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お嬢さまと古代遺跡

 岩山から大森林へと続く道を抜け、ふたりは陽の高いうちに遺跡の付近へと辿り着いた。


「いまだに道が生きてるんだな。上から見たときはジャングルでも抜けなきゃならないかと思ったが。それとも、誰かが整備しているのか」

 木々のアーチをくぐるふたり。

 整然とした土の道は両脇に木々を従えている。そのあいだを堂々と通るのは、なんだか森に祝福されているかのようだ。

「綺麗な景色ですわ」

 サクラコはときおり足を止め、その都度、何かを見つめ感嘆の息を吐く。


「デートスポットにぴったりだな」


「おっしゃる通りですわ」

 お嬢さまはスミスの振りに気付かない位に森に取り込まれていた。

 魔物ではない小鳥や小動物が木で遊ぶ姿、カメを操ることもない花々。心にしっかりと焼き付ける。


 サクラコはふと、長く足を止めた。


「サクラコちゃん、どうしたの?」

「あちらに、川がありますの」

 緑の茂みをすり抜けて聞こえてくる川のせせらぎ。サクラコは何か言いたげに連れの顔を見つめた。


「便所か?」

「もう! ……でも、そうですわね。少しばかり休憩をさせていただきたく存じますわ」


「そうだな。遺跡についたら何があるか分からないからな。今のうちに済ませることは済ませておこう」


「それと、昨晩から身体が気持ち悪くって……」

 襟を直すお嬢さま。


「水浴びか? 流石に何かあった時に困るからな……」

 真面目に答えるスミス。


「足だけでも?」

 袖や襟回りですら少し汗臭くなっているのだ。

 いかに彼女が若く美しい娘だとしても、連日歩き詰めたブーツの中は地獄の香りがするに違いない。


「まあ、そのくらいなら。その代わり、ひとりにはしないからな。離れるのは便所だけだ」

「はい! ありがとう存じますわ」

 笑顔を見せるサクラコ。


 川に足を浸しながら、隣り合って座るふたり。指の隙間を流れる春の水は冷たく、心地よい。

「わたくしの世界、わたくしの住む国には、こういった場所はあまりございませんの」

「人だらけなんだってな。どこも城下町みたいな?」


「そう……でも、もっと冷たい感じのするものですわ。ただ、人が行き交っているだけ……」

 サクラコの感じた社会。


「だから、こういった景色は、暖かく感じますの」

「ふうん。まあ、こういうのが好きなら、良い場所はたくさん知ってるからな。今度、一緒に出掛けよう」


「ふたりきりで?」

 スミスの申し出に、先回りの問いかけ。


「もちろんそれもいいな。でも、知り合いを集めてピクニックってのも捨てがたいな」

 隣に座る青年はのんびりと空を眺めている。そういえば、彼は花見の席には参加できていなかったのだ。


「そうですわね。是非、ご一緒に」

 サクラコは素足をせせらぎに遊ばせる。水の心地よい音がふたりのあいだを跳ねる。


「ねえ、スミスさん……」

 何かを訊ねようとするサクラコ。


「あれ? サクラコちゃん、あれなんだと思う?」

 額に手を当て、空に目を凝らす。サクラコも彼の見ているほうを確かめた。



 空に見えるは()色の筋肉体。背中からは黒いコウモリの翼を生やし、ヤギの頭とヒヅメ、それに三又の獲物を持った……。



「デーモンですわ!」


 立ち上がるサクラコ、勢い余って川に落ちそうになる。


「クソッ! ヘンな奴ってアイツの事か!? きな臭くなってきたぞ!」


 疾風のスミスはお嬢さまの身体を抱き上げると茂みに駆け込んだ。

 即座に透明化の魔法を掛け、「この木から離れるな」と指示する。

 赤い悪魔が川へと降り立ちしぶきをあげる。


「オイ。ニンゲン。オトコトオンナ。イルノワカッテル。アタラシイシュジンノメイレイ。シンニュウシャ、コロス。」

 スミスが飛び出す。


「オオ、スナオナノハイイコト。オンナノホウハドコダ?」

「女? 知らないな。女が居るんだったら是非とも紹介して欲しいね」


「ショウカイ……イワレテモ、シリアイチガウカラ……」

 デーモンは黒い爪でこめかみを掻くと、鼻を鳴らした。


「ニンゲン、ウソツキ。ヤッパリ、オンナノニオイスル……デモ、オレサマ、カイダコトアルニオイカモ……オボエテルノヨリ、チョット、ジゴクミタイナニオイ?」

「お前の知り合いか? だったら紹介してもらわないとな」


