テンとパート12
エンカ大尉は誤って湖に落ちてしまい、上から下までずぶ濡れの状態で宇宙船の中を歩いていた。
そんなエンカ大尉の顔は仏頂面だ。しかし、ずぶ濡れだから仏頂面というわけではない。彼はあることに頭を抱えていた。
テル大尉は【人】信者かもしれない
さっき湖に落ちた時に、ユミ大尉の能力で伝えられた事である。だがエンカ大尉はさらにその上の推測をしていた。
この考えは間違っているかもしれない。しかし、もしこの考えが当たっていれば・・・最悪なことが起こるかもしれない。少なくともルイ様の身が危ない!
・・・そんな思考をしていた時だった。
「今からどこに向かうんですか?エンカ大尉」
エンカ大尉に声をかけてきたのは、今一番警戒していた人物だった。
「・・・テル」
テル大尉は少しため息をつく。
「大尉・・・を、つけたら?。もう訓練生じゃないんだから」
「ぁ、…ああ、そうだな。すまないテル大尉」
エンカ大尉は訓練生時代のように話しかけてきたテル大尉に、ほんの少し警戒心が薄れた。
その時だった。
グシャッ!!!
エンカ大尉は一瞬でひき肉になった。
・・・・・
「あなたが悪いのよ」
宇宙船の大部分は金属類でできている。テル大尉は金属を操る能力でエンカ大尉がいた場所を紙屑でも丸め込むように壁と壁、床と天井をぐしゃぐしゃに丸め込み、その中心にいた者をペシャンコにした。
中を確認するまでもなく、エンカ大尉はひき肉になっているはずだ。
そう思っていたテル大尉だったが・・・
丸め込まれたかつての壁や天井が、赤く燃え上がりドロリと溶け出した。
テル大尉の能力で粘土のように扱われた宇宙船の構造材だが、その耐久性は一級品である。それが、マグマに落ちたかのように溶けている。
殺したと思っていた相手が生きていた。おまけにこの熱気。だがテル大尉は余裕をもって言う。
「ちょっと、船を溶かさないでくれる?」
いきなり殺しにかかってきて、この言いよう。エンカ大尉は切れ気味に返す。
「真っ先に壊してるやつに言われたくねえんだよ!」
エンカ大尉は全身が溶岩のように赤黒く燃え盛っていた。
「私はいいのよ。あとで部下が直してくれるんだから」
「部下・・・か。俺たち大尉には直属の部下を指名することができる。俺みたいに一人も選ばないやつもいれば、お前みたいに複数選ぶ奴もいる」
「・・・だったら何?」
「小型艇を使い無断で地球に降り立ったペペ中尉とトト中尉。あいつらはドメ大尉の直属の部下だ。そしてドメ大尉は【人】信者かもしれない・・・と前々から皆で警戒していた。だから、あの件も【人】信者であるドメ大尉が何か企んでいた・・・と考えていた。だが小型艇を使うには管制室の許可がいる。お前の管轄だ。そして俺は、この宇宙船ごと地球に転移した直後に、お前とドメ大尉…お前ら二人のやり取りを見た」
エンカ大尉はここで一呼吸入れて続きを言う。
「ドメ大尉はお前に深々と跪いて、頭を下げていた。・・・・あの時は意味が分からなかったよ。ドメ大尉は女子供が大っ嫌いだったからな。女であり18のお前に頭を下げるなんて、あり得ない。でもお前が【人】信者なら合点がいくことがある・・・
お前は【人】信者・・・その教祖だ」
エンカ大尉がそう言い放った後、少し間があく。そして・・・
「くく、‥あっはははははははっ」
テル大尉は妖艶な笑いをあげた後エンカ大尉と向き合った。
「残念大尉のくせに、よく考えたじゃない」
「否定・・・しねえのかよ」
「事実だからね」
「っ・・・・、分かってんのか!【人】信者ってだけで後ろ指さされるご時世だぞ。教祖なんて賞金までついてる。【人】信者は撲滅が普通・・」
「そういう家系に生まれたんだからしょうがないじゃない」
「・・・家系?」
「今までに捕まってきた教祖は全部こっちで用意したフェイク。教祖はね。家系で代々受け継がれていってるのよ」
衝撃の事実であった。それだけ【人】信者は危険視されている。
「・・・ルイ様のフリをしてきたのは何が目的だ」
「ルイ様が地球を侵略したくないって言ったから。その考えは、この船の皆を迷わせる。そう話し合って納得してくれたじゃない」
「信じられるか…【人】信者の言う事なんて・・・ルイ様にとって代わるつもりだろ、お前」
「・・・・・・・勝手に妄想を膨らませないでくれる。不愉快」
「いいや、その可能性は十分にあり得る。お前とルイ様は唯一無二と言われた神獣様の瞳…赤い転移石を継承するのに、最後まで争い合った仲だ。そしてお前は一つ飛び級してきたルイに負けた。負けてからお前は随分と丸くなったが、昔は・・・」
