お嬢さまと魔導技師
「サクラコ!」
穴の奥底に向かって叫ぶスミス。
声は闇へと吸い込まれて反響し、消えた。
床全体が穴となっている部屋。身体強化でも使えば対岸まで飛べるであろう距離ではあったが、あのサクラコが上手く向こう側へと飛んだとは思えない。
そもそも飛んだのであれば、対岸に居ないはずがない。
スミスは光の球を作り出し、穴の中へと投げる。球は闇の中へと吸い込まれ、消えた。
「クソッ! なんてドジ踏んじまったんだ、俺は!」
……下はなんだ? 床か? トゲの山か? 酸か? 溶岩か?
なんにしたって同じだ。落下の衝撃は防御障壁の魔法では逃がせない。液体なら効果が切れた時点でオダブツだ。
溶ける娘の顔を想像するスミス。
それを打ち消すように顔を振る。顔を振れば今度は貧血がアピールをした。
「クソッたれ!」
彼は半端に開いた引き戸を力任せに蹴飛ばした。金属の扉が歪む。
眩暈に任せて座り込み、何かを罵倒する言葉を吐く。
繰り返し打ち付けられる後頭部が、通路に音を響かせる。
スミスは立ち上がり、対岸を睨む。彼の心は穴そのものであった。
対岸に向かって飛ぶ。飛び過ぎず、足りなくもなく、綺麗な着地。
今度は引き戸ではなかった。きっちりとした両開きの扉。鍵はついていない。
扉を開け放つ。
先ほどの廊下の雰囲気に近しい、白い大部屋。
いくつも並ぶガラスのチューブは液体が満たされ、生物の内臓や脳が漂っている。
それに、たくさんのコードに繋がれた魔導人形が三体。
部屋の奥にはいくつもの作業台があり、その上は様々な実験器具で溢れかえっている。
作業台の横には白衣の男がひとり。片眼鏡に白髪交じりの頭。尖った鼻と尖った顎。。
その横顔は研究に夢中のようで、侵入者に気付いていないようだ。
――――。
後方から声が聞こえた気がした。
深い暗闇に消えた娘の声。
「未練がましいな……」
魔力を補給するため、王から賜った薬を口にする。
スミスは踏み出す。
全部、壊してやる。この世界に魔導技術は余分だ。
アレは一度滅びたものだ。古代文明が滅びたのにはそれなりの理由があるはずだ。きっと蘇らせるせるべきじゃない。
「今度、滅びる理由は、俺の怒りを買ったことだ」
身体に魔力を通わせる。
少し立ち止まる。
……自分のヘマで死なせた。分かっている、八つ当たりだ。娘の八つ当たりの悩みを聞いてやった俺が?
――スミスさあん。
甘えるような声が聞こえる。本当に未練がましい。抱いとけば良かったってか? スケコマシをやっているうちに性根まで品が無くなったか。
――スミスさんっ!
やっぱり声が聞こえる。振り返るスミス。
そこには、空中で平泳ぎをするサクラコの姿があった。
「何してるの……?」
空飛ぶカエルに訊ねるスミス。怒りはどこへやら、サクラコの姿に負けず劣らずの間抜けな表情。
「あのっ。ユッカさんの魔法で宙に浮いて難を逃れたのですが、降りられなくって!」
サクラコは空気を泳いでスミスの上までやってきた。
「効果が切れるのを待たなきゃだめなのか」
「そうみたいですの。この魔法は実験中だっておっしゃってましたわ……きゃっ!」
魔法の効力が切れ、落下するサクラコ。スミスはしっかりと抱きとめる。
「良かったよ。落ちて死んじまったかと思ってたんだ!」
貧血を吹き飛ばすほどの笑顔。スミスはサクラコを降ろしてやる。
「わたくしも。もうだめかと思いましたわ。左のイヤリングの魔法がこちらでして、助かりましたの!」
「そっか、そっか!」
力いっぱい抱きしめるスミス。
「あ、あの……スミスさん?」
スミスは力を緩めず、返事もしない。
