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帰還


目に映るのは巨大な塀と、それに囲まれた巨大な建物。これまで嫌というほど見てきた質素な藁小家とは全く違う。


(きゅう)は喜びのあまり全身に鳥肌が立った。


隣を見ると、玖の師匠も同じような反応をしている。目を潤ませてすらいる。齢四十にして武術と医術を極め天才と謳われたこの男、時折コミカルな表情を見せる。


「分かっているだろうが、ここが王都だ」


師匠の声は震えていた。


そこまで喜ぶことかと思うかもしれないが、この老爺にとって十数年ぶりの故郷なのである。


あまりの天才ぶりに、名のある商家に縁を持つ医者に疎まれ、仙薬を探すという名目で都を追い出された。そしてその医者が流行り病でぽっくり逝ってしまったことを風の噂で耳にし、本日帰郷したというわけである。


(師匠を追い出さなければ、助かっただろうに)


その医者の話を聞いた時、玖はそう思った。しかし可哀想だとはもちろん思わない。むしろその報いで死んだのだと、そう思っている。


玖は帰郷の旅の途中で命を助けられ、弟子入りした身だ。故に王都を訪れるのはこれが初めてである。


「まあ、私の家はあの山の上だがな」


師匠はおびただしい建物の群れの向こうに、聳えるようにある山を指差して言った。

かなり高いのだろう、白い霧がかかっている。でも構いはしない。五年間もの間、自分がどれくらい遠くの地を目指しているのかも分からずに歩き続けてきたのだ、見えるだけマシである。それがどんなに急な山道の先にあろうと。


「今夜はここらで宿をとろう。明日の朝、山を登る」





師匠は都の中でも東の方、宿屋と飯屋が密集する辺りを訪れ、迷いなく一件の宿屋へ入っていった。


華やかな建造物の目立つ一帯にしては珍しく質素で、目を惹く要素は無いのだが、恐らく馴染みのある店なのだろう。


思った通り、宿主は師匠が部屋を貸して欲しいと言うと、一瞬首を傾げた後に大声を上げた。「先生じゃないか!」


「やあ、久しいな」

「いつ帰ったんですか?」

「ついさっきだ」


宿主は懐かしそうに言ったあと、どうやらその後ろにいる玖の存在に気がついたようだ。訝しげな表情を浮かべてこちらをじろじろと見てくる。


まあ、当然の反応なので玖も別に気にしない。痩せっぽちで格好もみすぼらしく、おまけに長い前髪で左顔半分を隠している。いかにも怪しい。怪しいと思わないやつの方がおかしいのである。


「そちらのお嬢さんは?」

「玖と申します」


玖はとりあえずぺこりと頭を下げた。


「途中で拾われました」

「ああ、そうかい」


宿主は思いのほかあっさりと玖への警戒を解き、なるほどそういうことかというようにうんうんと頷く。妙に納得が早い、お人好しな師匠のことだ、前例があるのだろう。


宿主に連れられて二階の貸し部屋にやって来る。部屋は多くないようだが空いている。玖たちにも一部屋ずつ貸してくれた。


たいした量でもない荷物を部屋に置くと、玖は師匠が少ない宿の客人に会って回るのについて行った。


その様子から分かるのは、皆理不尽な理由で追放された師匠に同情的であるということだ。彼の帰還を、心から喜んでいるのがよく分かる。


彼らはしばらく近況を報告し合っていたが、やがて思い出話を始めたので玖はすっかり蚊帳の外になった。ただ昔の話をするのならば良いのだが、師匠の昔の馴染みの話とか、そういうのはあまり聞きたくない。


そろそろ戻って部屋で寝ようかと思ったところで、興味深い話を耳にする。


「先生また、あの道場に戻るつもりなんですかい?」


客の一人が聞いた。


師匠がかつて武術の道場を開いていたという話は知っていた。そしてそれがある山に行くのが明日の予定である。


「あまりお勧めできませんよ、特にそちらのお嬢さんと一緒にというのは」


客はそう言って席を立とうとしていた玖をちらと見た。


「なんでも、色欲で力を失ったっていう仙人が、住み着いちまっているらしいんですよ」









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