「黙れ」
そう言い放つとテル大尉は宇宙船の一部をグシャリと丸め込み、エンカ大尉を攻撃した。
エンカ大尉の転移石は極めれば最強に近い力を秘めている。あらゆるものを溶かすその熱は攻守ともに無敵であり、ロケットと同じ仕組みで熱を放射すれば機動力もある。
しかし、エンカ大尉は自分の能力を上手く扱えていない。力の調整ができず自滅する危険が常にあった。
テル大尉はそれを狙い、溶かされては次、溶かされては次、と宇宙船の材を出し惜しみなく与え続けた。
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外は土砂降りの大雨である。そんな中に宇宙船から弾かれたように飛び出した者が一人。
エンカ大尉だ。
「はあ、はあ」
全身マグマ人間が地面に転がり落ちる。
苦し紛れのロケット発射で勢いよく外に出たエンカ大尉だったが、これが功を奏した。
「雨?・・・助かった」
たぎり過ぎていたエンカ大尉の熱が少し落ち着く。そしてこの大雨は、テルの視界を妨げてくれた。
信者が危険だという事を身に染みたエンカ大尉は、テル大尉がいる宇宙船から遠ざかろうとした。
ひとまずはユミ大尉と合流しないと・・・
助言してくれたユミ大尉は確実に味方である。エンカ大尉の判断は正しかった。しかしその場の判断がいくら正しくても《詰み》という状況はある。
エンカ大尉の逃げ道を塞ぐように小型艇が降り立った。そしてその中から出てきたのはトム大尉。
・・・宇宙船のナンバー2である。
彼はエネルギーの鎧をほぼ全身にまとい、雨に濡れずにいた。そんな彼だからその声はよく聞こえる。
「エンカ・・・悪いがお前はここでリタイアしてもらう」
エンカ大尉は愕然とする
「まさかトム大尉まで【人】信者・・?」
実際は違うのだが、この場のタイミングでこんなことを言われたら勘違いしてしまうのは仕方がない。
ただどっちにしろ、トム大尉がエンカ大尉に敵対行動をとることに変わりはなかった。
トム大尉の指先から光速に近い速度のエネルギー弾が発射される。
「ガはっ!」
全身をマグマのようにして無敵状態であるはずのエンカ大尉に痛みが走る。
エンカ大尉の転移石は最強の部類であるが、トム大尉もまた最強の部類の転移石を持つ。
エンカ大尉とトム大尉の能力は拮抗しており、発射された弾丸はエンカ大尉のふくらはぎを貫通する事無く、粒子状になって消えた。
「ぐぅ・・・・・・オラァ!!」
痛みに耐えながらエンカ大尉は赤黒く燃え盛る極大の溶岩玉をトム大尉に放った。
機動力がないトム大尉はそれを正面から受ける。
トム大尉はうめき声一つ上げなかったが、ガードした腕が焼けただれており痛々しい。そしてトム大尉の後ろにあった小型艇が見るも無残に溶けだしている事が、攻撃の威力を物語っていた。
攻守ともに最強に近い能力を持っている二人。
・・・だが最強に近いと言っても、それはあくまで彼らの中だけのはなし。転移石に内包されている神様の力は大尉クラスでも60分の一ほど・・・それでも十分すぎる力を持っているし、中尉、少尉クラスの転移石とは別格である。
しかし、ここに神様の力を直接与えられた者が現れた。
その者は、けたたましく降る大雨を一握りするだけで黙らせる。
土砂降りの雨が突然やんだことに、エンカ大尉は驚く。上空を見上げると真っ黒な球体が一つ浮かんでいた。
「・・・なんだ?あれは・・・??」
エンカ大尉が疑問を声にしたところで地球の神様から力をもらっている真が話しかけた。
「雨雲を圧縮して押し固めてる。ああもうるさかったら俺の声が聞こえないと思ってな」
「・・・真が…これをやった、ていうのか??」
エンカ大尉は信じられないと言わんばかりに喋る言葉がたどたどしい。
「エンカが言いたいことは分かるよ。地球人が何で超能力が使えるのか不思議なんだろ。実は俺は地球の神様から・・・
「おい、真!・・話さなくていい。どうせエンカは参戦しない」
「・・・ああ。そうだな」
トム大尉と真は勝手に二人で話を終わらせた。
真は握りこぶしを作り、エンカ大尉の周囲の空気を圧縮させた。
「なんだ!?動けねえ!??・・・くそ!!」
エンカ大尉は体を動かせない。鉄をも溶かす炎も放出できない。見えない力が・・・真がエンカに何もさせなかった。
エンカ大尉がいくら頑張った所で詰みなのである。真とエンカ大尉では内包されている神様の力の量が違うのだから。
「それじゃあ、お前の力、俺がもらうぞ」
動けないエンカ大尉に、トム大尉は右手を前に出して近づく。
