お嬢さま、桜咲く
いつもよりも多くの困難に遭遇した今回の旅。わたくしも多少は皆さまのお役に立てたかと存じます。
それはわたくしに、やり抜くための自信と、本当の自分というものを確かめさせたものかと存じます。
特にわたくしに影響を与えたのは、マリアさんや、子供たちとの一件ですの。
マリアさんの計画通り、タコワの町や、城下町から何人かの修道士さんたちが志願なさって、山奥の村の教会を復興なさるそうです。
村の子供たちが外で心置きなく遊べる日が来るのは、そう遠くないかと存じますわ。
タコワの町の教会のほうも、人手の分散が負担を軽減して、無料診療所と上手く折り合いをつけられそうとのことです。
マリアさんもご自分の役目と向き直ったご様子で、さらに素敵な淑女になられたかと存じます。
わたくしも負けていられませんわ。
そのわたくしは将来、子供に携わるお仕事に就こうという考えがはっきりと固まり、その為には少々のいじわるや、苦難は耐え忍ぶ決意をいたしました。
王冠が国王さまの手に戻れば、わたくしは現世へ帰ることができるようになります。
わたくしの人生の戦いが再開されるのでしょうが、同時に、またこちらに遊びにまいることができるようにもなるわけで、それを糧に頑張れる気がいたします。
こちらの友人がたとお話をすれば、心は休まり、傷も癒えるのでございます。
わたくしには魔法は使えませんが、彼らはわたくしにとって、どんな魔法よりも素敵な魔法でございます。
……再びこちらの世界にお邪魔させていただいて、本当に良かったと存じます。
しかし、此度の旅では、新たな気がかりが生まれました。
まずひとつめは、古代魔導技師ヤークさんのこと。彼はご自分の長年かけて作り上げてきたご研究と施設を、スミスさんと魔王の戦いでお失いになりました。
これによってヤークさんは怒り心頭なさいまして、ひどくスミスさんの事を恨みに思っているご様子。
今後、ヤークさんが何かなさらないかと気がかりでございますの……。
ふたつめは、タコワ町長のこと。
彼はわたくしたちが城下町に戻った時には、すでに牢屋から姿を消していたのでございます。
隣町にも戻っていないご様子で、彼は一体どこへ行ってしまったのでしょうか?
あのかたは、わたくしはもちろん、皆さまも、あまり良く思ってはいらっしゃりませんでしたが、彼の息子であるトキヤさんは、彼の事を最期まで大切に思っていらっしゃりました。
トキヤさんのお墓のあるこの国からタコワさんがお離れになるのは、わたくしとしても少々、心さみしい気がしないでもありません。
それに、わたくしには個人的に、もうひとつ心残りが……。
* * * *
* * * *
さて、此度の問題は解決され、宴好きな王さまは桜の散る前にと再び花見を開催した。
今度は新たにマリアや神父さま、ユクシアの両親を加えてのどんちゃん騒ぎ。
酔った神父や少年勇者のセクハラに、金棒や炎の魔法が飛ぶというにぎやかな宴となった。
「ええっ!? 魔王が復活していたんですか!?」
恐れおののく兵士。
「そうですの。何とか事なきを得ましたが、もしかしたら、次もあるかもしれませんわ」
「魔王が復活してたんだったら、ボクも行けば良かったなあ」
呟く勇者アレス。
「でも、アレス居なくてもなんとかなったケドねえ。誰がやっつけたと思う? サクラコよ。サクラコ!」
「そんな。わたくし、大したこといたしてませんわ」
「いやいや。私、みてたわよ。サクラコが魔王の身体をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」
ジェスチャーを交えて話すユクシア。
「語弊がございますわ!」
