第二話:修行以前の問題だ! 出直して来い!
今回はメタネタは自重していますが、こういう主人公や物語だとメタネタ展開出来て楽しいです。
フランツは気分よく、俺は不本意を抱きかかえながら睡魔に襲われていた。といっても、どんなに飲んでも悪酔い等することもなく、さらに言えばどんなに深い眠りに落ちていても襲撃時にはすぐ覚醒できる。様々なスキルを持っているが故、相当に緩んだ生活を送っている。
「やぁぁぁぁっ!!」
……甘い。俺は寝返りを打ちながら、襲い掛かる剣閃を人差し指と中指で挟んで極僅か、横にずらす。それだけで必殺の一撃の威力は殺がれる。
「ば、馬鹿な……」
ん? その声は……。
「……おはよう、ウェリス。今日も相変わらず美人だな、おい」
あくびをしながら、必殺の剣を放ってきた美女に挨拶をする。が、肝心のウェリスは聞いていない。そりゃそうだろう。完璧に仕留めうる威力と太刀筋をあっさり防がれたのだ。しかも、すぐさま迎撃の姿勢を取ろうとした瞬間に、バランスを崩されてしまったのだから。
「くっ、この化け物め!」
「久々に会うのに大した返事だな、おい」
なんかこいつ、オークとかに捕らえられたらあのテンプレ展開をかましてくれそうなんだが……まぁ、それをできるとしたらオーク一個師団必要になるか。
「あ、ウェリス殿下!」
夢の世界から戻ってきたフランツが、王女殿下の到来に慌てて膝をつく。
「フランツ、フィアンセに殿下はやめてください。それにしても……昨夜はお楽しみだったようで」
冷ややかにリビングの酒瓶の山を見て呟く。
「おいおい、そんな誤解を招くような……ゴブヘフォ!!」
鉄拳一撃か。なるほど、姫騎士も伊達ではないということか。
「話は聞いた。お前、俺の弟子になるんだってな?」
俺の言葉に、苦々しそうに横を向く。
「何で私が、お前如きの弟子に……」
「そりゃ弱いからだろ。諦めな」
あっさりばっさり切り捨てる。
「なっ! 私を弱い……と……」
語気強く言い返そうとするが、既にウェリスの目の前にはいない。ウェリスが横を向こうとした瞬間、右頬に冷たい感触、そして左頬には……いつでも全力で顔面を挟み撃ちできるように構えた俺がいた。
「今の動き、欠片でも見えていたならフランツレベルの弱さだ」
「ひどいなぁ。流石に今の動きは見えていたぞ。ウェリスが『なっ!』と視線をブレさせた瞬間、テーブルに移動し酒瓶を二本持って背後に回るくらいはねぇ。ま、対応はできませんよ?」
フランツの言葉にウェリスは絶句だ。テーブル移動、酒瓶二本持つ、背後に回るを瞬時、理解の範疇を超えた動きだろう。
「ふ~ん。前言撤回だ。俺の動きを把握できればフランツクラス。できたか?」
俺の言葉に、わなわなと震えるウェリス。
「・・・・・・った」
「ん?」
「悔しいけど、見えなかった!」
おやおや、素直なことで。
「私を弟子に……その強さの一端でも身につけさせてください……」
ほぉ。王女殿下とは思えぬ腰の低さか……。
「それは引き受けた以上はそうするが……」
「するが?」
「やる気起きねぇな。」
『はぁ?!』
俺の無体な言葉に、二人がぴったりとハモる。いやぁ、流石未来の夫婦……リア充爆ぜろ!!
