竜の渡り
私はついに見た。
“竜の渡り”だ。
私の中の子供心が叫んでいる。
それと同時に私は声を失った。感情の発露を忘れた。空白のとき、ただ両の目だけがはるか大空に縫い止められてしまっている。
夕焼け空を背景に数十匹の竜が群れをなして泳いでいる。赤茶けた鱗に長い首、長いしっぽ。大翼を、帆のようにはためかせ、あれは子供の竜だろう。大小様々な竜の一団が西方に向かって進んでいる。
これこそ命だ。
太古の時代から連綿と受け継がれてきた生命の神秘だ。
その雄大な姿に命の息吹を感じた。
竜の翼が風を切る音を肌で感じた。
生命力をそのまま塊にしたような生き物の躍動感をまざまざと見せつけられ、気がついたら私は腹の底から叫んでいた。我ながら獣じみた叫びだったと思う。竜が持つ圧倒的なまでの命の迫力に当てられ、あのときの私は少し気が狂ってしまっていたのだろう。
だが幸せだ。この手記を書きながらも私はあの日の幸運を思い出し、その高揚感に震える手を抑えながら何とかペンを走らせている。
そして私は決意する。
あの日の出来事は私の長年の夢だった一つの計画を実行に移す決起となった。
それは竜たちが向かった場所、彼らの安息の地とされている始原の大地に足を踏み入れることだ。これは誰も成しえなかった前人未到の挑戦。始原の大地は生命誕生の地とされ、未だ多くの動植物が人の目に触れられないままその命を謳歌しているとされている。
陸路はなく、大陸から切り離されたように海に浮かぶ絶海の孤島は四方を切り立った岸壁に囲まれ、長い間、人の出入りを拒んできた。
誰も入ったことのない場所、危険も多いだろう。魔物も多く生息していると言われている。
だが私は必ず行く。
なぜなら、これは同じく冒険家だった父ニコラス=カザルフの遺志を継ぐものだから。
私は必ずやり遂げてみせる。
前人未到の地、最初に足を踏み入れるのはこの私だ。
またこうして私の本を心待ちにしてくれている読者諸兄の皆さま方には私の宣言と事実の証人になっていただきたい。
楽しみにしていてくれ。
次にこの本の続きを書いている場所は約束の地だと、私は確信している。
月明りと、窓辺に浮かぶキエラ山脈の勇壮な美しさ、枕元の明かり、宿屋の中で。
-ルスラン=カザルフの手記-