お嬢さまとイワガメ
さて、先行きの不安なふたり旅。山や森を踏破していくスミスとサクラコ。
スミスひとりならば走って移動し、面倒ごとからも身を隠すことができるのだが、お嬢さまを連れてはそうはいかない。
魔物の凶暴化はすぐには訪れないとはいえ、王冠の効力が消えたこともひっかかる。
スミスは表向きはサクラコとのおしゃべりを楽しみ、難所のエスコートもいつもの軽口を叩きながらを努めていた。
傍から見ればカップルのハイキングか登山であろう。
だが、実際のところは彼の神経は張りつめっぱなしであった。
警戒をしていたぶん、不審な気配に気づくのも早いというものである。
「サクラコちゃん、俺たちさっきから誰かにつけられてる」
「まあ。魔物ですの?」
足を止めようとするサクラコ。スミスがさりげなく肩に手を回して押し、止まるなと促した。
「いや、気配からして人間だな」
「身を隠すか、急いだほうががよろしいのかしら?」
サクラコは小声で耳打ちする。
「どーかな。追い剥ぎの類にしては妙だ。ときどき立ち止まってるようだし」
「まさか、町長からの追っ手かしら」
「タコワ町長はまだ檻の中だ。外と連絡が取れるとは思えねえ。それにどっちにしたって仕掛けられるタイミングはあったはずだ」
スミスは少し考えた。
この流れで行くと、俺が監視されていて、サクラコは保護の意味合いで見張られているに違いない。
いつもの兵士か、それともやはりユクシア嬢か。
「ちょっと聞いてみるか」
「え?」
スミスは立ち止まると茂みのほうを向いて言った。
「おーい、でてこいよ。さっきからずっとつけて来てるんだろ」
茂みがガサリと音を立て、中から人が現れる。
百入茶のローブを身にまとい、同色のベールを被った、うつむきがちな細目の女性。
「マリアさん!?」
「あ、あのごめんねさいね? お邪魔でした……よね?」
視線だけふたりに向けるマリア。心なしか頬を染めている。
サクラコは、はっとして肩に回されていた手を押しのけ、修道女のほうへ駆け寄った。
「マリアさん。どうなさって? 国王さまからのお言いつけ?」
「いえ、そう言うわけではありません」
「じゃあ、ユクシア嬢あたりが頼んだんだな。あのスケコマシがサクラコにちょっかいかけないように見張っといて! とか何とか言って」
渋い顔をするスミス。
「ユクシアさんも関係ありません……」
「では、マリアさんのご意思で?」
「はい……。おふたりはこれから、古代遺跡の調査に行かれるんでしょう? タコワの町がああなった原因を作った」
「おっしゃる通りですわ」
「私も、この件については思うところがあります。そのお仕事、是非お手伝いさせてもらえないかと……本当はもっと早くに言い出したかったのですが、おふたりがあまりにも仲睦まじくって……」
再びうつくむ修道女。頬がさくら色になっている。
「スミスさんとは、そういったご関係ではございませんわ。危ない道が多いものですから、お助けいただいていただけですの。今も、どなたかがつけていらっしゃるとのことで、お守りいただいていただけのことですわ」
ゆっくり、堂々と釈明するサクラコ。うしろでスミスが不満そうに何かを呟いた。
「そうでしたか。私てっきり、おふたりはおとなの関係かと思ってました。勢いで飛び出して来たものの、おふたりの前に出るわけにもいかず、ひとりで心細かったのです」
「どうぞお気になさらず。マリアさんもご一緒に参りましょう」
修道女へ手を差し伸べるお嬢さま。
「おいおい。ちょっと待てよ。俺はふたりも面倒を見ながら行かなきゃならないのかい!?」
顔に手を当てるボディガード。
「マリアさんは、お強いですわ。スミスさんにお守りいただくのは、わたくしだけでよろしくってよ」
サクラコはボディガードの男性にスマイルを送った。
「まあいいけど……両手に花だな。清楚なシスターってのも悪くない」
にやけるスミス。
サクラコは送ったスマイルをキャンセルした。
* * * *
* * * *
人里から離れた場所を歩けば、魔物のたぐいにエンカウントするのは異世界のことわりであろう。
