンティー。



 昔はよく見ていた妹のパンツは、クマさんパンツで、パンティと呼ぶにはまだ早い、せいぜいがおパンツと呼ぶのがお似合いの子供っぽいパンツだった。


 しかしどうだ?


 今この手にあるパンツは、パンティ、いやおパンティと呼ぶに相応しい姿形をしている。



「大人になったなぁ……ッ!」


 涙が出そうだった。


 暫く疎遠となっていた俺と鈴華の心は、このパンツを通じて繋がった。そんな気がした。





 だが、このパンティは、罠だった。




 誰も意図していない自然に出来てしまった、罠だったのだ。


 妹の成長を噛み締めていた俺は気付かなかった。


 俺が帰宅してから随分と時間が経っていることに。




 妹が、既に家に帰っていることに。




「まったく。俺もまだまだだよ。妹の事なら知らぬ事は無い、そう思っていてもまだまだ新しい発見があるも――」



――ガチャッ!


「お兄ー? もう帰ってるのー? もしかしておふ、ろ……………………え?」


「……あ」


 鈴華と目が合う。


 そして、鈴華の視線が上から下へと動いていき、丁度俺の手元の辺りで止まる。


「それ、私のパン、ツ……」


「あ、いや、これは、違くて」


「……お兄も、そうだったんだ…………」


 最後、鈴華が何を言っていたかは、放心状態となっていた俺には聞き取れなかった。


「あっ……鈴華、待ってくれッ! これは、これは違うんだぁぁぁぁァァァッッ!!!!」










 終わった。


 嫌われた嫌われたなんて言ってはいたが、今回のコレは流石に言い逃れ出来ない。


 俺と妹の心を繋ぐ架け橋だったパンティは、心を切り離すハサミィだったのだ。





 自分の部屋へと駆け込んだ鈴華は、まだ出てきてはいない。


 さっきも、晩御飯だぞー。と声をかけてみたが、案の定返事は無かった。


 きっと今頃布団にくるまり、泣いているのだ。


 当たり前だ。自分のパンツを握りしめ目には涙を浮かべ、感傷に浸っている兄の姿を見て、ショックを受けない妹などいない。


――すまない。こんな不甲斐ない兄ですまない……ッ!!


 部屋で一人謝り続けていると、神からの赦しが出たかのように扉がノックされた。



「鈴華……か?」


「うん、そうだよ」



 やはりか。


 となると、先程の件について怒りにでもきたのだろうか。


「さっきは……さっきは、ごめんな」

「……ううん。私もびっくりしちゃって。何も言わずに部屋に篭っちゃってごめんね?」


 怒っているわけではないのか?


「いや、驚くのは当たり前だ。だって、だって……あんな事しちゃったんだ」

「あ、あはは。さっきの事は気にしてないの。だって……お兄も、()()なんだもんね?」


 ん?


 何やら大きな勘違いが起きている気がしないでも無い。


「えっと……何がそう、なんだ?」


「じゃ、じゃあ、おやすみ! 風邪ひかないようにねっ!」


 一体何がそうなんだ!?


「待ってくれ! 一体何が()()なんだぁぁ!!! 妹よぉぉぉ!!!」




 ま、珍しく体の心配をしてくれたし、なんでもいいか。


「風邪をひかないように、か。ぐへへ。今日はいい夢が見れそうだ」









 次の日にはいつも通り?の鈴華がいて、安心した。


 相変わらずの塩対応も、最近では快感になりつつある。


 がしかし、いつも通りに見えた妹は、実はいつも通りではなかったのだ。


 ああいや、この言い方には語弊があるな。


 基本的にはいつも通りの鈴華なのだが……よく喋るようになった。そして俺に遠慮がなくなった。


 言葉では伝わりにくいかもしれないな。



……と、ちょうど良いところに野生の妹がいた。


 まあとりあえず聞いてくれ。



「あ、鈴華。俺今から風呂入るけど、いいか?」


「珍しいね、お兄から言いにくるなんて。いつも私が急かさないと入らないのに……あっ、そうか、そうだよね」


「ん?」


「お兄も……()()なんだもんね。じゃあ……その、たまには私の後に入る?」


 相変わらず何がそうなのかは分からないが……て、えぇっ!?