サクラコも顔を埋めて抱擁を返す。
――ぱちぱちぱち。
部屋の奥から聞こえる拍手の音。
「いやあ。感動的、感動的。面白いもの見せてもらったよ。いつの時代も色恋は良いものだねえ」
スミスがすっかり忘れていたこの男――片眼鏡に白髪交じりの頭。
尖った鼻と尖った顎。白衣をまとった壮年の男。彼は気怠そうに机に肘をついて顔を預けている。
サクラコを背に隠し、向き直るスミス。
「あれでしょ? きみたち、ソレフガルド王の使いじゃないの? 王冠と取り戻しに来た」
男が訊ねる。彼の指にはソレフガルド王の冠が掛かっていた。
「……アンタ! その顔、見覚えがあるぜ。お前は国際指名手配されてる“魔導士ヤーク”だな」
呼ばれた男は眉をあげ、口をへの字に歪めた。
「半分当たりで、半分外れだ。私は、魔導士ではない。
専門は魔法よりも魔導技術のほう、肩書きは“魔導技師”だ。
研究の末、永遠の命を手にしている。きみたちの言うところの古代文明の生き証人さ。
だから手配書は書き換えておくように言ってくれたまえ。古代魔導技師ヤークとね」
“古代魔導技師ヤーク”は自己紹介をするとあくびをした。
「俺がここでアンタをふん縛ってしまえば、その必要は無くなるだろう?」
「はっ? 無理無理。きみ程度じゃ私を捕まえるなんてとても……」
嘲笑う魔導技師……だが、彼の腹には掌底が押し込まれ、目前には魔法銀の刃が触れる。スミスは一瞬で距離を詰めていた。
はじけるような音ふたつ。飛び退くスミス。
「おしゃべり中に攻撃するかね普通? 現代人のマナーはどうなってるのかね?」
呆れる男は身動ぎひとつしない。
スミスは短剣を掲げ、刃に魔力を込め始める。
「ポリシー違反は許してくれ、俺には余裕がないんでね」
ひとりごちるスミス。背後からは小さな声援。
「きみ、マナーが悪い上に下品だね。どさくさに紛れて私に腹痛の魔法撃っただろう? 効かないけどね」
「アンタの目的はなんだ? 古代文明の復活か? 世界の征服か?」
「それも半分正解だ。文明はいらない。技術だけでいい。もっとも、それもすでに私の長年の研究を経て、当時よりもはるかに高度なことができるようになってるけどね」
「じゃあ、あとは世界征服ってわけか」
「私がしたいのは“全”世界の征服だよ。それも、知的生物の征服じゃない。技術の征服だ。私は支配者じゃない。科学者なんだよ。……きみは王冠の秘密を知っているか?」
「次元や空間に左右する力……。アンタまさか! 他の世界に行こうってのか?」
「そういうことだね。異世界は手に負えないかもしれないし、技術がつまらなければ、興味が失せるかもしれない。観測するまでは分からないものさ」
講釈の最中。再びの斬撃。首に突き立てるも刃は通らない。
「本当にマナー違反が好きなだな、現代人は。ろくな教育を受けてないと見える。いくら魔法銀といえど、きみ程度の魔力じゃ、全部込めたって私にはかすり傷ひとつ負わせることはできないよ」
ため息をつくヤーク。
「クソッ」
再び距離をとるスミス。
「言葉づかいも悪い。本当に王の使いかね? 王はその辺のチンピラでも雇ったのか?」
「失礼な。俺はチンピラじゃねえ。……盗賊だ。疾風のスミス。これでも結構、名前は通ってるんだがな」
「疾風のスミス君ね。覚えとくよ。まあ、王が人を見る目がないのは変わらないね。王冠を届けてくれたのも大臣クンだったし」
魔導技師は気怠そうに魔導人形の前まで行き、ふたつのスイッチを押した。
「まあ、はるばる来たんだし、ちょっとこれを見てよ」
二体の魔導人形から蒸気があがり、繋がっていたケーブルが外れる。
