シルバの夢
ぱたんと、小さな音を立てて物語は幕を閉じた。
「ふぅ……」
シルバ=ルベインは天井に向かってため息をついた。古びたランプが自分を見下ろしている。一冊の本を読み終えたときの余韻はいつも、満足感に少しの物寂しさを引き連れてくる。
シルバも小さい頃に一度だけ竜の姿を見たことがあった。
あれは親子の竜だった。よく晴れ渡った青空。高い空の中に二匹の竜がじゃれ合うようにくるくる舞っていた。空の広さ、自由さを体現している二匹の姿を幼いシルバは無言で見つめていた。後になって自分の見たものの偉大さに一人で興奮していた。
竜の背中に乗って世界を旅する――いつしかそれがシルバの夢となっていた。しかし……。
シルバは周りを見渡した。黄ばんだベッドに、安っぽい木製の机。本棚には行商人が来るたびに買い貯めた本がぎっしりと詰まっていて、他に飾り一つない夢の大きさのわりに実に退屈な部屋だった。
シルバは今年で一六になる。同い年の若者ならすでに働きに出ていてもおかしくない年齢だった。だがシルバは定職にも就かず、昼間っからベッドに寝転がって本を読んでいた。
シルバは今読み終えたばかりの本に目を向ける。文庫本サイズの活版刷りの一冊だ。表紙、裏表紙ともに絵はなく、シンプルな装丁で、ただ赤い表紙に『ルスラン=カザルフの手記』と書かれている。そのとき、
「シルバ」
ノックをせずに母親のリラが部屋に入ってきた。茶色い髪を頭の後ろで束ねて団子状にしていて、わりとふくようかな体型をしている。
「ノックぐらいしてよ、母さん」
「仕事は?」
間髪入れない母親の一言にシルバは二の句が告げなくなる。喉元に五寸釘を刺されたみたいに母の言葉は今のシルバに痛烈に響いた。
「大の男が働きもせずに昼間っから本なんか読んでて、恥ずかしくないのかい?」
「それは……」
「お兄ちゃんはローゼン王国の騎士団に入れたっていうのにあんたって子は……」
リラはシルバの顔面に浴びせかけるように大げさなため息をついた。
シルバには二つ上の兄がいる。名前はミシェルと言い、去年のことあの難関とされるローゼン騎士団に入団を果たした。苦節三年、六度目の挑戦の果てに手にした勝利だった。
これでこの村は二名のローゼン騎士団入団者を輩出したことになる。
もう一人は騎士団長にまで上り詰めたカークス=スワロヴァインという男で、何の魅力も名産もない、このうらびれた炭鉱の村からしたら二人は一生語り継がれるべき自慢の英雄だった。
「お隣のジョセフくんはお父さんの後を継いで貸金庫見習いになったそうよ。あんたもうちのお父さんと同じように漁師か炭鉱夫になればいいじゃないか? 何が不満なんだい?」
「俺……」
「ん?」
シルバは意を決して、かねてより抱えていた思いを告げることにした。