頻繁に草むらや木陰から飛び出してくる魔物。いつか見たようなネコや、オオカミの群れ、白黒ではないものの凶暴なクマなどなど。
「このあたりは魔物が多いですね。結界を張りながら進んでいるというのに」
金棒を持ったシスターが先頭を行く。
飛び出す魔物のどれしもが瘴気に当てられ正気を失っていたが、そういった相手は聖なるものの使いである修道女の得意とする相手らしく、マリアが触れるだけで正気を取り戻していった。
特別に強い魔物や、パンダのように聖なる力を無効化する存在でなければ、彼女の金棒には出番は無いようだった。
「なあ、サクラコちゃん。あのシスターが持ってる金棒って、何なんだ?」
「お仕置き棒ですわ。アレスさんとユッカさんがおっしゃってました」
「お仕置き……」
青くなるスミス。
「スミスさんもめったなことはなさらないほうがよろしいかと存じますわ」
サクラコは歌うように言った。
「少し休憩しようか」
スミスが提案する。彼らは陽が昇り始めてすぐに出立していたが、太陽は真上にあった。
「こちらにちょうどいい腰かけがございますわ」
サクラコが岩の上に腰かける。その岩はプレートのようにやや平べったく、砂色と木蘭色の層が織りなす模様をしていた。
「では、私も」
マリアが金棒を置く。しかし立てかけそこなったらしく、金棒が倒れてしまう。
――ズシン。
金棒が土の地面に沈んだ。
「あら、いけない」
倒れた棒をひょいと持ち上げると、もう一度立てかけ直す。
「マリアさん、そちらのお金物はとても重たそうですわね?」
「ええ。危険ですから触らないようにお願いしますね」
「持ち上げるのにどうなさってらっしゃるの?」
「身体強化の魔法を少々」
ほほえむシスター。
「羨ましいですわ。わたくし、魔法はからっきしで」
「人には、得手不得手がございます。私も、ユクシアさんのような魔法はさっぱりです」
「あんな魔法使いがごろごろいてたまるかよ……」
呟くスミス。
「そうそう、私、お弁当を持ってきたのでした」
袖に手を入れなにやらごそごそするマリア。
何かを掴むとずるりとバスケットが飛び出す。バスケット中には鮮やかに彩られた具材を挟んだパンが並ぶ。
「お野菜たっぷりのサンドウィッチです。どうぞ召し上がれ」
一行は談笑しながら昼食をとる。
スミスも新たに娘一人をパーティに加えたものの、かえって心配は減ったと考え、すっかりリラックスしているようだ。
国や世界の危機に関わる仕事だというのに、ピクニックの様相となっていた。
「休憩もしたし、そろそろ行くか?」
立ち上がるスミス。
「そういたしましょうか。……きゃっ!?」
サクラコが小さく悲鳴をあげる。
「地震です!」
マリアが揺れる。
「地震?」
首を傾げるスミス。彼はなんともないようだ。揺れているのは岩に腰かけたままの娘ふたり。
「ここここの岩、お動きになってませんこと?」
「ままま魔物です!」
岩の魔物はふたりを乗せたまま動き始める。
短い手足に遠慮がちなしっぽ。岩の中からにょきりとシワだらけの顔を出した……。
「イワガメだな。大丈夫だよ。こいつは無害だ。瘴気も特に感じない」
スミスは岩の甲羅の上で慌てるふたりに手を貸してやり、降ろしてやった。
「はあ。驚きましたわ。もう! 人騒がせなおかた!」
カメを叱るお嬢さま。
「私たちが上でうるさくしたものだから、お昼寝の邪魔をしたみたいですね」
カメは迷惑そうに位置を変えると、こちらに向き直り、あくびをひとつした。
「こいつはのろまそうに見えて、走るとクマより早いんだぜ。普段は動かなくて、なんか月も寝たままだったりする」
スミスが解説する。
カメは長く留まっていたせいか、甲羅の隙間から草を生やし、裏からは蔓が伸び、花を咲かせていた。
「よくよく見ると、雅なお姿をしてらっしゃいませんこと?」
「ええ。お花なんて咲かせて、おしゃれです」
ほほえむ乙女ふたり。
「フラワーーーー!」
突如、絶叫が響いた。立ち上がるカメ。
何やらカメのごりっぱな頭には筋が浮き、怒張していた。
それから前足を持ち上げて、その鈍重な巨体を地面に叩きつけた!