「やっぱりサクラコさんもお強いんですねえ。遺跡調査の役目が私じゃなくて良かったですよ……」
兵士が酒をあおりながらしみじみと言う。
「なにい! あたいも魔王と戦いたかったぜ!」
と言いながら酒瓶片手に兵士を拉致するミザリー。
「ユッカさんが来るまでは、ずっとスミスさんがひとりで頑張っていてくださったの……。デーモンとの戦いでも、たくさんお怪我をなさって、一番、苦労してらしたわ」
盗賊の男の事を語るサクラコ。慣れぬアルコールのせいか、彼女の頬はほんのりとさくら色に染まっている。
「サクラコ、あんた最近そればっかりね。やっぱり、あいつが来られなくて残念?」
スミスは大量の出血により過度の貧血。絶対安静とのことだ。今度も花見の席には現れていない。
一行は帰還後、王冠を国王へ返還するためにすぐに城に出向いたが、謁見の最中に彼は気を失って運ばれてしまったのであった。
「そうですの。先のお花見のときもお仕事でいらっしゃらなかったし」
「ほんとにそれだけ? ふたりきりのときになんかあったんじゃないでしょうね?」
「……な、なにもございません!」
お嬢さまの頬にいっそう紅が差す。
「えー? なに? あやしー」
怪訝そうなユクシア。
「まー、またみんなでピクニックにでも行けばいいよ」
ベティが言う。彼女は話半分に聞きながら、ずっと遺跡のお土産をいじくっている。彼女は彼女で古代の魔導技術にお熱らしい。
「どう? ベティ。魔導人形の事、何か分かった?」
「仕掛けは大体ね。組んだりバラしたりくらいはできるわ。でも、肝心の頭脳の作りかたについてはさっぱりね。サクラコが見たのは口も利いて、感情もあったんでしょ?」
「ええ。少々、機械的な声でしたけど、ご自分で考えてお話しになってましたわ。それにおふたりとも、よいかたでしたわ」
魔王に壊されてしまった魔導人形、感情クンと感情サンを思い出す。
「すごいよねえ。何万年も前にそんな技術があったなんて。その魔導技師とやらにも会ってみたいわね」
「一瞬しか見なかったけど、とんでもない奴だったわ。機械の身体に、私や魔王よりもはるかに大きな魔力を持っていたわ……」
思い出し、身震いする大魔導士。
「ユッカがビビるなんて相当よね。あの魔王の身体を作ったのも彼なんでしょ? あたしは魔王が動いてるところを見てみたかったなあ」
「あの大魔王さんの身体はどうなさったの?」
回収された魔王の身体。
「あれもばらして工房でいじってるわね。頭はユッカにあげたわ」
「私の部屋にぬいぐるみと一緒に飾ってあるわよ」
「まあ!」
口に袖するサクラコ。
「いえーい。私もユクシアちゃんの部屋に飾られたいよー」
白い角刈りの神父が現れた。彼は顔から首まで真っ赤で、接近が感知できるほどにアルコールの匂いを漂わせていた。
「頭だけでいいなら飾るけど?」
杖を握るユクシア。
「じゃ、じゃあ、やっぱりサクラコちゃんの部屋に飾ってもらおうかなー」
お嬢さまの横に座る神父。無遠慮にサクラコの肩を抱く。
しかし、彼の背後には同じ百入茶のローブを着た人物が迫っていた。
「神父さま。サクラコさんにご迷惑を掛けてはいけませんよ……?」
神父の横に突き立てられる金棒。
「ひっ!? ごめんなさい!」
神父はすかさずサクラコから離れた。
「さ、最近のマリアくん怖いんだよなあ。痛覚遮断無しに殴って来るし……」
「痛みは受け入れてなんぼでございますわ」
ほほえむマリア。サクラの花びらが彼女の鼻に吸いつき、くしゃみをした。
「ねえねえ。サクラが散ったら、さくらんぼがなるの?」
ユクシアがサクラコに訊ねる。
「そういえば、わたくしの家にもサクラの木はございますが、どうだったかしら……」
記憶を辿るが、実がどうこうという話は思い当たらない。
