第一話 紹介代わりの小話
歴史物も書いていますが、詰まり気味で、気分転換に書いています。
離れ小島……というには少々大きいのだろうか。本来であればリヒテンダージュ辺境伯領に所属しているはずの島なのだが、この小島に住む男の私有地となっている。といっても、他に誰かがいるわけではない。小さな平屋、畑、少々の家畜といったところか。船着き場もあり、小さな古い……モーターボートが置いてある。
一応確認しておきたいのが、この世界は……中世欧州風。いわば異世界のテンプレ的な存在といえばいいのだろうか。そこに彼は住んでいた。
「……事故で死亡は神様のミス。その侘び代わりに転生とチート能力の付与……どこまでテンプレなんだ」
最初この世界に来た時、その男はあまりの展開に怒りも苦笑いもできず、淡々と受け入れるしかなかった。
そして、様々なチート能力と離れ小島をもらって、しばらくの期間を過ごしている。
「まぁ、トンデモな能力は有難い反面、制御が面倒だな」
彼はそう呟く。そりゃそうだ。最初から膨大な魔力を持ち、全魔法を習得。ついでに言えば、召喚魔法で現代的な物品も手に入れることができる。能力チートだけでなく、物質チートも。つまり専門的な書物も最先端の論文も一応入手はできるということだ。
といって無制限に召喚する気など欠片もない。第一、彼は日本の某都市の窓口公務員。大して学があるわけではない。それなのに、理解も出来ないようなものを召喚してどうする。「物語クリエイターにならない?」に出てくる主人公とは違うのだ。
「大体あれだ。力を持ちすぎるやつは排除されるものだ。預言者とかになってもめんどくさい」
周囲に誰もなく、独り言としては声が大きいが、誰に聞かれる心配もないから安心だ。
「それよりも、っと」
僅かに感じる気配。
「招かれざる客かねぇ」
そう呟くと、ワーキングベストのポケットに無造作に突っ込んでいるボールペンを取り出す。中には芯の代わりに、合成銀の棒が入っている。一応十本ほど。その気になればいくらでも複製はできるが……。
「なんだ、お前か」
髪が伸び放題の頭を掻くと、ボールペンをしまう。
「そりゃねぇだろ。わざわざ来たってのに。ほら、特産の腸詰だ」
どう見ても貴族にしか見えない長身金髪の優男が大きな袋を片手に立っている。
「そりゃありがたいが……また護衛は置いてけぼりか?」
「ああ。セバスティアンにまた護衛共は説教さ。」
「ひでぇ話だ」
「まぁ、そう言うなって。リヒテンダージュ最強の魔法剣士に護衛なんて無駄なんだから」
「何言っている、弱いくせに」
胸を張って言う金髪優男に冷たく切り返す彼。
「いやいやいや、お前基準で考えんなや。お前が規格外なだけだろうが」
「ふん。そういうことにしておいてやる。とりあえず遠路はるばる来たんだ。お呼びでもないが、門前払いするほどには俺も冷たくはねぇからな。多少はもてなしてやる。」
彼は傲慢に言い放つと、指で『こっちへ来い』と言わんばかりの仕草で招く。これでも彼にとっては上級の対応だ。
「やれやれ。リヒテンダージュ辺境伯フランツ・フォン・リヒテンダージュにそんな態度を取って許されるのはお前くらいだろうな」
部屋に通されると、リビングのテーブルの上には既に酒瓶と肴が並んでいた。あの時間で普通は準備などできるはずもないのだが、フランツは不思議にも思わない。俺はこういう存在なのだ、としか思っていない。
「王から懇願されたんだが。」
フランツが言う王はルクセンタルージュ王国、西方大陸の最大国家として存在する王国の王のことだ。
「だが、断る」
あっさり言い放つが、フランツも分かっている。
「だが、というのはアレだな。一応事情は分かるが、ということだな。それは助かる」
(いや……その……テンプレ的な応答なんだけど……)
と思いつつ、ふと、その事情とやらを説明しておこうか、という気になったらしい。
「海を隔てた中央大陸は神聖国家を中心とした連邦国家。東方は大小さまざまな群島、列島がある島嶼国が覇権を争っている。ってやつだよな」
「そうだ。で、|俺《リヒテンダージュ辺境伯》はルクセンタルージュ王国の東方方面を担当している。」
以前にも聞いた覚えがある。上役には三公爵と王がいるだけ。その三公爵も直属の兵を持っているだけでなく、あくまでも辺境伯に対して監督・助言権を有するだけだから、実質方面軍の軍権を持っているようなものだ、俺ってすげぇ……だったかな。
一応北方及び西方担当、南方及び中央担当、そして東方担当と三公爵は役割分担をしていて、王国全体の予算案などについては、閣僚の五法服侯爵と十法服伯爵、子爵・男爵・準男爵・騎士は辺境伯の寄り子として存在しているという話だ。
「でさ、やはりお前に対する風当たりは強いわけよ。」
この話も聞いている。俺の存在については、一応直属の上司たる公爵閣下と国王陛下には報告済み。フランツから話を聞いたお偉いさんは、顔面を漂白されてしまっている。フランツの報告を要約すると俺は……賢者にしてあらゆる武器を使いこなす戦士にして、あらゆる技能を有する鍛冶職人にして偏屈な変人らしい。おい!
