お嬢さまと討ち入り
ソレフガルド城。会議室。
長テーブルを囲う面々。
上座にソレフガルド十三世を頂き、続くはレインパージ七世ことスミス、元勇者パーティの面々、サクラコの世話役だった兵士、それにサクラコ自身と、ベティだ。
テーブルにお茶を置いて回っているのはマリオン。
ソレフガルド国王が茶をすすり、咳ばらいをひとつ。
「さて、今回集まってもらったのは他でもない。
我が国の聖なる王冠を奪い、友好国レインパージの王と王妃を殺害し、
王国そのものを掠奪した、古代魔導技師ヤークの件じゃ。
ヤツは自分が出した条件をクリアすれば、レインパージ王国を返すと言っておる。
同じ冠を擁するともがらの国を救うのには、どれだけ力を注いでもやぶさかではない。
じゃが、ヤツの行う事じゃ。罠かもしれん。そうでなくとも、一筋縄ではいかんじゃろう。
充分な戦力を確保して奪還に臨みたいところじゃ。
しかしじゃ、王冠を失った我が国もいよいよ結界が弱まり、強力な魔物を寄せ付け始めておる。
正直なところ、兵力のほとんどを本国や周辺の村落の防衛に当てねばならない状況じゃ。
よって、レインパージ王城へは少数精鋭で討ち入りを行うことを検討する。
各々の作戦への参加の賛否と、意見を述べてもらう。まずはレインパージ七世殿」
国王に促され、スミスが起立する。
「まずは、此度の件について、ソレフガルド国王はじめ、関係者のかたがたに多大なるご迷惑をおかけいたしましたことを、謝罪申しあげます」
深々と頭を下げるスミス。
サクラコが良く知っているはずの恋人。彼の謝罪はテレビの中で謝る「時の人」のようだ。
それでも、モニターを通したどこか信じ切れないそれらとは異なった印象を感じた。
「重ね重ねのご迷惑とは承知しておりますが、此度のレインパージ奪還戦において、
私の力だけでは到底至らないものと考え、魔王討伐戦にてご活躍なされたみなさま方のお力を借りたく存じ上げます。
なにとぞ、お力添えをお願い申し上げます」
再び頭を下げる他国の王子。
「……と、言う事でひとりづつ意見を伺おうかの」
まずは元勇者パーティメンバーのひとり、老魔法使いが挙手した。
「わしはパスじゃな。行っても力になれんと思う。相手も相当の魔力の持ち主だと聞いておる。
あのユーイステア嬢すら縮み上がるほどの。
わしはそのお嬢にすらまったく歯が立たん程度の腕前じゃ。大人しく国で魔物と遊んでおるほうがよいじゃろうな」
老魔法使いの不参加表明。
「私も不参加です」
耳の長い娘が言う。名うての狩人。
「理由を述べよ」
促す国王。
「結界が弱まったことにより、故郷の森の魔物も活発化しています。そもそも魔王討伐隊への参加も故郷の為でしたから、今回の件については森の警備を優先します。それに……」
「それに?」
「みなさんとの連携に自信がなくって……」
狩人の長い耳が垂れ下がる。
彼女の矢は割と味方に当たっていた。当然、彼女が下手なのではない。
矢の飛ぶ先に軽業師たちが割り込んでしまうのだ。
スミスと対峙したときに武闘家の背に矢を当ててしまったほか、魔王討伐隊に参加していたスミスのほうも何度か矢じりをお見舞いされていた。
「……うむ。仕方のないことじゃの。たとえこの場で断ろうとも、有事にはおぬしの森にも力を貸すので、遠慮なく申すが良いぞ」
「お心遣い、感謝いたします」
耳の長い娘が頭を下げる。
「わたしも辞退します」
眼鏡の女僧侶が挙手する。
「理由を述べよ」国王。
「事情があったとはいえ、彼とは一度敵対しているからです。
