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星の海で遊ばせて  作者: ノマズ
5,この空が崩れ落ちても
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海月のクオーツ(2)

「来週からお台場の花火も始まりますが、今日は、同じ花火でも、最先端の立体花火をご紹介します」


 土曜日、同窓会の当日の朝八時四十分、『さんサタ!』の生放送。柚子のナレーションとともに、スタジオの大画面モニターにSF映画に出てくるような流線型の建物と、その前に立つ柚子の姿が映し出される。


『――今日はここ、東京は神田の日英アミューズメントパークビルにお邪魔します。ハイテクな花火があるそうです』


 録画の中の柚子が、ビルの中へと入ってゆく。ロケは、先週の火曜日だった。


 建物の紹介映像が流れ、白い説明文テロップを、生ナレーションで柚子が読み上げる。


「――ビルの中には最先端技術を使った様々な参加型アトラクションがあり、気分はまるでSFの主人公。――ホログラムの森に、――AR技術を使ったファッションショー。――そしてこの蝶々、なんと自律型のドローンなんです。見てください、赤ちゃんが指を出すと、そこに止まりました」


 映像を見て、スタジオの出演者たちが大袈裟に、関心の声を上げる。


 録画画面に再び柚子が登場し、館長への質問シーンが流れる。


『すごいですね、この蝶々。本当にドローンなんですか? ちょっと信じられません』


『いくつかの蝶では行動学の分野で非常に研究が進んでおりまして、このバタフライドローンはその蝶のうち、人間に懐く個体の行動アルゴリズムに従って動いています』


『AIということですか?』


『厳密にはAIではないのですが、動きだけを見れば、かなり本物のように見えます』


 その場面の後、映像はこの日のコーナーの本題、〈ハイテク花火〉へと移った。ホログラムや水蒸気に映像を投影させるミストスクリーン、そして立体投影の技術や振動スピーカーについて説明映像が流れる。〈ハイテク花火〉は、それらの技術を融合させた究極の最先端コラボステージなのだ、という趣旨の柚子の生ナレーションで、スタジオ出演者たちの驚きの声が放送に乗り、その表情が切り抜かれる。


 実際のハイテク花火の映像が最後に流れた。


 地上三十メートルに作り出されるハイテク花火の花火大会。


「どうですか、すごい迫力ですよね」


 花火の映像に合わせて、柚子がナレーションを入れる。


「すごかったですね、本物みたいでした」


 レギュラーのサブMC、池内裕子アナウンサーが言った。柚子の十個上のベテランであるが、朝の番組に相応しく、尖ったところが無い。


「それに、火薬いらないから、危なくなくていいですね」


 出演タレントの一人が感想を述べる。


 確かに、そうだ、と皆感心したように頷いて見せる。


「音も、本当にお腹に響いて、臨場感がすごいんですよ」


 柚子は補足として、音についても一言言及する。


 そうすると今度は、別の出演者が、音のことを褒める。


「本物の花火より迫力あるんじゃないですか!?」


 と、興奮した様子でお笑い芸人の岩原が言い、声優タレントの男性MC――小道が「ホントそうですね」と相槌を打つ。柚子は、花火にまつわるエピソードがあるかと、エッセイストやモデルといった色々な肩書を持つ四十路のマルチ女タレント、ミオンに振った。


 打ち合わせ通り、甘酸っぱい中学生の思い出をミオンは話した。話のオチとして、今度は岩原に話を振る。岩原は、好きだった子と海辺で花火をしたエピソードを話した。打ち上げられたパラシュート花火を取りにいって防波堤から海に落下し、溺れかけ、告白も失敗した、というオチで皆を笑わせた。


「色々なエピソードのある花火、是非皆さんもこの冬――」


 特別な花火で思い出を作ってみてはいかがでしょうか、と締めくくろうとした柚子の話しの横から、お茶目オヤジで売っている還暦間際のオヤジタレント松田が柚子に質問した。


「新見ちゃんは何か花火の思い出ないの?」


「――え、私ですか!?」


 打ち合わせもしていない質問に、柚子は慌てた。


 台本にないだけでなく、コーナーの残り時間も残りあと数秒である。ディレクターは、ストップウィッチと腕時計を見比べながら、笑って俯いている。


「ほらオジさん、若い子困らせて楽しんでんじゃないよ」


 岩原が不躾に突っ込むと、スタッフ含め、共演者たちも笑った。


「いやでも、聞きたいじゃん、新見アナの胸キュンエピソード」


「もう、ワードが古い! 〈胸キュン〉て」


 そんな掛け合いに、柚子も笑ってしまった。


 サブMCの裕子は、この話をまだ続けるかどうか、柚子に目配せをする。エピソードがあれば話して大丈夫、というアイコンタクト。柚子は裕子と目を合わせながら、どうしようかと考えた。


 ――花火のエピソード。


 高校を卒業した後、大学生の時にも、アナウンサーになってからも、花火大会には何度か行っている。しかしパっと思い出すのは、高校時代の花火大会の思い出だった。柚子は、ドジをした時のような苦笑いを浮かべた。