「お人形遊びはもうたくさんなんだがな」
「そう! お人形遊びってあるよね? 小さな子供がお人形を持って、まるで生きてるかのように扱う遊び。子供は無邪気でいいよねえ。なんにでものめり込む。この歳になると、そういう集中力が無くなってしまうから困ったものだ」
再びあくび。
「アンタいくつだ」
「さあ? 何千何万……よく分からないね。それで、子供は人形に乗り移って、本当に感情があるかのように振舞うのさ。痛いよー、とか、わあ、ありがとう! とかね」
「それがどうしたんだ」
魔導技師の与太話に付き合うスミス。
話を引き延ばして裏で思案する時間を作るが、彼に打てる手はひとつもない。
「面倒くさいよね。いちいちそんなことするの。人形が勝手に動いて、感情を持ってたら素敵だと思わない? 見てるだけでいい」
二体の人形が起き上がり、関節から蒸気を吐く。顔をあげる人形。
「まあ!」
驚くサクラコ。
そのふたつの顔は精巧に人間の顔を模していた。
髪は無く、身体は通常の魔導人形と変わらないメカメカしい作りだが、目を開く動作やこちら側を観察して動く眼球は、生きている人間にそっくりだ。
「紹介しよう! この二体……いや、ふたりは“感情クン”と“感情サン”だ!」
腕で「どうぞ」と示すヤーク。紹介されたふたりがお辞儀をする。
「ドウモ、ヨロシクオネガイシマス」「ハジメマシテ」
「……だめだ。酸素が足りない。この施設は通気が非常に悪くてね」
そう言うと魔導技師はレバーを引いた。歯車の回る音と共に天井が大きく開き、青い空が見えた。
「何年振りかの換気だ。最近は酸欠で頭の回転が鈍くなっててね。だから、あんなつまらない悪趣味な男と取引なんてしてしまったんだ……」
「タコワの事か」
スミスは人形たちから目を離さず言った。人形は大人しく立ち並び、こちらを観察している。
「そんな名前だったかな。まあ、せっかく作った技術を遊ばせるのももったいないから、売ってあげたけど。私も活動資金は要るからね」
酸欠の男は両手を広げ新鮮な空気を吸い込む。
「さて、話が逸れたね。このふたりは名前の通り感情を持った人形だ。人間のように怒ったり笑ったりするし、学習もする。私が命令しても、気に入らなければノーと答えることもある」
「そうかい。そいつら俺たちを殺すように命令するってわけかい」
「殺す? 私や彼らは、きみに恨みが無いのに? 発想が野蛮。まあ、もしも私が、きみたちに憎悪を持つことがあれば、その時は知恵と技術と、この寿命を掛けてたっぷりと苦しめてあげるけどね」
「じゃあ、どうするってんだ?」
「研究の手伝いでもしてもらおうかな。きみ、そこの彼女! ちょっとこっちへ来てくれないかい?」
手招きするヤーク。スミスはサクラコの前に立ちふさがる。
「そういうのはいいから。別に乱暴をしようってわけじゃない。
この人形も骨格は他と同じだが、戦闘用の武装はないよ。怒らせたらぶたれるかもしれないが。
……見たところ彼女はきみとは違って品がよさそうだ」
魔導技師はふたりに歩み寄り、スミスのうしろに隠れるサクラコの顔を覗き込んだ。
「お嬢さんには彼らの話し相手をしてもらいたいんだ」
* * * *
* * * *
「はじめは表情筋をゴムで作ったんだがね。どうもゴムというものは劣化が早くて、すぐにダメになる。
繊細な可動ができて、伸縮性と耐久の良い代用品を見つけるのに何年も掛かったんだよ。
顔というものは感情の大半を示す重要なツールだからね。
ところで、その素材は何だと思う? 瘴気を帯びたクモから分泌される糸さ!