彼は自国の為だけでなく、私情も絡めた事情でわたしたちの国の王冠を盗みました。
本来ならば彼は極刑、国家間で戦争の起こりかねないレベルの罪です。
戦闘の際、わたしも攻撃を受けています。よって、公私ともに協力すべきではないと判断します」
――明確な非難。ひとつの意見としての正解。
サクラコは救出されたのちに、このあたりの経緯をユクシアから説明されていた。
王冠を盗んだ罪や、結界が弱まることの問題について、先に盗み出されたときには既に理解していたつもりだった。
だが、いざ被害者たちの発言を聞くと、どこを見ても胸が苦しくなる思いだった。
「けっ。手加減してもらってたクセに。情けねえぜ」
非難への非難。首をすくめる女僧侶。眼鏡がずれる。
声をあげたのは女戦士だ。
「……あたいは行くぜ。理由はナシだ。ダチを助けるのにも、強い奴とやりあうのにも、理由は要らねえだろ? 悪い奴は全部まとめてぶった切ってやるよ」
不敵に笑うミザリー。
「私も参加を希望します。一兵卒ではございますが、彼らとは長い付き合いです。何卒、国王さまにご許可を頂きたく」
兵士が起立して言った。
「うむ、許可する」
「ありがとうございます。この一命に代えましても、使命を果たす所存です」
兵士はふかぶかとお辞儀する。
「えっと、あとはあたしか……」
ベティはあたりを見回し、おずおずと起立した。
「あたし自身は不参加です。戦闘行為に関してはマリオンを派遣します」
「うむ。ガントゥーザやベティくんには、既に魔法銀の鉱脈の件や、技術面での協力を貰っておるからの。こちらからは礼を言わねばならぬほどじゃ」
魔法銀の鉱脈。サクラコはちらとベティのほうを見た。ベティは緊張しているようでサクラコの視線に気づかない。
「それと、パーティ編成について魔法面での不安があるので、治療や防御に関する魔法銀の装飾をいくつか用意します」
「感謝の極みじゃ」
ソレフガルドがにっこり笑う。
「魔法と言えば、お嬢の姿が見えないんだけど。他にも欠席者が居るような……」
ミザリーが口を挟む。この場に居てもよさそうな人物。
勇者アレス、サクラコの親友であるユクシア、元勇者パーティの武闘家の姿が無かった。
「勇者に関しては治療を継続中じゃ。回復の兆しは見えておるが、戦闘を行うには、まだちと不安があるの。勝手に抜け出して特訓とやらをしてる様じゃが、そんなことをしとるからいつまで経っても治らんのじゃ」
愚痴る王さま。
「ユーイステアの娘に関しては、別件で活動してもらっておる。武闘家については、あやつは王冠の強奪の際にスミスくんに負けたのがよっぽど悔しかったらしく、武者修行の旅に出るとか何とか言って、それ以来姿を見てないのう」
「ってーことは、あたいとこいつだけか」
ミザリーはため息をつきながら兵士を見た。
「ミザリーさん、私も居ますよ」
マリオンがミザリーの肩から顔を出す。人間と見紛う一対の瞳。
「急に出てくるなよ。……なんかこいつ、不安なんだよなあ」
間近でほほえむ性別不明を見て呟く。
「マリオンは魔導人形だけど、裏切ったりはしないよ」
主人が苦言を呈する。
「わりぃわりぃ。“そっち”じゃないんだ。あたい、魔物や人間以外の気配ってどうも見落としがちでさ。今も気付かなかったし、間違えてぶった斬っちまわないか、心配でさ! はっはっは!」
豪傑の女戦士が頭を掻く。青くなる主人。
「大丈夫ですよ、マスター。私の身体にはユッカさんの魔力が巡っています。普通の剣じゃ、簡単には傷つきませんよ。ハッハッハ!」
急な男声。目を丸くする一同。
