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動く屍体と女

 悪寒が走り、とっさに周りを見る。

 あの化け物はいない……ほっと胸をなで下ろす。


 では、この禍々(まがまが)しい空気は何だ? 時計盤、いやルーレットは動いていない。


 外が急に騒がしくなった。

 ベランダに出てみて驚愕する。ポートサイド一帯の空が真っ黒に染まり始めているのだ。ポートサイドにいる人たちが恐怖で騒いでいる。


(何だ、何が起きている?)


 不思議と、今は何が起きているのか知らなくてはならないという使命感に駆られる。

 急いでエレベーターで一階に降り、マンションの外に出てみると、あたりはすでに夜のように暗くなっていた。これは日食どころではない、異常事態だ。



 その暗がりの中、突如として地面から()()()()()()()()が現れたかのように見えた。私は後ずさる。


 その人間のようなものには()()()()()、全身酸をかけられたかのようにただれていた。溶けた人体模型、いや屍体したい

 その屍体は私を視線に捉えると、心臓を萎縮させるような唸り声をあげ襲いかかってきた。


 (こいつはやばい!)


 生命の危険の警告音アラームが鳴る。しかし、足がもつれて逃げられない。私はしゃがみ頭を抱えこむ。


 ゴリッ グシャッ──


 私は一瞬、自分の頭蓋骨が割れたと錯覚した。しかし、痛みはなく、意識も冴えている。



 ──そこにいたのは赤い髪の()

 全身真っ黒のマネキンのような細い身体。背中に浮き出した無数の赤い筋があの恐怖を思い出させた。

 その女が片手で屍体の頭を潰していたのだ。割れたのは目の前にいた屍体の頭蓋骨の方だった。


 女は目に見えない速さの蹴りを頭の亡くなった屍体に見舞う。屍体は人形のように吹っ飛んでいき、路駐してあったRV車にめり込む。防犯アラームが闇をかき回すようにけたたましく鳴り響く。




 女は昨日部屋に現れたあの化け物──私は混乱する。


(この女、私を守った? なぜ……)


 突如、女の赤い髪がぶわっと広がり、私の背後に向かい突き刺すように伸びたかと思うと、ドタドタっと肉の塊が崩れ落ちた音が聞こえた。振り向くとそこには四肢を切断された二体の屍体が横たわっていた。女の髪は追い討ちをかけるように残った頭部と胴体を輪切りにしていく。


(あの髪、自在に操れるのか?)


 この際、冷静に分析なんてしてられない。そう考えた私は、その女に叫ぶ。


「頼む、他の奴らも!」


 女は私の頼みを聞いてくれたのかわからないが、その華奢な肢体から繰り出される疾風のごとき攻撃で、辺りにいる屍体どもを次から次にほふっていく。


(何という強さ!)



 その時だった。少し離れたところにあるポートサイドの広場の方からこの世のものとは思えぬ雄叫びがあがった。地の底から響いてくるかのような声。

 広場では無数の屍体が蠢き、その波は近くにいた人たちを悲鳴と怒号ごと呑み込んでいった。


 あの人たちを助けなくては! しかし私は恐怖で完全にすくみあがってしまって何もできない。何て人間は脆いんだ。


 


「イヴ! あの人たちを!」


 私は直感でその名前を叫んでいた。【イヴ】、クリスマスイブに現れた女。名前もあるはずもない女。


 おぞましい屍体どもの群れに赤黒い閃光が走る!

 予言者モーゼの海開きが如く屍体どもの海を真っ二つにしながら赤い道ができていく。イヴは四方八方から襲いくる無数の屍体どもを紙屑のように引きちぎり、返り血と臓物の雨を浴びながら突き進んでいく。血の饗宴、血祭り、相応しい言葉が見つからないほどの無双演舞。


 私はその姿に昔読んだ古代エジプトのミステリーに出てきた破壊の女神セクメトを重ねていた。獅子の出で立ちの紅い神。人間を虐殺し尽くしたことでエジプトの砂を赤く染めたと言われている鬼神。


 しかし、数で圧倒的に勝る屍体どもは止まらない。獲物にたかる軍隊蟻の如くイヴに襲いかかり、彼女の上に大きな蟻山、いや蠢く屍体の山ができていく。イヴの姿は次第に見えなくなった。



 突如、屍体の山の中心から赤い炎の渦が立ち上がる。凄まじい豪炎が今度は逆に屍体の群れ全てを呑み込んでいく。呑み込まれた屍体どもは焼かれるのではなく、ミンチのように細切れになり空高く舞い上がっていく──



 渦の中心にいたのはイヴ。次第に収束していく赤い豪炎の渦、その正体はなんと長く伸びた彼女の赤い髪だったのだ。



 

 太陽の光が徐々にポートサイドを闇のとばりから解放していく。



 屍体から舞い上がった血の霧が少し晴れてくる。肉片でできた絨毯の中央にイヴは静かに立っていた。そう、まるで真っ赤な薔薇の園にいる乙女のように。


 彼女の顔からは薄っすらと笑みが溢れているようだった。決して笑うはずもないデスマスクなのに。



 私はその姿に戦慄を覚えた。

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