2 遅刻と啖呵と
「くっそこのままじゃ絶対間に合わん……っかくなる上は!」
自転車のハンドルから右手を離し人差し指で宙空に文字を描く。
「移風!!」
描いた文字が発声により実体化し強い風となる。そして自転車を包み込みふわりと持ち上げた。
「うおおおおおショートカットだあああああ!!」
横断歩道を飛び越え着地……失敗。
どんがらがっしゃーーーーんと横断歩道の向こう側で自転車と一体になって転がる。
「ってて……。どうしてこうなるんだほんと」
道を歩く老人がびくっとこちらを見る。
自転車を支えていた風が途中でふっと消えてしまったのだ。
十塚さくら。高等部に進学して尚、魔法が苦手です。
「よいしょっと……あーあー。塗装が」
自転車に乗り直し、痛みに顔を顰めながら学校への一本道を走る。もう間に合わないのは知らん。
「お〜いさくら〜!」
自分を呼ぶ声に後ろを見やると同級生の“朧たつ”がぶんぶんと手を降りながら走ってくる。こいつも遅刻組か。それだけ確認して自転車のペダルをより強く踏み込んだ。
「っておい!! 大事なクラスメイトが声かけてんだからスピード緩めろよ!!」
声がどんどん遠くなっていく。すまんたつ。お前のことは忘れない。
心の中でたつに敬礼をし、学校に向けて猛スピードで走っていく。
高等部進学初日は寝坊による遅刻に彩られてしまった。
「さて、ここからが問題だ」
学校の斜向かいのコンビニに自転車を止め、校門前の十字路から少し顔を出して校門を確認する。
やっぱりいますよね。
人呼んで地獄の番鬼。拝窪魔法学園の生活指導。魔法は使えないが誰よりも強い男。
“牙斎ごんどう”
190センチほどの巨体を覆うガチガチの筋肉の鎧。燃えるように逆立つ黒髪に、両手には竹刀を携えその目は確実に何人もの生徒を葬り去ってきたであろう鬼の眼光。白いタンクトップに黒ジャージのズボン。こんなにも番鬼という言葉が似合う男もいないだろう。
「どうすっかな……初日から保健室送りは御免だぞ」
こいつは遅刻した生徒を完膚なきまでに蹂躙する、全自動型タレットなのだ。
捕まったら最後、無事に校門を抜けることはできない。
「朝っぱらからこんなに魔力使うなんて聞いてないって……」
指先に魔力を集中させ、宙空に文字を描いていく。
「風刃っ!」
小声で発声し風の刃を引き絞る。
「いっけえええええええ!!」
バンっと放たれた風の刃は薄緑の残像を残しながら牙斎へと迫る。
「ぬっ……!」
ドンっと地面が揺れる勢いで牙斎が跳躍した。軽く二メートルは飛んでいるんじゃ無いだろうか。風刃はその下をくぐり抜けていく。
そしてその後ろの細い木を切り裂いた。
ザザザと音を立てて牙斎を巻き込む形で木が倒れていく。
「よし今だっ!!」
目眩しくらいにはなるはずだ。角を飛び出し牙斎の横をすり抜けようとする。
「ぬううううううううんっ!!!」
ズドンッ
一閃。竹刀が空を切り裂いた。
凄まじい音を立てて木が反対方向へと飛んでいった。
そんなの、アリ?
