納豆ご飯
更新遅れました。
ごめんなさいm(__)m
「どうしたの、秋穂くん?」
「…べつにぃ」
外で走り回る、自分と同じ年頃の子どもを見て拗ねる僕を、看護師はいつも困ったような顔で慰めようとしてくれる。
「秋穂くんも頑張って、お外で遊べるようになろうね。さあ、検温の時間ですよ。」
頑張る?何を?
「ねぇねぇ、あきほくんもやるでしょ?こおりおに。」
「あすかちゃん、あきほくんはだめだよ。先生に言われてるでしょ。」
「あ、そっか。ごめんね、あきほくん。」
「ううん」
ごめんね?何が?
何でみんな、そんな目をするの?
ピチュッ ピー ピチュチュ
スズメの声で目を覚ませば、昨日のことが鮮明に蘇ってきて気分が沈んだ。
知られた。
秋穂が一番知られたくなかったことを知られてしまった。同情の眼差しを向けられるのが心底嫌だったのだがもはやどうしようもない。
「はぁ」
小さくため息を吐いた。
「おはよう、秋穂。ため息なんて吐いて。」
棒読みの台詞を無表情で言われても反応に困る。
「何でいんの?」
真白はTシャツにジャージをはいてあぐらをかき、手には団扇を持って、まるでおやじだった。これを女と思えという方が無理がある。
「……別に」
「今の間は何」
「何でもないったら何でもない。朝飯出来てるぞ。食べるか。」
「食べる。」
「ん。じゃあ着替えて顔洗ってから来い。」
「うい」
居間に行って、祖父母から何と言われるのか。それが怖い。
可愛い孫が病気となればだいたいどんな反応をされるかは予想がつく。
秋穂は憂鬱にため息を吐いた。
秋穂は再び、憂鬱にため息を吐くことになった。朝ごはんが納豆ご飯だったからだ。
「納豆…」
鼻をつまむ秋穂に、
「え、何、まさか食べられないの!?」
真白が信じられない!!とオーバーに顔を顰めた。
「……わかんない」
「わかんない?何それ」
好き・嫌いの問題ではない。
秋穂は納豆という存在を受け入れられないのだ。匂いといい、ネバネバした見た目といい、およそ人の食べ物ではないと思っている。
「こんな臭い食べ物を食べる人の気がしれない。」
「美味しいのに」
「美味しいの?」
「美味しいよ」
ふーん、とまんざらでも無い顔をすると、途端に真白が相好を崩した。
「まま、一回食べてみって。」
一パック手にとってベリリと開封し、小袋の出汁醤油とからしを取り出し被せてあった半透明のビニールを蓋にくっつける。その時点ですでに豆たちは糸を引き匂いを放っている。秋穂は眉を顰めた。
からしを開け、豆の上にむにゅ、と出した。それから箸でぐるぐると搔き回し始める。
「醤油はかけないの?」
「醤油は後にかける方が美味しいらしいよ。テレビで言ってた。」
「ふーん」
粘りが強くなったところで醤油をかける。そして混ぜる。
混ぜる。
混ぜる。
混ぜる。
「いつまで混ぜてんの」
「んー?お、っほん。あたしの気が済むまで。青じそとかミョウガとかネギとかいる?」
妙な咳払いの後そう尋ねた。“あたし” が口に馴染んでおらずむしろ違和感を覚える。
「…入れるとどうなの。」
「美味しい。」
「じゃあ、入れる」
「はいはい」
いつも自分を煙たがる真白が上機嫌なのを見て、納豆ごときでこんなにも気分が変わるのかと半ば呆れる。まあ機嫌が良いのは良いことだ。
「鰹節は?」
「知らん」
「じゃあ入れよう」
何だか勝手に色々混ぜられている。出来上がったものを見て秋穂はそう思った。
「食べてみ。まじ旨いから。」
頬を桃色にしてニコニコする真白は、ケーキを見てはしゃぐ女の子の反応に似ているなと少し思った。母親がそうだからだ。
