捏造
「弁護人の意見は、どうですか。」
頼んだぞ、あなたに僕のこれからが掛かってる。毛ほどの期待を、小太りであごひげの生えた弁護人に託した。
「はい、殺人を犯したのは夢の中。これは被告人には止めようがありませんでした。好きで殺したわけではありませんからね…いや、困った。ですが、一つ言えることがあります。このまま被告人を有罪としてしまうと、実際には犯罪を犯していない、罪のない人間を刑務所に送り込んでしまうことになります。しかも起こった事件は夢の中。確たる証拠もありません。第一、何故夢の中で見ただけの犯人の顔をはっきりと覚えていられるのか、私には不思議でなりませんな。…以上です。」
うむ、よく良く聞くと、当たり前の事だけしか言っていないのだが、不思議と感心してしまう。自分が思っていた心の内を、そのまま声に出してくれたおかげで、少し気持のもやを晴らすことが出来た。
「分かりました。では、証人尋問に移ります。」
相手は、どんな言い分で私を責めるつもりだろうか。どんな口振りで、私を有罪にしようとしてくるだろうか。まして、たまたま僕が夢に出てきて自分を殺したからという理由で裁判を起こすような人間だ。予想もできない。
「はい。被告人は夢の中で、私を何度も何度も殴り、殺しました。通常の、ただの夢ならばきっとすぐに目を覚まし、ああ、怖い夢だった。忘れてしまおう、と切り捨てることが出来たはずです。ですが、それが出来なかった。夢を忘れることが出来なかったのです。今でも鮮明に覚えています。あの殺意に満ちた顔を。痛みも感じたのです。頭を鈍器で殴られた、と検察官の方も仰られましたよね。実は、目が覚めると、傷が出来ていたんですよ。頭に。こんな事って、あるのでしょうか。私は、ただの夢だとは思えませんでした。それに、私はあなたを知っています。見たことがあるんです。昔、コンビニのアルバイトをしていた時、あなたがよく来ていました。いつも同じ銘柄のタバコを買っていたから…よく覚えています。確か、セブンスターです。2箱ずつ買っていたのを…覚えています。だから、これは夢じゃない。そう確信したんです。…以上です。」
違う…まるで違う。俺が住んでいるのは、周りが畑と田んぼだけの田舎で、近くにコンビニなんか無い。それに俺はタバコなんて吸った事が無い。おかしい。絶対におかしい。なんなんだろうか、この女は。生まれて初めて、被告人人間が怖い、と思った。
「分かりました。では、被告人質問に移ります。」