「あ、牙斎センセども……」
引き攣った笑みで巨体を見上げる。
俺、死んだ。
「おはよう十塚ァァ……遅刻の上、外での人に向かっての魔法行使とはいい度胸だなァ……」
呪詛のような挨拶を吐きながらこちらを見下ろす牙斎。
「は、ハハ、おはようございます。あの、進学初日から怪我はしたく無いなって思うんですけどどうでしょう……」
蛇に睨まれた蛙、いや虎に睨まれた子うさぎだ。ここを抜けることは、弱者には不可能。
ああ神様。
その時だった。
「お〜いさくらあ〜やっとおいついたぜえええ」
こちらに全速力で駆けてくるバカ一名。
「ここだっ!!」
風の魔力を地面に叩きつけ、その反動で大きく跳躍する。
「なんだ? うおおおおおおおおっ牙斎いいいいいっ?!」
目標を失った朧はそのまま筋肉だるまへと特攻する。
ドグシャ。
後ろで何かがひしゃげる音がした。すまんたつ、お前のことは忘れない(本日二回目)。
こうして一人の尊い犠牲により無事(?)校門を突破することができたのであった。
生活指導の域に収まっているのであろうか、あれは。
ガララと引き戸を開け新たな自分の教室へと足を踏み入れる。馴染みのメンツと挨拶を交わし掲示されている席表を見にいく。幸運なことにまだ担任は来ていないようだ。
「俺の席はっと……お、ラッキー。一番後ろの窓際じゃん」
俺の高等部生活、勝ったな。隣の席は……
「キャハ☆ トツカチよろ〜!」
金髪ツインテールのギャルがこちらにウィンクする。
前言撤回。席替え、はよ。
こいつは伊藤ちか。光魔法を得意としている。火の魔力も持っているらしいが使っているところを見たことがない。
こいつの魔法はただ光る。ひたすらに光る。眩しい。
本人の性格と同じように単純明快。それしか、ない。
なぜか昔から異常なまでに俺に絡んでくるのだ。鬱陶しいことこの上ない。
「なんだよトツカチ〜昔は、い、伊藤さんよろしくね……とかしおらしかったのにぃ〜」
無視する俺にぶーぶーと不満げな声を漏らす。
「朝遅刻しかけからのお前はカロリーが高いよ……」
カバンとお弁当を机のフックにかけて突っ伏す。
お弁当、絶対中でシェイクされてるよな。
「なんだよそれ〜遅刻したのは自分のせいじゃんか〜! ちかに言われたところで知らんし〜」
椅子を後ろに傾けながら文句を言う伊藤。よくこれで授業中にひっくり返っている。
「あ、てかトツカチ顔……」
「十塚くん……おはよう」
ふわっと香るお日様の香り、見なくてもわかる。
桜色の髪を靡かせる少女。
「ん、おはよ。朝倉」
朝の一属家、朝倉の一人娘“朝倉みゆ”。クラス委員長にして、クラス一の実力者かつ秀才。
小等部からその実力を見せ続けていた彼女は中等部でも遺憾無くその能力を発揮し、同年代にはもはや並ぶものはいない領域まで来ていた。
「あ……十塚くん、顔……」
近づいてきた朝倉は俺の顔を心配そうに覗き込む。
「あ〜……くる時に魔法で失敗して転けてさ。お恥ずかしいことに」
「ぷぷっトツカチのことだからお得意の移風を自転車に乗ったまま使おうとしてうまくいかなかったとかでしょ」
隣のエスパーは無視する。見てきたのか、お前は。
「擦りむいてるよ……? 痛いでしょ?」
「ま、まあ自業自得だし全然大丈夫だよ」
両腕でない力こぶを作ってみせて元気をアピールして見せる。
「少しじっとしててね?」
「っ! 朝倉……」
朝倉は俺の擦りむいた頬に手を当てそっと魔力を込めた。
暖かな力が傷を癒していくのを感じる。
魔力による傷の治療。魔法文字によって具現化される魔法とは違い、正解のない繊細な魔力コントロールが必要とされる高等魔法。普通は専門で学んでいないと使うことはできない。
「どう……かな」
さっきまで傷のあった頬に触れてみる。そこには擦り傷など無かったかのようなつるりとした肌があった。
「ついに治療魔法まで……。すげえな朝倉は」
とてもじゃないが高等部がやってのける所業ではない。
「ううん……。大きな怪我は治せないし、まだ完璧にコントロールできているわけじゃないから……」