「とは言っても、壊れかたによっちゃ部品が無くて修理できないんだから、あまり無茶はしないでよ」
「分かってますよ、マスター。斬られかたには注意します。ハッハッハ!」
ベティは額を押さえた。
「……うむ。参加者も決まったことだし、ここらでお開きじゃな。」
気詰まりな空気が崩れたせいか、王さまもラフに解散宣言を出した。
スミスや元勇者パーティのメンツは早々に退室して行く。
サクラコは恋人の姿を目で追っていたが、はたと何かを思い出して、横で人形に説教をしているベティに声を掛けた。
「ベティさん。お尋ねしたいのですが、先ほど国王さまがおっしゃってた“魔法銀の鉱脈の件”って……お母さまの?」
「ん……そうね。母さんの教えてくれた鉱脈だね。思ったよりたくさん魔法銀が出てきてね」
ベティは説教を中断し、サクラコの顔を見る。
「よろしかったの? お母さまから継いだ、大切な場所ではございませんの?」
「んー……お金儲けの為なら断ったけど、国や人を助けるためなら、母さんも喜んでくれると思う」
手を伸ばすベティ。逃げようとするマリオンの襟をつかむ。
「おっしゃるとおりですわ」
「一家全員揃って、あんたたちのサポートをするからね!」
友人が歯を見せ笑う。
「ありがとう存じますわ」
「マスター、放してください!」
マリオンが叫ぶ。
* * * *
* * * *
レインパージ王国、主不在の王城。
正当な後継者とその一同は、不法占拠のぬしを叩き出すために集った。
「俺たちの国の為に集まってくれて、感謝する」
スミスが頭を下げる。
「水臭えこと言うなよ」
王子の背を叩くミザリー。
「すまない。アテにしてる」
「おう、大船に乗った気でいな!」
からからと笑う女戦士。
「ぼ、僕は心配だなぁ……」
呟く兵士。
「……サクラコはメアリーを守ってやってくれ。メアリー、お前は絶対に魔法を使うなよ」
念を押すスミス。
メアリーに肩を貸すサクラコ。ベティから受け取った防御障壁のペンダントを、いつでも握れるように手のひらに収めている。
「城には多数の生体反応、それに魔導人形の反応がひとつあります」
城を見上げるマリオン。
「魔導人形はひとつ? もっとわらわらと出てくるもんだと思ったが……。城の周りのトラップも撤去されてたし、何を企んでやがるんだ?」
侵入の失敗を繰り返してきた男が訝しむ。
メアリーは地下施設で焼いた頭でっかちの人形を思い出してうつむいた。
気付いたお嬢さまは、そっと体温を押し付けて慰める。
「ヤークさまのことです、“ボス戦”だけ用意しているのかもしれません。恐らく、みずからが戦われることも無いでしょう」
元の主人を良く知る者の発言。
「だと良いがな……。だがヤツのことだ、絶対に俺たちが不快に思うことを仕掛けてくるに違いねえ。油断はできないぜ」
「否定できませんね」
機械人形はため息をついた。
城内に侵入する一行。正門からの堂々の訪問。罠もナシ、出迎えたのは城に仕える生き残り。
「メアリーさま! サクラコさま! ご無事で!?」
ふたりを見知った生身の人間。彼は城の警備兵だ。
「こちらのかたがたは……お、王子!? なんてことだ! ああ、神さま……!」
警備兵は膝をついて喜びの涙を流した。
「ああでも! 聞いてください王子! 国王さまと王妃さまが! 城の者も多くが行方不明に。……私が居ながら、まったく不甲斐ない!」
床に額を叩きつける警備兵。
「これまで良く城を守ってくれた、顔をあげてくれ」
「……」
警備兵の様子が変だ。息を殺して、胸を痙攣させている。
彼は身を起こすと、大きく背を反った!