クモの飼育や大量捕獲はそう難しくない。だが、問題は瘴気だ。
亀裂に近いと魔物が多くて落ち着いて研究はできないし、魔王に目を付けられると面倒だ。それならばと思って……」
スミスの向かいの席では無敵の不老不死が講釈を垂れている。
彼はそれを聞き流しながら、会話をするひとりと二体、いや、三人を眺めていた。
「まあ、それではあなたたちはずっとこちらでお暮しになってらっしゃるの?」
「エエ、ウマレテカラ五〇〇〇ネン、ズット」
女の声で話す人形。ほほえみまで再現されている。
「トイッテモ、メザメテタジカンハ、一〇ネンブンモナイケドネ、ハッハッハ」
もう一方は男の声。膝を叩いて笑っている。
「ソレデ、スメラギサクラコサンハ、イセカイカラ、イラシタトノコトデスガ、ソチラノセカイハ、ドンナセカイナノデスカ?」
「お話いたしますわ」
サクラコは物怖じせずに、異形の物体と会話をしている。
お嬢さまは肝が据わっている。彼女が驚き怖がるのは、目に見えない不確定のものや、急に訪れるハプニングくらいだ。
「……それでね。古臭いゴーレムと交換で魔王に取り入って、瘴気を楽に分けてもらったんだよ。
瘴気だけが目的だったんだけど、これがまた魔王は面白い奴でね。
彼は負の感情が意志を持って、人間に憑りついた姿だっていうじゃないか。
身体は確かに人間らしかった。ま、私のほうが長生きだったようだがね」
魔王が勇者アレスに差し向けた追っ手を思い出すスミス。そういえばあのゴーレムには感情の片鱗があったような……。
「ソチラノセカイデハ、ニンゲンノミナサンハ、キカイヲメザシテラッシャルノデスカ? ワタシタチトハ、ギャクデスネ」
首を傾げる感情サン。
「マア、ソチラノセカイトイッテモ、ワレワレハ、コチラノセカイモ、ロクニシラナイケドネ、ハッハッハ!」
膝を叩く感情クン。
「わたくしも、ときおり、そんな風に感じることがありますわ。人間というものは、何を目指して生きるべきなのか。あなたたちはどうお考えになって?」
機械とお嬢さまの知的なディスカッション。
「ワタシハ、マダソンナ、タイキョクテキナ、モノノミカタハ、デキマセン。ジブンノコトダケデ、セイイッパイデ」
「ボクハ、キミノコトモ、カンガエテルヨ、カンジョウサン!」
男型が女型に抱き着こうとする。しかし腕で押しやり、拒否されてしまう。
「……感情というものは面白い。
今の動作も教えたものじゃないんだよ。両者が関わるうちに、勝手に覚えたものだ。
かつての文明での様々な記録を覚えさせたデータを元に、感情的に学習したのだよ。
本来、科学者というものはそういった無駄で不確定的なものは排除する傾向にあるものなんだがね。
命令を邪魔する感情は嫌がれるんだよ。でも、命令通りなんて面白くないだろう?
私はかねてから、ある種のランダム要素として機能する感情が気に入っててね。
思いがけない結果や、新しい発見を生むところも好きだ。
そしたらきみ、魔王はその負の感情から生まれた存在っていうし、是非、彼の事も研究してみたくなってね」
魔導技師ヤークは立ち上がり、残された魔導人形のスイッチを入れる。
「これはその研究の成果だ」
他の二体とは違い、上がる蒸気の色は滅紫。
起き上がる人形。
「我は魔王……。我を目覚めさせるのは誰ぞ……」
室内に響き渡る、腹を揺らすような擦れ声。注目する一同。
「特定の感情だけを育てるというのは、なかなか難しくてね。それ自体はテーマじゃなかったから、今回は省かせて貰ったんだよ」
人形はあたりを見回す。
魔王を名乗るだけあってか、ほかの魔導人形と違って二本の立派な角を生やし、表は黒で裏地は赤のマントを身に付け、全身から負の瘴気を漂わせている。
しかし、身体は機械仕掛けであり、関節が目立ち、顔にはカメラのレンズのような赤い単眼を備えていた。
「キャア、コワイワ、アノヒト。タスケテ、カンジョウクン!」
抱き着く感情サン。
「ボクモコワイヨ! タスケテ、サクラコサン!」
テーブル越しに助けを求める感情クン。ふたりの表情は大げさなくらいに歪み、目には水気を溜めている。
「あれのボディは少しばかり高級に作ってある。今の世界なら、国がひとつくらいは買えるかな? 感情とエネルギーは魔王そのものから拝借した。身体を失ってその辺を漂ってたから、新しい身体をあげたのさ」
「なんだって!?」
立ち上がるスミス。イスがひっくり返る。
