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やまとなでしこ異世界転移  作者: みやびつかさ
サクラメブク編
15/45

お嬢さまと別れ

 電光石火の盗賊、疾風のスミス。

 彼はいくつもの隠密を使いこなし、人体を強化する魔法と軽業で、多くの修羅場を潜り抜けてきた。


 盗賊はなるべく戦闘を避ける。彼が手にしている魔法銀の短剣は、善悪を問わず、人間に突き立てられることは滅多にない。

 彼が斬るのは邪魔な仕掛けや、宝を守る古代の魔導人形などだ。


 たとえ人間と戦闘になっても、大抵はのらりくらりと口で巻くか、相手を殺さず魔法でカタをつける。

 相手から攻撃を受けても避けるばかりだ。だから、回避するのには自信があった。

 此度の戦いにおいても、彼の相手はゴーレムである。盗掘で相手にし慣れた古代の魔導人形と同類。

 経験にも信条にも適う、全力を出しても許される相手。

 ただ、彼がこれまで見たどれよりも遥かに巨大で、かつ電撃で狂って加速している。それだけの事だ。


 ――グオオ! ッス! ッス! ッス!


 まるで武道家のような巨人の連打。こぶしのスケールも相まって、回避の難しさは増す。

 立ち上る土煙が自身の視界を奪い、ゴーレムは標的を見失う。

 名うての盗賊はチャンスを見逃さない。ゴーレムは隙を作る度に身体に傷を作っていった。


「アイツ、あんなに強かったんだ……」

 魔力を注ぎながら、くちびるを噛む魔法使い。

 彼女は国いちばんの魔導士だ。先の戦いでご覧いただいた通り、彼女の火力は比類ない。自身も最強を自負しているほどだ。

 だが、勇者のように聖なる加護を受けているわけでもなく、スミスのような器用さや素早さ、それに経験をもつわけでもない。

 隙を作ってもらわねば発動できない大魔法は多い。ある面において彼女は三人の中で最弱ともいえた。

 ユクシアはそれに気づくと、悔しくなる半面、嬉しくなった。

 彼女は手の位置を変える。刀身に掲げられていた手のひらは、大剣を握るアレスの手へと重ねられる。


 ――私は私の役割を果たす。


 彼女の身体を包んでいた光が強く、それなのに白く透き通るように輝き出した。


 ――早く。早く。


 いっぽう、スミスの魔力には限界がきていた。すでに短剣には魔力が通っておらず、回避のために使用された身体強化の魔法も、最小のものとなっていた。

 ゴーレムはただ命令に従うだけの人工生物だ。作られたときが完全体で、知能や機能はコアや術者の力量に依存するはずだ。

 ……先ほどからゴーレムはこぶしを地面にぶつけず、接地の手前の空間を狙って放たれていた。

 人間を叩き潰せて、土煙が少なくて済む打点。

 ゴーレムは学習をしていた。


「くそっ!」

 汗ばみ、顔は赤を過ぎて青くなり、疲労の色が隠せないスミス。

「スミスさん! ああ、アレスさん。ユッカさん。お早く……お早く!」

 あっちをみて、こっちをみて、うろたえるお嬢さま。

 ゴーレムはこぶしを振り下ろす。途中で止め、軌道をやや変える。

「フェイントかよ!」

 スミスは大きく飛び退く。

 古代の叡智。戦いの基本。フェイント。宙に飛んだスミスを待ち受けていたのは、もう一本の腕。

 人間の身体に岩の腕が叩きつけられた。空に跳ね上げられるスミス。


「スミスさん!」

 叫ぶサクラコ。


 ゴーレムの繰り出す強烈なスパイク。ボールのように叩きつけられ、弾むスミス。

 追撃を加えようと足を踏み出す巨人。


 サクラコは追撃に気付いていながらも、自身の足を止めることができなかった。



「よし! いいわよ! ありったけを込めたわ! 失敗したら承知しないんだから!」

 魔力の充填が終わる。

「ありがとう。行ってくる!」