 スミスは身体強化の魔法を掛け始める。戦う前から額に汗。

 じつのところ分が悪い。

 スミスが幾ら魔王討伐パーティに参加した強者といえど、有無を言わさぬ大火力と強固な防御障壁を使えるユクシアや、聖なる勇者であるアレスとは強さの性質が違う。

 過去にみなさまにお見せした悪魔は、勇者と戦うという可哀想な役回りであったが、本来、悪魔は魔物の中でも上位に位置するものなのだ。

 盗賊風情がひとりでどうにかできる相手ではない。


「……オマエ、ナニカマホウツカッテル? アクマハマリョクニビンカン。デモキオクリョクハ、イマイチ……サッキカラ、シッタニオイト、シッタマリョクカンジル」

 悪魔があたりを見回す。しかし誰も見当たらない。彼が顔を盗賊の居たほうへ戻すと、盗賊も消えてしまっている。


 スミスは透明化を行い、そのままの状態でデーモンへと切り込んでいた。

 しかし悪魔はさらりとそれをかわすと、宙に向かって三又の鉾を突き立てた。


「マリョクニビンカン、イッタバカリ。ニンゲンモ、キオクリョクイマイチ?」


 虚空からうめき声。


「スコシハズシタ。ニンゲンニシテハ、チョウハヤイ。デモ、マリョクデモロバレ、イミナイ」

 鉾を大きく薙ぐ悪魔。盗賊の魔力が離れるのを目で追っているようだ。


「ソッチニ、ニゲタ」

 悪魔は手のひらに赤黒い光の球体を作り出す。盗賊はそれに気づくと高速で駆け抜け、悪魔を挟んで反対のほうへと移動する。

 釣られて悪魔は盗賊が走ったと思われるほうへと向きを変え、球を放つ。それは木々をなぎ倒しながら森の中へと消えていく。


「チョコマカト、ウザイ……ソウダ」

 デーモンは何かを思いついたのか、三又の鉾を両手で構えるとそれを風車のように回転させ始めた。

 さらに腕も四方八方、立体的に動かし始め、赤い悪魔は黒い旋風に包まれる。


「ワハハ。コレナラ、ハヤクテモヨケレナイ」

 鉾の旋回する不気味な音波が川の水を揺らす。悪魔は風車を回し続ける。


「ワハハ。チカヅケマイ!」

 音波に重なる悪魔の笑い声。清廉な風景は一変して地獄の様相へと変わる。


「ワハハハハ……シマッタ。コレ、ニンゲンガマッテタラ、イミナイ」

 風車を止めるデーモン。途端に首から紅紫(べにむらさき)の液体が噴き出す。


「グオ……」

 よろめくデーモン。立て続けに身体のあちらこちらから出血する。


「オレサマ、ウソツキ。キエテルトヤッカイ」

 悪魔は踏ん張り身体中の筋肉に力を込める。すると傷口から紅紫の霧が噴出して、周囲に立ち込め始めた。


「な、なんだ?」

 透明化の魔法で消えていたはずの盗賊の姿が露わになる。それと同時に彼の身体に漲っていたはずの魔力の循環が消える。


「ホジョマホウ、ナカッタコトニスル、キリ、ダシタ」

 デーモンは鉾をその辺に転がすと、両手をそれぞれ手のひらを上に向けた形で耳の横に掲げ、赤黒い光の球を作り出した。


 生じてからモーション無しに飛んでくる魔球。


 予備動作を察知できなかったことと、身体強化の魔法が消された事が重なり、それはスミスの肩に命中した。


 服の肩口と肉が爆ぜ、絶叫するスミス。


「ヤッパリ、ニンゲンニシテハ、ハヤイ。イマ、コロシタトオモッタノニ」

 そう言いながら悪魔は次々と球を作り放つ。

 かわし続けるスミス。球が当たる地面が立て続けに爆裂する。


「ネラウノ、メンドクサイ」

 デーモンは頭の上で両手を合わせる。禍々しいオーラが手のひらを包み、中からいくつもの球が飛び出してくる。

 でたらめに飛ばされる魔球。見極めなければならないぶん、自分を狙うと分かっているものよりも厄介だ。


「しまった!」

 球のひとつが森の木のほうへ飛んだ。スミスは自ら球に向かって飛ぶ。無事なほうの肩がはじけるような音と共に赤く染まった。


「エ? ナンデイマ、アタリニイッタン?」

 ヤギ頭を傾げる悪魔。両肩を破壊された盗賊は血みどろで膝をついた。


「マアイイ。トドメ、サス」

 赤い悪魔が手のひらを突き出し魔力を溜める。滅紫(けしむらさき)の瘴気が収束していく。


「スミスさん、お離れになってくださいまし!」


 サクラコの声。スミスは力を振り絞って後ろへ飛ぶ。


 デーモンの前に小さな音と共に「何か小さなもの」が転がって来た。魔力を溜めながらも空いた手でそれを拾い上げる。


「ユビワ? シッテルマリョ……」



 ――!



