とんでもない貧乏くじ
三人は村の外に出てきた。
空はわずかばかりの雲をわきに添えて晴れ渡っている。空気は温かく、肌に照る日の光は自然と笑みがこぼれてしまうほど心地よかった。
「いい天気でしー」
プリシアが伸びをしている。空を押し上げるように。その仕草は両手で太陽を受け止めようとしているみたいで子供らしいかわいさがあった。
イーノイの村を西に出ると、両サイドを深い森に挟まれた土の地面がまっすぐ伸びていて、この道の先には大国トルツがある。イーノイはそのトルツの属領地なのだ。
トルツからやってきた行商人はイーノイの村を経由して、南の漁港ダレンシアで新鮮な魚介類を仕入れ、またトルツに戻るルートを辿る。
イーノイでは上質な石炭を今までは買いつけていたが、資源量の減少に伴い、行商人にとってこの村は長い旅路の休憩地点程度の価値しかなくなっていた。
「戦闘試験って何をするでしかー?」
プリシアがシルバにたずねる。
「うん、まあ、そのうち出てくると思うんだけど……」
「何が?」
「いや、そんな大したもんじゃないよ」
三人はぶらぶらと乾いた大地を散歩気分で歩いていた。のどかな空気が流れ、森の中から鳥のさえずりや木々のざわめきが風に乗って三人の耳に運ばれてきた。しばらくすると、
「あ、いたいた」
道の真ん中にゼリー状の固まりがうごめいていた。
「スライムでし」
そう、軟体生物のスライムだ。
体長は十センチ程度で、横に幅の広い体型をしている。水たまりを立体に膨らませた物体を想像してもらったらわかりやすい。
中心が赤く光っていて、身体の九十パーセント以上が水分でできていて、ぶよぶよした柔らかい膜に覆われている。
スライムはよく畑を荒らすことから子供の頃、親にお手伝い代わりに駆除を頼まれることが多くあった。シルバも小さいときから戦っていたし、スライムは誰でも昔から慣れしたしんでいるモンスターといえるだろう。
「あれを倒してもらう。できるだけ素早く。それが戦闘試験だ」
スライムを倒すことは難しいことではない。
スライムに毒はないし、攻撃してくることもなかった。幼子でも追い払うことができるくらいスライムは弱い魔物だった。
戦闘試験といいつつ、これはお遊びの延長だった。シルバの初めてできた仲間とただ遊びたかっただけという本音が透けて見える。
でも、彼女たちがどの程度戦えるのか、戦闘のセンスを見る目的も多少あった。安全に戦えるし、シルバの選択はまったく無意味なようでいて、実は細かいところまで考え抜かれたものだった。偶然か、必然か。それはこの試験を考えた本人にしかわからない。
「さあ、マリア」
これはほぼマリアに対しての試験だった。初めからプリシアに戦闘力は求めていない。
狩りを生業にしている女蛮族。もしかしたらスライム相手では物足りないかもしれない。その点はシルバも申し訳ないと思っていた。戦闘試験といいつつ。自分自身が魔物とまともにやり合ったことがなかったから、危険を冒すことに強いためらいがあった。むしろ、シルバは魔物との戦い方をマリアに教えてもらいたいくらいだった。
「その剣でスライムを一刀両断に……」
シルバがそう言ってマリアを促すと、
「まかせるでし」
「え?」
なぜかプリシアが声を上げた。意気軒昂。プリシアは手に持つ杖を頭の上に高々と掲げて、スライムに向かって勢いよく突っ込んでいった。
「え? ちょっと……何で?」
「ぶっ殺すでし」
プリシアは杖を大きく振りかぶって、スライムの身体めがけて思いっきり振り下ろした。しかし、プリシアの会心の一撃はスライムの柔らかい体にやさしく包み込まれただけだった。
「死ぬでし。死ぬでし。死ぬでし」
プリシアはスライムを杖で叩いては跳ね返される、叩いては跳ね返される、無意味な運動を繰り返している。
「いや、治癒は?」
お前の胸のリオンハート家の紋章は飾りかと、シルバは声を大にして叫んでやりかかった。
「そういえばマリアは……」
シルバが辺りを見回してみると、
「うえ……ぶよぶよ……気持ちわる……うえ……」
木の木陰で膝を抱えて震えているマリアがいた。
「な、何だこれ……」
戦闘狂のプリーストに、
戦えない女戦士。
自分はもしかしたらとんでもない貧乏くじを引いてしまったのかもしれない。
「う、嘘でしょ……」
プリシアはまだスライムを自慢の杖でぶん殴り続けている。
マリアは頭を抱えるようにして隅っこで一人震えていた。
自分が桃源郷だと思っていた場所はどうやら、地獄の入り口だったらしい。
「はは……笑えない冗談だこれは」
シルバは本当にマリアにぶん殴ってもらおうか、それとも酒場に戻ってワンショットキルを一気飲みしようか、いっそのことその杖でプリシアに頭をかち割ってもらおうかなど、この悪夢終わらせる方法を真剣に考えていた。