「ぶえっくしょん! ……申し訳ございません。私、花粉症でして。春が近くなったせいか、最近くしゃみが……ぶえっくしょん!」
「へっくしょん!」
まねをするマリオン。
騒ぎを聞きつけて他の城の者が集まってくる。
真のあるじたちの帰還に沸く城内。しばしの歓談。
「ところで、城に何か変わったことは無いか? 状況を知りたいんだが」
敵に占拠をされているという割には、警備も無く、城の者は自由にしている。
「はい、それはもう! つい最近、城に珍妙な一団がやって来まして」
「珍妙な一団?」
「太った男が女の子と大男を連れて、城にやって来たんです。
不敬にも奴らは新しい王を名乗って玉座に居座っています。
魔導技師の後ろ盾があるとかで、私たちも恐ろしくて手が出せなくて。
それに……見てくださいよ王子! あいつらの趣味で変えられてしまったこのお城を!」
警備兵が手を広げる。
一行はこれまで彼に気を取られて気が付いていなかったが、廊下の赤かった絨毯は紫に代えられ、壁紙はヒョウ柄、壁に掛けの燭台はドクロをあしらったものになっている。
「あー……。ボスキャラの正体、分かっちゃったかも」
兵士が呟く。
「はあ。またあのおかたですか……」
溜め息をつくサクラコ。
「……女の子と言うのが気になるが。多分あいつらだろうな。不愉快だ。さっさと城を返してもらおう」
王子は城の者を集めて避難させた。
一行は新しい王の待つ玉座へと歩を進める。
* * * *
* * * *
玉座の間。大男を脇に従えた、白スーツサングラスの男。
「……よう。テメエら。久しぶりだな」
葉巻の煙を燻らせるタコワ。頭には相変わらず冠。実際の王のそれとは別物の品である。
「てめえにそこは不釣り合いだ。さっさと退きな」
短剣を構えるスミス。彼の身体に魔力が巡り始める。
「まあ、そう焦るなや。話を聞け」
手のひらを向けるタコワ。ショート音。魔力封じの呪術。
「……」
スミスは構えを解く。
「くれるっていうんだよ。ヤークの奴がよ。テメエらをぶち殺せば、この城と、国をそっくりそのままよ。もちろん、このイスもな」
タコワは葉巻を玉座のひじ掛けに押し付けて消した。
「オレはソレフガルドへの恨みも忘れちゃいねえ。
才気と手腕、それにセンスの溢れるオレが一国のあるじになれば、ヤツを黙らせるのもワケがねえ。
もちろん、テメエらへの恨みも忘れちゃいねえ。テメエらのせいでトキヤは死んだ。
忘れちゃいねえよな? ……オレの可愛いひとり息子おおおっ!」
立ち上がり怒号をあげる悪趣味の男。
「トキヤが死んだのはてめえのせいだろが」
“師匠”が呟く。
「テメエらが居なければ死ななかったのは事実だろうが! コソ泥も! 異界の娘も! そこのソレフガルドの犬もだ!」
それぞれを指さすタコワ。互いに突き刺し合うは侮蔑の目。
「そんな目でオレを見下せるのも今の内だ。……オレはさらに強くなった」
手のひらをかざすタコワ。中央に穴。速攻で発射される光線。ふたりの娘に迫る。
しかしペンダントの障壁が光線をかき消した。
「あなた、もしかして……」
サクラコが呟く。
「人間の脳波を感知、生態パーツ九%。人間です。身体の大半が機械化されていると予測されます。人間相手では私は戦闘行為はできません」
マリオンが分析する。
「とうとう心だけじゃなくて、身体まで人でなくなったか」
スミスはイヤリングを指で弾く。魔力封じの呪術が解ける。
「いいや。人間さ! オレには脳がある。魔力がある。感情がある。恨みや憎しみは人間の証だ! テメエからもひしひしと感じるぜ。人間のスミスさんよ!」
スミスの顔へと撃ち込まれる魔力の弾丸。かわすスミス。
兵士とミザリーも武器を抜き、駆け出した。
「おまえの相手はおでだ! 腕の恨み忘れてないからな!」