 森を揺るがす大爆発。

 川の水が舞い上がりきらきらと太陽を反射する。サクラコの投げたのは魔法銀の指輪。ユクシアが爆発魔法を込めたものだ。


「オ……ゴ……」

 上半身の左半分を吹き飛ばされた悪魔。晴れた雨の中、口から血泡を吹き呻く。


「オソロシイコムスメユウシャノナカマノコムスメ!」

 ヤギの口が大きく開き、再び滅紫の波動が巻き起こる。


 ……しかし、それは魔力の放出を行わず消えてしまった。


「ソウダ、コレヤッテモ、ハガタタナインダッタ。オレサマヨクオボエテル、エライ……」

 満足そうに言うと悪魔は仰向けに倒れ、川の水を自分の古郷の色に染め上げ、それからその巨体はもやになり霧散した。


「スミスさん!」

 サクラコが血だまりの中に倒れる男へと駆け寄る。

「すぐに治療いたしますわ」

 右耳のイヤリングを外しにかかる。


「イヤリングの魔法だけで、治るかなこれ……」

 蒼い顔で呟くスミス。もはや動かなくなった手のひらを茫然と眺める。


 彼の両肩の肉は筋組織がめちゃめちゃになり、中から白い物を覗かせていた。

 怪我の箇所から下は捻り曲がって、ただぶら下がっているだけの状態だ。


「治ります。治りますから……」

 震える声で祈りながら、彼の胸にイヤリングを強く押し付ける。光り始めるイヤリング。


 ……元に戻らなかったイワガメの頭。再び鼻血を流した女装少年の顔。


「治って、治ってくださいまし……!」

 目を閉じ、男の胸に額を当てるサクラコ。重症者の血が彼女の髪を濡らす。


 光は消え、お嬢さまの前髪から滴る血も止まる。


「……!」

 サクラコは額を離すと男の姿を確認した。目を見開くサクラコ。


「信じられねえ! 綺麗に治りやがった!」

 血にまみれてはいるが、肩の傷は塞がり、捻られていた腕も本来の形に戻っている。


「どうなってんだユクシア嬢の魔法は! ほら! ちゃんと動くぞ!」

 目の前の娘を軽く抱きしめて腕の無事をアピールする。


「よかった! よかったわ!」

 娘は彼よりも何倍も強く抱き返した。


「へへ」

 ここぞとばかりに抱きしめるスケコマシ。サクラコは抵抗しない。


 しばらくそうやったのち、ふたりは静かに離れた。


 スミスはサクラコに質問をした。


「ところで、さっきの爆発はなんだったの?」

「あれは、ユッカさんの指輪ですわ。ドロボウ避けの」


「ああ、あの……」

 上級の魔物のデーモンを一撃で屠る火力。いったいどんなドロボウを想定していたというのか。

 スミスは眩暈がした。貧血のせいだけではないだろう……。


「ともかく、助かったよ。俺ひとりで来てたら、間違いなく死んでたよ」

 命の恩人を見つめるスミス。

 彼女の顔も血にまみれ、目の雫が血と混じりそうなのを見つける。


「おっと」

 頬を手で包み、雫を親指で拭ってやる。普段つれない彼女は、彼の手の中で大人しくしている。



 ……娘が「何か」を待っているのに彼は気づいてはいた。



 しかし、自分の血が彼女の綺麗な顔を台無しにしているのに気が殺がれてしまう。

 彼女はベタつきも血の臭いも意に介せずという顔で、ひたすらに視線を向け続けていた。


「……さあ、顔を洗って、遺跡探索といこうか」

 日和るスケコマシ。彼女から手を離し、立ち上がる。


 ……最近、どうも上手くやれない。

 特にこのお嬢さまには、他の女性ほどには軽薄にできなかった。スミスは自分が情けなく思えた。


 背を向ける男。

 そして、お嬢さまは胸に抱えた気持ちに泣きそうになりながら、ただ声を押し殺していた。



* * * *

 * * * *



 赤い悪魔を退治し、肌に着いた赤色もやっつけたのち、ふたりは古代遺跡の敷地内へと到達した。

 その間、ふたりの間では、ひとことふたことしか言葉が交わされなかった。


 遺跡はこれまた遺跡然とした遺跡で、石造りの建築に巨木や蔓が侵食しているという様子だ。