対象に、かなりの違いがあるが。
ケーキと納豆。
月とスッポン以上ではあるまいか。
白いご飯に覆いかぶさるお豆たちを眺めて秋穂は覚悟を決めた。
「いただきます」
箸をとり茶碗を手に持つ。
箸でご飯と豆をすくい上げるとボロボロ豆が落ちてしまった。糸を引きながら。
再度食欲を削がれながらすくうがやはり豆が落ちてしまった。
「スプーンのが良いか。ちょっと待ってろ」
真白が台所へスプーンを取りに行ってくれ、
「ほれ」
「ありがとう」
木のスプーンを手渡した。
かぷっとくわえて湿らせて、納豆ご飯に突き立てる。そのまますくい上げると豆は落ちることなくすくい上げられ秋穂の口へと運ばれた。
「どうだ、美味いか?」
楽しげに聞いてくる真白の顔が少し母親に似ていて、ただちょっと真白の方が男らしかった。容姿が整っているところは同じだけれど。
やっぱり真白と母親は姉妹なんだと思わされる。
「案外、美味しいかも」
「やった!だろ?納豆ご飯は朝にぴったりなんだよな。科学的にも証明されてるから間違いない。テレビで言ってた。」
「またテレビか」
「お…あー。あたしの情報源はほとんどテレビだからな。」
「さっきから、おって何言いかけてんの?気になるんだけど」
真白は目を瞬いて、それからあははと笑った。
「もともと、一人称 “俺” なんだよね。なんだけど親から禁止令が出てさ。女の子が俺なんて言っちゃいけませんて。ははっ。俺自分が女の子だなんて思ったことねぇのにな。」
むしろそんなこと言われたら背中がむず痒いと言う。
「女 “の子” ってのがしっくりこねぇ。」
いわゆるアレだろうか。
秋穂の視線を察した真白が困ったように頬を掻いた。
「いや、性同一性障害ってわけではない。ただ女みたいに振る舞うのが嫌なだけだから。」
それを性同一性障害と言うんじゃないかと思ったけれど、エライ秋穂は口に出さなかった。
黙々と納豆ご飯を食べる秋穂に、真白が問いかけた。
「俺、変?」
秋穂はつい食べる手を止めた。
少し間を空けて、ごくりと口の中のものを飲み込んでから秋穂は口を開いた。
「変、ていう表現はあってないと思う。人間に普通なんてないから。」
率直に、思ったことを口に出した。
自分に対する励ましだったかもしれない。
「人と同じでなくたっていい。自分は自分。確固たる自分がないようなのを普通と言うんだったら私は変で構わない、ってお母さんは言ってた。」
「へぇ、紅生が。珍しい。」
ふと、あれは弟のような妹に宛てたエールでもあったのだと気がついた。
自分だけじゃなかった。
自分がおかしいのではないかと悩んでいたのは周りも同じなのかもしれない。
母親はそれに気がつかせたくてここへ預けたのだろうか。
秋穂は急に心が軽くなったような気がした。
「おぉ、急にどうした、にやついて。」
「別に。にやついてない。」
誤魔化すために納豆ご飯を口に押し込んだら、
「そうか、そんなに気に入ってくれたか!可愛いやつめこの〜!!」
「やめてよ、食べづらい」
真白ががしがし秋穂の頭を撫でてきた。
案外、乗り気になれば子どもの扱い方も心得ているらしい。
真白がニコニコして秋穂の頭を鷲掴んでいたところに清子さんが卵焼きを持ってきてくれた。
「あらあら、どうしたの二人とも。何かあったの?」
「えへへ」
「いえ、別に」
「なぁに、気になるじゃないの。」
不思議そうにはしていたものの、清子さんは嬉しそうに「仲良くなれたみたいで良かった」と顔をほころばせたのだった。
「あ、そうだ。秋穂、薬ちゃんと飲めよ」
「うん」
2017/10/20 最後の二人の受け答えの部分をいじりました。