vol.5...Every life, Every day...XXX
『今は闇。私はそれを思い出す』
『闇の中ではどちらが先にキスをしたのか忘れてしまうね』
『どちらが先にリングを嵌めるのか、も』
『随分詩的ね、私達って』
ラインの内容は、さておいて、夕食は万全を期したおかげで順調に進んだ。私は、少食なのであまり食べない。鵲はよく食べる方で私の分まで平らげてしまった。
食べたら眠たくなったというので、近くのスーパー銭湯まで一緒に付いていくことにした。お風呂までご一緒なんてなんだかいやらしい響きが聞こえたような気がしたが気の所為だ。きっと気の所為だ。
「鵲さん、近くの温泉湧いているとこあるの知ってる?宮島温泉ってとこ。入ったことある?」
「私いっつもよく行く温泉宮島温泉なんだけど。失礼しちゃうわね」
「あーあ達朗。怒らせちゃったわね。彼女候補がついにおじゃんだわ」
「何いってんだ母さん。もっとまともな奴を彼女にするよ。心配しなくても」
「何?あたしがまともじゃなってえ?」
そう言って、おでこを近づけてくる。胸の房が一緒に近づいてくるので、ちょっと気恥ずかしさを覚えながら、どきどきする。
キスでもするのかと思っていたら違った。熱測っただけだった。なんじゃいそら。
「あたしはまともだってことは熱が平熱あれば分かる理論だがな」
「何を言っているんだ。非常識なことしかいわないじゃないか」
「そりゃあんたのフィールドに持ち込んで科学講座ぶったげているからでしょ?そんなん私専門外だわ。私の将来の夢聞きたい?イタリアで弁護士になることだわ」
「それは良いご身分で」
「語彙の卓越している私が言うのもなんですけど、そのご身分って単語使い方違うわよ」
「いや、正しい。そんな良い身分で居られると勘違いしているからだ」
「まあ!?失礼しちゃうわね。あたしイタリアにいってもあんたの面倒見ないわよ」
「何故見る必要があるんだ?私は私の彼女の面倒を見る・・・・・・、痛っ!」
靴を踏まれた。何というプライドの高い女。私を鳥かごが何かに入れておくような気分で言っているのだろうか。本当に失礼な女である。
「あんたって、本当黙っていればイケメンなのに。ダッサイことしか言わないのね」
「失礼な女だな」
「どっちが」
「まあまあ、達朗も鵲さんもそのくらいにして。母の顔に免じて」
「・・・・・・まあいいけど、そこ道違うぞ」そう言って、満月の夜、鵲を抱きしめ向かっている道路とは逆の方を手に取ってあるき出す。鵲は、最初ビックリしたけれど、そんな些細な事実が嬉しくなって、ウキウキで付いていく。
「あらあたしをエスコートするなんて随分成長したじゃない?どこで学んだのかしら」
「少なからずお前でないことは確かだ」
「そうね。あなたも立派になっていくのね・・・・・・何か哀しい」
そういって泣き始めた。どうしたというのか、立派なのが哀しいなんて本当に失礼な女だと思っていると、突然蹲りだした。
「どうした、鵲さん」
「頭痛い。あのサングリア酒入ってたぞ。うぃー」
「何?そんなはずは、母さん!」
「バレたか。ついワイン入れた奴あったんだけどそれも飲むから彼女」
「何やってんだ。もう!」
そういっておんぶして抱えてあるき出す。温泉には浸かった。気持ちよかった。広い風呂には誰も居なかった。それは女風呂も同様だったらしい。それは良かった。これはその帰りだった。
まあ、いっか。鵲は面倒な女だが、基本的にいい奴だった気がしたのであるが、気の所為か、と思っていると、嘘でしたといって頭を見上げる。
それが月の灯りに反射する。
白い顔は、詩的なくらい美しくて、思わずくらりときた。
「どうしたの?達朗くん」
「アンタとか呼ばないんだ」
「達朗くんで良いよね?」
そう言ってキスをした。
誰も止める人間は居なかった。
俺もキスを返した。
静かで、優しい、あの時の夜を思い出す。
静かで瞬く人の群れ。
息遣いに混じって、上昇するエア・スポットによる気流。
そして、上り立つ龍の炎のような花火は圧巻である。
私は、あの時由真を連れてきたが、それは、間違いではなかったんだ。間違いではなかったんだ。
私は、静かで優しい闇がゆっくりと落ちてきた夜に、それを思い出す。
誰も止めなかった。
誰にも知られないようにしよう。秘密のデートである。
じゃあね。かささぎさん。
別れた先に、ウサギの看板があって、それが月で明るく照らし出されていた。
「月兎って知ってる?この地方に伝わる妖怪」
「いや知らない」
「月にウサギが住んでるとか言う話じゃなくて本当に月兎って言う妖怪が神隠しに遭わせるわけ。年に一度秋の日に」
「中秋の名月か」
「まあ、迷信だと思うけど。何かあったら迎えに来て」
「分からない。私にも何かあれば携帯に連絡してくれ」
「連絡させてね」
そういって手を繋いだ。自然だった。
中秋の名月に彼女が私を呼ぶことは無かった。彼女は不安だったのかもしれない。将来の現実を目の当たりにすることが。思春期にはよくあるだろう。
私だって不安である。
しかし……
彼女の思考を理解したつもりになっていただけだったのかもしれない―――。
今日の彼女は、光でも闇でもない、唯の少女だった。
その姿が、あまりにも弓張月のように美しいから、キスをしたのだった。
忘れていた。
忘れてしまおう。
そんな事彼女に伝えるつもりなど無いし。
しかし、彼女と居て何を感じるのかは分からないが、彼女の詩的さが全面には出ない非常に奥ゆかしい女性なんだな、と感じる。
それが、知性なのだろう。
彼女の持つ思考―――。
彼女の生命のように不安定な思考は、私を狂わせるかもしれない。
狼のように―――。