3 襲来
結論から言おう。
顔合わせはあっけなく終わった。
いろいろ準備してきたであろうイアンが拍子抜けするくらいあっという間だった。
「イアンくんがウチに婿入りしてくれるなら、もう何の心配もないわ」
「そうだな。シルヴィアもようやく相手ができたか」
ニコニコと微笑み、身分が上のイアンを君付けで呼ぶ両親。
イアンも表向きの営業スマイルでにこやかに会話をしている。
(それにしても、いつの間にかウチに婿入りする設定になっていたのは驚いたわ)
もともとシルヴィアの結婚は相手の婿入りと決めていたから、ぬか喜びさせてしまったかもしれない。
所詮ニセモノの婚約。この関係は卒業と同時に消滅だ。
「いやぁ、本当によかった。シルヴィアが嫁にいくことになったらこの家は終わりだからな」
「その通りです、お父様。あれがまともな男を連れてこられる訳がありません」
「あれ?」
不思議そうなイアンを放置して、揃って苦虫を嚙み潰したような顔になる家族。
そんな空気をごまかすかのように夫人が声を上げる。
「では、書類は書いたし、手続きなどは二人でお願いね。私たちはこのまま席を外すから、あとはごゆっくりどうぞ」
侯爵と侯爵夫人が出ていった後の部屋。
(気まずい…!)
今まで面と向かって話す機会が少なかったシルヴィアとイアン。
いきなり部屋に取り残されたのだ。さすがに困る。
「なんかごめんね、やたらフレンドリーな家族で」
「全然問題ない」
アイリス侯爵家の領地は他と比べて狭い。そのため、両親もシルヴィアも領民と仲がいい。シルヴィアにとっては学園の貴族様よりよっぽど軽く話せる親友たちだ。
それは両親も同じで、かなり和気あいあいと作業したり酒を飲んだりしている。
しかし、あのイアンを初対面で君付けしたのだ。もはやフレンドリーをこえて図太いだけかもしれない。
「そういえば、さっき言っていた『要注意人物』って結局誰なんだ?」
「今日は侍女が部屋に閉じ込めたそうよ」
「答えになってない」
答えになっていないと言われても、あの名前を出すのはシルヴィアにとって苦痛でしかない。
(本当によかった。あれには今まで散々な目に遭わされてきたんだもの。今回まで邪魔してきたら絶対に許さないわ)
一瞬で険しい表情になったシルヴィアを見て、イアンは何か察したようだ。これ以上聞き出そうとするのをやめた。
「ヴィア、顔が悪役」
「うるさいなぁ」
「まあいいや。とりあえず書類は俺が預かる」
「よろしく。適当に出したふりでいいでしょ」
その時だ。突然部屋のドアが開け放たれた。
「お姉様!新しい婚約者ができたって本当!?」
その声を聞いた瞬間、シルヴィアの全身に鳥肌が立つ。
(もうやだ。なんで来るかなぁ)
妹・ミーシャは勢いよく部屋に入ってくると、しっかり鍵まで閉めた。侍女が追いかけて来るのを知っているからだ。
早く追い出したいが、この女は一筋縄ではいかないことをシルヴィアはわかっている。イライラを熟練の技で笑顔に変換。
「あらミーシャ。どうかしたの?」
「お姉様、もしかして新しい婚約者ってイアン様!?」
「ご存知なの?」
「知ってるに決まっているじゃない!あのイアン様よ!」
いつも通りの大音量で叫ぶミーシャ。わが妹ながら本当に嫌だ。
それにしても、まだ学園に入学していないミーシャでも知っているとは。やはりイアンは人気なのだ。
「誰?」
イアンは小声で聞いたはずだが、静かな部屋の中では大きく響いてしまった。ミーシャはしっかりと聞き取り、勝手に自己紹介を始めた。
「えっと、ミーシャ・アイリスと申します!こんな素敵な方のお嫁さんになれるお姉様が羨ましいですわ~」
案の定イアンは眉をひそめている。シルヴィアにはイアンの気持ちが痛いほどわかった。
((なんだこいつ))
二人は同時に顔を見合わせて強くそう思った。
マナーもギリギリだし、落ち着きもない。その上うるさいと来ると、いくらイアンでも素が出てもおかしくない。
「でもあなたには私から奪った『素敵な婚約者様』がいらっしゃるでしょう?」
「え、待ってこいつヴィアの婚約者奪ったの?」
「奪ってなんていませんわ!お姉様酷い!」
ウソ泣きを始めるミーシャを見もせずに、イアンは一つ納得していた。
黙っていれば美人なのに、婚約者がいなかったのはこいつのせいか。
「何が酷いのよ、事実じゃない」
「酷いわぁ~。お姉様ばっかりずるい~」
あきれすぎてため息も出ない。
しかし、これでわかった。過去五、六回と同じようにミーシャはシルヴィアの婚約者を奪うつもりなのだ。
今回ばかりはミーシャに奪われるわけにはいかない。こちとらニセモノ婚約者で共犯なのだ。
「今から一芝居するから適当に合わせて」
イアンにそう囁くと、シルヴィアは『芝居』を始めたのだった。
いつかざまあ書きたいです(書けるとは言っていない)