そう言って目を逸らす。この実力に謙虚さ。変わらないな、朝倉は。
「すっげえええええ!! みゆちそれ、あーしにも教えて!!!!」
「いや、お前には無理だろう」
朝倉にずずいと詰め寄る伊藤にすかさず突っ込む。
「っな……! やってみないとわかんないっしょ!!」
「あはは……。今度一緒に練習しよ?」
「ぃやった〜〜〜!!! みてろよ〜! 絶対にできるようになっちゃうんだから!」
俺に向かってVサインを送る伊藤。
こいつの人生、楽しそうだなあ。
「伊藤の妄言はともかくとして。ありがとう朝倉、助かった」
軽く頭を下げてお礼を言う。
「う、ううん。気にしないで」
少し顔を赤くしながら両手を振る。相変わらず褒められたりお礼を言われたりに慣れていないようだ。
朝倉に対してなら誉め殺しと言う言葉がそのままの意味として通用してしまいそうだな。
「高等部に進学しても先輩たちとは相変わらず?」
「うん。樹木田先輩は少しおうちのことで忙しそうだけど、チーム修練は欠かさず来てくれるし、ことの先輩はよくお茶しながら話聞いてくれるんだ」
拝窪魔法学園、大学部二年“樹木田たいち”“愛中ことの”そして高等部一年“朝倉みゆ”からなる最優チーム“拝朝木”。
木の一属家である樹木田家の長男、“樹木田たいち”。
樹木田家始まって以来の秀才かつ非常に強力な魔力適正を持っている。
彼が生まれた時、周りに草木が芽生えたと言う伝説は学園内では知らぬものはいない。
樹木田のスタイルはひたすら“護る”。寡黙で常に周りを観察しており、状況判断能力、打開能力に長けている……らしい。
樹木田たいちの唯一無二の相方“愛中ことの”。
土の魔力適正が強く拝朝木の土台と言える存在だ。他にも二つほど属性を持っているらしいが見たことはない。なにしろこのチームでの愛中先輩の役割は土壌を作る、この一点に尽きるのだから。
そして異例の学年を跨いでのチーム入りを果たした、“朝倉みゆ”。
朝の一属家、朝倉の一人娘。朝という属性への深い理解と適正により自分の力をいかに効率よく味方へと還元できるかを考えている。育て、見つけ、癒す。難しいサポートを一人で全てやってのけるパーフェクトガールなのだ。
彼女の凄いところはサポートが完璧だからと言って攻撃ができないわけじゃないところ。
その細い指によって書かれた“日線”は目標を瞬間的に消し飛ばすほどの威力を持つ。
この三人のチームはこの国でも指折りに入ると言われており、四年に一度、今年ついに開催される“全国魔法士闘技大会”の優勝候補でもある。
一属家を二人も有し、チーム内の連携能力も高く正直負けるところを想像できない。
「今年の闘技大会は応援行くから絶対優勝してくれよな!」
全国魔法士闘技大会への参加は高等部以上が条件。朝倉が進学したことにより拝朝木はついに参加資格を得たのだ。
この闘技大会には様々な企業や魔法士ギルドが観戦に来るため、ここで実力を示すことができれば将来は安泰というわけである。
「うん、ありがとう。でも十塚くんたちは出ないの……?」
「えっ?」
「今年からこのクラスの人はみんな参加資格を得たんだし、十塚くんたちならいいとこ行けると思うけど……」
「みゆちそれマジ?! あーし、頑張っちゃおうかな☆」
おばかが世辞にのせられ調子に乗る。
俺のチームは俺“十塚さくら”、“伊藤ちか”、そしていまだに教室へと辿り着いていない“朧たつ”の三人からなる落ちこぼれチーム“光る焚き火”だ。
チーム名の由来は簡単、俺たちが全力をだしてできることが光る焚き火。なのだ。
「あのな朝倉。昔から言ってるけどお世辞は度を越すと嫌味に……」
「じゃあわかるよね? 昔から言ってるけどこれはお世辞でもなんでもない。今の時点の実力じゃない、潜在的なことを言ってるんだよ」
「う……」
朝倉のこのなんでも見透かされているような瞳。これが昔から苦手だ。
「それに本当は十塚くんだって気がついて……」
「みゆちにそこまで言われちゃあ出るしかないっしょ!! たつはいないけど!」