「いやな、俺がやる気出したら逆にまずいだろ? それに……何が悲しゅうて人の嫁さんを……」
「まだ言うか!」
「いくらでも言ってやる! いちゃいちゃされたら気が……いや、条件をいくつかつけてやる。」
急に俺の機嫌が良くなったからか、戸惑う二人。
「じょ、条件?」
「そうだ。まず一つ目」
「一つじゃないのか」
「……一つ目。フランツ、お前は領土に戻れ。修行が終わるまで来るな。一応念のために言っといてやる。俺は人妻、人妻になる予定の奴には全く興味ない。俺にはNTR……いやそれはどうでもいいか。」
「おいおい、なんだその条件は……」
「二つ目。いくらその姫さんが強いとしても、一人で大魔王なんか討伐できるわけない。ぶっちゃけ壁役を4・5人はつけろ。魔法使い、僧侶、戦士、盗賊……世知に長けた商人かな。」
どこぞの竜探しの旅時というわけでもないのだが、そういう配慮は必要だろう。
「私一人で!」
「馬鹿か、貴様は」
「王族を馬鹿呼ばわりするか!」
「ああ、馬鹿も馬鹿、馬鹿の大魔王だ。その知性の欠片もない頭を粉が出るまで捻って考えてみろ。大魔王が単独で地下に籠っているとでも思っているのか? 軍がいたらどうする? 大魔王の下に有力な部下がいたらどうする。さらに、多くの軍勢を用意できていたとしたら? 百万の部下を倒してもその刃が大魔王に及ばなかったらどうする? 疲れ果て、傷つき、朦朧とする中で剣を振るうか? 魔法を放てるか?」
「……仲間を駒にしろと?」
「んにゃ。楽して勝てるように用意をするのが、正直言えば戦わずとも勝てるようにするのが為政者の役割じゃねぇのか? 何か間違ったことでも言っているかね?」
戦略の基本中の基本。相手よりも良い条件を揃えるのが名将ってやつだ。
「ウェリス、口調とか性格とか顔とかはともかく、奴の言は非情ながら正しい。勝つべくして勝つ、それが我らの務めではないか?」
お、流石はフランツ。そこはしっかりと弁えているねぇ。
「何の犠牲もなく勝てりゃそれがベストだろうさ。だが、俺は大魔王討伐に参加する気は欠片もない。んなもん、他力本願もいいところだから。本当なら、大の大人が、若い少年少女に頼ることなく責任を果たすのが一番なんだが……」
「おいおい。大魔王討伐のサポートはするんだろ?」
「ああ。少なくとも、こいつと、こいつの仲間が『大魔王討伐より修行の方が一千億倍辛かった』と言わせてみせるくらいにはな。」
俺の性悪な発言にドン引きする二人。分かってないなぁ……。
「本番が楽勝、というのが理想なのさ。人事尽くして天命待つって本来はそういうことだからな。人事を尽くすってのは……」
「分かっているわよ! 人材を揃え、装備を整え、情報を集め……」
「なら、文句言わずに俺に従いな。まぁ、いくら文句言ったとしても聞く気もねえけどな」
「……こいつムカつく! フランツ、こいつ殺していい?」
「できるものならとっくに俺が殺っている。諦めが肝心さ。こいつの力は化け物だ」
失礼な。神様に匹敵する程度、とくらい言え。
「というわけで、出直して来な」
すごすごと撤退した二人を見送りながら、俺はうんざりしていた。この師匠、っていう展開もある意味テンプレ的な流れだ。やだやだ、こんなテンプレ的なのは望んでいないのだが……。そう思いながら、俺は日々の日課に戻る。
俺の日々の日課は修行と生活環境の整備の二点に集約される。
いつものことながら、俺はワーキングジャケットに入っているボールペン10本を全て出す。
「極小火球呪」
本来であれば小さな火の玉が出てくるだけなのだが、俺の場合は少々異なる。ボールペンに仕込んだ合成銀から、その長さや太さと全く同じ赤い棒状のものが出るのだ。その威力は、というと。
ポスッ!
