vol.3...Air・Windows・Shopping
『どうして歯を磨く必要が有るのかね?』
『磨かないと、無意味なものを食べるでしょう?貴女は』
『辞めてくれ、そんな言い訳など聞きたくない』
『であれば教えましょう。貴女は―――』
朝からローカルな地方でよくある放送が入り込んでいた。煩いなとは思ったが、地方の警戒注意報を聞いて周囲にコンセンサスを取るための役割を担っているから仕方のない話である。
私は朝、食事を済ませた。コーンスープとバゲットとクランベリージャムとサラダが何品か。サラダは、レンズ豆やヒヨコ豆など様々な種類の豆類がゴロゴロ入っていて結構お腹が膨らむ。ほんの少し顔を出すアーティチョークが愛おしい。
家を出て、矢沢の家に向かう。今度バーベキュー用の肉選びに付き合ってほしいみたいだ。そんな事言われて私がやったことはお肉についての情報を一々予習することくらいだった。割と律儀な方である。
私は理系だった。二年生まで理系と文系が一緒のクラスだった。鵲は文系。矢沢も文系。細川は理系。細川は今どき流行りのリケジョとかいうのに憧れている。将来は科学者になると言っていた。細川は将来を見据えているようだったが私は分からない。理系というものが楽しい、ということくらいしか頭になかった。数学は鍵と鍵穴の関係だ。いかにロジックと言う名の鍵を駆使して真実と言う名の鍵穴に差せるか、というものだという感覚がどこかで感じていた。一言でいうと迷路だ。物理は似ているが少し違う。物理は具体的、数学は抽象的なのだ。具体的な物象を理解する上で化学や物理は確かに面白い学問だと思う。だけど、数学の抽象的な概念が分からず、分かったときの感覚は凄まじい。まさに言うなればゲームのラスボス戦のような感覚だ。アレに似ている。一種の感動すら覚えるのだ。
ヒカリが雪のように白く淡い泡のような強い輝きを放つ太陽を背に、汗をかきながら外へ出ると、コンクリートから雨の溶け込んで滲んだ濃いブルーの絵の具みたいな全身がぐちゃぐちゃになりそうな匂いが漂ってくる。
強い日差しに頭を持っていかれそうになりながら汗をフェイスタオルで拭きながら、矢沢の家に着いた。自転車で五分の距離にあるがそれでも今年の夏は暑かった。
「矢沢、肉買いに行こう」
「よっ待ってました」
「何を?」
「いや、肉買うの。一緒に行くっちゃないと。どうすっと?」
「何最近覚えたばかりの方言使ってんだよ。気持ち悪いぞ」
「俺合コンで福岡男子ってことにしたいんだよ」
「合コン?それって大人がやるものじゃないの?」
「俺達の高校の女子集めてカフェ行く約束したの」
「だったらバレバレじゃん」私は理解不能だった。
「女心知らないね。これだから男って」
「矢沢も男だと思うけど」
「お前の場合はおっさんだよ。全くもう。バーベキューでヘマすんなよ。水着はクラゲが出るから危ないとか言ったらあいつら水着着なくなるんだから」
「そんなに水着見てどうするの?」
「お前、女の裸見て何とも思わないの?」
「思わないことはないけど・・・・・・」
「そういうことだよ」そう言って私の鼻を指でつついた。それは女の子の仕草であれば映えそうだった。仕方がない、相手が矢沢なんだから。程よく筋肉の付いた体は引き締まっているが、そんなゴリラみたいな男子から鼻突かれる関係って正直どうなのだろう、と思わなくもない。失礼、失言した。私は、ipodに海外のテクノを聞いていた。スカッと抜ける爽快感が堪らない。
一方、矢沢は、キマグレンのアルバム聞いていた。最近時流についていけなくって。今でも好きなんだよな。と語っていた。
じりゅうって何だろう。ドリルの仲間だろうか。生憎国語は苦手だ。語彙を知るときは参考書で知った単語くらいで漢字の勉強はまるでしていない。不勉強だと自覚しているが、私は、基本的に覚えるということが苦手で頭の中に入っていかない。
覚えるということは過去に捨ててきた。使うということは未来にある。
それが私の格言だった。
結局、スーパーで安いブタバラブロックと手羽先を買った。案外矢沢にしては良いチョイスだった。結局高校生程度のお小遣いで買えるものなんてたかが知れている。野菜はネギとピーマンとパプリカ。おまけに調味料として塩と粉山椒と柚子胡椒を買った。
「こんなもんでいいだろ。後牛をアクセント程度でパック安くてあったやつ持ってきて」
「了解」私は試食コーナーを通り過ぎ、牛のパックを持って戻ってきた。
「後暑いから、ジュース何が良い?奢ってやる」
「じゃあ、ゆずレモンサワーノンアルで」
「お前頭いいな。ノンアル飲むって発想思いつかないぞ普通。神やぞ。お前に免じて他のノンアルも買う。俺はカシスにしよう。前居酒屋に親父と行ったとき旨かった。カシスオレンジ」
「酒は飲むなよ」
「あんときノンアルだったぞ確か。間違いない。親父そういうとこ厳しいから。タバコも駄目って」
「当たり前だ」
高校生が買って良いものなのか、それは個人におまかせしたい。そんなん親の都合だろうし。
ノンアルコールカクテルを持って、近くの冷房の効いた矢沢の家で飲んだ。美味しかった。ついでに矢沢が私が出ていったスキに、コップにかっぱらってきたビール注いで飲んでいた。私にバレて家族に告げ口するぞと脅すと、
「草食系というよりも風紀委員系男子?」矢沢は赤ら顔で言った。
「うるせえ」