 剣を掲げる勇者。世界を買い取れる刀身は、すべての色を込めて輝いている。


 勇者のうずいていた身体が、風を残して消えた。


 次の瞬間、岩の巨人の腰から上が滑り始める。一刀両断。

 さらにもう一撃、大地から天空へと昇る斬撃。

 大剣はわずかに手ごたえの違うものに引っかる。それごと切り裂き、ゴーレムの上半身が縦に割られた。


「とどめだ!」


 叫ぶ勇者。

 袈裟懸けに振り下ろされる世界の剣。

 込められた魔力を全て叩きつける。

 少年と少女の共同作業は巨人の半身を消し飛ばし、光の粉に還す。

 勇者の一撃は空に向かって七色の光の柱をあげ、雲を吹き飛ばした。

 残った下半身は朽ち、土砂の山へと変質していく。

 古代の魔導兵器が役目を終える。


 緩やかに着地する勇者。

「やったわね! アレス!」

 駆け寄るユクシア。片手をあげる。アレスはその手を叩いてやる。

 それから額の汗をぬぐう。疲労ではなかった。斬り込みの角度を間違えば、大地を抉り、遥か遠方まで更地にしかねなかったからだ。

 ゴーレムの居た方角を見る。

 魔力の放射は空に向かって伸びたが、発生した風と圧力は森を荒らしつくしている。

 位置取りまでは計算に入れていなかった。ゴーレムが城下町を背にしていたらどうなっていたことか。


「誰かケガしてないと良いけど……。そうだ! スミスさんは!?」



* * * *

 * * * *


 地を背に、空を眺めるスミス。目は呆けたかのようにひどく虚ろ。


「スミスさん!」

 駆け寄るサクラコ。


「やあ……。サクラコちゃん、カッコ悪いところ見せたね」

 スミスの挙げた手には力がこもっていない。


「滅相もございませんわ! 今、治療を……」

 左耳に手をやるサクラコ。イヤリングは反応を示さない。

「ああ……。あの時、使ってしまったのですわ……」


「良いんだよ」

 挙げていた手が落ちる。サクラコはそれを両手で受け止める。


「スミスさん、お気を確かに!」

「ああ……サクラコちゃんの手は暖かいなあ……。ねえ、サクラコちゃん」

「なんですの?」

「今度、手を繋いでデートをしてくれないかい?」

 目を閉じて言うスミス。


「ええ、よろしくってよ」

 ほほえもうとするサクラコ。お嬢さまは巧く笑えなかった。代わりに手を強く握る。


「ホントかい? 約束だぜ?」

 サクラコの包む手のひらから、力が抜けていく。


 疾風のスミスは少し息を吐くと静かになった。


「そんな! スミスさん! 目をお開きになって!」

 スミスを揺さぶるサクラコ。


 ――しかし返事は無かった。

 

 お嬢さまは人前で泣かない。

 まして、大声をあげて恥を晒すような泣きかたは決してしないのだ。


「スミスさん……う、うわあああん」

 サクラコは子供のように泣きじゃくった。


「サクラコ……」

 駆け寄るユクシアとアレス。


 サクラコはよろよろと立ち上がり、ふたりにすがりつく。

「スミスさんを、スミスさんを、生き返らせて、くださいまし!」

 顔を背けるふたり。

 少女の肩が震える。少年は口をきつく結ぶ。


「サクラコさん……魔法でも、死んだ人は生き返りません」

「そんな……蘇生魔法はございませんの!? ユッカさん!」

 なり振り構わず、友人を揺さぶるサクラコ。

 ユクシアの顔が歪む。


「……あるわ。蘇生魔法」

「本当でございますの?!」

 お嬢さまはの表情は明るくなるが、いまだにどこかひきつっている。



 ユクシアは横たわったスミスの身体の前に立つ。

 彼女は魔力を使い果たしていた。

 杖を両手で握り、高く掲げる。

 傾きかけた陽の赤が深緑(しんりょく)の宝珠と混ざり合い、輝く。

 大きく息を吸い、杖に力を込めるユクシア。


 ――おらっ!