兵士の前に立ちはだかる大男。かつて兵士に切断され、短くなった腕には包帯が巻かれている。残った腕には白熱したこんぼう。
「悪いですが、あなたは眼中にありません」
既に腹を貫く兵士の槍。
「ぢくじょう……」
崩れ落ちる大男。絨毯の紫色を深く染める。
「チッ! 役立たずが!」
タコワはスミスの短剣を素手でいなしながら、部下を見切った。
硬い皮膚。魔力の通った装甲。スミスの短剣にはまだ魔力が充填されていない。
「スミス! あたいらが相手をする。あんたは剣に魔力を込めろ!」
隊列をシフトする三人。
「行きますよ、ミザリーさん!」「お前のほうこそ、ちゃんとついて来いよ!」
英姿颯爽、二枚看板。突きと斬撃。ふたつの異なる軌道。
魔導のボディに傷を負わすことができないながらも、タコワの動きを封じる。
「鬱陶しい!」
魔力の壁を展開するタコワ。弾かれるふたり。
「本当にあのお姿で戦いになってますね……」
サクラコの耳に呟きが届く。真剣な場であったが、彼女はきわどい鎧が気になっていた。
「よおーし、ぶった切るぞ」
腕を回すミザリー。兵士が下がる。
「やれるもんならやって見な!」
魔法に長けた元町長。両手をかざし光のドームに籠城を決め込んだ。
「そおれ!」
離れたままの女戦士が剣を空振る。
「何、素振り?」
首を傾げるタコワ。ドーム周りの空間が風を起こす。
「もういっちょ!」
再び真空の刃。障壁にひびが入った。
「なんだと!?」
眉をあげるタコワ。サングラスがずれる。
「次でラストかな!」
振り上げられる白銀の刃。
「ち、ちくしょう!」
ドーム内であとずさるタコワ。
「……なんてなあ!」
ドームを解除し、手のひらから熱光線を発射する。
とっさに盾でガードするミザリー。金属製の盾が宍色になり融解する。盾を投げ捨てる女戦士。
「隙ありっ!」
悪知恵の男の額に刺さる兵士の槍。深くは届かないものの、顔は生身なのか血が流れる。
「オレの大事な顔に傷をつけやがったな!」
顔に血の溝を作り、タコワが槍を掴んだ。発光する指。溶ける槍。さらに兵士の腹目掛けて繰り出される、横薙ぎのゴールドフィンガー。
「ひえっ!」
兵士は飛び退きつつ、とっさに剣を抜き指を受けた。
溶ける。もう一方の獲物も失ってしまう。あたりに熱を孕んだ重い鉄の臭いが漂い始める。
「剣を溶かすなんて、なんて熱だよ! いったい、あの指は何でできてんだ?」
女戦士は警戒し距離を詰められない。
――別方向からの熱線。立て続けに2本。
「アチッ!」
手を振るミザリー。その甲は赤くなっている。
もう一方、兵士が片腕を大きく焦がし、悲鳴をあげた。
「兵士さん!」
叫ぶサクラコ。
「……へへ。おで、生きてる。片腕の仇とった!」
大男の包帯の腕から上がる煙。直後、頭蓋に剣を突き立てられる。
「おい! ちゃんとトドメを刺しとけよ!」
ミザリーが腕を押さえる兵士を叱る。剣を引き抜き、脳漿を払う。
「すみません! 私は下がってます!」
武器を失った兵士が撤退。マリオンが治療を開始する。
「次はテメエだ。その下品な鎧を溶かしてやる」
光る両手の指を開いたり閉じたりするタコワ。
「……へっ。本気で行くぜ!」
膨れ上がる肉の鎧。瞬間、薔薇の戦士の姿が消える。
「消えた!?」
「こっちだ!」
背後からの斬撃。
タコワの太った身体が、お嬢さまたちのほうへと弾き飛ばされる。
「まあ!」
サクラコは壁を展開しつつ、その身でメアリーを庇う。
迫る太った男の身体。間に割り込むは藤鼠色の髪。
再び斬撃。元の位置に弾き返される肉団子。
「もういっちょ!」
自ら吹き飛ばしたそれに追いつき、強烈なスパイクをお見舞いする。轟音と共に城が揺れ、床に男が突っ込み亀裂を描いた。
「あっ、お城が……」
呟く王女。
