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不出来な僕らのパレード  作者: 芳樹玖生
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酒と葉巻とワンショットキル

 シルバが酒場の中に足を踏み入れると、テーブル席に座るほとんどの客が彼の姿を目に止め、じっとりとした目つきで見つめてきた。


 ほとんどが昼間から酒を飲んでいる村の炭鉱夫たちだった。仕事がなく、暇を持て余しているのだ。


 シルバは酒場が嫌いだった。いや、正確に言うと酒場が嫌いというより、ほとんどの客が吸っている葉巻の匂いが大っ嫌いだった。たまにニワトリの糞みたいな匂いのする葉巻があったからだ。


 今日はまだまともだった。妙に甘ったるい果物の匂いさえ我慢すれば、この場にいられなくもなかった。


 シルバはまっすぐカウンター席に向かった。


 テーブル席に座る男たちは互いに顔を寄せ合い、ぼそぼそとくぐもった声で何か言い合っている。


「いらっしゃい、シルバ。あんたが来るんなんて珍しいじゃないか? どういった風の吹き回しだい?」


 そう言って、店の女主人はシルバを明るく迎えた。この店を一人で切り盛りしていて、歳は四十近くなるが、いつまでも色あせない美貌を彼女は持っていた。


「ちょっとね……」


「リラに何か言われたんでしょ? 働けとか」


「まあ、そんなとこ」


「はは……あの子ミシェルがローゼン騎士団に入ったのを死ぬほど喜んでたからね。あんたも大変だ」


「兄さんは俺なんかより出来がよかったから……」


「あんたはあんただよ、シルバ。そう自分を卑下しなんさ。何飲む?」


「うーんと……」


 シルバが何を注文するか考えていると、後ろから声が聞こえてきた。


「山の男が海に出るなんて、情けない」


「そうだそうだ」


 店の中央のテーブル席に座る三人組の男たちだった。


 彼らの声はわざとシルバに聞こえるようにしゃべっているみたいに店の中によく響いていた。


「イーノイに生まれてきたからには山に骨を埋めるのが習わしだ」


「それかカークスみたいにローゼン騎士団の騎士団長になるかだな」


「そういえば父親は山を捨てて漁師になって、長男はローゼン騎士団に入った家族がいたな。あれはー何て名前だったっけか?」


「はは、そんな名前口にしたくもねぇ」


 男たちはそこで大げさな笑い声を立てた。


 シルバの耳に彼らの耳ざわりな笑い声はしっかりと届いていた。


「シルバ、無視しな」


 女主人が小声で彼に向かって言う。言われなくてもシルバはそのつもりだった。


 ここで彼らと喧嘩をしたところで自分に一ミリの利もない。シルバは自分の感情を律する立派な心を持っていた。


 男たちの会話はなおも続いている。


「山を捨てて海の男になるなんて軟弱者だ」


「親が悪いんだ。親が」


「おうおう、やっぱ片親じゃな」


「漁師になんてなるからだ。だから海なんかで死んじまうんだ。やっぱ俺たちは山だ。山で生きることが俺たちの生き方なんだ」


「そうだそうだ、山で死ねたら本望だ」


「ああ、海で死ぬくらいだったら肥溜めにはまって死んだ方がましだ」


「がっはっは、ちげぇねぇ」


「肥溜めはひでぇなー」


「……ちょっと意味がわからないんだけどさ」


 シルバは後ろを振り返った。そして三人の男たちとまっすぐ向き合う。さすがの彼も我慢の限界だった。


 自分の家族を侮辱されて黙っていられるほど、シルバは人間が出来ていなかった。


「シルバ」


 店の女主人が彼を止めようとするが、その声はシルバの耳に届いていなかった。


「何で山を捨てて漁師になったら軟弱者なの? 意味がわからないんだけど」


「あー軟派もんの倅」


「何か文句あんのか?」


 三人の男たちが凄んできた。しかしシルバは毅然と言い返す。


「あんたたちが大事にしてんのは意地とかプライドだろう? はっそんなもんで飯が食えるかよ。そんなもんを大事にしてるからあんたたちはこんな所で昼間っから酒なんか飲んでんだ。今のあんたたちは俺の父親よりも立派なのかよ?」


「てめぇ」


「このクソガキ」


「やんのか、こら?」


 肩を怒らせて男たちが席から立ち上る。


 しかし、シルバは怯まなかった。


「父親も母親も立派な人だ。兄さんだって……俺は出来損ないだけど、俺は俺の家族を誇りに思う」


 シルバは胸を張った。胸を張って自分の正しさを声高に言い放った。


 きっとこの後、三人の男にめためたにされるだろう。しかしシルバはそれで構わなかった。


 ここで相手の言い分を黙って聞いているくらいだったら、それこそ棒か何かで頭をかち割られて血だらけになった方がましだった。


 人には絶対に負けを認めてはならない場面がある。そう、ルスラン=カザルフの本に書いてあった。


 たとえ、その中で死んだとしても譲れないものを一つ抱えて死ぬことは無益ではない、と。


 また本の中には、人の価値はその人の好き嫌いではなく、自分が一番許せないものでその人自身の価値が決まるとあった。


 シルバは家族の誇りを胸に心中する覚悟だった。その目は臆することなく、しかと相手の目を見つめ返していた。


「は、何が立派だ。家族揃って半端もんの一家が」

「ぶっ潰してやる」


「お前だって……」


「ちょっと待ちな」


 シルバに向かって躍りかかろうとする三人の男たちを、とつじょ響き渡った店の女主人の一言が止めた。


「うちの店で喧嘩はご法度だよ。やるからには“アレ”で決着をつけな」


 荒くれどもが集まる炭鉱の村で商売をしているだけあって、女主人の態度は実に堂々としたものだった。それに店の客も女主人ににらまれたら酒が飲めなくなるからと、彼女の言うことには全面降伏の体でいた。


「望むところだ」


 男たちの即答に、


「俺もそれで構わない」


 シルバは間髪入れず請け負った。


 両者合意の元、喧嘩の勝敗は“アレ”で決着をつけることが決定した。


 ワンショットキル――。

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