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「満開ロマンティックとして、デビューすることが決まりました! よろしくお願いします! CD買ってね!」
キャー! おめでとう! 絶対買うよ! 元気からの発表を聞いた客席からは、さまざまな歓声が飛び交う。このコンサートのサブタイトルは「満開ロマンティック・デビュー発表公演」だから、客席には満開ロマンティックのメンバーを推すファンが特に多いのだ。
満開ロマンティックが登場してから、会場を染めるペンライトの色は白が一番目立った。当然だ、美月はもともと人気のある研修生だったのだから。
「美月からも一言ちょうだい」
自分からはしゃべらない彼にそう振れば、彼はきれいな笑みを浮かべた。
「ずっと研修生としてやってきましたが、ついにデビューすることになりました。満開ロマンティックの一員として、皆さんを笑顔にできるよう頑張ります」
そして、美月のうちわを持つファンに小さく手を振った。ファンのためにアイドルをやっていると言わせることはまだできそうにないが、ひとまずファンサを積極的にすることで形から入ってもらうことには成功した。よっしゃ、と、元気は内心ガッツポーズを決める。
(さすが美月!)
その後のライブパートは、たいげんファンのために大河とペアで踊るシーンや向き合うパートが多い演出だったが、元気は美月とも積極的に絡んだ。美月はそれに応え、元気と同じようにファンサを繰り返してくれた。
それがファンに喜ばれると思っていたのだ。
だから、楽屋でSNSを覗いた元気は驚いた。
満開ロマンティックのファンサが――美月のファンサが、ボロクソに言われていたからだ。
『美月のイイトコ台無し』
『何あのニコニコ笑ってる美月。あんなのあたしの好きな美月じゃない』
『孤高のアイドルって感じが最高だったのに。たいげんなんかと組まなきゃよかったんだよ』
『今からでも美月ソロデビューしてほしい』
『元気と一緒に踊ってるせいで普段より質が落ちた』
『塩対応の美月こそ美月じゃんね』
『ビジネススマイルのままが良かった』
『たいげんと組む必要ナシ。たいげん死んでほしい』
『ってか元気顔面レベル低すぎていらねー』
「どうしたんだよ……って、うわ」
スマホを持ったまま固まっていると、大河が寄って来た。元気の肩越しにファンの感想を見て、引きつった表情を浮かべる。おそらく元気も同じ顔をしているのだろう。気持ちよくかいていたはずの汗が冷や汗にかわる。
「お疲れさまですー」
「お先です」
他の研修生たちが楽屋をあとにするのに、会釈を返すのがやっとだ。
(お、俺が美月にやらせたことって、失敗だったのか……)
クールビューテイでそっけない美月こそ、ファンを笑顔にできるのだということを知った。この事務所に入って四年も経つのに、美月の良さを引き出すどころか評判を落としたしまったことが申しわけなくて、頭を抱える。自分の理想のアイドルを押しつけるだけではいけなかったのだ。
(それに、たいげんはいらない、死ねって……なんだよ、そこまで言う必要あんのか? 悪口にしてもタチ悪いだろ)
こんなにひどい言葉を投げられるとも思わなかった。茫然としていた頭が回り出すと、言葉の悪意に怒りがわいてくる。
そこに現れたのは、スーツをきっちり着込んだ眼鏡の三十代男性。マネージャーの岩手だ。
彼は、楽屋の端でうなだれている元気と大河を見て、目を細める。
「どうしたんです? シャワーも浴びていないようですが」
「……さっきのコンサートの感想が、ひどくて」
答えたのは大河だった。岩手は小さくうなずいて、楽屋に入ってくる。元気がスマホを渡すと、彼はスクロールしてすべてを読み始めた。そして一言。
「まあ、想定の範囲です」
「え」
元気はかえるがつぶれたような声を出してしまった。
(こんな反応が想定の範囲?)
岩手はうなずく。
「美月のファンにはアンリーが多いんですから」
アンリーとは、アンチとオンリーが組み合わさった造語だ。自分の推しているアイドル以外はアンチのファンのことを指す。
満開ロマンティックは、ソロで活動するかと思われていた美月にたいげんコンビがくっついた形になっているため、特に美月ファンからの反発が大きいのだという。そこに、普段とは異なるパフォーマンスをされたため、こうして過激な言葉が飛び交う事態となっているそうだ。
「ここまでネット上で荒れるのも、それだけ影響力が大きいということです。そう割り切ってください」
「……はい」
このときに学んだのは、ファンの暴言に取り合ってはいけないということ。そして、アイドルの形は様々なのだということ。元気の思うアイドル像が、すべてのファンに受け入れられるわけではなかったということ。
(デビュー前に知れて良かった……)
これ以降、美月にファンサービスを求めるのはやめた。
美月のファンのために、美月は一人の振付を多く、大河と元気は二人での動きを多くすることにしたのだった。