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星の海で遊ばせて  作者: ノマズ
4,月の光に見上げれば
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エピローグ ~月の光に見上げれば~

 詩乃が東京を離れるのは卒業式の翌々日と決まっていた。


 結局ボストンバック二つでは無理で、大型のリュックを背中に追加し、詩乃は家を出た。北千住から東京駅まで電車で一本、電車を降りた後は、バスターミナルに向かった。


 柚子は、詩乃といる間、ずっと明るく振る舞った。


 これから始まる大学生活のことを詩乃に話したり、詩乃のこれからの生活のことを詩乃に質問しながら、話を面白く広げたりした。合宿シーズンは民宿やホテルで仕事を手伝い、オフシーズンでは農作物を育てたり、グランドの管理をしたりする。


 ――詩乃君、日焼けしちゃうね。


 ――うん、最初きついかも。


 ――毎月日焼け止め送ってあげるよ。


 ――仕送りに日焼け止めって。


 ――代わりに特産品送ってよ。なんだっけ、えっと……。


 ――若松たくさん作ってるらしい。


 ――じゃあそれ!


 ――若松送るの? 家ごと門松になっちゃうよ?


 ――それ面白いね。家ごと門松。


 ――千両とセットで送るよ。


 ――毎日お正月だね。


 ――なんでもない日なのにね。


 柚子は〈The Unbirthday Song〉を歌い始める。詩乃は笑ってしまう。


 話は尽きないまま、二人はバスターミナルにやってきた。高速バスの発着場がずらりと並んでいる。二人は列の前の、広場のような通路に荷物を下ろした。


 あと二十分。


 柚子は詩乃の腕を抱きしめてくっついた。


 バスは、十分前にやってきた。


「荷物入れてくるね」


「一緒に行く」


 たった十メートルもない距離を、柚子は詩乃とくっついて歩いた。詩乃は、手に持ったボストンバックをバスのトランクに入れた。そうしてまた、元の場所に二人で戻った。バスが出るまであと十分。その十分を、柚子は二人で過ごしたかった。


 時間が近づくと、柚子の口数は減っていった。


 沈黙のうちに、バスのエンジンがかかった。


「寂しくなるよ……」


 柚子は呟き、詩乃の胸に顔をうずめた。


 今更どうなるものでもない、それは柚子が一番わかっていた。自分が受け入れたことなのだから。詩乃君の愛情に嘘はない。確かに私は、愛されていた。そして今も。


 詩乃は柚子の頭を撫で、それから、地面に置いていたリュックを開けた。


 一番上に、詩乃は柚子への贈り物を入れていた。


 木製の小箱のオルゴール。


 詩乃はそれを、柚子に渡した。


 柚子はオルゴールを受け取り、詩乃に聞いた。


「もう会えないの……?」


 詩乃は眉間にしわを寄せた。


 また会いたいに決まっている、詩乃はそう言って、柚子を抱きしめたかった。今日、ネリネの花を渡そうかと、どれだけ悩んだことか。けれど、そんな期待を持たせるのは残酷すぎる。借金の完済には七年かかる。七年――新見さんをそんなに待たせることなんてできない。時間とともに環境も変わる。自分だって、今は七年の予定でいるけれど、途中でどうなるかわからない。約束なんてしてしまったら、それが自分にとっては甘えに、新見さんにとっては枷になってしまう。