エンカ大尉は焦る。
「おい!!やめてくれ!!!」
トム大尉はエネルギー放出だけじゃない。吸収もできる。転移石の力を、もし全て吸い取られたら、その人物は何かしら障害が出る。・・・それどころか死ぬ可能性だってある。
そんな考えが脳裏をよぎり、エンカ大尉の声は恐怖心を隠しきれなかった。
「俺がより強くなるためにはお前の転移石の力が必要だ。だが、すべては奪わないから安心しろ。仮死状態くらいで留めてやる。安心して眠ってろ。この地の神様と決着がついたら返してやる」
こんなことを言われても前情報がないエンカ大尉にはトム大尉が何を言ってるのかわからなかった。
頼れる上司が、俺の転移石を奪おうとしてくる。
友になれたと思っていた地球人が、得体のしれない力を使ってくる。
安心なんてできるはずがない。
今の彼の心境は激しく揺らいでいた。
そんな彼の前に嫌悪する【人】信者の教祖まで、ふわりとやってきた。彼女もまたエンカ大尉の訓練生時代の同期であり仲間だと思っていた人物だった。
「あら、もう終わりそうじゃない。結局、数で責めるんじゃなくて力を統合して地球の神様を引きずり下ろすことにしたんだ。・・・エンカ大尉は死んでしまうのね。残念」
涼しげに言うテル大尉の言葉は、浮いている彼女の体よりも軽い。
そんなテル大尉にトム大尉は訂正する。
「殺す気はない。仮死状態に留めるだけだ」
「は?」
テル大尉が切れ気味に返す
「そんなんで神様に勝てんの?」
テル大尉はトム大尉や真とはまた別件で、エンカ大尉には退場してもらいたかった。
永遠に。この世から。私が教祖だと言いふらされる前に。
そんなテル大尉の機微をエンカ大尉は見逃さなかった
「トム大尉!聞いてくれ!!テル大尉は・・・
人信者の教祖だ!!
そう言おうとしたが、テル大尉が放ったナイフがエンカ大尉の腹に押し込まれる。
「これで気兼ねなくすべての力を奪えるね」
「・・・・ッ!?」
内臓に異物が混入し喋ることができなくなったエンカ大尉。
そしてトム大尉も突然のことに言葉が出てこなかった。
いち早く冷静になった真は、能力を解除して崩れていくエンカ大尉を抱える。
「エンカ!!」
聴力がいい真は、エンカ大尉とテル大尉の会話を盗み聞きしていたため状況が呑み込めたが、トム大尉はそうもいかない。
「なぜ、こんなことをした!!テル大尉!!!」
トム大尉の怒声が響き渡る。
怒鳴られてもテル大尉は眉一つ動かさず応対する。
「うるさいわね。さっきも言ったでしょ。そんな甘い考えで、この地の神様と戦えんの?」
トム大尉は真と何を犠牲にしてもルイのために・・・そんな誓いを立てたばかりだった。だからこそ、トム大尉は仲間の信用を失うようなマネができる。
しかし、仲間の命だけは別だ!それだけは・・・
テル大尉のように、仲間の命を吐いて捨てるような行為はとても承服できなかった。
トム大尉は感情を表に出してテル大尉を叱責する。
テル大尉も負けじと返した。
言葉と言葉が加速して跳ね返っていく。エンカ大尉は薄れゆく意識の中、それを聞いていた。
ああ、違う。・・・トム大尉とテル大尉は違う。トム大尉は【人】信者じゃない。
「トム!俺はエンカをキュアのところに連れて行く。まだ助かるかもしれない!!」
真も違う。・・・はは、地球人なんだから当たり前か。
「ちょっと余計な事しないでくれる、地球人!」
でも、テル大尉は・・・グゥ!!
エンカ大尉の体に打ち込まれているナイフが寄生虫のように動く。
このままだと俺は・・・
【人】は残酷なことをする。道徳心のかけらもない連中だ。【人】は罪だ。
「ゥ、オオオーー!!」
エンカ大尉は最後の力を振り絞って吠えた。敵は【人】。テル大尉に向かって最後の力を放った。
「アツゥ、いや、あ、ア”ア”ア””ア”ア””嗚呼アアーー!!!」
放たれた炎はテル大尉の体を焼く。その熱量は彼女の全身を黒焦げにし、手足の一、二本が溶け落ちるほどだった。そんな状態になってもエンカは右手から炎を出し続けた。エンカは【人】信者に容赦する気はなかった。
このまま教祖を焼き殺す!
そう心に決めていた。
だが、その攻撃はトム大尉に止められる。
彼はエンカ大尉の右手を掴み、放出される炎を堰き止めた。掴んでいるトム大尉の手は深く焼け爛れる。
「あ・・」
エンカ大尉が何かを言いかけたが、その前にトム大尉はエンカ大尉の転移石に触れた。
「お前の力、・・・俺がもらっていく」
トム大尉のこの言葉を最後に、エンカ大尉は目の前が暗くなり、意識を失ってしまった。