「サクラはね、種類によっては、自家受粉ができないのがあるんだよ」
眼鏡を掛けた男性が言う。彼はユクシアの父。植物学者だ。
「とくに、クローン栽培の植物には良くある傾向だね。だからここのサクラが実をつけることは無いねえ」
「そうなんだ。残念。さくらんぼ食べたかったなあ」
「この種類は実がなっても、おいしくはないよ。さくらんぼならお店で買ってそれのクローンを作れば食べ放題だよ」
「風情がないわ!」
怒る娘。彼女の鼻の頭にも花びらが乗る。
サクラの舞い散る席。サクラコは王城を見上げる。
威厳ある石造りの城。現世では観光地くらいにしか残されていないが、ここでは国を統治し、結界により魔物から人々を守る役目を担い、今も機能し人々が働いている場所だ。
そして、サクラコが転移してきて、すべてが始まった場所でもある。
城はサクラコにとって、第二の実家のようなものになっていた。
すこし酔った頭で眺める城。鼠色の城壁をバックに散るサクラの花が美しい。
ふと、城の一室の窓からこちらを覗く人影を見つけた。
サクラコは立ち上がり、そっと花見の席を離れる。
* * * *
* * * *
部屋の扉をノックするサクラコ。
「サクラコです」
「どーぞ」
「失礼いたしますわ」
城の客室のひとつ。窓から外を眺める血色の悪い男。
「やあ、サクラコちゃん。お花見は?」
「抜けてきましたわ」
「よかったの?」
「スミスさんがおひとりでは、おさみしいかと存じましたの」
サクラコは澄ましてベッドに腰かける。
「はは、そいつはありがたい。調子は良いんだけど、大勢でがやがやするのは好きじゃなくてね」
「本当にお加減よろしくって?」
「多少は血も戻ったんじゃないかな。今は起きてても平気だ」
「それは、よろしゅうございますわ」
「サクラコちゃんがお見舞いしてくれるお陰だな」
「お隣の部屋ですもの」
「それなら、このままずっと良くならないほうが良いな。城で出される食事は豪勢だし!」
スミスが笑う。
「それは困りますの。スミスさんには早く良くなっていただいて、お出かけの約束を守っていただかないと」
ほほえむサクラコ。
「そうだった。……今から外を少し歩かないかい? 別に約束ってわけじゃないけどさ」
「ええ、よろしくってよ。スミスさんは少し、外の空気をお吸いになったほうがよいかと存じますわ。あなたはお部屋で寝てばかりですもの」
「客室のベッドが気持ちよ過ぎるのが悪いんだ」
ふたりは部屋を出る。
城の廊下を歩くふたり。
「向こうに帰るのはいつ頃になるんだい?」
「……今晩には戻りますわ。家を長い間離れる口実は、あまり作れませんの」
「そっか。寂しくなるな」
「また、お邪魔いたしますわ。次に腰を据えられるのは、夏ごろになるかと存じます」
「大丈夫か? 学校の事とか。あんまりひどい扱いを受けるなら、やめちまってもいいと思うぜ」
「いえ。あれはわたくしが戦わなければならない戦い。少々のことで気折れできませんわ」
お嬢さまは胸を張り、気張った声で答える。
「勇ましいことだね。さすが魔王を退治しただけのことはある」
「あれは、わたくしひとりの力ではございませんわ。スミスさんやユッカさんがいらしたからこそですわ」
一拍。
「ですから、もし、もとの世でまた挫けそうになったら、お頼りしてもよろしいかしら……?」
「愚痴ぐらいならいくらでも聞くぞ。毎晩でも構わない」
「ふふ、ありがとう存じますわ。でも、国王さまにあまりご負担は掛けられませんし」
「国王も毎日来てもいいって言ってたけどな」
「大がかりな魔術ですもの、きっとご無理をなさってるわ」
