お嬢さまと盗賊
宿のベッドは、王城の客室のものとは天と地ほどの違いだ。
シーツの生地は荒い木綿で着色や漂白もされておらず、少しくすんだ白。
下に敷かれているのは綿でも、ましてスプリングなどでもなく、ただの木の板。
申し訳程度のワラは詰められていたようだが、すっかり潰れてしまって、木綿の隙間からチクチクさせて、かえって寝心地を悪くさせていた。
サクラコは首筋のむず痒さをほったらかしにしながら、ランプの照らす木造の天井を眺める。
ふーっと長いため息をつく。タコワ町長の副流煙に負けないように、長い長いため息をつく。
ランプにまとわりついていた蛾が驚いて逃げる。
結局、良い案は浮かばなかった。
人の心を動かすというのは難しい。サクラコはここに来てそれをようやく知った。
サクラコはお嬢さまだ。お嬢さまでも当然、未成年の生活の大半は学校生活が占める。
学問に精を出し、運動も彼女なりに頑張った。ときおり子供の敵に回るような教員たちのあいだでも良好な評判。
友人関係も粗末には扱わなかった。
当然、彼女に対してやっかみを持つ者も居たが、他人は他人、自分は自分と割り切り、いつも通りのらりくらりとかわし、意地悪者をむやみに矯正したり非難したりしなかった。
そういう相手以外では、基本的に彼女に対しては誰しもが好意的だったし、下駄箱に忍ばされた手紙に胸を弾ませることもしばしばだった。
もっとも、手紙の送り主は誰も彼も、彼女のお眼鏡に適うことは無かったのだが。
彼女の好みは、礼儀正しく、逞しく、正義感に満ち溢れた好青年だ。ただしスケコマシは却下。
いわゆる、黒い学ランに学生帽を被って、将来は海軍に入ってお国を守るなんて言い出しそうな手合い。
そんな男子学生などは現代社会においてはレッドリスト、いやエクスティントである。
サクラコの好みを知る者は、それに合わせようと背伸びをしてみるのだが、窮屈さに耐えかねて、彼女へちょっかいを出すのを断念することになる。
まあ、実らないとしても、サクラコから見れば、相手が自分の為に自分を変えようとしてくれている、というていであり、楽しいものだったのだが。
話は少々逸れたが、要するに、無難にするか、自分が合わしてもらう形での人間関係しか経験をしていなかったのだ。
いくら信念を立派に保ち続けようとしても、それは所詮、自分の中だけの事。周りだって自己の判断で接しかたを変える。
けっきょく、サクラコの生真面目さは、かえって彼女の中に未熟さを残したままにしたのだった。
正攻法は破れ、打算は自ら否定。こうなると彼女の打てる手は「ひたむきなまでの真心」しか残されていなかった。
好ましい相手になら、惜しみなく優しさを振りまく事ができるが、相手はあのタコワである。形式上のやり取りですら遠慮したいのが本音だ。
だが、剣の柄は勇者の勝利に影響する話だ。
魔王の討伐無くして、サクラコが元の世界に帰ることは叶わない。
異世界での経験と帰還を通じて「自分をおとなにする」と奮い立たせたものだったが、いざ帰還が遠ざかるとなると、現世の生活が非常に恋しく、懐かしく思えた。
目の奥に熱いものを感じる。
恥も外聞も捨てて、あの男に泣きついてみてはどうかという考えが頭をよぎった。
不快感が思考を停止させ、思考の停止が潮水を引かせた。
もう一度、長いため息。先ほどよりも熱い胸の空気を孕んだ乙女の息。
サクラコは立ち上がると、具体的な策も持たぬまま部屋を出た。
お付きの兵士に声を掛けることも無く、ひとりで宿を出る。
暗い夜道。松明や篝火は要所要所にある。
だが、電気の照明とは違い、灯りの色づきが照らされる者の正体をわずかに隠す。
本来なら暖かさを感じると言われる火の光は、今のサクラコの眼には寒々としたものに映った。
闇に負けないように、両の頬をぴしゃりと叩く。
「よし、参ります!」
勇気凛々、サクラコは靴を踏み出した。