軽い音が出て、極細く貫通した。……巨大な岩山を。
二本目は途中で術式を変更して放つ。当たってすぐ、こぶし大くらいに爆発する。いわゆる時間差での解放術式だ。三本目四本目は岩山の中程や出口周辺で解放。五本目は百メートル程離れた葉っぱに当てて、穴を開けるだけ。六本目七本目も同様に遠距離精密攻撃を行う。残りの三本については合成して放つ。威力は三乗分となり、また岩山の頂上部分が消え去る。
俺がこの世界に来て百年少々。寿命もどうやら自在に設定できるようだが、その百年の内六十年をこの修練に使っている。体内にある魔力を振り絞れば、おそらくこの惑星どころかこの世界全てを消滅させることはできるようだ。だが、それが何になるのか。俺は虐殺を楽しむ趣味はないし、必要最低限この世界で生き延びられればいいのだ。そんな中で必要最小限の自衛の魔法として開発した。
あのなぁ……こんなチート、ちっとも嬉しくないぞ? 元々転生したいという願望もなかったし、平々凡々仕事して趣味で本を読んで旨いものを食べて、何らかの病気で死ぬと思っていたんだけどなあ。
こんな泣き言も何万回繰り返したのだろうか。人々の楽しそうな生活に、俺は適応する自信がない。これが正直なところなのだ。だから孤高を気取り、離れ小島で地味に過ごすという選択肢を取ったはずなのだが……それもこれもあの阿保フランツのせいだ。
「……来たわよ!」
二週間後、俺の島に六人の客が来ていた。
「初めまして。ルクセンタルージュ王国親衛隊副長、キャロライン・フォン・シュナイダーであります。」
「お初にお目にかかります。私、王国国教会修道女のレナ・バールと申します」
「……ルクセンタルージュ王国魔道ギルド所属、アイル・カルディナ」
「……ちっ、俺は……まぁあれだ。しがないコソ泥のラーナ・バルバッシュ」
「商人ギルド所属ワルター・シェールブルグの娘、カリン・シェールブルグでございます」
……想定外。何でこんな少女ばかりなんだ。
「前もって言っておきますけど、けしてふざけているわけではありません。キャロラインは王国でもトップクラスの剣士、レナは身分こそ修道女だけど、回復魔法の使い手としては有能。この無愛想なアイルも魔道ギルドの秘蔵っ子。カリンは王国政商の次女よ。残念ながらそちらのガラの悪いお嬢ちゃんはよくわかりませんけどね」
「あ、ひでぇな。俺はあれだ。悪の道から足を洗いたいと思っていたんだ。そしたら、教戒師として来てくれてたレナに誘われてな。まぁ、身元……身元……」
「身元保証人か?」
「そうそう、それ! 身元保証人になってくれてここに来たわけだ」
「どう? 一応これで人材は揃ったわよ」
う~ん、こいつは困った。まぁ、ウェリス以外全員男だとフランツが内心穏やかでないだろうけど、この状況は……俺の内心が穏やかじゃなくなるぞ?
