コインの中の騎士
一つのテーブルに店中にある酒がかき集められてきた。
二人の目の前の木製ジョッキに酒が大量に注ぎこまれていく。
炭鉱夫の男は目をらんらんと輝かせながら、シルバはそれを腕を組みながら静かに見つめていた。
店にいる客が思い思いの酒を手に取って、適当な量を注ぎ込んでいる。
一つのジョッキに数十種類の酒をブレンドした、いわゆる全混ぜ混成酒。それを互いに飲み合うのが店の名物ワンショットキルの正体だった。
文字通り、一口飲めば絶命するほどの酒を互いに一口ずつ飲み合い、先に潰れた方が負けという単純明快なルールで(でも目隠しをして崖際を歩くような危険をともなう)、よい子も真似していいけどそこは圧倒的自己責任でお願いする。
「どっちが勝つかな?」
「シルバだろう」
「どうだろなー。あいつ最近、店に顔出してなかったからなー」
周りにいる客たちはめいめい勝手な温度で盛り上がっている。中には二人の勝敗を巡って賭けを行っているグループもあった。
「はは……ゲロぶちまけな」
「……」
全身毛むくじゃらの男の安い挑発をシルバは無言で聞いていた。
「ますは先攻後攻を決めるよ」
店の女主人が一枚の銀硬貨を手にしながら言った。
「裏で」
シルバが答えると、
「じゃあ俺は表だ」
毛むくじゃらの男が続けていった。
「レディ……」
女主人の手の中からコインが高々と弾かれていった。人々の視線が一枚のコインに集められる。
コインは回転しながら空中でまっすぐな軌跡を描くと、真っ逆さまにテーブルの上に落ちてきた。それは一度大きく跳ね上がると、くるくるとテーブルの上で踊って、控えめなお辞儀をするように止まった。コインはローゼン騎士団の騎士の横顔が描かれている面を上にしていた。
「表だぁー」
毛むくじゃらの男が会心の笑みを浮かべる。その口の中はすきっ歯でひどく醜いものだった。
この勝負は先攻が圧倒的に不利だった。なぜなら一口飲めば潰れてしまうアルコール度数の酒、最初の一口で勝敗が決してしまうことも多々あったからだ。飲む量もどうしたって増えてしまう。
しかし、シルバはコイントスの結果にはまったく動じていなかった。彼はテーブルの上に置かれたコインに視線を注ぎながら自分の幼き日を思い出していた。
「これ、何だか兄さんに似てるね」
コインの表面を見て言った幼い自分の一言で兄ミシェルはローゼンの騎士を目指し、実際になってしまったのだ。それを本人が覚えているかはわからない。でも、シルバはコインの中の騎士が自分に笑いかけているように見えた。
「お前なら勝てるよ」
シルバは酒が並々とつがれているジョッキに手をかけた。
歓声が湧き起こる。
シルバは酒を一息にあおって、テーブルの上に叩きつけた。
そして無言で相手の顔をにらみつける。
ジョッキの中身は見てわかるほどその量を減らしていた。目分量で大体十分の一くらい。ジョッキの口から一センチくらいの空間ができていた。
「へへ……面白れぇ」
互いに酒を口に含む量は完全に個人の裁量で、初めに飲んだ相手に合わせるか、もしかそれ以上飲むか、自分で決める。そこで見るからに相手より飲む量が少なかったりすると、周りにいる見物客からへたれやチキンなどの容赦ない誹りを受けるのだ。
「へへ……次は俺の番だ。いくぜ」
毛むくじゃらの男がジョッキに手をかけ、飲んだ。飲んで、シルバと同じようにテーブルの上にジョッキを叩きつけた。その中身は見るからにシルバが飲んだ量よりも多く目減りしていた。
「はは」
シルバがここで初めて笑う。
「へへ」
毛むくじゃらの男もつられて笑った。
互いの目を見て笑い合った後、シルバがジョッキに手をかけた。