生まれて初めての仲間
「え?」
シルバは自分の目と耳を疑った。
店の奥の席に天井に向かって伸びている手が見えた。声も聞こえた。しかし、どれも現実感がなかった。自分が酔っ払っているせいかもしれないと、シルバは決めつけようとする。
今度は足音が聞こえてきた。その足音はまっすぐ自分の方に向かって伸びている。いよいよシルバはわけがわからなくなっていた。
シルバの目の前に二人の人物が現れた。どちらも女性だった。
「プリシアでし。プリシアラ=リオンハートでし。よろしくでし」
一人は白いローブを着た女の子で、髪型は黒の前髪ぱっつんで、手に杖を持っている。
胸元にハート型の枠ぶちに獅子の描かれた紋章をつけていて、世界中に教会のあるリオンハート家の紋章だと、シルバはすぐに気がついた。自らもリオンハートの血筋だと言っている。
鼻も口も未発達のように小さく、目だけが強い好奇心を形にするようにくりくりと大きかった。また、なぜか肩から下げているバッグの中から大量の青草がはみ出していた。
もう一人は、
「マリアだ。マリア=ガンド=ルム。よろしく頼む」
シルバは一目見て彼女を女蛮族だと判断した。
鎖骨から上腕二頭筋にかけての肩の膨らみ。
六つに割れている腹筋。
はち切れんばかりの太もも。
そして筋張った首元。
それなのに胸はしっかりと出ている。
すべてが研磨剤で磨き上げた彫刻のように美しかった。
シルバは目のやり場に困っていた。なぜかというと、彼女の格好がほぼ下着に近かったからだ。布一枚とこしみので自分の大事な部分だけを隠している。防御力なんて無きに等しかった。しかし、見とれてしまう。それほど彼女の筋肉は見事なものだった。
女蛮族は大陸の南に位置する、密林に生息している狩猟民族で、男に混ざって女も狩りをする伝統を持った部族だ。
金色の長い髪を肩まで伸ばしていて、目つきは獲物を狙うように鋭い。腰に鞘に入ったロングソードを差していて、彼女は間違いなく屈強な女戦士だった。
「え? え?」
「どうしたでしか?」
シルバはまだ現実を受け止めきれていなかった。手ごたえのなさを両手にお手玉をしている。そんな彼をプリシアが不思議そうな目で見つめていた。
「えっと……君たちは俺の仲間になりたいってことでいいのかな?」
「そうでし。プリシアとマリアはシルバの仲間でし。これから三人一緒に旅に出るでしよ」
「仲間……」
シルバはその言葉を噛みしめていた。
彼はゆえあって友達が一人もいなかった。遊び相手と言えば兄のミシェルしかいなく、かなり寂しい幼少期を過ごしていた。
そんな彼にとって仲間は、長い孤独の果てにようやく見つけ出した心のオアシスだった。
「仲間……」
シルバが遠くを見つめながら言葉の響きを口の中で楽しんでいると、
「この人、大丈夫でしか?」
プリシアがマリアにたずねた。
「さっきかなり強い酒を飲んでいたようだからな。頭が変になっているのかもしれない」
「酔い覚ましの薬草ならあるでし。飲むでしか? でもくそほど苦いでし。三日間は口の中に苦さが残るでし。あまりおすすめはしないでし」
「気つけに一発お見舞いするのもありかもしれない」
「いや、大丈夫……」
プリシアとマリアの申し出をシルバは断った。実際、酔いは覚めていた。
それに女蛮族の一撃なんて、まともに受けたら首がもげ飛ぶ。酔っていようが酔っていまいがごめんだった。
しっかりしろと、シルバは心の中で己を鼓舞する。初めてできた仲間だ。変なところを見せて嫌われでもしたら大変だ。でも、顔のにやつきは止めようがなかった。どうしても顔が緩んでしまう。シルバは深呼吸をして自らを落ち着かせた。
「ふー……それで、どうして俺の仲間に?」
本当は理由なんてどうでもよくて、家に招いてパーティーでも開きたかったのだが、このまま何もたずねずに家に招き入れるのは紳士的ではないと、友達のいないシルバは判断した。彼の問いにはマリアが答えてくれた。
「行商人がビラを配っていて、それを読んでみたら三人以上のパーティーでローゼン城にいけば旅の資金に三十万ゴルカを支給するとあった。私たちも旅の資金には苦慮していたところだ。そんなとき、お前の話を聞いた」
「そうでし」
「なるほど……」
シルバは彼女の説明を真剣に聞いているようで半分程度しか耳に入っていなかった。本当は今から何して遊ぼうかなー、それともこのまま酒場で話でもしていようかなーなど、そんなことで頭がいっぱいだった。シルバは自分でも胸のわくわくが抑えられなかった。
「よし」
シルバはここで決意する。
「これから入団テストを行う」
「入団テストでしか?」
プリシアが小首を傾げる。
「ああ、君たちの実力が知りたい。これからいくつか試験を行って、それに合格出来たら晴れて俺の仲間に入れて上げよう」
本当は勇者ごっこをシルバはしたかっただけだ。子供の頃、仲間に入れてもらえなくて、その遊びをできなかったから。
そんなシルバの突然の提案を二人は、
「望むところでし」
「まあ、いいけど」
快く請け負った。
「よし、まずは外に出てモンスターとの戦闘試験だ」
「おーでし」
「モンスターか……」
マリアが口元でささやいた。
その声はどこか弱々しい響きを持っていた。
「マリアも、おーでし」
「え? 私も何か言わなくちゃだめ?」
「当然でし。これから三人で一緒に旅に出るでしよ。気持ちを一つにするでし」
「お、おー……」
「声が小さいでし」
「お、おー」
「はは」
小さなプリシアにいいようにやり込められているマリアの様子がおかしかった。二人はいい凸凹コンビだと、シルバは思った。
こんなに仲間というのが心地いいものだとは知らなかった。
仲間と一緒にいる、その高揚感は酒を飲んだとき以上の陶酔をシルバに与えていた。
三人は揃って酒場を出ていった。