 ユクシアは杖をスミスの顔目掛けて突き立てた。


「アブねえ!」

 寝返りを打って回避するスミス。

「冗談でやって良い事と悪い事があるでしょ!」

「冗談じゃねえよ! 俺はちょっと休んでただけだ!」


「おらっ!」

 再び突き立てられる杖。


 スミスは立ち上がってかわす。


「へ……?」

 サクラコはその場にへたり込んだ。


「そもそもスミスさん、死んでませんよ」

 アレスが申し訳なさそうに言う。


「サクラコを泣かせた罰よ! 私にばらばらにされなさい!」

 杖を振り上げるユクシア。


「ば、ばらばらになったら死んじまうよ!」

 スミスは両手を前に出し、いきり立つ娘を制する。


「腕の四、五本へし折ってやらなきゃ気が済まないわ! あんた、私が魔力切れで命拾いしたわね!」

 杖を何度も叩きつけながら叫ぶユクシア。

「腕は二本しかねえよ!」

 逃げるスミス。


「あんたが五本腕の魔物だったらよかったのに!」

 振り下ろされた杖がスットコドッコイの頭に命中する。


「痛え!」


「ユッカ!」

 叫ぶ勇者。


 スミスは慈悲を求める目で勇者を見た。


「治癒魔法で治したら五回折れるよ!」

「ナイスアイデア!」

「ナイスじゃねえ! サクラコちゃん! 助けて!」

 今度はへたり込んだサクラコに助けを求める。


「あら? 今、何かお聴こえになって?」

 首を傾げるサクラコ。


「あっはっは! 聞こえなーい!」「聞こえなかったですね」

 笑うふたり。


「そんなあ!」


 スットコドッコイの叫びが夕焼け空にこだまする。



* * * *

 * * * *



 はあ……。そんな次第でございまして、アレスさんに向けられた追っ手は退治され、その後、アレスさんとユッカさんは仲直りをなさりました。

 アレスさんが討伐隊にお戻りになられることをご承諾なさったときのユッカさんのはしゃぎようといったら、わたくし、顔から火がでるかと思いましたわ!

 スミスさんのお怪我も大したことは無く、ただのご疲労と魔力切れだそうですの。まったく、人騒がせなおかたですこと!


 ところで、スミスさんはそのお手前を買われになって、魔王討伐のパーティに参加することになられました。

 「サクラコちゃんとデートに行く前に死んじまうよ!」だなんておっしゃってましたが、わたくし、そんな約束いたしましかしら?


 もっとも、あのかたは死んだふりがお得意のようですから、心配ないかと存じますわ!

 それに、ユッカさんとアレスさんもいらっしゃるし、ベティさんとガントゥーザさまの剣もございますし……。


 お三かたは翌日の早朝にはご出発なさいました。

 魔王からの追撃の事も考えて、お早い出発がよろしいとのことです。

 長く、おつらい旅になるかと存じますわ。わたくしはご武運をお祈りして、お城にてみなさまのお帰りをお待ちするのみ……。

 どれほど長くなりましても、ずっと、ずっとお待ちいたしますわ。



* * * *

 * * * *


 ソレフガルド王国王城。客間。

 すっかり自分の部屋のように慣れ親しんだ西洋風の部屋。

 サクラコは目覚め、ゆっくりと着替え、少し遅めの朝食をとる。

 昨晩は王さまが一足早い戦勝パーティと称して宴を開いたのだった。人を集めてのどんちゃん騒ぎ。


 ……まだ勇者たちが旅立ってから二日しか経ってないというのに。


 王さまが楽観的だとか、浪費癖があるというわけではない。

 彼らが旅立ってからまだわずかだったが、話し相手を務めたお付き兵士や友人のベティから見ても、サクラコの憔悴は色濃く映ったらしく、それは国王へと密告され、娘想いの王さまは宴を企画したのであった。