ズシンと大きな音をあたり一面に反響させ、サクラコとスミスは跳ねて尻もちをついた。
「カメさんが怒っていらっしゃるわ」
臀部をさするサクラコ。
「お尻の下に敷かれたのがお嫌だったんですね」
いっぽう、マリアはカメが大地を叩いたのに動じていなかった。彼女はさっそく金棒を担いでいる。
スミスはさっさと立ち上がるとお嬢さまを立たせてやった。
「スミスさん、なんとかしていただけませんこと?」
「カメに効く魔法なんて分からないしな。逃げきるのも難しそうだ。あの甲羅じゃ短剣もダメだし、シスターのお手並み拝見と行こう」
マリアはカメに向かってゆっくり歩いて行く。
カメはそれをみとめると首をめいいっぱい伸ばし、ギザギザの歯を見せた。
「すっかり正気を失っていらっしゃるわ」
カメの前に立ち、片手で金棒を振り回す。
しかし、カメは相手のウォームアップなど待たずにマリアの足に噛みついた。動じないマリア。
「痛くしませんからね」
怒れるカメの頭を撫でる。そのシスターの手は聖なる光をまとっている。だが、カメは口を離さなかった。
「正気でもなければ瘴気でもない……」
「なんかイヤな図だな……」
スミスが何か言った。
「では、お仕置きですね!」
マリアは金棒を両手に持ち直すと天に向かって掲げ、甲羅に向かって振り下ろした。
――――!
金棒の激しい一打があたりにこだまする。思わず耳を塞ぐサクラコとスミス。
奏者と楽器も酷い振動で姿が一瞬ぶれるほどだ。
だが、カメの甲羅はやたらと頑丈で、表面を覆っていたであろう砂岩が外れて綺麗な模様が露出しただけだ。
「硬い甲羅ね」
マリアは金棒を逆手に持ち替え、先をカメの先っちょ目掛けて突き下ろした。
水っぽい音と共にカメの頭はお見せできない有様になった。
お嬢さまは“そちら”のほうを見ないために隣の青年のほうを見る。
なぜか彼が両手で顔を覆ってつらそうな悲鳴をあげているのを目撃した。
「ごめんなさいね。まだ生きてるかしら? 治して差し上げますからね」
自分で叩き潰しておきながら治療を始めるマリア。しかしカメの頭は元に戻らない。
「……ああ! 無益な殺生をしてしまいました。ごめんなさいね、カメさん。安らかにお眠りください」
マリアは両手を握り合わせてカメの為にお祈りをした。
「絶対、安らかじゃないだろ……」
「いいえ、安らかです。痛覚を遮断してから殴りましたから」
お祈りを終え、ふたりのほうへ戻るマリア。
「フラワーーーーッ!」
死んだはずのカメが絶叫と共に立ち上がる。
岩のような身体をうしろ脚だけで歩き、自由になった前脚で逆襲を試みる。
「マリアさん、うしろですわ!」
振り返るマリア。そのままカメに殴られよろめく。
「あなた、天に帰ったのではなかったのですか?」
狼狽えながらも金棒の一撃を加える。甲羅の裏をひしゃげさせ、カメの体液が噴出した。
カメもよろめくがすぐに立ち直りマリアにやり返した。
「フラ、ワーッ!」
原形をとどめていないカメの頭。しかし、どこからともなく雄たけびが聞こえてくる。
「あのカメ、なんか変だぜ」
「魔物はみんなお変わりになっているかと存じますわ……あら?」
お嬢さまは何かを見つける。カメの甲羅から覗く植物の蔓、それに花。それらが不自然に揺れ動いていた。
彼女は華道の経験があった。剣山に刺したり、壺生けをしてみたり。
壺や瓶を用いるときは、花だけではなく、器との相性や引き立て合いを考えなければならない。
しかし、あくまで主役は花である。つまり……。
「マリアさん。本体はカメではありませんわ。そのお花が操っているかと存じますわ!」
マリアにアドバイスするサクラコ。しかし修道女は殴り合いに夢中でお嬢さまの声が届いていないようだ。
「なるほどね」
スミスは腕を組んでカメを凝視している。
「マリアさーん!」
返事をしないマリア。
「しょうがねえ。ちょっくら行ってくるか」
疾風のスミスがカメに向かって走る。
「あぶねえ!」
お構いなしに振り回されるカメの腕とマリアの金棒。盗賊は必死の身のこなしでそれらを掻い潜り、カメの身体から花を引き出し短剣で切った。
「ひとつじゃダメか!」
止まらないカメ。止まらないシスター。スミスは嵐の中で作業をする庭師だ。
庭師の苦心惨憺。最後に引っ張り出された蔓には球根のようなものが付いていた。