「今……なんて? 鈴華の後でも、いいのか?」


「うん、だって、お兄も()()なんでしょ? 私も恥ずかしいけど……ムラついちゃってるなら仕方ないよね」


 え、ムラ、なに?


「え、あの鈴華?」


「じゃあ、すぐにお風呂入ってくるからぁー!」


「鈴華っ!? ちょっとまって、鈴華さぁぁん!!」




 とまぁ最近はずっとこんな調子で、兄妹というよりは、どちらかというと友達に近い距離感になった。


 お兄ちゃんとしては妹とたくさん話せるようになった、というだけで尊死物なのだが、それにしても鈴華の物言いには違和感を感じる。


 なにか致命的な勘違いが起きている気がしてならないのだが……。




 ま、最近の鈴華は前よりも生き生きとしているし、やっぱりあのパンティは心を繋ぐ架け橋だったんだな!


 そんなこんなで、密かに囁かれていた妹との不仲疑惑も無事、解決した訳だ。


 よし! 風呂も入ったし今日はもう寝るか!


「……の前に、喉が渇いたな。水でも飲みに行くか」


 色々と考えていたからか喉が渇いていた俺は、リビングへと向かうことにした。これもまたルーティーンの一つだ。







「……♪……♪」


 鈴華との心の距離が近づいたと確信していた俺は、いつにも増してルンルンでキッチンがあるリビングへと向かっていた。


 すると、廊下の先、つまりは脱衣所なのだが、その部屋から灯りが漏れている事に気付く。


「そうか、今は鈴華が洗濯機を使い始める時間か」


 こんな遅くまで俺の服を洗うために起きていてくれていたのか……。妹から提案してきた事とはいえ、なんだか申し訳ないな。


 たまには俺も手伝わせてもらいますかね。


 実は、妹と共同で家事をするのが小さな夢だったのだ。


「おーい、妹よー。今日はお兄ちゃんが手伝ってやるぞーっと」




――ちょっと待て。


 なんだ?


 なんだこの違和感は、というかデジャヴは……いや、これは……逆デジャヴ!?


 そうだ、あの時は鈴華が脱衣所に突入してきて、今度は俺が……ま、まずい。なにかが、起きる気がする――ッ!!






「はぁーくっさ。ほんっとにくさい。お兄のパンツはほんとにオスくさい♡」







「……」


 す、鈴華?


……一体、君は何をやっているのかな?


 脱衣所を覗いたら、妹が俺のパンツをくんかくんかしていた件。




「いっつもお兄は何も知らないって顔してオス臭振り撒いて……毎日ムラつくこっちの身にもなってよね」




 脳裏によぎるのはこの間の光景――妹のパンツを片手に、妹からよからぬ誤解を受けた、あの日の自分の姿。



「アレって、()()いう事だったのかぁぁァァーーッ!!!」



「ひゃぁあ!! ちょっ、ちょっとお兄っ!? ここで何して……って、こ、これは、ちがっ」



 何をしてるのって、それはこっちが聞きたい……いや、ダメだダメだッ!!


 ここは兄として、恥ずかしがってる妹に最大限のフォローを――ッ!!


「落ち着けっ! 鈴華ッ!! アレだよな!? 俺のパンツを洗うために手に持ってただけなんだよな!?」


「え、違うけど? お兄のパンツ嗅いでただけだけど?」


――いや普通に否定するんかーいっ!



 はい。家庭裁判、開廷ッ!!



カンッ!!



「す、鈴華……? まずはこの状況を説明してくれないか?」


 被告人、鈴華。前へ。


「……ぐすん」


 す、鈴華が泣いている――ッ!!