「やめときな、お嬢ちゃん」
サクラコの背中が跳ねる。振り返るとスミスの姿。
「スミスさん」
「頼み込んだところで、タコワは剣の柄を渡してはくれないだろうさ」
いつになく真剣な表情のスミス。
「なぜそれを……?」
「俺もちょいと仕事で彼に用事があってね」
「そうなんですの」
仕事。スミスは何の仕事をしているのだろうか。サクラコの中では完全に「ただぶらぶらしてるひと」のイメージだった。
暗さのせいか、いつもの明るい彼のイメージは無く、心なしか顔がこわばっている気がする。
「おおかた、昼間に交渉が上手く行かなかったから、もう一押しって所だろう? やめときな。この時間の一人歩きはおススメしないぜ。無事に辿り着けても無駄骨だろうがな」
「では、スミスさん……」
会話をするうちに、闇の中に踏み出す勇気はどこかへ消え去り、誰かに頼りたい気持ちが入り込む。
「それもお断りだな。彼はこの町の町長だ。それも、かなり強い権力の持ち主だ。昼間ならともかく、夜間は用心棒のたぐいがうろついてんだ」
「どこに不都合がおありになるの?」
スミスは一瞬口を強く結ぶと、目を閉じた。
「――お嬢ちゃん。黙ってたけど俺、“盗賊”なんだよ」
「……盗賊?」
盗賊。
他人から物を盗んだり、脅し取ったり、時には力づくで奪い取ることを生業とする、非道徳な輩。
ファンタジーではしばしば、職業のひとつとされているが、彼女の世界ではただの犯罪者である。
異世界においたって、あまり感心されないものであろう。
助平ではあるがスミスの性根は正義漢だ。サクラコはそう信じていた。
「……と言っても、ケチなドロボウや強盗みたいな崩れ者じゃないがね。
雇われて品物を盗み出すプロの盗賊だ。仕事は選ぶ。道義に反する仕事は引き受けねえ。
だが、こっちの世界に通じてる者には顔が割れてんだ。
そういうワケで、俺はお嬢ちゃんをエスコートするには汚れすぎているし、屋敷に近づくことはできねえ」
スミスを見つめるサクラコ。近くの松明の火が小さくなり消えて、互いの顔を黒く染める。
「ここから先は闇の領域だ。お嬢ちゃんは宿に帰りな。柄の件は誰かが解決するさ。必ずな」
「お嬢ちゃんじゃ、ございませんわ。わたくしはサクラコ。スメラギサクラコです」
スミスのほうに歩み寄るサクラコ。
「おおよそ、ご事情は把握できましたわ。王さまったら、いけずですわね。わたくしが仕損じたときのために、あらかじめ、お手をお打ちになっていたなんて……やっぱり、わたくし、信頼されてなかったのかしら……」
さらに歩み寄るサクラコ。スミスから彼女の姿は見えてはいたが、うつむいておりその表情はうかがい知れない。
「そういう事だ。国王だって為政者だ。大目に見てやりな。特に、勇者の剣については人類の運命が掛かってるんだ。ここからはお嬢さまの仕事じゃねえ。分かってるなら帰ってくれ。……な?」
優しく両肩を叩いてやるスミス。
「わたくし、本日はお嬢さま失格ですの」
顔を上げるサクラコ。
言葉とは裏腹に、その黒檀の瞳にはいつもよりも強い芯が通っていた。
スミスは嫌な予感がした。
「スミスさんは、これからタコワ町長のお宅へ、お仕事をなさりに参るのでしょう?」
「お、おう……」
「わたくしにそのお仕事、手伝わせてくださいまし」
「ええ!? 手伝うって、キミがドロボウの真似事をするってことかい!?」
「ドロボウではありません! 世界平和のためのお仕事です! スミスさんも、ドロボウではないのでしょう? あなたはあなたのご流儀で、お仕事をなさっている……」
「そ、そりゃそのつもりでやってるけど……」
「わたくしが居ると、足手まといなのは存じております。ですが、わたくし、悔しくって! このままでは引き下がれませんの! スミスさん、お願い!」
サクラコは胸に手を当て、さらに一歩距離を縮めてスミスを見上げた。