「修理代の請求はうちの王さまに頼むぜ! はっはっは!」
城の損壊。笑って流すミザリー。
床にめり込んだ男に魔力の胎動。
「サクラコ! マリオン! 壁を張れ!」
ミザリーが叫ぶ。
男の両手から発射される魔力の散弾。天井に穴を開け、床を抉り、壁を削り取る。
警告に気を取られた女戦士を散弾が襲う。それは魔力への高抵抗を誇る身体にさえも多少のダメージを与えた。
「いってえ! やりやがった……な!?」
瞬間、眼前に迫る太った髭面。光の貫き手。ミザリーの顔色が変わる。
「加速魔法。機械だと生身よりコントロールが楽で助かるぜ」
歴戦の戦士はとっさに身をかわし、光の指の直撃を避けていた。
指が溶かしたのは、彼女の水着の様な鎧。上半身部分の、その留め具。
「あ、あ、あああ! なんてことしやがる!」
顔まで薔薇色の女。加速の連打をかわし、剣で光を振るう腕をいなす。
ただし、片手は自身の女性の象徴を隠すためにお留守である。
「恥ずかしがってやがるぜ、コイツ。バカじゃねえのか。だったらなんでそんな鎧、身に付けてんだよ?」
タコワの嘲笑。彼の事を好かないサクラコ一行も、初めて彼の意見に同意した。
兵士は治療を終えた腕でガッツポーズをしている。
「動きやすいからに決まってんだろ!? だいたい、鎧よりもあたいの身体のほうが頑丈なんだよ! これは隠すためだけのもんだ!」
殺陣を演じながらも弁解するミザリー。
「じゃあ、動きやすい服でも着てろ!」
両手で高熱の軌跡を作り出すタコワ。巻き起こる熱風。ミザリーが後方に飛ぶ。
「戦って破れたらお洋服が可哀想だろ! ……おいスミスぅ! まだかよぉ!?」
まさかの弱音を吐く女戦士。
「すまねえ。待たせた。確実に仕留めるために、“倍掛け”を準備してた」
素早さカンスト。輝く短剣。因縁の男の胴と首を切り離す覚悟。
「トキヤ!」
指を鳴らすタコワ。
名を呼ばれて一同の前に姿を現したのは、タコワの息子トキヤ。
かつて死んだ筈の彼は、変わらず少女の装い。金装飾の曲刀。いるはずのない彼。それは月夜に輝く幻月か。
「生きていらしたの!?」
声をあげるサクラコ。
トキヤを知る者たちのあいだに動揺が走る。
「パパの邪魔をするな」
月白のワンピースを翻し、スミスに斬りかかる。
「トキヤ! 本当にトキヤなのか!?」
曲刀をかわし、操り人形に問いかける。
「スミスさん! そんなはずないですよ! 私たちは、トキヤくんの埋葬だってやったはずです!」
トキヤは死後、タコワの町の墓地に埋葬されていた。この世界はファンタジーである。しかし、蘇生魔法は存在していない。
「オレのとっておきを喰らえ!」
タコワは何かの呪文を詠唱すると、床目掛けて魔法を放った。空間全体に広がる魔力。薄い霧のようなものが立ち込める。
「な、何を……? おい、トキヤ! 俺だ! スミスだ! 正気に戻れ!」
一瞬、タコワの魔法に気を取られたスミスだったが、トキヤへの説得に注力し始める。
「トキヤくん!」
兵士も続く。
「あのお嬢さんは、お知り合いなのですか?」
メアリーがサクラコに訊ねる。
「ああ、トキヤさん、死んでしまって。今度こそは、お助けしなくては……」
虚ろな目。お嬢さまの耳にはメアリーの言葉が届かない。
「お、おい。どうしちまったんだよう! あの女装っ子は死んでたのか?」
ミザリーが仲間たちに呼びかける。
「魔力の霧。魔法パターン、幻術。メアリーさん、障壁に退避なさってください。知り合いではないかたには効果は薄いようですが、今のあなたには微量の魔力も毒です」
マリオンが警告する。王女はサクラコの胸のペンダントを握り込み身を護る。
「効いてねえ奴が居るな? ……それ、ダメ押しだ!」
タコワの身体が妖しげな光を発する。
空間が菖蒲色に染まり、歪む。
――――!