「新見さん、何かあります?」


 裕子が、柚子に発言を促す。


「私あの、高校生の時に……隅田川の花火大会で、その時片想いしてた人とはぐれちゃったの覚えてます」


 えーっと、皆驚いて笑う。


 柚子はどの番組でも、あまり自分のことは話さない。


 ディレクターは、「話して」という雑なカンペを画用紙に書いて出した。


「え、それ、新見ちゃんが片想いしてたの?」


 岩原が、心得たとばかりに柚子に訊ねる。


「はい」


 恥ずかしそうに短く返事をする柚子。


「そいつどんな男なんだよ!」


「オジさん、血圧上がるから」


 松田と岩原のかけあいに皆笑う。スタッフも遠慮なく笑い声を上げる。


「でも柚子ちゃん、学生時代もモテたでしょ? ――柚子ちゃんから誘ったの?」


 ミオンが、どこか間の抜けた低い声で柚子に質問した。


 柚子は、ディレクターの指示や様子を何気なく視界の端に確認しながら応えた。


「はい、私から誘いました。それなのにはぐれちゃって。花火の後は探しながら泣きましたねー」


「花火どころじゃないじゃない!」


 岩原が明るく突っ込む。ホントそうなんですよ、と柚子も笑いながらすぐに応える。


 チーフディレクターがカンペを出す。「まだいける!」の文字が書かれている。そのカンペに、MCの小道は思わず小さく噴出した。


「――え、で、その後見つかったの?」


 小道は柚子に訊ねた。


「いえ、はぐれたままで、その日は」


「えー、じゃあ、失恋?」


「でもその後、ちゃんと付き合えました」


 おぉ、という声と、なんだよ、という松田の不貞腐れたような声が重なる。


「それは、相手の方から? 告白」


 小道が柚子に質問する。


「いえ、私から」


 ええっと、皆笑いながら驚く。


 カメラが松田の嫉妬する表情をアップで映す。


「なんで松田さんが不機嫌なんすか」


 岩原が透かさず松田の表情を拾った発言をする。


「だって俺嫌だよ、新見ちゃんが他の男のモノになるの」


 駄々っ子のような松田の口調に、出演者たちも思わず笑ってしまう。


 柚子も小さく笑った。


「いや、松田さんのモノにもなりませんから!」


 小道が突っ込む。


 裕子が柚子に再び目配せをし、柚子もその意図に小さく頷いて口を開いた。


「――花火、是非皆さん、行ってみてください。くれぐれもはぐれないように!」


 少し無理やりな締めくくりに、出演者たちは笑った。


 カメラが小道を映し、小道は笑いの余韻を残した笑顔で、「それでは今日のお天気情報です」と、次のコーナーに繋げた。映像がライブカメラに切り替わる。新宿駅西口、高層商業ビルからの映像。寒そうな灰色空の下、横広の横断歩道を、空と同じような色のコートを着た人たちが歩いている。

今日の天気には明るすぎるBGMが流れ、その映像の間に、お天気コーナーのための移動式モニターがスタジオセットの中に運び込まれる。


 気象情報担当の竹下香那恵キャスターが皆に挨拶をしながら登壇し、お天気コーナーが始まった。グラビアアイドル並みの立派なバストを持つ香那恵は冬璃の同期である。すでに写真集まで出して、香那恵を売り出そうとしているプロデューサーは、打倒菊池美奈を掲げている。


 香那恵は、柚子の花火の話題には一切触れず、今日の全国的な気象傾向を説明し、大陸側から寒冷前線が下りてきているという話を、地図に可愛らしいアイコンなどを使いながら話した。


 出番を終えた柚子は、マイクの電源を切り、前室に退場した。


 硬いソファーに座り、台本を開いてテーブルに置く。


『本物の花火より迫力あるんじゃないですか』のセリフを目で追う。そして、音について褒めた自分のセリフも。台本の上に柚子は手を置き、中途半端に結んだ拳の人差し指で『花火』の文字に指を押し付けた。爪の跡が残った。


「お疲れ様でした」


 若い制作スタッフが柚子に挨拶をしながら、段ボールを持って部屋を通り抜ける。柚子はぱっと顔を上げて、慌てて「お疲れ様です」と返したが、そのスタッフの姿は一瞬で部屋から通路へと消えて行ってしまった。


 壁掛けモニターに、セリフを噛んだのをいじられて笑う香那恵の姿が映し出される。番組は今まさに、隣のスタジオで撮られている。つい一分か二分前まで、自分もその中にいた。それなのに、モニターの向こうの世界はキラキラしていて、別世界の様に感じてしまう。


 柚子はいつの間にか、ぼうっと顎を上げて、天井を眺めていた。


 そうしていると、テレビの映像も隣のスタジオも、そして今この場所も自分も、夢の中なのではないかという気がしてきた。自分が今ここに確かに存在しているという実感がどんどん薄れて、幽霊にでもなったかのような、浮遊しているような感覚に陥る。


「お疲れ様です!」


 また、製作スタッフが、部屋を通りがかりに柚子に言った。


 その声で柚子は、はっと白昼夢のような状態から引き戻された。


 番組はお天気コーナーが終わり、報道フロアからのZNNニュースに変わっていた。柚子は冷え切った指先を揉み解しながら、ホットコーヒーを買おうと決めて立ち上がった。






 茶ノ原高校七十六期生の同窓会は、品川駅から歩いて五分ほどの場所にある、東京でも有名なホテルの一階、大宴会ホールを貸切って行われる。茶ノ原高校の卒業十年目の学年同窓会は、毎年このホテルと決まっている。


 柚子は、〈さんサタ!〉の放送終了後、番組後ミーティングをして、来週のロケに関する追加資料に目を通し、その他の雑務も片付けた後、退社し、同窓会の会場に向かった。会場に着いたらその設営を手伝おうと思っていたので、柚子は動きやすいように、長袖の白ニットに、パンツはデニムを選んで着て来ていた。幹事である柚子は、参加者というよりも、主催者側の心持でいた。


 司会進行も、今年はホテルの職員ではなく、柚子が行うことになっている。

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