「“お願い!”ときたか……。まったく。可愛い女の子のお願いとあらば、断わるわけにはいかないな」
スミスのため息がサクラコの前髪を揺らす。
「でしたら……」
目を輝かせる娘。
「オーケー。だが、お嬢さま失格は延長になるぜ。いくら俺でもキミを連れて行ったら、今日のうちに仕事を終わらせることはできないからな」
「お世話をおかけいたしますわ」
「なあに。充分、対価は貰ったさ」
「……? わたくし、何も差し上げてませんわ?」
「キミの他には見せない一面を見れたんだ、一歩前進。だろ?」
ウィンクをする色男。
「まあ!」
* * * *
* * * *
サクラコが兵士と昼間に訪れたときとは一変、タコワ邸の周りは随分と物々しくなっていた。
屋敷の周りをうろつく大柄な男、身体に見合う巨大なこん棒を肩に担いでいる。
門には玉座を守るかのように槍を持った男がふたり。これまた屈強だ。スミスも体格は良いほうであったが、連中に比べれば可愛いものだ。
この連中、ただのごろつきや、臨時で雇われた類では無いようだ。
なぜなら、彼らは雇い主と同様のセンスの服と、サングラスを着用している。正式な私兵なのだろう。
「どうやって、通り抜けるんですの?」
小声で訪ねるサクラコ。
「隠密の魔法さ。俺はそこらのドロボウとはわけが違うからな。音を消す。姿を消す。連中を眠らせる。なんでもござれだ。何だったら、全員腹痛にしてやってもいいぜ」
「まあ! スミスさんったら」
スミスの背中を叩く。
「とはいえ、なるべく気づかれたくはないからな。連中とは関わらず、姿を消して忍び込むのがスマートかつ、ベターなやりかただな」
「でも、わたくしには、魔法は使えませんわ。魔力を感じないって……」
「そうだな。サクラコちゃんからは魔力を全く感じない。魔法が使えなくても、魔力自体はわずかでもあるもんなんだけどな。珍しいくらいにゼロだ」
「そんなはっきりおっしゃらなくても……。わたくし、気にしてますのよ」
「仮に魔力が多少あったところで、俺くらいのテクニシャンじゃなきゃ、そういう魔法は使いこなせないのさ。ユクシア嬢にだって難しいものもあるかもな」
「そうですの。でも、そんなにご自慢なさることないでしょう!」
ぷいと横を向くサクラコ。
「まあまあ。そのゼロってのも、なかなかに珍しい才能さ」
「バカにしてらっしゃるの!?」
顔から湯気を出すサクラコ。
「ははっ。キミもそんな顔できるんだな。
……いいかい? 魔力ってのは、単純に魔法を使うためだけのエネルギーじゃないんだ。
魔力は人それぞれ違う。色というか、形というかがね。そして他人の魔力は簡単には混ざらないようになってる。
だから、強い魔力を持ってる生物には、魔法が効きづらくなるんだ。
直接魔力をぶつける攻撃や、精神や体調に働きかける魔法、それに治療魔法なんかもだ」
「つまり、どういうことですの?」
「俺が簡単にキミの姿を消してやれるってことさ」
「えっ?」
サクラコが気づいた時には既に、自分の姿が服から所持品から何まで消えていた。手のひらを見ている筈なのに、そこには夜の闇しか見当たらない。
「まあ……驚きましたわ。あら? スミスさん?」
サクラコが顔を上げると、スミスの姿が見えない。
慌てていると、何者かが腕を掴み、腰を掴んで抱き上げてしまった。
「きゃっ!」
「しーっ。今から音も消すから。苦情はあとで聞くよ」
耳元で聞こえるスミスの声。
視界は揺れ、ゆっくりと塀のほうへと近づいて行く。お互いの姿は見えないが、体温だけは確かに感じられる。
スミスは瞬間的に筋力強化の魔法を掛けると、一気に飛び上がり、塀を乗り越えた。
風を起こす魔法で着地をコントロールし、抱きかかえる娘に不安を与えないようにする。
スミスは娘の手を引き、屋敷の窓へ近づく。窓のガラスは音も無く切り取られ、取り外される。