「それじゃ、あれは魔王そのものだってのか!?」
「そうだよ? 大丈夫だよ。身体は魔導機械仕掛けだ。命令がなきゃ何もできやしないさ」
「大丈夫っておっしゃってますわ。おふたりとも、落ち着いてくださいまし」
人形たちを宥めるサクラコ。
「ソウカシラ、アノヒト、ナンダカヘンヨ」
「スゴクオソロシイシ、コワイシ、カナシイ。ソレニ、カレハ、トテモオコッテイル……」
怯えるふたり。
「そうだ……私は怒りに満ちておる」
再び部屋を響かせる負の声。
先ほどの文言とは違い、熱を込めた口調で、「特定の人物」に向けられていた。
「お、俺……?」
あとずさりするスミス。彼には心当たりがあった。
「魔王の腹を下させる」という前代未聞の戦術を使い、勇者とその相棒が勝利を収めるために大きく貢献したのだ。
「覚えておるぞ、私に大恥をかかせた男だな……」
赤い単眼が妖しく光る。
「ひ、人違いじゃないかな」
あとずさるスミス。
「その顔、その声、その魔力! 忘れはせん……敗れてからずっと、貴様の事ばかり考えていた……」
機械仕掛けの魔王が詰め寄る。
「お、俺にはそんな趣味はねえな……」
顔を背けるスミス。
「こら、やめないか。ストップ!」
技師の掛け声に反応する魔王の身体。
「ここで暴れられると施設に傷がつく。悪いがきみの要件はあと回しだ。今は彼の連れが私の研究の手伝いをしてくれている最中だしね。さ、お喋りを続けてくれたまえ」
サクラコたちを促すヤーク。
「……」
しかし、サクラコたちは会話を再開しない。話は中断され、感情人形のふたりは恐怖に縮こまってしまっている。
「まあ、それも感情の出す結果のひとつだよね。しかたない、魔王クンにはもう一度寝てもらうとするか……」
魔王に近づき、何やら身体を弄り始めるヤーク。
魔王は赤黒いオーラを発して身体を小刻みに震わせている。
「うわっ!」
白衣の男が吹き飛ばされた。
魔王は腕を構え狙いを定めると、あるじである魔導技師に向かって赤黒い光線を発射した。
光線は正確に顔を捉えて炸裂する。
「「ゴシュジンサマ!」」
立ち上がる感情人形たち。
「これは凄いぞ。負の感情が機械制御を上回った! やはり感情は面白い!」
魔導技師の男は魔王の攻撃の直撃を受けたものの、ダメージも無く立ち上がる。
「貴様、私に貧弱な身体を与えたな?!」
怒りに震える魔王。
「まさか。人間体みたいに細かい魔力調整や、難しい魔法は使えないけど、出力や仕掛けは充分にあるよ。
使いかた次第では、人間体よりもずっと強力だ。例えば、その腕には魔力の性質を変化させるギミックが内蔵されてる。
きみの意思ひとつで聖なる力の光線を発射することも可能だ。勇者に掛かっているような守りも容易く破れるよ」
「くだらぬ。私は負の化身、魔王だ」
光線を連射する魔王。赤い煙に包まれるヤーク。
「私はきみの大先輩だよ? それに恩人だろう? 私は感情も研究してるんだ。片手落ちの感情しか持たないきみごときが、倒せるはずないじゃないか!」
「馬鹿な……やはり欠陥品」
「私の研究を馬鹿にするのかね? 疑うならそこの男で試してみるがいい」
スミスを指さす科学者。
「ふん!」
向きを変え、仇敵に向かって光線を発射する魔王。至近距離からの発射、間一髪、頬を焦がすスミス。
光線は床を突き抜け、地下で爆発を起こした。揺れる室内。
「しまった! 下には設備が沢山あるのに!」
駆けだすヤーク。
「おい、どこ行くんだ! 王冠返せ!」
連射される光線をかわしながら叫ぶスミス。
「設備を守りに行くんだよ! 魔王はどうでもいい。設備があればいくらでも作り直せるからね! スミス君よ! 魔王を止めてくれたら王冠は返してやってもいいぞ!」
「んな! 無茶! いうなよ!」
避ける度に穴が開く地面。揺れる施設。
「相変わらずの身のこなしだな。だが、これならどうする?」
連射を続けつつ、もう片方の手にエネルギーを溜める魔王。向けられる先はサクラコ。
「貴様はあの娘にご執心のようだな。私には分かるぞ。不快な感情を互いに向け合っているのが!」
魔法銀の短剣で切りかかるスミス。魔王は連射をやめ、それを片手でいなす。
サクラコに向けられたほうの手のひらは光を吸い込んでいる。
「娘の亡骸を抱いて悲しみに暮れるがいい!」
収束する負の瘴気。魔王の魔力。
光線が発射された。
* * * *
* * * *




