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「真実愛」(運命の愛)とやらの取り扱い説明書

作者: 青葉

このグランディア大陸には11の国がある。かつては21程国があったが、今は合併吸収され存在しない。


そんなグランディア大陸の中の1つの国、アルティア国の話しである。


アルティア国王サイラスが何時ものように執務机で積み重なる書類に格闘しているその時、慌ただしく執務室の扉を叩く音がし、入室の許可を出す前に飛び込んで来た者がいた。


「へ、陛下!一大事に御座います!」

「なんだ?レビィンス、随分慌てているじゃないか?お前らしくもない‥。」

「お、落ち着いてなど!!アルバード殿下が!やらかしてしまいましたぞ!真実の愛を見つけたと言って婚約者のサフィリア公爵令嬢を卒業パーティーで無実の罪で糾弾し婚約破棄を言い渡したのですぞ!!」

「なっ!!何と言う事を‥」

サイラスは思わず椅子から立ち上がりかけたが、そのまま椅子に崩れ落ちるように座ったまま両の拳を机に叩きつけた。


「よもや、私の代でこの説明書を使用することになろうとは‥‥」


その説明書とは、かつてグランディア大陸にまだ21もの国があった頃、まるで何かの流行のようにあちこちの国の後継者達が己の婚約者を無実の罪をでっち上げ、決まって「真実の愛」だの「運命の愛」だのとのたまったあげく、国を混乱に陥れ果ては戦渦を招くと言った、はなはだはた迷惑な時代があった時の負の遺産のようなものである。


戦乱が起これば、民草が巻き込まれる。貴族や王族の恋やら愛だののせいで、なんの罪もない国民が戦渦に巻き込まれるのである。これ以上の迷惑はないだろう。


その時代、稀代の大魔導師がいた。彼は多くの国の指導者や王族とも付き合いがありその混乱の調停や停戦、和平の合意といったありとあらゆる混乱を収めて回った。

勿論、付き合いのある人々の為でもあったが、何より罪のない民が気の毒でもあったからだ。

が、温厚と言われた彼がとうとう切れた。


「こんな下らない事のせいで、俺の貴重な研究時間を無駄にするな!今後、このような事を起こさない為にこの説明書をやる!これを読んで、尚且つ分からないなら今後はその国の王だけでなく貴族も全て俺が消滅させる。二度と俺の手を煩わせるな!」

そう言い捨てて、森の奥の彼の庵に帰って行った。

そしてその後、本当に幾つかの国と貴族は消滅したのである‥。


それらの消滅した国々を見た王族、貴族は魔導師の残した「真実の愛の取り扱い説明書」をもとに自分の国の後継者に継承させ、万が一自分の継嗣が「真実の愛」と言い出した場合は、その説明書の対処法に寄り添い、対処する事がグランディア大陸の大陸法となったのである。


国ごとに法律は違えども、唯一この説明書の取り扱いだけは大陸共通なのである。



「はぁ‥」

ため息をつきながらサイラス王はページをめくる。

宰相であるレビィンスは執務机の脇に立ちながら、質問に答える準備をする。


「先ずは、アルバード達の言い分、それから真実の愛とやらを誓った令嬢の身分、それらの言い分を」

レビィンスは淡々と答えていく。


暫くして全ての資料を確認した後、


「レビィンス、3日後謁見の間にて今回のアルバード達の決着を着ける。全貴族の当主とその後継、また後継が決まっていない家は夫人を同伴で、必ず登城するように伝えよ。それから、今回の騒動に関わった家にもその対処を。確か全員婚約者がいたはずだ。彼女らが不要に貶められる事のないように取りはからってやって欲しい。」




3日後、謁見の間


普段は国賓を招いての大舞踏会が行われる煌びやかな広間が異様な静けさに包まれている。

入り口に近い下手から男爵、子爵と身分順に玉座に近いほど身分が高くなる。そして玉座右には公爵家、左側には10カ国全ての大使夫妻、またその子息子女。

普段ならヒソヒソと小声お喋りをしたりする子息子女も場の余りの異様さに貴族特有のポーカーフェイスを保つのが精一杯のようだ。


柱の大時計が鳴り響くと同時に謁見室の奥の扉より国王夫妻、そして第二夫人、第二王子が順次入場する。


「皆の者、突然の召集にも関わらず集まってくれたこと、感謝する。」

サイラス王がゆっくりと落ち着いた様子で穏やかに広間に集まった人々に話し掛ける。

「集まって貰ったのは他でもない。先日、アルバード達が起こした騒動の決着と今後のこの国の方針について、改めて皆に説明するためだ。各国の大使夫妻もそれぞれの祖国への説明、よしなに頼む。」