「最初はさ、公爵閣下は、|俺《リヒテンダージュ辺境伯》狂乱す、と断じて本気で処断を考えたんだってさ。俺だって現実を知らなけりゃそんな報告なんてしたくないさ。けどよ、リヒテンダージュ辺境伯領最強の男にして、名政治家と名高い私の言葉を一笑に付すことはできなかったんだろうなぁ。」
そのドヤ顔がイラッとしたので、こっそり持参してきた腸詰にデスソースを仕込む。魔法って便利だけど、こんなクッソくだらないいたずらに使われたら、魔法の開祖も嘆くんだろうなぁ。
しばし悶絶し、大量の米焼酎を流し込んでようやく話を続ける。ち、無事だったか。
「まぁ、事実であるが自画自賛は横に置いといてだ。その日の内に国王陛下への面会を申し出、国王陛下と公爵閣下、そして宰相殿にあるがまま報告をしたんだよ。辺境伯領最強の親衛隊を一閃で戦闘不能にし、魔法兵団を一瞬で詠唱不能に追い込み、辺境伯本人を刹那にして縛り上げた……しかも素手で。」
つまり、辺境伯領の実戦部隊全てが瞬殺されたわけだ。ざまあないが、仕方ない。俺もみすみす殺されるつもりはないし、と言って殺すのも趣味じゃないからな。
「しかも手抜きされ素手で、尚且つ風呂上がりのような軽装状態でボコボコだ。」
流石に自分自身が鍛え上げた精兵と自分自身の不甲斐なさには苦い顔になるか。まぁ、反省しやがれ。
「そんな化け物じみたお前に対して当然、排除の声も上がってくるが、手段が見つからない。ルクセンタルージュ最大最強の兵力を集中させているリヒテンダージュの精鋭が苦も無く捻られてしまった。」
「えらくなげぇな、おい」
「まぁ、あれだ。何とか首輪をつけたいと思っているのさ。味方となれば頼もしすぎて不安になるし、敵に回るとなると有能すぎて恐慌状態になるからなぁ。あ、さっきのめっちゃ死ぬほど辛い奴、この小皿に出してくれ。痛いけどはまる味だ。」
「簡単に首輪を嵌められるとでも?」
「無理だな。脅そうと思っても逆にその戦力で脅される。毒を盛ろうと思っても、その毒も余裕で平らげて解毒できる。闇討ち・暗殺しようにも、逆に刺客が見事に首を切られて門前に晒される。そんな奴に首輪なんて無謀さ。」
「お前はよくわかってくれて助かるよ。」
皮肉をたっぷりまぶしながら、アップルブランデーを一気に飲み干す。まぁ、こいつと飲み比べするまではさっき言っていた脅迫だの何だの全部されたからなぁ。ほんと、俺チートキャラになってしまったようだ。
「で、今日はどんな用だ?」
ようやく俺は本題に入る気になったようだ。
「あ~……お前、勇者の師匠になる気ねぇ?」
「……死ね、お前」
そう言うと、チョップ一閃で昏倒させる。
「あのさぁ、とりあえず最後まで聞きませんかねぇ」
「勇者の師匠になれ、っていう与太話、お前は真面目に聞くか?」
「聞かないねぇ」
フランツ・フォン・リヒテンダージュ、十八の身にして天性の魔法剣士、そして名政治家として領内発展に多大な功績を遺す才子であるが、気を許した相手に対してはとことん開けっ広げのようだ。
「じゃぁ、俺も聞かねぇ」
「いやいやいや、お願いだから聞いて。そうじゃねぇと……」
「ウェリス絡みか?」
ルクセンタルージュ王国第三王女、ウェリスは将来フランツに降嫁される予定である。
「……とりあえず、最後まで聞いてくれ」
「……分かった」
俺はさらにグラスに酒を注ぎ入れながらも、姿勢を整える。
「……魔王が復活するらしい。」
「……はぁ?!」
中世欧州風世界観でさらに魔王だと? 正気か?