 岩山から眺めたときは主役の建物の一部しか見えていなかった為か、実際の遺跡の敷地ははるかに広く、想定よりも早くその領域へ踏み入れることとなった。

 もとは町だったのだろう、いくつもの石の区画や壁の残骸があり、遺跡の内側に入れば入るほど無事な建物が見当たるようになっていった。


 町の中央と思われる場所には巨大な構造物。割れたドームを頂いた宮殿か、あるいは何かの施設か。


 恐らくその建物がブローカーや研究者の出入りする場所であろう。タコワの技術の出どころはここに違いなかった。

 中に入ると、錆びて痩せた歯車や何かの部品、あるいは砕けた赤い石、人体を模したまだ新しい金属製の物体などが転がっている。


「状態は良いが、よくある魔導人形だな。警備兵ってトコロか……ドロボウ避けにしてはカワイイもんだが……」

 小声で話すスミス。

 ……転がる人形。人型ではあるものの、むき出しの金属と抑揚のない身体つき、それに目鼻の無い顔が人とは別であることを示している。

 手などは骨組みだけで、ガイコツといったところだ。


「なんだか可哀想ですの。どなたにお壊されになったのかしら」

 サクラコも小声で話す。


「動力の石だけが壊されてる。人間が壊したな」

 スミスは魔導人形の残骸を調べている。

「先ほどのデーモンは、なんだったのかしら。もしかして、魔王が甦ったのかしら?」

「新しい主人がどうこうって言ってたな。少なくとも魔王ではないみたいだが、またあのクラスの魔物が現れたら、無理をせず引き返そう。今の俺たちだけじゃ、無理だ」

「おっしゃる通りですわ……」


「デーモンも気になるが、人形の周りに死体や血痕がない以上、これを壊した奴は無事ってことだ。サクラコちゃん、ここから先は注意して行こう」

「ええ」

 ふたりは足音を立てないように進んで行く。


 ひとつ短い通路を抜けたのち、広間にでた。

 元は何の部屋だったのか分からないほどにぼろぼろの状態。

 天井のドームが崩れ、光の筋が石畳を照らし埃を映し出す。石畳の隙間からは草がたくましく顔を出している。


「荒れているが、荒らされてはいない感じだな」


「何も見当たりませんわ」

「はずれか? 他に道なんてなかったしな」

 首を傾げるスミス。


 いっぽうで、サクラコはピンときた。


「わかりましたわ! どこかに仕掛けがあって、隠し扉や階段がお出ましになるのですわ! そうに違いないと存じますわ」

 若干、興奮気味のお嬢さま。いつか映画で見た仕掛けを思い出していた。


「うーん、町の中の施設だろうしな。そんな大がかりな仕掛けがあるとも思えないが……」


「そうですの……」

 残念そうなサクラコ。彼女は不謹慎ながら、「通路で巨大な球に追いかけられる」のをやってみたいと考えていた。

 広間の隅から隅を移動して調べると、あっさりと下への階段が見つかった。

 瓦礫の影になっていただけで、特別、隠されたりはしていない。


「足元に気を付けて」

 石の階段を下りるふたり。サクラコはスミスの手を借りながら一歩づつゆっくり下って行った。


「ちぇっ」

 声をあげるスミス。ちらつく景色。


「ランプの油が切れちまった」


「予備はございませんの?」

 闇の中からの声。


「これで行こう」

 スミスは手のひらに小さく明るい球を作り出す。魔法の光源だ。


「マリアさんもお使いになってましたわ」

「光源の魔法は初歩的だ。魔力もほとんど要らないし、割と誰でも扱える。そもそも光れば、なんでもいいわけだからね」

「便利ですわね……? でもスミスさんは、ランプをお使いになってましたわ」

 首を傾げるサクラコ。


「ランプのほうが風情がある……というのは冗談で、魔力の光源は感知されやすいってのと、戦闘になった時に魔法の使い手っていうイメージを与えやすいから避けてるんだ。俺の魔法はタネがバレると効果が半減するし、対処されやすいからね」


