一抹の不安
法律等の知識が乏しいまま執筆してしまいました故、なんだこの話は、と不快に思う方がたくさんいらっしゃるかと思います。読む際はご注意を。
僕は未婚のしがない会社員。これまでの30数年、静かに暮らしてきたわけだが、今は法廷に立っている。理由は分からない。何か悪い事をしてしまったのか、頭の中を隅々まで探してみても思い当たる節など何も無いのだ。子供の時から、厳格な親のもとで育ってきた。両親の「決して周りに迷惑をかけるような人間に成ってはいけない」という口癖を耳にタコができるほど聞いてきた自分が法廷に立つなど、想像した事もなかった。
裁判を起こした相手は、切れの長い目をした、短い黒髪の女だった。何処かで会った事があるだろうか…全く覚えがない。見ず知らずの相手と裁判で争うとは、相当自分は嫌われていたのだな、と考えていると、ガベルを鳴らす音が響き、裁判が始まった。ふと下を見ると、緊張からか不安からか、汗ばんだ手がふるえているのが見えた。
「検察官、今回の裁判で被告人がどんな罪を犯したのか述べてください。」と裁判官が言うと、検察官は待ってましたと言わんばかりに起訴状を読み上げ始めた。
「はい。被告人は被害者のAさんを、夢の中で殺害しました。Aさんの自宅マンションに侵入した被告人は、背後からAさんに近づき、鈍器で後頭部を何度も殴りました。損傷が激しく、強い殺意が伺えます。その結果Aさんは、強い恐怖心からPTSD(心的外傷ストレス障害) を発症しています。これらは刑法第199条の殺人罪と第130条の住居侵入罪に当たります。」
どんな理由かと思ったら、全くの予想外だった。夢の中の出来事で自分が裁判に掛けられるなどとは、いくら何でも理不尽ではないだろうか。いや、だが現実にも影響が出てくるとなるとどうなのだろうか。これは僕が悪いのだろうか。不安と緊張でいっぱいの頭で自分なりに納得のいく答えを出そうと努力したが、出てきたのは、どうして夢の中で見た自分の顔を覚えていられたのだろうという疑問だけであった。
「被告人、今検察官が読み上げた事実に、間違いはありませんか。」
間違いも何も、実際現実では何もしていないのだから、僕は一体どう答えれば良いのだろうか。
「い、いやあ、恐らく間違いないと思います、多分…。何せ直接手を上げた訳では無いもので… 」
畜生。こんな時に限って、言葉が出てこない。もっと冷静になら無ければ。大丈夫、大丈夫。何とかなる。裁判が終われば平穏な暮らしと、山積みの仕事が待っているんだ。