伊藤がぐっと握り拳を作る。燃えている。朝倉が何かを言いかけていた気もするがあえてスルーする。
「はあ……予選落ちして恥をかく未来しか見えないけど、まあ何事もチャレンジ……か」
過去には魔法を使えないメンバーを抱えたチームが準優勝したこともあるのだ。
両刀の木刀で全てを粉砕して進む拝窪の猛獣、戦う前に棄権するチームが過去一多かったとか。
先程目の当たりにした光景を思い出して思わず身震いする。大体それはもはや魔法士闘技大会なのだろうか……。
朝倉は俺が渋々参加を決めたことににっこりとする。はあ、本当にこいつは……。
(哀れみとか庇護欲とかそんなんじゃ無いっ……。わたしは十塚くんの奥に何か大きなもの……他の誰にも無いものを感じるの)
この言葉にのせられてここまで生きてきたのだ。今更引き返すことはできない、か。
「そうと決まったら今日から放課後、毎日修練するぞ」
腹をくくればやることは一つ。少しでも粘ることのできる術を三人で身につけていくしかない。
「えーーーーーーー……」
「おいっ!!」
一番ノリノリだったお前が嫌がるなよ。
「ま、仕方ないかあ〜! トツカチにあーしの凄いとこいっぱい魅せちゃうぞ〜!」
「見せるのは観客だ」
本当に大丈夫なのだろうか……。
「おいおい! 光るだけの焚き火が魔法闘技にでる? 笑わせてくれるぜえ」
このくっそ嫌味な喋り方は。
「なんだよセンダちゃん文句あんの〜!!」
仙田とうき。
土の魔力適正をもつクラスの中堅どころといったやつ。泥を使った魔法が得意でタイマンだとお得意の妨害で相手を完封することもある。
「文句も何も……」
ハッと腕を広げ肩をすくめる。
「このクラスどころかこの学校一の落ちこぼれが魔法闘技に出たところでなにができんだよ」
おかしくてたまらないと言った様子で顔を歪める。
「大体お前らみたいな奴らがこの拝窪の代表として世間に出ていくなんて、恥さらしにも程があるぜ」
頭の横でくるくると指を回す。
「お前らは大人しくこのままなんとなく過ごしてなんとなく卒業して一般人として生きていくのがお似合いだよ」
それだけ言い残して仙田は立ち去ろうとする。
「言わせておけばてめ……」
「そんなことない!!!!」
クラスのみんながギョッとするような音量で朝倉が叫んだ。
「十塚くん達は恥晒しなんかじゃないし、絶対魔法闘技大会で上に登っていけるポテンシャルを持ってるんだから!」
あの物静かな朝倉が仙田に向かって啖呵を切る。
ああ、全くこいつは……。
立ち上がり朝倉の頭にポンと手を乗せて仙田を見据える。
「伊藤」
「うん」
朝倉の両脇に立ち仙田に言葉を投げつける。
「俺たちは魔法闘技大会に出て、お前たちに勝って上に行く。首洗って待っとけ」
「ッテメエ……」
仙田が青筋を浮かべてこちらを睨みつける。
「やってみろや……絶対に本番の舞台でお前らをぶっっっっっっっつぶす」
そう吐き捨てて仙田は自分の席に戻って行った。
「あーあ。言っちゃったねトツカチ」
伊藤がにひひと笑う。その表情は誇らしげだ。
「ご、ごめんね。わたし、つい……」
朝倉が泣きそうな顔で俺たちを見上げる。
「あーあ。これで俺たちは朝倉の名誉も背負って戦わなきゃいけないわけだ」
朝倉がしゅんとする。
「退路を絶ってくれてさんきゅな。本気になれたわ」
のせていた手をぐりぐりと撫でつける。
「!」
「俺たちは絶対に予選を勝ち進んで本戦に出る。で、将来安泰に暮らす!」
「おーーー!」
燻っていた決意が明確な輪郭をもって燃え上がった。
「だから、気にするな」
「うんっ……! 頑張ろうね!」
朝倉が太陽のような笑顔をこちらに向ける。
ん……? 闘技大会に出るということはつまり拝朝木とも戦うってコト……?
想定していなかった可能性に冷や汗が伝う。
「お、お手柔らかに……」
「ほはよふほはいはふ……」
ガララと扉を開けて顔が三倍くらいに腫れ上がった、たつが教室に入ってきた。
我慢できずに二話目の投稿です。
サブタイトルで永遠と詰まってました。