 サクラコは不安を紛らわすために宴を楽しもうと努めた。国いちばんの料理人の料理や、名うての詩人や踊り子のパフォーマンスがあった。

 だが、彼女にとってそれらはいささか色彩を欠いていた。



「はあ……」

 のろのろと進む朝食。昨晩、無理やりに押し込んだ料理がまだ胃に残っている。

 待つことのつらさはこれまでに何度か味わったが、己の事でなく、友人の身を案じるということは、彼女にこれまで以上に多くのため息をつかせていた。

 現世の家族も同じ気持ちなのだろうか。家族を慮ってみるが、帰りたいと求める気持ちよりも、帰ってきて欲しいと求める気持ちが強くなっていることに気付く。

 サクラコは自分の身勝手さにもため息をつかねばならなかった。

 テーブルの周りが乙女の吐息で満たされる。


 ――コンコン。


 ドアをノックする音。

「サクラコさん、いらっしゃいますか? 王さまがお呼びです」

 兵士の声。

 サクラコは朝食を食べかけのまま置いて扉へ向かう。

「おはようございます、兵士さん」

「おはようございます、サクラコさん」

「王さまのご用はなんでございましょう?」

「さあ? 退屈なんじゃないですか? 最近こっちのほうは静かになりましたし。魔物は魔王城のほうに集まってるんじゃないですかね」

 言い終えてから口を押える兵士。

 うっかりサクラコの不安を煽るようなことを言ってしまった。彼の顔に後悔が浮かぶ。


「大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございます」

 ほほえむサクラコ。


 謁見の間に姿を現すサクラコ。玉座には国王。その前にはなにやら物々しい一団がひざまづいていた。


「あら……?」


「おお、サクラコよ! よくぞまいった! ちょうど良いところじゃった!」

 にこやかに話す王さま。

 しかしサクラコの耳は王さまの声を素通りさせ、目は一団に釘付けとなっている。


 その一団は、魔王討伐パーティだった。魔王城前で結界を張り待機していた戦士や術師。


 ――それに、あとから駆け付けた勇者と、魔法使いと盗賊。


「みなさん、魔王はどうなさったのですか!?」

 駆け寄り、魔法使いの両手を取るサクラコ。


「え、退治したわよ? だから帰って来たんだけど……」

 ユクシアは握った手を振りながら不思議そうな顔をした。


「もっと、お時間が掛かるものかと存じてましたわ!」


「こいつら、無茶苦茶しやがるから……」

 力なく笑うスミス。



 スミスは魔王城での一件を語った。



 城下町から少し離れたところで待機していた魔術師が転移魔法を使い、勇者一行を転送。

 早々に魔王城の前に張られた結界内へと到着。ゴーレムとの戦いで消耗した魔力を回復させつつ結界を防衛、一晩のみ休息をとる。


 魔王城は険しい岩山の頂上にそびえ立ち、禍々しい波動が空を暗くしていた。

 走る稲妻は多くの魔物の姿を浮かび上がらせ、初参加のスミスに前途の多難さを想定させる。


 翌朝、元気になったユクシアの大魔法により岩山ごと魔王城は消滅。生き残った魔物たちを各個撃破。

 廃墟となった城に寒げに立ち尽くす魔王。彼は数ある魔王のイメージのひとつである老人の姿であった。

 魔王はゲートの維持で力を消耗していたとはいえ、絶大な魔力は健在。戦いは苛烈を極める。


 魔力を回復させる薬をキメたユクシアが魔法剣の準備を開始。