と罵りたくなるが、一応最後まで聞くと言ってしまった以上、口は挟まない。
「俺もはぁ? なんだけどな。一応伝承などもあって、東の島嶼諸国はかつて魔王の本拠地があった幻の東方大陸、という御伽話がある。」
「お伽話ねぇ」
「まぁ、駄法螺の類と思っていたのだが、東方からの献上物の中に、見たこともない失われし超技術を用いた遺物もあったそうだ。」
「……まぁ、遺物は普通にあるだろうが。何でそれが魔王復活とつながるんだ」
「その遺物、古い時代の言葉ではあるが、我々の大陸と中央大陸、そして東方列島がまだ一つの大陸だった時代の記録で、辛うじて解読できたそうだ。」
……無茶設定、極まれり。大体、大陸移動は何千万年とか何億年単位のものだろうが。それに、根は同じ言葉だろうがそんな数百世紀から数千世紀も時代が流れれば言語体系なんて残るわけねぇ。ついでに言うと、その失われし超技術の開発者と俺たち、生物的なつながりとかないんじゃね? ……等と突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのか分からない状態なので、フランツはさらに話を続ける。
「そこには、失われし超技術を開発した人類と自然回帰を目指した亜人種の間で戦乱になり、最後は亜人種の王を人類の勇者が打倒した、とあるのだが……」
だ・か・ら!! なんでそんなに突っ込みどころ満載過ぎるんだ! 失われし超技術の開発はまぁいい。なんだ、自然回帰って?! あれか、肉は食べずに野菜を食べよう、とか、自然と共に生きようとかか? どこの天空の城とか風の谷だ!! で亜人種ってなんだ。魔族じゃねぇだろ! まぁ、戦乱はいいよ。どうせ人類の歴史なんて戦争の記録と言われるくらいにあるからさ。でもさ、亜人種の王を勇者が打倒したってなんだ? 気に食わなきゃ魔王でその魔王を倒せば正義の勇者様か?
「その亜人種の王が最後に『しかし光ある限り闇もまたある。わしには見えるのだ。再び闇から何者かが現れよう。だがその時はお前は年老いて生きてはいまい。』と……」
突っ込みきれんわ!! それはどう聞いても俺の世界にあった竜探し伝三の大魔王の死に際の台詞まんまだろうが! なんで中途半端にそんな設定が残ってやがる! 出てこい! この世界を創った奴、俺の前に出てきた謝れ!
「……すごい表情になっているんだが……」
「……気にしないでくれ。極めて個人的な俺の個人的な事情だからな……」
大事なことなので二度も、うんざり口調で言ってしまったわけだが……。
「で、眉唾もいいところなんだが、万が一ということもある。」
「まぁ、魔法がある以上、そんな設定……じゃねぇや、それを司るような仕組みなり宗教っぽいものがあったりするんだろうなぁ……」
「そこでだ。魔王が復活してから軍をぶつける、だと流石に損害が大きすぎると思うんだ。」
お、この辺は下手なRPGよりもまともそうな展開だな。
「で、確証は得られていないが念のため、少数精鋭で魔王の所在を探り、機会があれば叩く」
……まぁ、言っていることは間違ってないけどさぁ……。
「フランツ、二つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「いつ甦るか。どこで甦るか。」
明瞭簡潔に質問する。そしてフランツの目をじ~っと見る。おい、どこを見ている。しかも変な汗をかいているようだな……。
「え、いや……その……」
「もう一つ追加で聞いてやる。俺に行かせようと思っていたな?」
「え、いやあの……はい」
うん、素直でよろしい。じゃねぇ。
「つまり、お前は俺の首に首輪をつける代わりにいつかもわからねぇ、どこかもわからねぇ、しかも部外者の俺に魔王を退治させようと、そういうわけだな?」
俺の淡々とした口調に、フランツの目は盛大に泳ぎ始めている。そして……土下座。
「この世界のため……頼む」
「断る!」
「そこを何とか!」
「ふざけるな! 俺はここでのんびり暮らしたいんだ! その邪魔をする気か!」
「そういうつもりではないが、何とか協力を……」
その言葉に俺はどうやら切れたようだ。
「てめぇ! 俺はこの世界に流れてきた久保田さ……異邦人だ。だがな、お前らがちょっかいかけてこなけりゃ、一切関わり合いにならないで済むように配慮はしてきたつもりだ。それが協力だ? 寝言は寝て言え! 脅迫したり毒を盛ったり暗殺しようとした輩が、言うに事欠いて協力だ? おめぇらは俺にどう協力するつもりだ! 俺がその果てしない大魔王退治の旅を万が一、いや、億が一にでも成し遂げた時、お前らは俺にどんな協力をするつもりだ!」
いつにない俺の激怒に、流石のフランツも顔面真っ青だ。あの時、刹那で縛られた時にフランツが油断していたなどない。それどころか、いつにない強敵と判断し、相当注意深く振舞ってのあの事態だ。油断とか一切していないのだから、俺とフランツの実力差だろう。俺の怒気にぶっちゃけ脅えているようだ……。
確かに、途方もない大魔王退治の旅でしばらくは俺の動きを牽制できるかもしれない。だが、彼の言うように俺に対して協力の対価は用意できない。ましてや命令など聞く気もないだろう……ん?