身体を震わすメアリー。
「悪ぃな、嬢ちゃん。今のは魔力じゃねえんでな。障壁も抵抗も通用しねえ」
「何をなさったのですか……!?」
「ハーッハッハ! ヤークから貰った力だ! 感情増幅装置ってヤツだよ。テメエらが囚われてる感情や、深層意識を増幅して行動を阻害する。ソレフガルドの犬たちは、どんな悩みを持ってんだろうなあ? こいつぁ見ものだぜ」
勝利を確信した笑いが響く。
場に居る人物たちに異変が起こり始めた。
「なんで、僕はいまいち活躍ができないんだあ!」
突然、床を叩き始める兵士。
「ああああ! 恥ずかしい! 見ないでえ、そんな目であたいを見ないでくれえ!」
何もないところへ向かって拒絶を繰り返すミザリー。へたり込み、必死に胸を隠しながら身体をずり、壁のほうへと下がって行く。
「ハーッハッハ! おもしれえじゃねえか!」
タコワが腹を抱えて笑う。
「……!」
サクラコは苦悶の表情を浮かべながら、胸を押さえてうずくまる。
「ああ……私、死にたくない……レイお兄さま……サクラコさん……」
涙を流し始めるメアリー。
その兄も鬼のような形相で頭を抱えて唸っている。
「おうおう。べっぴんさんたちは、可哀想になあ」
言葉とは裏腹に、にやけ面を全開にする外道の男。
「……よし、テメエらと遊ぶのも飽きた。おい、トキヤ。こいつらを殺せ」
息子に命令する。
「はい。パパ」
目の前でうずくまるスミスに向かって、曲刀が振り下ろされる。
――金属音。曲刀を受け止めたのは、機械仕掛けの腕。
「構成物質に有機物が観測されませんでした。あなた、魔導人形ですね?」
トキヤに問いかけるマリオン。
「ぼくは人間だ! パパの息子だ!」
曲刀に力を込めるトキヤ。マリオンの腕はびくともしない。
「……? なんでテメエには幻術も増幅も効かねえんだ? ……そうか、テメエも人形か!」
タコワが不快感を孕んだ声で怒鳴る。
「確かに、私は人形です。ですが、意志も、感情もあります。増幅装置はちゃんと効果がありましたよ」
「だったら、なんで平気なんだ。なぜあいつらのようにならない!?」
「皆さんは、自分自身の感情と戦っていらっしゃります。だから、動くことができないのです。
私は、どんな感情でも、それを感じられることが嬉しいのです。皆さんがこのかたと戦えないというのなら、私が代わりに戦いましょう」
曲刀を弾くマリオン。
「トキヤ、そいつを壊せ!」
「やってるよ! でも、こいつ、すごく硬い……!」
何度も振り下ろされる月の刃。マリオンの身体には、傷ひとつ付かない。
「私の身体は特別製でして」
身体に通う魔力。その持ち主は、ソレフガルドいちの魔導士。
「おい、トキヤ! さっさとしろ! くそっ! やっぱり人形なんかじゃダメか……」
タコワは苦戦する息子を見切り、マリオンに向かって手のひらをかざす。
「待ってよ……。人形? 誰が人形だって? ダメって何? ぼくは、パパの為に頑張ってるのに……」
息子の震え声。
「結果が出せなきゃ意味がねえんだよ! このデク人形が!」
女装少年が目を大きく見開いた。
マリオンの貫き手が、彼の赤い石を砕いてた。少年の目から色が消える。
「……二度も死なせることになって、ごめんなさい。私も友人の為に頑張らなければならないのです」
手のひらから熱光線。石の残骸を融解させる。
「役立たずが!」
光の指を起動するタコワ。加速魔法で距離を詰める。
マリオンは両手で障壁を展開して指を止める。
「あなたは赦しません」
「言ってろ! 壁一枚で、いつまで持つかな!?」
笑うタコワ。光が激しくなり指先が障壁を分け入ってくる。
「聖属性モード、認証」
少女人形の背中から生える、体躯に不釣り合いな一本の影。魔王の為にあつらえられたそれ。
聖なる魔王の腕が、防御不可の光線を発射する。
それは自身のバリアを都合よくすり抜け、外道の首を貫通。その胴と頭を分断した。
生暖かい音と共に頭が転がる。
「ちく、しょう……。トキヤ……トキヤ……」
苦悶に歪む表情は、血と涙に濡れていた。
「すま、ねえ……」
……長き因縁の男、タコワ。彼の生体部分が死を迎えた。
「……これは、怒りの感情なのですか? 怒りが、私に人を殺させたのですか?」
手のひらを見つめるマリオン。
「そんなはずはありません。私は魔導人形です。きっと、プログラムにエラーが生じたのですね」
魔導仕掛けの表情筋が歪む。頬を伝う液体。
「ほら、潤滑油漏れです。のちほど、マスターに調整してもらわなければ。ハッハッハ……」
荒廃した玉座に、悲しみの笑いが響いた。
* * * *
* * * *