流れるような侵入劇。
サクラコは思わず「まあ」とか「恐ろしいことですわ」とか声をあげていたが、消音の魔法により、声を発した自身の耳にすら届いていない。
それでも正義の盗賊へ称賛を届けたくて、彼の腕を抱くことでそれを伝えようとした。
深夜のタコワ邸内部。
住人達は寝静まっているのか、それとも魔法で聞こえないだけか、窓から差す月明かり以外に音を届けるものはない。
勇者の剣の柄のありか。
金持ちが宝を隠す場所というものは決まり切っているのだろうか、あるいは盗賊のカンか、下調べの成果か、いずれにせよスミスは迷うことなく歩を進めていく。
剣の柄はあっさりと見つかった。
タコワのコレクション部屋。陳列される様々な品。
巨大な宝石の数々、奇妙な装飾のある盾や剣、箱自体が高価値に思える宝箱。
中にはなぜか「般若の面」だとか、「すすけた西洋人形」なども置いてあったが、それらはこの世界や魔力に精通していないサクラコにも分かる禍々しいオーラを放っていた。
目的の品は部屋のど真ん中に鎮座している。
ひときわ大きなガラス張りのケースに収められており、タコワがこれをひときわ大切にしていることが見て取れる。
スミスは乾いた唇を舐めると、ケースをよく観察した。どのケースにも魔力が通っている。
ドロボウ避けの仕掛けが施されているのだろう。だが、剣の柄が収められたケースに魔力は通っていないようだった。
触れてみるも何も起こらない。新しいものだからか、仕掛けがまだ施されていないのだろう。
スミスはケースを持ち上げてみる。すんなりとケースが持ち上がる。そして、ケースを乗せていた台座の中で、何かが動いた。
「しまった! アナログかよ!」
ふたりに掛けられた魔法が解ける。
鳴り響く警報。それは火災報知器を思い出させた。
「見つかってしまいまし――モガッ」
サクラコの口を塞ぐスミス。急いで彼女の姿を消してやる。
「スミスさんも早く」
小声で言うサクラコ。
「黙ってな!」
スミスは焦っていた。
じつのところ、姿を消す魔法は簡単ではない。それなりの集中力、それと効果が現れるまでに少々の時間。
魔力への抵抗が完全にゼロであるサクラコを消してやることは簡単であったが、自分の姿や音を消すところまでは間に合わなかったのだ。
「賊が入り込んだゾ!」
タコワの怒鳴る声。続いて騒がしい足音。
部屋の出入り口に現れたタコワ、それに外で見た男たち。
「まいったね、どうも」
「私の宝は誰にも渡さないヨ。私の権力と、この町の発展の為にネ!」
タコワがスミスを指さす。
「ここは、オイに遊ばせてください」
大柄な男が進み出た。笑顔。踏み込むたびに床のきしむ音。
「いいケド、宝物に傷をつけたら承知しないからネ」
大柄な男がうしろへ下がった。
「いヤ、そこは行くでしょうヨ! 空気読みなさいヨ!」
「違う、こんぼうが引っかかった……」
「使えないヤツ! お前たち、行きなサイ!」
代わりに進み出るは、槍を持った私兵のペア。彼らは鏡映しの動きで槍を構えた。
「ちっ!」
スミスはふたりに向かって走り込む。
「懐に入る気か!」「笑止!」
一方の男が槍を突き出す。スミスはわずかに身を捩ってかわす。
続いてもう一方の男の槍。うしろに飛び回避するスミス。
「そう簡単に、近づかせてもらえないってワケか」
スミスの腹が赤く染まる。
「くっ、なんだ? ちゃんと避けたハズ……」
急いで治療魔法を掛ける。
再び槍を構える鏡の男たち。
スミスは隠密の魔法に長けているとはいえ、保有する魔力の量はそれほど多くない。
ユクシアのように魔力量に任せた攻撃魔法は使えない。得意とする相手の体調に働きかける魔法は、密着して発動しなければならない。獲物も腰にある短剣のみ。
再度のトライ。今度は避けること前提での様子見の行動。
何とか回避するも、槍の穂先が血濡れの服をかすめる。
魔術の類か?