サイラス王が各国の大使達に緩やかに視線を向ける。それを受けて各国の大使夫妻及びその家族は一斉に最上位の礼を返す。

広間に集まったアルティア国の貴族達は息を詰めながら、これから行われることの様子を伺うしか無かった。いや、伯爵家以上の高位貴族達は理解していただろうが‥。


「では始める。アルバード達をこれへ。」


サイラス王の声で近衛騎士たちが、アルバード王子、宰相子息、近衛騎士団長の子息、魔法師団長の子息、そして子爵令嬢のエリアンと入場を促す。彼らを玉座の前に横一列に並ばすと近衛騎士達は速やかに所定の位置に戻っていく。


「では、アルバートよ。この度、真実の愛を見つけたと言ってサフィリア公爵令嬢マリアンネとの婚約を破棄する旨を学園の卒業パーティーで告げた事、相違ないか?」


問われたアルバードは紅潮した頬を上げながら


「はい、私は真実の愛を見つけたのです!このエリアン嬢こそが私の運命の人!私の妃に相応しい人です!薄汚い策略を巡らし、エリアンをいじめ、害するような女は王の妃は務まりません!」


マリアンネをギラギラした目で睨付けながらアルバードは言いつのる。

エリアンは王の前だと言うのにアルバードの腕に胸を押しつけながら「怖かったです~」と涙目で潤んだ瞳でサイラス王を見上げる。


「害した証拠はあるのか?」


サイラス王が問うと宰相子息のライザックが嬉々とした様子で手元の資料を掲げる。

その資料を宰相の補佐官が受取り、扉の脇にある机の上で確認を始める。


宰相は王の視線を受けて


「ライザックよ。その資料の裏付けはだれがした?」

「えっ?エリアンから聞いた通りに書きましたよ?」

「それは、被害者側からの言い分だな。私は第三者からの報告と正確な裏付けを問うでおるのだが?」

「エリアンが私に嘘をつくはずがありません!父上は私が信じられないのですか!」


激高するライザックを見つめていた宰相は、悲しげに呆れたような表情を一瞬見せた後、表情を消し、


「ああ。全く信用に値しない。」


そう言い切った。


「なっ!」


口をパクパクしながらライザックは父である宰相を見つめる。

宰相はサイラス王を見ながら、目で問う。サイラス王が頷く。


「ライザックよ。よいか?良く聞け。マリアンネ嬢は6歳でアルバード殿下の婚約者になってから、国の影が常に付いておる。それも複数な。その意味が分かるか?」


ライザックはハッとしながら、マリアンネを見た。


「ライザックよ。お前の提出した資料は嘘だらけだ。いや、嘘しか書いておらん。マリアンネ嬢は常に王家の影が付いておりその動向は全て把握しておる。お前達は何の瑕疵もない未来の王妃に罪を擦り付け貶めようとしたのだよ。その罪深さは理解しておるか?まぁ、理解しなくてもかまわん。お前を廃嫡とする。家督は弟のルディウスに継がせる。平民となり好きな様に暮らすが良い。」


宰相の言葉にライザックが膝から崩れ落ちる。

突然のことにアルバード達の誰もが理解出来ないようで、固まっている。

そんな中、サイラス王は徐にアルバードに声を掛ける。


「さてアルバードよ。お前とマリアンネ嬢との婚約は解消しよう。そしてお前は廃嫡とする。」


ぎょっとしたように、アルバードは声を出す。


「な、何を言い出すのですか!?父上、私以外、誰が父上の後を継ぐのですか!」


「アルバードよ。そなたは真実の愛とやらを選んだのであろう?」


「そうですが、それと廃嫡とは何の関係もないと思います!」


そう言いつのるアルバートをサイラス王はじっと見つめる。


「そなた、学園で何を学んだ?まさかグランディア大陸の大陸法を知らぬのか?」

そう言われたアルバードは目をウロウロさせながら、ハッと思い出したようにサイラス王とマリアンネを交互に見つめる。アルバードの側近達も、今更ながら自分たちのしでかした事を理解したかの様に顔色を青く変えていく。そんな中、エリアン嬢だけが全く理解出来ていないようで、


「えっ?えっ?なんで、アルが王様になるんじゃないの?私が王妃になるんだよねぇ?ねぇ~アル、なに言ってるの?」


なんとも場違いなのほほんとした甘ったるい声を出しながら、アルバードの腕にすがりつく。


「すまない。エリアン、僕は王にはなれない。」


「えぇー!!アルの嘘つき!王妃様にしてくれるって言ったじゃない!新しいドレスや宝石もいっぱい揃えてくれるって言ったじゃない!嘘つき!」


突然、人が変わったように鬼の形相でわめきだしたエリアンを見てアルバードやその側近達は思わず一歩後ずさる。


サイラス王は汚い物でも見るような眼差しでエリアンを見ながら近衛騎士に視線で指示を出す。

王の指示を受け、近衛騎士達はわめいているエリアンを拘束し扉の外に連れ出して行く。


「さて、皆の者、第一王子アルバードを本日を以て廃嫡とし、王族の身分を剥奪。その後の身の振り方はアルティア国の国法を以て裁く。側近達の身の振り方は各家に任せる。そして、サフィリア公爵令嬢マリアンネ、此度は愚息が迷惑を掛けて申し訳なかった。まさか、ここまでとは思ってもみなかった。」