「だろうな。異界のゲートを開くっていったら、やってることは魔王クラスだしな。あの魔導技師ですら自由にならない力らしいし」
「……魔王はやはり恐ろしいかたでしたわね。あの魔導技師さんも」
「そうだな。勇者でもねえ俺じゃ、どうやっても勝てそうにねえや」
「でも、ご奮闘なさってましたわ」
「ああなったら、もうやるしかないだろ」
苦笑いするスミス。
「お戦いになっていらっしゃるスミスさん、とても勇ましかったわ」
戦いを思い出すサクラコ、嬉しそうに息をつく。
「素直に褒めてくれるじゃないか。俺に惚れたかい?」
「……はい」
立ち止まるサクラコ。
「はは。お嬢さまお得意のリップサービスかい?」
乾いた笑いのスミス。眼前には庭へと続く勝手口。扉に手を掛ける。
「わたくし、今晩、帰りますの」
「……ん? ……ああ」
扉から手を放すスミス。外からは宴会で騒ぐ仲間たちの声。
「……本当は、帰りたくありませんの」
落ちる声のトーン。
振り返るスミス。サクラコは視線を床に落としている。
「帰る決意はいたしました。でもきっと、明日にはもう、こちらへ戻りたくなっているかもしれません……」
「どうした、お嬢さまらしくないな」
「きっとまた、姿を消していたことを揶揄されるに違いありませんわ」
「……多分な」
「わたくしの世界は、多くのかたがたにとって……わたくしにとって、生きづらい世の中なのですわ」
「……うん」
「きっとまた、いじわるされてしまうに違いありません。本当はそれが嫌で。誰も助けてくれないのが恐ろしくて」
「……うん」
「あなたや国王さまがおっしゃる通り、毎晩のように慰めていただきたくなるかもしれません」
「……うん」
「でも、そうもいきませんの……」
また一拍。
「だから、スミスさん」
顔をあげるサクラコ。
「わたくしに、勇気をくださいまし」
お嬢様は一歩踏み出し、胸に手を当て、目を閉じる。
ほんの少しの背伸び。かさなり合うさくらの花びら。
背中を引き寄せる力強くも優しい腕。
春の静けさ。ふいに消える外の喧騒。抱き合うふたりのあいだに世界の壁は無く……。
「素直に好きって言えばいいのに」
キザに笑う男。
「お慕いしておりますわ」
ほほえむ女。
ふと、ふたりのあいだを花びらが流れる。
外から入り込む、暖かい風。
サクラコはスミスの肩越しに、ぼろ布を背負った少年を見つけた。
「あわわわわわわ……」
赤い顔の少年。
「まあ、アレスさん……」
サクラコも同じく顔を赤くする。
「た、大変だ! ユッカ! 大変だ~~!」
駆けて行く勇者。
「あ、あいつ言いふらす気だ!」
慌てるスミス。
「よろしいのではありませんこと? うしろめたいことはなにもなくってよ」
寄りかかるサクラコ。
「そ、そうだけど、こっぱずかしいなあ。ユクシア嬢にはいろいろ言われそうだ」
「ふふ。おっしゃる通りですわね。そうだわ、ベティさんやマリアさんにもお教えしておかないと」
「なんで?」
「わたくしが居ないあいだに、スミスさんが他の女性に手を出さないか、見張ってていただこうかと!」
得意げに笑うサクラコ。
「そんな! 殺されちまうよ!」
声をあげるスケコマシ。
「まあ! あんまりですわ!」
顔を袖で覆うお嬢さま。静かにしゃくりあげる。
「じょ、冗談だよ! いつもの癖で! 他の子には手を出さないから! 泣かないで!」
「ふふ」
顔を覆う袖を口に移すサクラコ。涙の跡は見当たらない。
「騙された!」
彼の横をすり抜け外へ出るサクラコ。満開の桜。
追いかけるスミス。ふたりの笑い声が王城の庭に響いた。
小さなストーリーが幕を閉じ、新たなはじまりを予感させる。
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