だが、幻覚の魔術をこの短時間に使えるとは思えないし、同じ幻覚を見せるのなら、もっと別な形で行うだろう。武器にも魔力が込められている気配はない。
「右のほうの槍が伸びてますわ!」
叫ぶサクラコ。
「なんだ?」「女の声?」
一瞬、気取られるふたり。姿は見えない。スミスはもう一度飛び込む。
「何度やっても」「同じことよ!」
再びの波状攻撃。一撃目はかわし、二撃目は……。
――伸びた!
瞬間、スミスは槍を蹴り上げた。男の手から槍が離れる。スミスはさらに踏み込み、男の額に手を当てながら背後へと周り込む。
相方を盾に取られ、攻撃の手を止めるもう一方の男。
気絶魔法が効き男が倒れる。一本になった槍は軽々とかわされ、残りの男も気絶させられる。電光石火の早業。
「鏡合わせで全く同じクセと見せかけて、片方だけ突き込みのさいに握りを緩めてレンジを調整していたワケだ。
アナログトラップに引っかかった直後なのに気付けなかったなんて、俺もボケたかな」
「キーッ! ほら、アンタ! いきなサイ!」
大柄な男に命じるタコワ。
「一応、やってみるけど……」
前に出る大男。
語るまでも無い。大柄な男、獲物はこん棒。室内。相手は素早い盗賊。触れられたら即気絶。
「ぐえー」
大男は気を失いひっくり返った。
「キイイ! 悔しイ!」
地団太を踏み腹を揺らすタコワ。
「あとは、あんたに眠ってもらえばオシマイだな」
にじり寄るスミス。
「……しょうがないわネ」
太った指がパチンと鳴らされる。
「私もネ、ちょっとした魔術が使えるのサ。ダイキライなヤツが居てね、そいつ、大魔導士なのヨ。
地位でも金でも魔術でも私の上に立とうとする嫌なヤツ。
でもね、私は産まれ持った才能や地位なんかに負けナイ。見るがいいサ! 私の育てあげた魔導戦士をネ!」
タコワの後ろから人影が飛び出す。湾曲した剣が、槍の男の何倍ものスピードでスミスに迫る。
「おっと! 危ない危ない!」
スミスは、いとも簡単に剣をかわす。
「なんデ?! アンタのスピード、どうなってんノ?!」
「いやあ、あんたがおしゃべりしてる間に、ちょっと強化魔法を掛けさせてもらったわけよ。
俺の通り名を知ってるかい? 疾風のスミスってんだ。
残念だけど、あんたのご自慢の兵隊さんじゃ……ってオイ!?」
スミスに加えられた次の一撃。回避には成功するが、彼の表情はまるで悪夢から目覚めた子供のようになっている。
そして、透明なサクラコも同じだった。
悪趣味な金の柄の曲刀を握る人影。秋の髪、夏の服、春の頬。
「トキヤか!?」
「パパの宝を狙う悪いヤツは、死ねっ!」
ゆらりと揺れる金小麦の髪。次の瞬間にはスミスの眼前に迫る剣先。身も凍る冬の一撃。
「おいっ! トキヤ! 俺だよ! スミスだよ!」
攻撃をかわしながら女装少年に話しかけるスミス。
「トキヤさん! おやめになって!」
「話し掛けてもムダだヨ~ン! トキヤは産まれてからずっと私の魔力を受け続けてきたのサ。
本人も知らずにネ! 私が合図をすると、あっという間に最強の戦士に早変わリ!
まだ子供で身体能力が劣るから、アンタには敵わないかもしれないケド、ラッキー!