サイラス王の真摯な声にマリアンネは思わず


「いいえ、勿体ない事で御座います。私こそ、与えられたお役目を全う出来ず、申し訳ございません。」


と深々と頭を下げる。


「いいや、そなたは良くやってくれている。引き続き勤めてくれるか?そうしてくれれば有り難いのだが。」


「私のような未熟者をそのような大役、務まりますでしょうか?恐れ多いことで御座います。」


「いや。そなた以外の者には勤まるまい。出来れば引き受けて貰いたい」


「畏まりました。心を込めて勤めさせて頂きます。」


サイラス王とマリアンネとの間で瞬く間に話しがまとまっていく。


「皆の者、良く聞け。サフィリア公爵令嬢マリアンネを次代の王の妃とする。そして我が妃である第一王妃のユリアーネは療養の為、離宮にこもることになった。今後の公務は第二王妃のローゼリアが行っていく。皆もしっかりと支え勤めていってほしい。ユリアーネ、長い間、ご苦労であった。ゆるりと休むがよい。」


アルバードは呆然としながら、そのやり取りを見つめている。母の離宮行きは実質、幽閉だ。だが、その幽閉行きを決めてしまったのは、自分の行いだ。喉の奥がひりつくように呼吸が出来なくなっていく‥。目に力を込めなくては涙が溢れてしまいそうになる。申し訳なくて、悲しくて、全ての感情が溢れてしまいそうになりながら、アルバードは母に向けて深々と頭を下げた。


サイラス王はユリアーネ王妃の侍女に命じて退出を指示しながら、アルバードとその側近達を近衛騎士に命じて広間の外へと退出させる。


ぐるっと広間を見渡しながら、サイラス王は良く響く声で語りかける。


「皆の者、これからも我がアルティア国はこのグランディア大陸の一員であり、大陸法を遵守していくものである。大陸法を遵守することが、国の為であり、他国とのより良い共存関係を築く上での大事な核であることをもう一度肝に銘じて欲しい。特に各家の継嗣諸君に告ぐ。貴族だからこそそれに付随する権利も義務も生じる。それを果たさずして権利だけを振りかざす事を私は認めない。よく考え、よく話し合い、そしてお互い

認め合いつつ成長して欲しいと願っている。各家の当主諸君、今一度家族全員に大陸法を理解させるようにして欲しい。以上を以てこの緊急召集を解散とする!」


サイラス王の一声で広間に集まった人々が一斉に頭を垂れる。


王が玉座奥の扉に消えると、誰かがフッと息を吐き出したかのような音が聞こえやがて静かなざわめきとなって広間に広がった。




グランディア大陸の「大陸法」

第一条  王位または皇位の継承者が「真実の愛」(運命の愛)を得て婚約者を公衆の面前にて罪をねつ造し冤罪をかけし者は継承権を剥奪し、その身分を王籍より臣下もしくは平民に落とすべし

第二条  王命による婚約者を得た場合、その婚約者に常に護衛、影等を複数名付け行動を記録せしめること

第三条  王の配偶者は国の繁栄の為、複数の妃を置く事

第四条  ‥‥‥


以下、二十七にもよる大陸法があるのである。これは基本法とも呼ばれ、各国の王位継承権は遵守するべきものとされ、また高位貴族のそれに習うものとされる。





ここ近年はこの様な、バカ騒ぎが無かった為その存在を忘れてしまっていた各国の大使たちも、まさかリアルに目の前で、やらかしてくれた騒ぎを思い出しながら、まさか祖国で似たような事件が起こっているのでは?と優雅に見えるようにしながらも、少し足早に各領事館へと帰宅するのであった‥‥




その内の何カ国かの領事館から、大使の奇声やら叫び声が聞こえたとか、聞こえなかったとか‥‥



何故だか「真実の愛」とやらは伝染るんです‥‥



人の振り見て我が振り直せ‥とか言いますもんね。よその国でも似たり寄ったりしてたりします。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、ほんとうに。さて我が国の王族は・・・?
[良い点] おもしろかったです。 [一言] この法律がある場合、見張らなくてはいけないのは王太子のほうではw
[一言]  大変面白く拝読させていただきました。 特に最後の移るんですが心に刺さりました。 楽しませていただきました。
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