 魔王は魔法だけでなく、武術にも長け、撃ち込まれる魔法を漆黒の魔法障壁で防ぎながら、歴戦の戦士の攻撃をことごとくかわす。

 圧倒的な力と経験の差。魔王は倒れない。軽く反撃に転じるだけでパーティは壊滅状態に陥った。


 魔王は嘲笑い、語った。この世への憎しみ、聖なるものへの敵意を。

 魔王は何百年にも渡って生きた人間が、大地の亀裂から出た瘴気を吸い込み、変容した姿だというのだ。

 この世と、多くの異世界から集められた負の感情が意志を持ち、この世界の亀裂から噴出しているのだという。


 魔法剣の完成。ゴーレムを屠った時とは比べ物にならない魔力量を内包した剣。

 しかし魔王にはアレスの乱暴で稚拙な剣技は通用せず、空振りに終わる。


 負の化身である魔王の精神攻撃。勇者たちの心の不安やトラウマを膨らませ、戦意を縮小させる。

 魔王は再び嗤う。人間とは脆いものよのう。

 しかしスミスは気づいた。魔王も元は人間であると言った。そこに付け入る隙はあるのだと。


 単身、挑みかかるスミス。魔王は盗賊の刃を踊るようにかわす。

 加速の魔法の効力を隠していたスミス。フェイント。爆発的な加速をし魔王の腹に掌底を打ち込み、隙を作って魔法銀の短剣を突き立てる。

 しかし、その紫の刃は魔王の爪ひとつで弾き飛ばされてしまう。


 嗤う魔王。そろそろ終わりにしようか。


 あたり一面にとどろく雷鳴。その雷鳴の出どころは……魔王の腹部。


 魔王もかつて人間であった。本質は負のエネルギーそのものだとしても、宿る肉体は人間。

 そして、他人を嘲笑う精神が残っているということは、「恥」を理解しているという事である。


 魔王、一生の不覚。尻を押さえる。最大の隙。叩き込まれる勇者と魔法使いの全力。


「た、たとえ私が滅びようとも、すべての世界から負の心が亡くならぬ限り、第二、第三の魔王が生まれるだろう……!」

 人類に不安を植え付ける、お約束の断末魔。彼の辞世の句は少し震えていた。


 かくして、勇者一行は二日のうちに魔王の討伐を完了したのであった。


「……と、いうワケさ。どうだいサクラコちゃん。俺、大活躍だったろう?」

 胸を張るスミス。


 お嬢さまに下ネタはタブーである。サクラコはスミスの活躍の部分だけ、綺麗さっぱり聞き流した。


「……みなさん、大変お疲れ様でございました」

 最大限の労いとお辞儀。彼女の国ではお辞儀は文化だ。


「うむ、うむ。みなのもの。魔王討伐のための尽力、まことに大儀であった」

 国王がサクラコを真似て深々と頭を下げる。王冠が落ちないように手で支えながら。


「充分な報酬と勲章の授与を……と言いたいところじゃが、そういうのはあと回しで休息と宴じゃな! 今日から一週間ぶっとおしでパーティじゃ!」

 こぶしを突き上げ玉座から跳ね上がる国王。


「まあ! 王さまったら!」



 魔王討伐の報は、城下町から始め国中に広がり、大陸を越え世界中へと広がった!



* * * *

 * * * *



 魔王の討伐の完了。平和の訪れ。

 

 そしてそれは、サクラコが元の世界に帰ることを意味する。

 呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。城下から城内までとっ散らかり、みんな酔いつぶれてひっくりかえって、いったい誰が片づけをするのかという様相。