アンタはトキヤと知り合いだったみたいネ!」
「この外道が!」
スミスはトキヤの大振りをかわすと、タコワの前へと躍り出た。
「ホッ!」
タコワが魔法の障壁を出してスミスを弾き飛ばす。
「ちっ!」
仰向けのスミスに突き立てられる刀。一瞬前まで彼の顔のあった床に穴が開く。
「トキヤを動かしながらでも、防御くらいはできるサ! 一瞬だけどネ!」
「一瞬? だったら、なんとかなりそうだな!」
「アァハ~ン? ホントにそうカナ?」
トキヤの斬撃、飛び退くスミス。台座が真っ二つになる。
「ぐっ!」
脚を押さえるスミス。
「そんな強化魔法が長く続くワケないヨネ~」
外道の男は両手を顔の横に持ち上げ、グーとパーを繰り返す。
「トキヤ! 殺さず痛めつけなさい!」
「……はい、パパ」
虚ろな目で刀を構える女装少年。
斬りつけられるスミス。かすり傷。
ダメージを即座に治療魔法で回復するが、魔力が尽きて来たのか、次第に傷が増え、深くなっていく。
「そろそろ、限界みたいネ。トドメと行きたいところだケド……」
葉巻に火を着け、サングラスを投げ捨てるタコワ。
眉間には深いシワ。右目には斬られたと思しき傷痕。
「オラぁ! わかってんだぞ小娘! その辺に隠れてるんだろが! おおかた、昼間に来た異界の小娘だろう!?
昼間に聞いた声くれえ憶えてんだよ! このオレを出し抜けるとでも思ったかソレフガルド!
こんなクソみたいなコソ泥とガキを寄越しやがって!」
タコワの怒号が室内を震えさせた。
「へっ、それがあんたの正体かよ……魔物よりタチが悪いね」
力なく笑うコソ泥。
「そうだ。俺をナメたヤツには地獄を見せてやらねえとな。おい、トキヤ。小娘は魔法で隠れてる。その辺をデタラメに斬りまくれ!」
曲刀を振り回すトキヤ。ショーケースが割れ、ガラスと共に宝物がはじけ飛ぶ。
「お、おい。トキヤよせ! サクラコ! どこだ!」
傷が深く、思う様に動けないスミス。そもそも、サクラコは透明だ。彼もどこを守ればいいのか分からない。
彼は当てずっぽうに、最後にサクラコの声が聞こえた場所目掛けて飛んだ。
「トキヤ、そこだ! 二人まとめて殺せ!」
……が、そこにサクラコは居なかった。刀をかわすスミスも床に転がるだけとなった。
「まあいい、疾風のスミスを退治したとあれば名が上がるわ。殺せ!」
「はい、パパ」
操り人形は曲刀を振り上げる。シャンデリアの光が曲刀を煌めかせる。
「悪趣味な月と太陽だぜ……」
スミスは虚ろに眺める。自分を慕った少年を。その向こうに居る、父親を。
……そして、その背後で持ち上げられる悪趣味な模様の壺を見た。
――ガチャン!!
白目をむくタコワ。壺の破片の上へとひっくり返る。
「ごめんあそばせ。ちょうど良い壺があったもので、つい」
サクラコはスッキリした。
十九年生きた中で、最高に。
タコワが意識を失って魔力の供給が途絶えたのだろうか、トキヤも糸が切れたように崩れ落ちた。
「……ははっ、とんだお嬢さまだ」
「わたくし、今晩はお嬢さまじゃありませんの」
そっぽを向くサクラコ。
「おっと、そうだったな」
立ち上がろうとするスミス。痛みで呻く。
「わたくしが治療いたしますわ」
サクラコはイヤリングの片方を外すと、スミスの手に握らせた。
彼の身体に付けられた無数の切り傷が、あっという間に塞がる。
「さすが、ユクシア嬢の魔力が籠ってるだけあるな」
口笛を吹くスミス。
「服は破れたままですのね」
「野性的だろ? 惚れるなよ?」
色男が歯を見せる。
「まあ! それだけお元気なら、治療はあと回しにすれば良かったわ」
「いやいや。治療が早くて助かったよ。失った血までは戻らないからね」
「スミスさん、お立ちになれます?」
手を貸そうとするサクラコ。
「大丈夫だ。それより、俺から離れたほうが良い。血の染みが服に付くぞ。……本当なら、このまま熱い抱擁と行きたいところだがな」
「もう! スミスさんったら!」
慌てて離れるサクラコ。
「さ、目的の物を回収してとっととズラかろう」
サクラコは倒れた親子に頭を下げると、勇者の剣の柄を手に取った。
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