 柚子は、詩乃が返事を返さないのを認めて、よし、と笑顔を見せた。そうしてポケットから、詩乃のために用意した贈り物を、詩乃に渡した。革の栞だった。


「元気でいてね、詩乃君」


「新見さんも」


 柚子は唇を結んだ。強く、震えるほど結んで、涙を堪えた。


 きっと私は明日から、このオルゴールの音楽を聞きながら、月に話しかけると思う。きっと詩乃君も、月が好きだから、きっと、同じように話しかけてくれるはずだから。


「私は大丈夫。――見えなくても、星のどこかに花が一輪咲いているって知ってるから、ね」


 詩乃は、柚子を見つめた。


 柚子はにこりと笑って見せた。


『高速バス東京発、銚子駅行き、間もなくの発車となります』


 バスの車外スピーカーが告げた。


 詩乃は柚子に頷いて見せ、バスに乗った。


 窓際の席に座り、窓から柚子を見降ろした。


 まるでここは、処刑台の様だと詩乃は思った。


 バスが動き出す、その避けられない瞬間を、もう自分は待つ以外に他はない。


 バスが、ゆっくり動き出した。


 その瞬間、詩乃は視界の隅に、柚子の姿が窓から消える最後のその瞬間に、柚子が泣き崩れるのを見たような気がした。詩乃は咄嗟に、首と身体を捻り、窓に手と顔を押しつけて外を見た。しかしバスはすぐに曲がり、詩乃は、柚子がどうなったのか、もう確かめることはできなかった。


 詩乃は両手で額を覆い、目を閉じた。


 詩乃が再び顔を上げた時、バスは高速道路を走っていた。


 もう新見さんはいない――。


 詩乃はぎゅっと奥歯を噛みしめ、コートのポケットに手を入れた。ポケットには、柚子からも貰った栞が入っている。詩乃は両手を重ねた上にその栞を乗せた。栞には、捻押しされた相合傘の下に、二人の名前が刻印されていた。




 詩乃は目を瞑り、親指で柚子の名前を撫でた。



 何度も、何度も、優しく撫でた。







〈あとがき〉


ここまでお付き合いいただきありがとうございます。


三章を書き終えた段階のそのあとがきで、四章について、「書ける気がする」なんて書いていましたが、少し甘く見ていました。この章がもっとも大変でした……。10月中に仕上げようと思いながらいつの間にか11月になり、いつの間にかクリスマスが近づき……ダメだ、今年中には絶対書き上げようと、クリスマスから大晦日にかけて大掃除ならぬ大添削・改稿作業をしました。そして何とか、2021年のうちに(ものすごくギリギリでしたが)、四章をアップすることができました。今は、お披露目できて安心しています。


実のところ、ストーリーについては、色々な可能性がありました。本当に色々な可能性が。その可能性のうち、じっくり詩乃と柚子の心のうちに分け入って考えながら、詩乃ならこう考える、柚子ならこう考える、ということを確認しながら物語を進行させました。飲酒やちょっと性的な描写も、どこまで書こうか、あるいは、描写自体をするかしないか迷いましたが、「ある程度は書かないと物語が納得しない」と思い、書くことにしました。そこを避けたら真に迫れないような気がしまして。


さて、続編の方ですが、物語上は、5章で完結となります。つまり、次が最終巻です。というわけで、実はまだもう一巻分続きます。もう、ここまで来たら書くしかないと思っています。とはいえ、すみません、毎度のことながら、ここの記載情報の上ではまた一旦「完結」とさせていただきます。絶対に最終章を書き上げたいとは思ってはいるのですが、四章で思いのほかエネルギーを使い切ってしまってもぬけの殻状態なので、ちょっと冬眠しようかと思います。読者の皆様には、申し訳ありません;;


感想等は、随時受け付けております。感想が無くても、ポイントがなくても、ブックマーク0でも、というスタンスで書いてはいるのですが、今回の作品ほど、読者の皆様の声援に励まされたこともありませんでした。それがなかったらきっと、四章書ききれていなかったと思います。いつもありがとうございます。そしてまた、この作品を通して何か、皆さまの心の琴線に触れるものがあれば、嬉しく思います。誤字脱字の報告の方にも、毎回、大変助けられています。ありがとうございます。


次回は、時期的なことはまだ何とも言えませんが一先ず、お付き合いいただきありがとうございました。また続編が書きあがった際には、最終章の方もよろしくお願いいたします。

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