「ようこそ。一応歓迎しよう。俺はレイ・アンダーソンだ」
そんな某電脳世界を題材とした映画の主人公っぽいとか突っ込みは無しな? 日本風の名前は違和感有りまくりだしな。といっても、どうもこの国、ドイツ風というのかなんというのか。徹頭徹尾というわけではないのだが、響きがそんな感じだ。
「……ここに来た目的な何か分かるか?」
「修行、と聞いております」
真っ先にキャロラインが親衛隊に相応しい堅苦しい口調で答える。こっちの身が引き締まりそうだ。
「まぁ、その通りなんだが……」
伸び放題の髪を掻きむしりながら言う。
「俺と手合わせしてみるか?」
「それでは、某が」
剣を抜こうとするキャロライン。が、瞬間距離を置く。
「良い勘してるぜ」
俺が持っている木の枝が、キャロラインがいた首筋辺りを薙いでいた。
「十五秒持たせてみな」
言った瞬間、キャロラインの眼前から姿を消す。が、
「ほぉ、勘じゃなく、見えてるのか」
俺の動きに体は不動であるが、目が動いている。
「……見えているだけです。参りました」
あっさり降伏しようとするが……。
「甘い」
そう言うと、俺はかなり手加減した上で一番防御の厚い胴の部分を撫でるように寸止めする。
「がっ?!」
当たっては無いが、かなりの衝撃を受けた。
「敵は降伏とか認めてくれんさ。素質はあるが、状況判断が甘いな」
「む……確かに」
あっさり引く辺り、自分の力量把握は冷徹なようだ。流石は親衛隊副長といったところか。
「次は?」
「私が。」
レナか。獲物は……槍術か。まぁ、僧侶としては無難なところだが……。
「手加減無用。来な」
と誘いの手をかけるが……後の先か……いや、違うな。
「レナ、ここまで。お前さんの本領は回復だったな。一応勘弁してやるが、体術、槍術も鍛える」
「は、はい」
こいつは回復魔力は並より高そうだが、身体面は鍛え直しだな。
「次」
「極大火炎呪、極大氷結呪、極大灼熱呪、極大爆発呪」
いきなりか四連発か。いい度胸と魔法センスだが……。俺はその場を動かずに、ポケットから赤緑のボールペンを一本ずつと青のボールペンを二本取り出す。
「精度と威力が甘い! 極小氷結呪、極小火炎呪、極小氷結呪、極小爆発呪」
俺のボールペンから放たれた、線状の魔法が、強大な魔法弾に飛び……消滅する。
「魔力が足りないな。まだやるか?」
俺はポケットに入れているボールペンを全て取り出すが、アイルは首を横に振る。
「魔力が枯渇したわ。私の負け。あの四つは簡単に止められたら立つ瀬がないわ」
あっさり引いた……ように見えるが、実際は相当な冷や汗ものだろう。極大系魔法をあの年齢で使いこなせるだけでも凄いが、四連発で出せば相当な実力者ですら、運が良くて深手だ。それを極小で止めたのだ。
「次は……」
「俺だ」
ラーナはそう言うなり……ほぉ、分身か。この年齢で、よくここまで……とは思うがねぇ。
「そこだ」
4つの分身の内の本体の首筋に、あっさり木の枝を添えられる。
「ま、まいった。あんたつぇぇな」
「ありがとう。カリンは……体術から鍛え直しだな」
戦うまでもない。体が硬直している。
「ウェリス……」
「参る!」
二週間前の奇襲失敗を糧に、多少は鍛え直したようだ。僅かな期間で成果が出るのは素晴らしい才能とは思うが……。突進してくるウェリスの剣、よくよく見ると雷属性を帯びさせている。なるほど、麻痺効果を狙っているか。これなら大ダメージを与えられなくとも、敵の動きは掣肘できる。戦術としては間違っていないのだが……。
「極小氷結呪、拡散」
青のボールペンから氷属性の魔法を薄く、広く、ウェリスを覆うように展開する。魔法剣であっさり切り裂かれるが……。
「雷が……」
「水は電気を通してしまうからなぁ」
素手で魔法効果の消えた剣を抑え、木の枝をまたも首筋へ。
圧倒的な実力差に、6人は唖然とした。
「弱いな。修行以前の問題だ。」
俺は冷たく言い放つ。
「あんたが規格外すぎるのよ!」
ウェリスが仲間を庇うように仁王立ちするが、
「それを大魔王やその手下に言うかい?」
「……どうすればいいのよ」
「んなこと俺に聞くな! ……と言いたいが、修行の最初の段階も突破できねぇんじゃしゃ~ね~な。今から一か月時間をくれてやる。ウェリスとキャロライン、レナとアイルとラーナは連携で俺を一歩でも動かしてみろ。カリン」
「は、はい!」
「お前がこのパーティの中で発揮できるのは交渉術と思っておけ。お前は三か月、父親のところで海千山千に鍛えてもらってこい。体術とかは後だ!」
そして深い溜息をついて、俺は言い放った。
「修行以前の問題だ! 出直して来い!」
修行に入るまでに様々な関門が……。