「よくお考えになっているのね」

 感心するサクラコ。

「考えなしには生き延びられないのさ」


 階段を下り終えると、扉が現れた。

 取っ手が端についた飾り気のない扉。これは石造りではなく、金属製のようである。表面が赤茶けている。


「扉だ。開かないな。魔力も感じない。マジカルじゃないな」

 取っ手を握り、押したり引いたりするスミス。


「鍵かしら?」

「それなら盗賊にとっちゃありがたいんだけどね」

 取っ手の周囲には特に鍵穴や錠などは見当たらない。


「壊すかなあ。でも、誰かいる可能性があるし、中の状況もさっぱりだからな」

 盗賊は思案している。


「あの、スミスさん。ちょっとわたくしに、やらせてもらってもよくって?」

「ん、別にいいけど……ドカン! ってのはナシだぜ?」

 開けたがるお嬢さまに場所を譲るスミス。


 サクラコは取っ手に手を掛けると力を込めた。



 ――ガラガラガラ。



 扉はあっさりと横にスライドした。

「おう! なんてアナクロなんだ!」

「わたくしの国にはよくある引き戸ですの……」

「はっはっは。やっぱりタネも仕掛けもなさそうだな」


 しかし、ふたりに緊張感が走る。景色が一変したのだ。


 長い廊下。


 床は石や錆びた金属ではなく、素色(そしょく)のリノリウム。

 同じ色の壁にはランプや松明ではなく、ライトのようなものが設置してあり、それが道を照らしている。


「病院や、研究施設みたいですの……」


「そっちの世界ではこんな感じなのか? よく分からないが、恐らくサクラコちゃんの推理は当たってるんだろうな」

 長く続く廊下、響く足音。

 一定間隔で繰り返される明かりと音でサクラコは眩暈がしそうだった。


「おっと……」

 よろめくスミス。


「大丈夫ですの? お身体の具合、よろしくなくって?」

「やっぱり血を流し過ぎたみたいだ。寝起きの乙女みたいになってら」

 彼の顔をライトが青白く照らす。

「やっぱり、出直したほうがよろしくって?」

「いや、このまま行こう。通路のサイズ的にデカいのは出てこないだろうし、相手が人間なら、どうにでもできる」



 ――ガラガラガラ。



 後方で引き戸の音が聞こえた。それから続いて、ガチャガチャと硬い物がぶつかる無数の音。

 振り返るとそこには二体の魔導人形。

 敵と認めるや否や、スミスは人形へ向かって走る。

 人形たちは金属の手刀を突き込んだ。

 狭い通路の中、最小の動きで突きをかわし、人形の胸部に触れて魔力の流れを調べる。


「ここだ!」

 疾風の男はあっという間にコアの位置を見破り、魔法銀の短剣を突き刺して破壊した。

 リノリウムに転がる二体ぶんのガラクタ。

 息をつくスミス。身体を静止させると、彼はふらついた。


「きゃあ!」


 サクラコの悲鳴。忙しい。振り返るとさらに二体の魔導人形が彼女に迫っていた。


「どこから現れやがった!」

 踵を返し、助けに向かおうとするスミス。しかし膝が逆らい、一瞬立ち止まってしまう。

 魔力の通った機械の腕が、魔力を持たない娘の身体を穿ちに掛かる。


