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帰還2


仙人とは、話には聞いたことがあるが実際に見たことは無い。少なくとも玖の故郷の村にそういう人物はいなかった。


仙人といえば、不老不死と仙術を得た、神に近しい崇高な存在である。それが色欲で力を失ったとなれば、卑しい者だと思われても仕方がないのだろう。


現に都の住人は色欲魔たるその仙人のもとへ、近づこうとしないという。おかげで誰もその仙人とやらの人物像をよく知らない。身長ほどの長い髭を蓄えた大男だとか、細い目に助平顔な好好爺だとか、そう言う勝手な噂ばかりが飛び交っている。


玖は仙人という者に、それが例え仙術を失った助平じじいであったとしても興味を抱いていた。師匠の医術や武術のような筋の通ったものが全ての世界に仙術なる、いかにも怪しげなものが現れたのであるから、気にならないわけがない。


結局宿屋ではそれらしい情報を得られぬまま休むことになった。どちらにしろ明日、勝手にもと道場に住み着いている仙人を追い出すのに、会うことになるのだ。




宿屋を出て山の方へと歩き始める。久々にきちんとした寝床につけたおかげで、いつにも増して身体が軽い。


みすぼらしい格好の玖に気を利かせて、宿屋の店主は麻の着物をくれた。都の中流家庭の娘の物に見えるそれは、宿主の娘のお古であるという。この男、玖が師匠の弟子であると知ってから、妙に気前がいい。


夕方どきであった昨日に比べ、まだ朝も早い都は閑散としている。露天商が店開きの準備を始め、大きな荷馬車をひいた男は欠伸をしながらせっせと通り過ぎていく。ただの通行人、という人間は玖と師匠ぐらいのものである。


師匠は山の道場に行く前に、昔開いていた薬屋を見に行くと言った。突然仙薬探しを命じられて放り出してきたという薬屋を、かつての教え子が営んでいる()()なんだとか。


薬屋は師匠が向かった先にきちんとあった。師匠はあまり自信無さげであったが、潰されて新しく商店が立ってなどはいなかった。師匠は安心したような様子で中へ入っていった。


薬屋は手狭で、どこかジメッとした空気が漂っていた。よく整理されているが暗い。見ると明かりとりの窓にはどれも、簾がかかっている。


部屋に人はいなかったが、奥からゴソゴソと音がするので、主人は起きているのだろう。


「郭はいないか」


師匠が呼びかけると、ガサゴソという音がピタリとやんだ。次に暖簾のようなものを押し上げながら男が現れる。


その男というのは、どうやら郭なる人物ではない。がたいが良くいわゆる男前で、いかにも師匠の元で武術を習っていたような、そんな感じであるが、いかんせん若い。まだ二十そこそこという感じである。師匠が都を出た時といえば、まだ十にも満たなかっただろう。そんな奴に、薬屋を任せるわけがない。


師匠を見ると、やはりそういう顔をしている。かつての教え子は自分を裏切って、どこの馬の骨とも知らぬ若輩に店を売ったのだと、そんなことを考えているのだろう。


「郭はおりませんね」


青年が困った様子で言う。


「郭は私の父ですが、今は家を出ております」

「お前、郭の息子か」


師匠が嬉しそうに声を上げた。本当によくころころと表情が変わる人だ。


「ええ、そうですが、あなたは父の知り合いですか?」

「覚えていないか? 私は虞淵だが」


青年が目を見開いた。しばし口をパクパクと酸素を求めるように動かしている。


「覚えていますとも、忘れやしません。帰ってきていたのですね」

「ああ、つい昨日な」


もう何度も聞いてきたような挨拶の応酬だ。皆が皆、いつ帰ってきただのと、そんたことばかりを決まり文句のように尋ねてくる。もういっそのこと、師匠の昔の知り合い全員広場にでも集めて、何日の何時頃帰りましたのでよろしくと、盛大に挨拶してしまった方が早いのではないかと思う。


そしてその挨拶の後聞かれることと言えば、


「そちらの方は?」


青年が玖を見て尋ねてきた。昨日よりは随分よい身なりではあるが、それでも怪しいものは怪しい。


「玖と申します。途中で拾われて、弟子入りしました」

「ふーん」


青年が面白くなさそうな顔をする。だいたいみんな、玖が師匠の弟子だと聞くと態度を軟化させるのだが、この青年は逆のようだ。「俺が兄弟子だからな」と、師匠がこの場にいなかったら言いたそうな様子である。


劉帆というその青年は、父親に何があったのかを細かに説明した。


「ここらの腕のよい医者は皆、王宮に連れていかれました。父もその一人です。理由は聞きませんでしたが、どうやら国は大戦の準備をしているらしくて、そのために医者が必要なのでしょう」

「戦が?」

「ええ、医者だけではなく多くの占い師や仙人と呼ばれる者も手当たり次第に連れていかれているそうです。帝はご乱心であると、市井では専らの噂ですよ」


占い師や仙人の言で戦をしようとしていると、そういうことだろう。民としては、たまったものではない。


ならば元道場に居座る仙人というのは、なぜ連れていかれないのだろうと思うが、仙術が使えないならば用無しということなのだろう。


薬屋を出ると、師匠は少し考え込んでいる様子で呟いた。


「帰ってくるタイミングを、間違えたかもしれないね」

「そうですね」


師匠が言いたいことは分かる。帝が師匠の帰還を知れば、劉帆の父のように連れて行かれてしまうだろう。


しかし、考えても仕方がないことだ。今は、道場に向かうことが先だ。


その後で、隠居でもなんでも考えればいい。









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