それが身体から離れるのと同時にカメは動きを止めた。
「やっと、止まったか……」
座り込み汗だくになるスミス。
「お疲れ様ですわ。これで汗をお拭きになって」
サクラコがハンカチを渡す。彼女は功労者の青年を見つめている。
「ありがとう、サクラコちゃん。どうしたんだい? そんなに見つめて」
にやけるスミス。
「だって、あちらのほうはあんまりな有様ですので……」
激闘の跡を見るスミス。修道女がカメだったものを眺めたり、金棒で突いたりしている。
「もうおしまい? 根性が足りないです」
「彼女、ちょっとヘンじゃない?」
呟くスミス。
「……さあ、どうでしょう」
サクラコは知らないふりをした。
さて、花の魔物に寄生されたイワガメを退治した一行。
魔法の世界というのは便利なもので、彼らのダメージはすぐに回復された。ところが、治癒魔法でも治せないものがひとつあった。
「どうしましょう……これじゃ戦えませんわ」
ローブはぼろぼろに破け、その下の肌着を露出させ、部分的に見せてはいけないものを覗かせている。
ベールもどこかへ飛んで行ってしまって、マリアは霞色の髪をはだけさせていた。
「まだ戦う気なのかよ。シスターはもう戦うのをよしたほうが良いぜ」
真剣なまなざしでシスターを見るスミス。
「そんなお姿ではお動きにはなられないほうが良いと存じますわ」
スミスの首をひねるサクラコ。スミスは抵抗してマリアに向き直る。彼の瞳にはスケベったらしい色はない。
「そうじゃない。シスターの戦いかたはめちゃくちゃ過ぎる。
身体強化の魔法に痛覚遮断の魔法、それに治療魔法を常時かけてるだろ。
魔力量に自信があるのかもしれないが、スマートなやりかたとは言えないぜ。
一発で頭を吹き飛ばされてみろ、オダブツだぞ」
「はい……」
しょげるマリア。
「……とりあえず、今日は近くの村で一泊する予定だから、そこでその衣装もなんとかしよう」
首をさするスミス。
「そういたしましょう」
サクラコはスミスを進行方向へ向かせると、ぐいと背中を押した。
「スミスさんは、振り返られるのは禁止ですわ!」
「えー! そんなこと言って魔物がうしろからでてきたらどうするんだよー」
「その時はお呼びたていたしますわ! とにかく! 前を向いてお進みになって!」
サクラコはスミスの背中を押し続ける。
――くしゅん!
後方でくしゃみが聞こえた。
* * * *
* * * *
日が暮れ始めた頃、一行は山間にある村へと行きついた。
小ぢんまりとした木造の家が立ち並ぶ村。年季の入った家の壁は廃墟と見間違うほどだ。
それに、まだ昼間だというのに村には人の影ひとつも見当たらない。
「おかしいな。この村は廃村だったか?」
村を見回すスミス。
「何かお出でましになられそうな雰囲気ですの……」
「あ、安心してくださいサクラコさん。悪霊退治の魔法なら心得があります」
乙女たちは互いの服の裾を握りあっている。
「そこまでの瘴気は感じないし、人間の気配もある、か……」
気配を探るスミス。風が村を囲む木々を揺らす。
「問題はなんで出てこないかってことだが……うわっ!」
スミスが何かを見つけ声をあげる。彼は尻もちをついた。
「「きゃあ!!」」
連鎖する娘たち。
「あ、あっちにいけ! ほら!」
手で何かを追っ払うスミス。
「ス、スミスさん。何があったんです?」
シスターが金棒をしっかり抱きながら覗き込んだ。
「カ、カエルだ。気色悪ぃ……!」
スミスの足元には黄緑色の小さな両生類。現世のアマガエルに酷似したそいつは、ぶくぶくと頬を膨らませ鳴いていた。
「スミスさん、しっかりなさって」
サクラコが手を貸す。
「あ、ありがとうサクラコちゃん。俺、ちょっとばかしカエルには嫌な思い出があってね……今のは見なかったことにしてくれ」
「どなたにも苦手なものはございますわ」
ほほえむサクラコ。自分の行動に意外さを感じる。
以前ならば「人騒がせな方!」と一蹴するところだったが、普段、自分を助てくれている人物のこういった側面を見たせいか、助けの手のほうが早く出たらしい。
いっぽう、金棒を持った娘は少々呆れた面持ちでふたりを見ていた。
「あんたら、旅の人かね?」
唐突に男の声が聞こえる。
カエル並みに肝を冷やす三人。