 そんな中、地下の広間に集まるサクラコたち。奥には漆黒の渦。それは魔王の魔力を失って、随分と小さくなっているように見える。


「みなさま、大変お世話様でございました」

 神妙に頭を下げるサクラコ。予想していたより早く帰還が決まってしまい、実感が沸いていなかった。


「サクラコは最後まで硬っ苦しかったね」

 鍛冶屋の娘、ベティが苦笑いする。


「サクラコはそのほうがサクラコらしくていいわ」

 魔法使いの娘、ユクシア。


「これ、あたしが作ったんだ。記念に貰ってよ」

 ベティからブローチを手渡されるサクラコ。写実的な鳥をモチーフにしたブローチ。

 毛の一本一本、羽根の一枚一枚まで丁寧に作り込まれている。

 サクラコはさっそく胸にブローチを付ける。優美な造形の鳥は、和装洋装問わずにさえずるだろう。


「まあ。素敵ですわ……ありがとう存じますわ。ガントゥーザさまにもよろしくお伝えくださいまし」

 ベティの手を握るサクラコ。

「オヤジ、湿っぽいのは苦手だって。呆れちゃうよね。サクラコには本当、感謝してるよ。あたしもオヤジも」

「これからも仲良くなさってくださいね」

「髪も伸ばすよ。もしもまた来たら、そっちでの流行りの髪型、教えてよ」

「かしこまりましたわ」

 ほほえむサクラコ。

「私からはこれ」

 ユクシアがサクラコの両耳に手を当てる。優しい光がサクラコを包む。

「あっちでも使えるか分からないけど、ケガしたときにでも役立てて」


「まあ! ありがとう存じますわ。ユッカさんには、本当にお世話になりましたわ……。本当に。二度も、わたくしの命を救っていただいたようなものですわ」

 サクラコは友人を抱擁する。


「やめてよ水臭い。私たち、友達でしょ」

 少し頬を染め、あたまを掻く。それから、抱擁を返す。


「ええ。ユッカさんは親友でございますわ」

 見つめ合うふたり。ユクシアはすんと鼻を鳴らす。


「アレスさんと、仲良くやってくださいまし」

 小さな勇者に手を振るサクラコ。


「サクラコさんもお元気で」

 アレスは小さく手を振るとはにかんだ。


「言われなくても、仲良くするわよ! ね、アレス!」

 赤くなるアレス。


「それじゃ、次は俺だな」

 スミスは両手を広げ、くちびるをすぼめた。


「兵士さんにも、たいへん、お世話になりましたわ」

「そんな! 僕は職務をこなしたまでです! もし次があれば、またお世話させていただきますよ!」

「その時はぜひ。よろしくお願いいたしますわ。それと、ミザリーさんにもよろしくお伝えください」

「ミザリーさん飲み過ぎちゃったから……確かに伝えておきますね!」

 兵士は直立し、サクラコへ敬礼した。ちなみにミザリーはそのあたりに転がって、高いびきを掻いている。

 サクラコはいまだに手を広げて目を閉じたままのスミスへ向き直る。


「スミスさん……」

「おう」

 姿勢を正し、いつかの夜のような真剣なまなざしになるスミス。


「あなたにも大変お世話になりましたわ。あの夜の事は一生の思い出にいたします」

「お、おう……」

 たじろぐスミス。ざわつく一同。

 サクラコには他意があったわけではない。彼女にとって、夜のタコワ邸で体験したことは映画のようなロマンスだったのだ。


「時間が無くって、お約束は守れませんでしたが、また機会があれば……」

 声のトーンが落ちるサクラコ。スミスの手を握る。それは優しく握り返される。


「キッスのひとつでもしてくれればいいのにさ」

 歯を見せるスミス。

「みなさまがご覧になってらっしゃらなければ、考えましたのに」

 楽しそうに口に袖するサクラコ。


「お、透明化するか?」

 身を乗り出すスミス。


 漆黒の渦が音をたて、わずかづつ小さくなり始めた。


「ソレフガルドさま……王さまには、本当に、何から何まで御膳立てして頂いて……。感謝しても感謝しきれませんわ!」

 別れをにこやかに見守っていた国王と抱擁を交わすサクラコ。

「ほっほっほ。御膳立てしてもらったのは、こちらのほうなんじゃがな」

 意味ありげに笑う王さま。サクラコは首を傾げる。

「ほっほ。サクラコさえよければ、うちの娘にしても良かったんじゃがのう」

「まあ! 王さまったら!」

「どうじゃ? ワシの次に国王になってみては?」

「ふふ。考えておきますわ」


 渦の光がちらつく。

 サクラコは渦の前へと進み出る。


「それでは、みなさま……」

 うしろを向いたままの鼻声のサクラコ。


 袖をそっと顔にやると、くるりと振り返った。


「たいへん、お世話になりました!」

 髪が跳ねるほどのお辞儀。口々に発せられる別れの挨拶。


 サクラコはもう一度くるりと振り向く。袖を持ち上げ、指先が漆黒の渦に触れる。

 邪なる負の存在、魔王が開いたゲート。禍々しいはずのそれに、心の中で礼を言い、閉じてしまう事を少しうらめしく思いながら、一歩を踏み出す。


 奇妙な感覚、立ち止まっているのに、回っているような。

 サクラコは少し振り返る。


 閉じゆく空間。その小さくなった隙間から、ソレフガルド王が見えた。


「さらばじゃサクラコよ。そなたのことはワシらの間で永遠に語り継がれていくじゃろう。では、またの!」


 王さまは王冠に手をやり、それを持ち上げ、にこやかに笑った。

 ゲートが閉じる……。



* * * *

 * * * *



 気が付いたら、わたくしは、わたくしの部屋のベッドの上に居ましたわ。

 ほんの数週間の間でしたが、ひどく懐かしい気がいたしました。

 いつもの朝の陽ざし。

 あれは、夢だったのでございましょうか?

 わたくしはふらつく頭を抱えながら、姿見の前へ行きます。

 姿見に映った姿は、異世界に行く前と同じ。


 ……いいえ、いくつか違う点がございました。


 わたくし、なんとなく表情が凛としている気がいたします。

 ふふ。気のせいでしょうか?


 それに、耳元に光るイヤリングと、胸のブローチ。

 わたくしは、胸に手を当て、あちらでの思い出を、決して、決して忘れぬよう、胸に何度も刻みつけます。


「……よし!」

 両頬をぴしゃりと叩くサクラコ。

 サクラコにはやらねばならないことが山積みだ。家族へ無事を伝えること、失踪していたことへの申し開き。

 それに、遅れてしまった学業。彼女はまだ今年に大学生になったばかりだというのに。

 おおよそ現実で起これば辟易するような問題。だが、彼女は背筋をしゃんとし、部屋の扉を開く。



「ただいま!」



* * * *

 * * * *

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