 家庭裁判、閉廷ッ!!









 それから暫くして、落ち着いた妹と俺はリビングのソファに並んで座っていた。



「えーと、鈴華はなぜこんな事を?」


 そうだ。俺が一番知りたいのはこれだ。


 ぶっちゃければ俺は鈴華に嫌われていると思っていた。


 最近のアレやコレやですっかり忘れていたが、鈴華に嫌われないためにと頑張っていたのは、全てあの日の『くさい』が原因だった。


 それを言った本人が俺のパンツを嗅ぐなど、はっきりいって理解不能だ。


「だって、毎日毎日お兄のオス臭間近で嗅いでると、ムラついちゃうんだもん」


 オス臭?というのはちょっとよく分からないが……そういう理由だったのか。


「えーと、その、ムラつくっていうのは……?」


「言わせないでよ……ばか」


 ぐぼふぁあッ!!


 か、かわいい……。



 というわけで、ムラつくが何なのかはご想像にお任せします。


「というか、お兄も()()だったんじゃないの……?」


 ()()というのは、パンツを嗅ぐ事、でいいんだよな?


「いや、実はアレは誤解で……」

「え、えぇ!? じゃ、じゃあ……アレは私の勘違いで、早とちりしちゃっただけって……こと? ど、どうしよう。私変な事ばっかり言って――ぐすん」


 ま、まずいぃーー!!!


 また鈴華が泣き出してしまうッ!! ここは兄として、一人の男として何とかせねばッ!!


「そう、アレは誤解で、本当は脱ぎたてを嗅ぐのが好きなんだッ! はっきり言ってあの時のパンツでは鮮度が足りていなかったッ!! まっこと後悔しか残っておらぬぅ!!!」



 流石にキモすぎたか?



「そ、そうなんだ。えへへ、やっぱりお兄も変態さんなんだね」


 うん。余裕だ。チョロくて助かった。


 かくいう、そんな俺も大変チョロく、先程から鈴華が近すぎてどうにかなりそうだった。

 こうして並んで座ることなど久しぶりすぎて、ドキドキが止まらない。


 これが鈴華の言うムラつく、なのか?


「それで、なんだが……これからは、互いが互いをバックアップしていかないか? 例えば、時間を決めたりとか……な、どうだ?」


「う、うん。そうしてくれると私も助かる、かも」


 ふう。これで一件落着かな。


 一枚のパンツから始まったこの一連の騒動も、終わってしまえばなんと穏やかな事件か。


 まぁこの数日が無ければ、俺と鈴華の距離がこんなにも近づくことはなかったかもしれない。そう考えれば、アクシデントというのもそう悪くは無いのかもな。




「ふふっ、それにしても……お兄とこんなふうに話すのなんて、いつぶりだろうね」


「そうだな。でも、これからは毎日こうして話せるな!」


「うん! お互い恥ずかしいこと知られちゃったんだし、もう怖いものなんかないもんね!」


「よーし、それじゃあ今週末は一緒にお出かけでもするか!!」


「賛成!! お兄ちゃんだーいすきっ!!」


「す、鈴華ッ!?」


「ふふん。さっきはびっくりさせられたし、反撃しちゃうもんねー!!」


「……」


「ほれほれ〜お兄ちゃんは脱ぎたてパンツが大好きなんだもんねー。今すぐ脱いだげよっか♡……なんちゃって」


「鈴華ァァァーーッ!!! 愛してるぞぉぉぉぉ!! うおおぉぉぉぉぉ!!!」


「きゃっ、ちょ、ちょっとお兄!? 抱きつかないで!! くさいくさい! オス臭いぃーー!! あーんもう、ムラつくぅぅーーーーッ!!!」



 こうして俺達兄妹の、ちょっぴり変態チックな事件は、幕を閉じたのだった。


 

まあシスコンの兄貴なんて、大体変態だわな。

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