あわや医療事故? 看護師危機一髪! 生タピオカに気をつけろ
昨今のタピオカブームはただのブームにとどまらず、タピオカムーブメントとなって市場を席巻した。いずれ文化として定着しそうな勢いである。
何でも最近では、生のタピオカと冷凍後戻したタピオカでは味が違うとかで、生タピオカがブームになっている。
街を行く人達を見れば多くの人がファッションアイテムのように片手にタピオカミルクティーを持ち、飲みながら写真を撮っている。また、クリニックの待合室の人たちを見れば半数ぐらいの人がタピオカミルクティーを飲んでいる。
あっちにいっては、タピオカミルクティーをゴクゴク。こっちに来てはタピオカミルクティーをゴクゴク。
飲んでる人を見ることに、事欠かない。
ところで、タピオカは成分的には炭水化物であり糖質の一種である。あんなペースで砂糖と合わせて摂取すれば当然代謝系の病気になる。ブーム開始後10年経った今では病気になる人が増えて、医療業界の売上は右肩上がりである。
もちろん、うちのクリニックの売上もそうだ。
もっとも昨今の医療業界の売上上昇の原因は糖尿病患者の増加だけではなく、タピオカの売上と相関するように増えてきたカエル脳症によるものがメインと言える。
原因不明。治療法不明。
脳がカエルの卵状に白と黒の粒になる、おそるべき現代の奇病。
人類の未来のために、うちのクリニックでも現在『献体』募集中である。
「ドクター。午後から仏さんの法医解剖ですね」
看護師の那須くんが語りかけてきた。
「那須くんか。今日はよろしく頼むよ? 最近の若い看護師は、ペアンとコッヘルの区別もつかなくて困る」
「いやだなあ。ドクター。若さへの嫉妬ですか? 今回は止血の必要ないじゃないですか?」
「ものの例えだよ。強いて言うなら無脳への呆れだ」
~午後~
静かなクリニックに、ギャギャギャギャ、とドリルの音が鳴り響く。
ご遺体の頭蓋骨を切開しているのだ。
「みたまえ。確かに所見通り、カエル脳症だ」
「脳がこんなふうになるなんて……」
脳は白と黒の無数の球体に姿を変えていた。CTで見たときよりもさらにタピオカ粒と呼ぶにふさわしいサイズになっている。成分的にもそれと変わらない。概ね炭水化物。もはやただのタピオカである。
「那須くん。この脳。脂炭化原虫に汚染されていると思うかい?」
「脂炭化原虫は、血液脳関門を通りません。成分のみが脳関門を通り抜けている状態で伝染性はないと思います」
ふむ。教科書どおりの答えだ。確かに脂炭化原虫は血液脳関門を通らないが……。
それは生体であれば、の話だ。ご遺体になれば、生体としての機能は当然止まる。実際、この『白タピオカ』と『黒タピオカ』がまざりあうように姿を変えたカエル脳症の脳は、成分の変質にとどまらず、伝染性を持つだろう。
汚染されているのだ。
「那須くんは脳ドナーに登録していたね?」
「はぁ。スタッフの大半は登録していると思いますけど?」
「では那須くん。その新鮮なタピオカをひとくち食べてみるといい」
ハッと閃いたように那須くんが目を見開く。白と黒とタピオカを選り分けていた手が止まる。
「……私、ダイエット中なんです。食べるのは遠慮します」
「それは命拾いをしたな。このタピオカは、高確率で汚染されているよ。もっとも食べたからと言って100%感染するものでもないのだが……」
「おい君、このタピオカをスタッフ用と出荷用に分けて、スタッフ用は冷凍庫に『時間を書いて』突っ込んでおけ。出荷用はパックして。そう、いつものように出荷用には冷凍処理はいらない」
これは医療仲間は皆知っていることだが、脂炭化原虫は、-10度以下で9時間保管すると死滅する。
ブームが冷凍タピオカから生タピオカに移り変わって5年。
医療業界は右肩上がりの大繁盛である。