1 共犯
初連載です。完結まで辿り着けるように頑張ります。
ここは貴族が通う王立学園。今日もご令嬢たちの噂話が、いつもと変わらず飛び交っている。
かくいうシルヴィアも侯爵令嬢。他家のご令嬢たちと同じく、いい結婚相手を探すよう家から言われているのだ。
「あっ、イアン様よ」
「こんなところでお姿を見られるなんて、今日はラッキーですわね」
一緒に歩いていたリリアナとユーリにつられてシルヴィアもこっそりと噂の人を観察してみる。
学園に入学して一年。未だにご令嬢の噂の格好の的になっているのが、今廊下を優雅に歩いてきた、イアン・フローレス公爵令息だ。
彼はフローレス公爵家の次男で、その身分を狙うご令嬢もいる。しかし彼の場合、やって来るご令嬢の多くは身分目当てではないと言える。
なぜなら、顔がいいからだ。いわゆるイケメン。もちろん性格もよく、成績優秀。これで人気にならないほうがおかしい。
「今日も素敵だったわぁ」
「そうね。なのに婚約している方はいないんですって」
「どなたか心に決めた方がいらっしゃるのかしら」
ほんのりと頬を染めている姿は正に恋する乙女。そんな二人に耳より情報を伝えることにする。
「お二人とも、今度のイアン様の誕生日パーティーには参加されますか?」
「ええもちろん」
「私も参加いたしますわ。できることならイアン様とお話だけでもしたいのですが、私はシルヴィア様のように優れたところもないですし…」
「あら、リリアナ様なら大丈夫ですわ。では私はパーティーにいらっしゃるイアン様のご友人を狙いますわね」
この様子からすると、リリアナがイアン狙い、ユーリがその友人狙い、といったところか。
先ほどの表情から一転。リリアナとユーリは、完全に獲物を仕留めるハンターの目だ。
きっと彼女たちも大変なんだろうな、と少し同情しつつお辞儀をした。
「それでは、私はここで失礼しますね」
どうやら彼女たちの耳には届いていないようだ。わずかにほっとしながらいつもの裏庭へ向かう。
(よかった。今日も人がいない)
日陰でどんよりと暗い裏庭にわざわざ来る人はこの学園内でシルヴィア一人だけといっても過言ではないだろう。
備え付けの小さなガーデンチェアに腰掛け、昼食を取り出す。いつもと同じ安心感から、思わず独り言がもれた。
「あぁ~だっる」
そこには、侯爵令嬢、シルヴィア・アイリスの姿はどこにもなかった。
「学園ってなんでこんなに面倒なの?噂話とか何の価値もなくない?」
そう。シルヴィアはすさんでいた。
毎日行きたくもないのに学園に行き、家庭教師に叩き込まれたものよりも簡単な勉強をする。挙句の果てに、一年後、十五歳になるまでに婚約者を探してこいと言われ、様々な夜会やパーティーに出席せざるを得ない状況。苦痛以外の何物でもない。
だからシルヴィアは、猫をかぶることにした。
立ち居振る舞いが完璧になるよう気を使い、誰にでも優しくし、成績も常に上位であり続けられるようにした。
おかげで学園内では『高嶺の花』なんていう恥ずかしいあだ名がついているらしい。もちろん自分から言ったことは一度たりともない。
しかし一日中仮面をつけ続けるのもストレスになる。
そう考えたシルヴィアは、休み時間を利用して裏庭に入り浸り、独り言として愚痴を吐き出していた。
「だいたいあのイアン様?もなんか怪しいっていうか、同類っぽいというか…」
「シルヴィア嬢?」
突然聞こえた第三者の声に、冷や汗が止まらない。
だって、だって今の声は…!
(イアン・フローレス)
やはりそうだった。
いくら人がいないとはいえ、学園の愚痴を学園内で吐き出したのが間違いだったのだ。ギリギリ聞こえなかったとは思うけど、明らかに悪態をついていたのはバレただろう。
(よりによってこの人の前で)
シルヴィアは頭を抱えそうになったが、ハッと思い出す。そうだ、今の自分は『高嶺の花、シルヴィア・アイリス』なのだ。
そう思いなおして、できる限りキレイにお辞儀をする。
「失礼いたしました、イアン様」
身分の高い人には席を譲るのが無難な対応だろう。シルヴィアが席を立とうとした時、いきなりイアンが目の前の席に座った。
「イアン様?」
動揺で声が裏返りそうになるところをギリギリで抑える。
「どうかいたしましたか?」
シルヴィアの疑問に答えることなく、イアンはニヤッと笑った。いつもの彼の、優し気な笑顔とは全然違う。もしここにファンのご令嬢がいたら、失神くらいしてもおかしくない。
「お前、猫かぶってるだろ」
「え?」
(なんで⁉いつわかったの?もしかして、さっき聞かれてた?)
自慢じゃないが、仮面をかぶり始めてからの一年間、人に、家族にも気づかれたことはなかった。
「簡単だよ。前々から俺と同類の感じしてたから」
なるほど、とシルヴィアは頷いた。
シルヴィアの予想は当たっていた。やはりイアンも作り笑いをしていたのだ。
「で、どうするんですか?言いふらすの?」
「まさか」
半ば諦めて聞いたが、返ってきた答えは予想外だった。
さっきとは違う、何かを企んでいるような薄い笑いになぜか嫌な予感がする。
「俺と共犯にならない?」
「共犯?」
「そう。俺はご令嬢避けの婚約者がほしいし、お前も婚約者見つけないといけないんだろ?」
「つまり、偽の婚約者になれと?」
「さすがだな。その通りだ」
「では、私が断ったら?」
「う~ん、とりあえずお前の素は言って回るかな」
そう言ってイアンはカラッと笑った。
(脅しか)
そんなことをしなくても、イアンが一言いえば、身分が下のシルヴィアに逆らうすべはない。
家のためにも、ここでNOというのは得策ではない。
もともと頭の回転が速いシルヴィアは、すぐに答えを出した。
「期間は一年間。ここを卒業するまでね」
「わかった。よろしくな、シルヴィア」
そうして、半ば脅されるような感じで、シルヴィアとイアンの『共犯』が出来上がったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
少し長くなってしまいました。次話からはもっと短めでいきます。