「クソッ! 間に合わねえ!」

 鈍い頭を必死に回転させるスミス。身体強化は間に合わない。短剣を投げたとして、倒せるのは良くて一体のみ。

 突き出される二本の腕。


 廊下に響く金属音。


 二体の機械人形が弾かれて床を滑る。


 サクラコを覆う光のドーム。


「ユッカさんの防御魔法がありますの!」

 自慢げにブローチを指すサクラコ。


「そういうのあるなら先に教えといてよ!」

 文句を言いながらも転がる人形にとどめを刺すスミス。

「ふう、キツイな。いつもならこの程度はワケないんだが……」


「大丈夫ですの?」

 スミスの腕に触れるサクラコ。また見つめ合うふたり。


「……そういやサクラコちゃん。リボンやめたんだね」

「まあ! 今更お気づきになったの? 女性に関しては目敏いかただと存じてましたけど」

 身を離すサクラコ。


「髪留め、似合ってるよ」

 へこたれないスミス。


「……もう。これはベティさんがあつらえてくれたものですの。ユッカさんの魔法が籠っててよ」

「へえ。なんの魔法が? 頭に入れておきたいな」

 スミスはサクラコを守るつもりで連れてきていたが、もはやそうも言ってられなくなっていた。

 むしろ彼女が居なければあの世行き。


「……握力強化の魔法ですの」

 サクラコが呟く。


「へ? また中途半端な魔法だな。ユクシア嬢も専門外だろうに」

「これは、いざという時に使えと、おっしゃってましたわ……」


「ふーん? サクラコちゃんに肉弾戦をさせる想定だったのか? どうせなら、もうひとつ回復魔法でも詰めてくれれば良かったのに」

 不満そうなスミス。


「えっと……。スミスさんに襲われたときに、これを使って“握りつぶせ”って……」

 頬を染めうつむくサクラコ。


「うっ。眩暈が……」

 男は内股であとずさる。


「あ、あの。心配なさらなくても大丈夫ですってよ」

 サクラコもスミスから距離を取ってやる。



 ――ガラガラガラ。



「またお人形遊びか?」

 スミスは音のする後方を見る、みるみるうちに彼の顔は青くなった。



 ――ガラガラガラ。ガラガラガラ。ガラガラガラ。



 次々と開いていく、壁。電車のドアのごとく人型を吐き出す。


「は、走れえ!」

 スミスはお嬢さまの手を取った。

 ふたりは韋駄天のごとく走る。機械人形の群れはあっという間に遠ざかる。


「なんだか足が速くなった気がしますの!」

「ちょっと魔法を掛けといた! このまま廊下を抜けちまうぞ!」

 長い長い無色の廊下の終わり、入ったときと同じ型の扉。


「やっと終わりか!」

 振り向くスミス。人形たちは追いかけるのやめて壁の中へと帰って行っている。


「諦めるの早くねえか? ……サクラコ! ちょっと待て!」


 前方に顔を向けるがそこには誰も居ない。

 すでに開け放たれた引き戸。

 その先にはまた通路。



 ――しかしその通路には、床が無かった。



* * * *

 * * * *

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