「君に大魔王探しの旅に出てもらうのではなく、大魔王を討伐する者を育てるというのでどうだろうか?」
「……はっ?」
「一日僅かな時間でいい。君のその膨大な力の極一部でも構わないから、弟子に授ける、というのはどうだろうか?」
「それも俺の力に頼っているよな、フランツ」
そう言いながらも、俺は少しこの男を見直した。なるほど、この世界の人間の問題はこの世界の人間が解決する、その解決するのに助力してくれ、というのであれば多少は……いや。
「そんな他力本願でどうする。第一、俺のこの力……極一部でも暴走すれば世界は滅びるぞ?」
自分で言っててどうよ、それ。とも思うが、一応この世界の創造神とほぼ互角に近いものを与えられているのだ。修行なんてできるのか? 何とか俺は俺で制御してこの世界に適応できる程度に自制はしているのだが。
「俺は動けねぇ。俺は剣士である以前に政治家であり、ルクセンタルージュの駒だ。大魔王退治なんて法外なものには出ることはできん」
まぁ、それは分かる。こいつこんな言動且つ情けない土下座野郎だが、有能で公正という、以前いた世界ではとても存在しえない政治家の理想形ともいえる存在だ。それはルクセンタルージュだけでなくこの世界にとっての損失だろうなぁ。
「で、誰を俺の目付け役兼生贄にするつもりだ?」
「……そこで最初の方の話題に戻る。ウェリスだ」
「へぇ?!」
流石に唖然とするねぇ。まさかの王女様か。
「既に長兄殿下、次兄殿下もおり、王弟閣下も健在。そうなると、王族の女性はまぁ降嫁されるのが当然。だが、ウェリス王女殿下はただの王族に非ず。」
「生粋の武闘派で騎士姫であらせられるからねぇ」
またテンプレな展開で。既にどれだけテンプレが出てきたことやら。
「そのウェリス王女殿下が、お前の弟子を志願している。曰く、『貴方ほどの剛の者を苦もなく捻る程の猛者であれば、勇者の育成も容易いでしょう』とな。」
「で、夫婦喧嘩でお前がボコボコにされるまでがテンプレというわけか」
さらに酒を酌み交わしつつ、軽口を叩く。
「……それはまぁどうでもいい……わけではないが、より高みを目指したいとのことさ。」
「迷惑な話だな。何で俺がお前の婚約者を鍛え上げなあかんのじゃ。」
「そこは悪友が困っているということで」
「……死ぬぞ?」
軽く言うが、これは誇張表現でも誇大妄想でもない。むしろ控えめすぎる表現だと俺は思っている。
「お前が本気を出せば山が消滅するからな」
軽くフランツが返してくるが、それすら過小評価だ。俺も試す気は多分無いが、大陸が消え、七大海全てが干上がるだろうからなぁ。
「全く、脅迫し、毒を盛り、闇討ちに暗殺までしようとした相手に婚約者を委ねるのか? 報復で殺される、とか考えたりしないのか?」
「お前の報復だと国が消滅しちまうだろうが。そんな強大な力もつ奴が、王女とはいえただの人間、いや、お前から見たら脆弱すぎる子どもを殺すなんてしないだろうが」
微妙にプライドをくすぐってくる嫌な奴だ。
「……三ヶ月だな。修行期間は」
「ありがたい!」
「で、俺がお目付け役兼護衛として旅することになるのか」
「どうせ暇だろ?」
「家畜とか畑の世話があるんだが……」
「それはうちから人を送るさ。安心しな、罠とか仕掛けねえよ。どうせ仕掛けたところで見破られるのがオチだし」
よくわかってらっしゃることで。そりゃそうだ。当初、俺がちと外出している間に家に罠を仕掛けた時は、その罠をそのままフランツの部屋へ仕掛け直したからな。
「頼みますぜ、勇者のお師匠」
「……ふん」
まぁいいさ。どうせ退屈していたんだ。精々いい暇つぶしになることを祈るぜ。
---続く---
一応続きます。