「おお、驚かせてすまん。なんせ、ここを通る人は滅多にないもんでな」
「村民のかたですか?」
尋ねるスミス。
「ああ、ここは名前もねえ村だ。見ての通り寂れちまって、なんにもねえ。まあ、寂れる前からも何も無かったがね」
男性が周囲を見回す。人気のなかった先ほどとは違い、いくつかの家からこちらの様子を伺っている顔が見えた。
「普段なら危ないから顔は出さないんだが、女性の悲鳴が聞こえたもんでな。ついつい飛び出したら、あんたらが居たってワケだ……見たところあんたら盗賊や魔物では……って、なんだその恰好!」
驚く男性。その先にはぼろぼろのシスター。
「あんた、その恰好。乱暴でもされたか。よく見れば修道女さんじゃねえか! 話はあとだ、風呂沸かしてやるし、代わりの服も用意してやるよ!」
「私は大丈夫です」
ほほえむマリア。
「ダメだ。教会のもんはすぐそうやって強がるんだ。そんなだから村の教会も滅びてしまったんだ」
「教会が!?」
マリアの微笑みが崩れた。
* * * *
* * * *
一行は男性の家に招かれた。男性は「茶も出せないでスマン」と謝りながらも、彼らに山の綺麗な湧き水を用意し、そそくさとどこかへ出て行った。
そして、戻ってきた彼の手には修道士の服が抱えられていた。
「これ、死んだ者の服で申し訳ないが。もうだれも袖を通さないからな……」
「ありがとうございます」
ローブを受け取るマリア。
「礼はいいさ。教会の人たちには散々助けてもらったからなあ。どれ、オレと彼はちょっと出てるから、着替えが済んだら呼んでくれ」
男性は立ち上がる。スミスもそれに続く。
……。
「それで、教会が滅びたとは、どういうことなんですか?」
着替えを済ませたマリアが質問する。
「疫病だよ。もう何か月も前になるんだが、高熱の出る病が流行ってな。
本人は熱くて汗を掻くのに、触るととても冷たいんだ。何人もがそのまま冷たくなっちまった。
教会から流行り始めたせいか、神父さんやシスターはみんな、死んでしまったんだ。
あの人たちは病気になりながらも他の病人の世話をしてくれてな。
でも、村にある薬や食事じゃ、誰も治らなかったんだ。
山頂にある青い花を煎じて飲めば効くって話だったが、山頂までの道には山賊がでる。
花を探しに腕っぷしの強いのをひとりやったが、結局、戻ってこなかった」
男性は肩から首をさする。彼の肩にはまだ塞ぎ切っていない大きな傷があった。
「教会の中に病人ごと隔離する形でなんとか流行りは収束したが、
今度は教会のもんがみんな死んじまったもんで、結界が切れて魔物がうろつくようになったんだ。
このあたりの魔物は大したことがない。手ごわさでいえば山賊の下っ端のほうがまだ上だ。
とはいえ、魔物は魔物だ。みんな怯えちまって家からでなくなっちまった」
サクラコたちはイワガメ以降も何匹かの魔物に遭遇していた。
どれもが野生生物の凶暴化した程度のものだったから、マリアが張った結界だけで追い払うことができた。
「まあ、過ぎたことだよ。教会が無くなっちまったのは痛いが、小さな村にしちゃ恵まれてたほうだったんだ。なんとか細々とやっていくさ……」
男性の顔には疲れが浮かんでいる。
マリアは立ち上がると男性の両肩に手を置いた。
「なんだい? 肩でも揉んでくれるのかい? あいにくこれは肩こりじゃないんだ……」
マリアの両手が淡く光る。男性の血色が見る見る良くなっていった。
「お! こりゃ驚いた。あんたかなりの治療魔法が使えるんだな。村に居るもんはあまり得意で無くてな。擦り傷くらいしか治せないんだ。教会のもんだって神父さん以外はあまりアテにはならなかったから、頼む頭がなかったよ」
「肩以外にも悪そうなところは治ったと思いますわ」
「ありがてえ。アライグマの魔物にやられて野良仕事に難儀してたんだ。畑を荒らしてたからクワでぶん殴ったら、仕返しされてよ」
楽しそうに自身の肩を揉む男性。
「よし、あんたら旅の途中なんだろ? 外はもう暗い。この村にも一応、宿屋があるんだ。オレが都合して、ただで置いてもらえるように言っとくよ!」
「感謝しますわ」
「でも、ここの宿屋はちっとばかしウルサイかもな。そこだけは勘弁してくれな」
男性は困ったような顔で歯を見せた。
* * * *
* * * *




